翌週の月曜日。4限目の体育は、第二体育館でバレーボールの授業が行われていた。
俺と瀬古は得点係をしながら、はーぎーと貝原のいるチームを心の中で応援している。
「かいナイスー!さすがバレー部!」
サービスエースを取った貝原をハイテンションなはーぎーが褒めた。
「どーも」
ふふ、相変わらず貝原は落ち着いてるなぁ。
バレー部の貝原が本気を出すと勝負にならないため、貝原はセッターとしてチームのサポート役を担っている。とはいえ、手加減しても上手いのが分かってしまうレベルだ。
「やっぱ貝原うめぇな」
得点ボートの反対側で瀬古は感心している。
「そうだね。普段のポジションはスパイカーって言ってたけど、やっぱりどこのポジションでもこなせちゃうんだね、バレー部って」
「だな。……そういや、キイ今週の土曜日ヒマ?」
「え、土曜日?」
「うん。俺、午前中で部活終わるんだけど、その後デートしたいなと思って」
「…っ!?」
デ、デート!?
1学期の放課後や休日に、はーぎー達含めた4人で遊んだり、クラスで打ち上げをしたりした事はあるけど、実は瀬古と2人で出掛けたことは一度もない。
夏休みは、部活と短期バイトで忙しいって瀬古が言ってて会えなかったし…。
「無理なら全然断ってな」
「…大丈夫、空いてるよ」
「まじか!良かったぁ。じゃあ、また時間や場所のこと連絡するな」
「あ、うん、よろしく」
瀬古とデート……やばい、めちゃくちゃ嬉しい!
はーぎー達の試合が終わり、デートの誘いに頭の中が浮かれモードの俺は、口元が緩みそうになるのを必死に我慢してコートの中へ移動する。
「キイの大事な顔や身体が傷付いたらいけねーから、危ねぇ時はボール避けていいからな?」
同じチームである瀬古はそう言いながら俺の頬に片手を添えた。
「いや…一応授業だし、ちゃんとしなきゃ成績に響くから俺も頑張るよ」
姫ポジは勝手に柔で、か弱いイメージを持たれる事が多いが、ただ小柄なだけで筋力や体力は普通の男子と変わらない。
✳︎
体育終わりの昼休み。制汗剤の香りが充満する教室を出て、瀬古達と売店へ向かった。
「あ、ロミジュリカップルだ!」
食堂の前を通りかかった時、はーぎーが中を見ながら言った。その言葉で俺達も食堂内に視線を移した。
ロミジュリカップルとは、3年生の高柳先輩と生駒先輩のことを指す。もちろん、本当に付き合っているわけじゃなく、俺と瀬古同様におふざけの延長で作られた偽カップル。
生駒先輩は俺と同じ姫ポジの人だ。俺より背は高いが、可愛らしい顔立ちと柔らかい雰囲気に姫ポジだと誰もが納得する。
姫ポジの意外な弱点は維持するのが難しいということだ。男子の成長期は高校生になっても続く。入学当初に姫ポジだった生徒が急成長し、体格、背丈、雰囲気などが男らしくなり、姫ポジの座をフェードアウトした事例も少なくないと聞く。
そんな中、3年生になった今も姫ポジに君臨し続けている生駒先輩は伝説レベルだ。
そして、ロミジュリカップルと呼ばている訳は簡単。去年の文化祭で先輩達のクラスはステージ演目として、ロミオとジュリエットの演劇を披露した。主役のロミオとジュリエット役を演じたのが高柳先輩と生駒先輩。その時の2人は、誰がどう見ても本物の美男美女カップルにしか