姫ポジの俺は、勘違いが止まらない!


「俺、卒業したらキイと正式に付き合う予定なんで」

 俺の目の前で、薄っすら首筋に汗をかいた瀬古が奈留君に宣戦布告をした。いや、俺と奈留君の関係性を知らないはずだから、ただの予告なのかもしれないけど。

 ていうか、正式にって言ったけど、それって俺のこと好きって意味で捉えていいの!?

「……。」
「…予定。…何で俺にわざわざ教えてくれたの?1年以上も先のことなのに」
 そう聞いた奈留君の口調はいつもと変わらず柔らかい。
「うーん…それは、キイの隣にいる生駒先輩が姫に見えなかったんで、言っておいたほうがいいかなと思いまして」

 瀬古、そんなこと思ってたんだ…。

「じゃ、失礼します」
 軽く会釈をした瀬古は、クレープ屋さんの方向へ戻っていってしまった。
「…。」
「やっぱり、天馬君には隠し切れなかったかぁ」
「奈留君、俺は卒業してっ…」
「分かってるよ。あれは天馬君が勝手に言ってることでしょ?」
「うん…」
「キイ君が嫌なら無理強いはしないけど、もう天馬君には言っておかない?俺達が付き合ってること」
「…。」

 ◇

 8月下旬。今日から2学期が始まった。
 朝、D組の教室に入ると久しぶりに会うクラスメイト達が優しく挨拶をしてくれる。
「キイちゃん、おはよー!久しぶり」
「おはよう。やっぱ癒されるね、久しぶりのキイたんは」
「みんな、おはよう」

「希一君、おはよう」
「あ、藤くんおはよう!」
 藤くんと挨拶を交わした時、ドアから入ってくる瀬古の姿が視界に入った。
「キイ、藤、おはよ」
「おはよう」
「…おはよう」


 始業式が終わり、体育館から教室へ戻る途中、俺は瀬古に問いかけた。
「…瀬古、今日の放課後って時間ある?少し話したいことがあって…」
「うん、大丈夫」

 ✳︎

 誰もいなくなった教室で、藤くんの席に座った瀬古と向かい合った。
「なに?話って」
「…えっと…その、瀬古にだけ伝えておきたい事があって。他の人には内緒にしててほしいんだけど…」
「俺とキイだけの秘密ってことか。おっけ、了解」
2人だけの秘密だと聞いて、ニコッと嬉しそうな顔をした瀬古から視線を下に逸らし、ひと呼吸した。
「俺…生駒先輩と付き合ってる…」
「……は?」
どれだけの衝撃を受けているのか、瀬古の声のトーンから感じ取れる。
「…え、付き合ってるって…恋愛の意味?」
「…うん」
「…それって、生駒先輩だけがキイのこと好きなんじゃなくて?」
「ううん、俺もちゃんと好きだよ」
「…待って待って。キイ…俺のこと好きなんじゃねぇの?」
瀬古の表情に悲しさが含まれてくる。
「…好きだよ。でもそれは人として、友達としての好きで、恋愛としてじゃない」
俺の言葉に少し考えた瀬古は、目をじっと見て口を開いた。
「俺のこと恋愛として好きな瞬間は無かったってこと?」
「え…」

 何て答えるのが正解なんだろう。正直に言うべきなのかな…。

「…仮にあったとしても今は関係ないよ。だって俺は今、生駒先輩が好きで付き合ってるんだから。別に生駒先輩と付き合ってても、学校ではせせカップルを演じればい…っ」
「関係あんだろ。……俺は、キイが好きなんだよ。人としても、友達としても…恋愛としても」
「……へ」

 今のって告白…?

「キイが他の男のもんだって分かってて、今まで通りカップル演じるなんて無理に決まってんじゃん。つーか、キイは俺のもんだろ」
「いやいや、待ってよ。俺に好きな人や恋人がいるのはせせカップルに関係ないって。瀬古が高柳先輩のこと好きだった期間も今と同じ態度だったじゃん」
 どんどんヒートアップしていき、お互いの呼吸が荒くなるのが分かった。
「高柳先輩と付き合ったわけじゃねーし、俺が片思いしててもキイ応援してくれたじゃん」
「応援してたよ。応援してた反面、カップルみたいにしなきゃいけないのしんどかったよ…好きだったから」
「え…」
「瀬古が高柳先輩のこと好きな時期に俺は瀬古が好きだったの。…でもさ、恋愛してても瀬古の中でせせカップルでいることはまた別物だったわけでしょ?だから俺も生駒先輩…奈留君と付き合っても瀬古と今まで通り接して、カップルを演じた」
「……。」

 瀬古とこんな風に言い合いになるのは初めてだった。

「今まで通りでいるのが無理なら…仕方ないと思う。貝原みたいに仲良いけど過剰に姫扱いしない関係に…」
「俺が今、キイと付き合いたいって言っても、キイは生駒先輩と別れないってことだよな?」
「…うん」
「俺のこと諦めたのは、俺が高柳先輩を好きだったからだよな?」
「…うん」
「もう俺にドキドキしねーの?」
「……うん、しない…」
「何されても?」
「え…うん、しな…いよ」
「…。」
 瀬古の綺麗な目でじっと見つめられて、鼓動がもっともっと激しくなる。
「キスしていい?」
「…へっ!?いや、だめだよそれは」
「何で?」
「…付き合ってる人がいるから」
「でも俺ら男同士じゃん」
「男の子同士でもだめだよ」
瀬古は不満そうにほっぺを少し膨らませた。
「キイは…俺がキイのこと好きって知って、今まで通りに出来んの?俺にハグされても普通にしてられんの?」
「…それは…」
「俺、もうカップル演じるだけとかしねぇから。キイの気持ちが俺に戻ってくるためにやれること全部やる。付き合ってる奴いるからって諦めるほどの軽い好きじゃねーし」
「…。」
「この前、卒業したらキイと付き合うって生駒先輩に言ったろ?…ぜってぇ叶えるから。1回目は好きのタイミングが合わなかっただけって思ってるし」
「…俺は、奈留君が好きでいてくれる限り別れるつもりはないよ」
「うん、今はそれでいいよ」
そう言って立ち上がった瀬古は、俺の手首を持ち、グイッと立ち上がらせてギュッと抱き寄せた。
「…っ」
「…つーか俺、すげぇダサいよな。キイが俺のこと好きって勘違いしてたの。勝手に両思いだって普通に思ってた」
「…。」

 俺もそうだった。瀬古が俺のこと好きだって、両思いだってずっと勘違いしてた。

「でもさ、この勘違いを勘違いのままで終わらせたくねぇんだよ。キイが幸せなら相手が他の奴でもいいって思えるほど俺は大人じゃなくて…。キイを幸せにすんのも、キイに幸せにされんのも俺がいい」
抱き締められる腕に力が入っていく。
「……。」

 ずっと…ずっと瀬古の奥底の本音が知りたかった。……俺は今、何を感じているんだろう。


 ◇

 あれから2週間。学校では文化祭に向けた準備が進められていた。
 2年生はどのクラスもステージで劇をするのだが、我がD組は校内唯一のカップルがいるという理由で迷わず王子様とお姫様が主役の物語に決定した。
「キイちゃんのカツラどっちがいいかな?」
 床に座って大道具の手伝いをしていると衣装係がやって来て画像を見せてくれた。
「ぜってぇこっち!」
俺が答える前に横にいた瀬古が即答した。
「王子がそう言うならそっちにするか」
「うん、よろしくー」
俺の意見を聞かずに衣装係は戻っていった。
「希一君が決めなくてよかったの?」
大道具係のリーダーである藤くんがさらっと聞いてくる。
「うん、大丈夫だよ」
「藤、俺はキイよりもキイに似合うものを知ってんだよ」
瀬古のドヤ顔に藤くんは「そうだったね」と大人な対応を見せた。

 藤くん、瀬古の扱いがどんどん上手くなってる…。

 チャイムが鳴り、一度休憩時間を挟んだ。瀬古は「次の時間は演技練習かぁ。ちょい休憩…」と言い、俺の太ももを枕にして寝転んだ。
「もう、せせカップル通り越して、せせ夫婦じゃん。そんで、この光景に驚かなくなった自分が怖い」
クラスメイトの言葉に「あはは、結婚式呼ぶから来いよ」と笑った瀬古。
「…。」

 クラスメイト達はもちろん、はーぎーと貝原ですら瀬古と俺の複雑な変化に気付いていない。…でも、俺には痛いほど分かる。
「キイ…」
 呼び方一つさえ、俺に対する態度や言葉が日々甘く濃くなっていること。

 奈留君には、瀬古に交際を伝えたことしか伝えられていない。もうすぐ誕生日を迎える奈留君に不要な心配をかけたくなかったから。


 台本を片手に劇の練習中。瀬古と俺は向き合う形で立っている。
「姫!待ってください!……やっと気付いたのです。私はもう貴女のことしか愛せません。…必ず幸せにいたします」
 脚本を担当したクラスメイトがバレンタインに瀬古が俺に言った言葉を台詞にアレンジした。この台詞を言う時の瀬古は、台本を見ずに俺の顔をじっと見る。
「…それは勘違いですわ。この世には私以外の女性が沢山います。王子の愛をこの私だけに捧げるなんて…」
「決して勘違いなどではございません。もし、この想いが、この愛が、勘違いというのであれば、私は死ぬまで勘違いをし続けます。…どうか、この勘違い男に貴女の一生を背負わせてください」
 この台詞を聞くたびに、まるで王子ではなく瀬古自身に言われているかのような錯覚に陥る。

 ねぇ、瀬古。俺のこと好きなのは勘違いだったって言ってよ。じゃないと俺はまた…

「……はい、喜んでお受けいたします」

 勘違いのポンコツに戻ってしまう…。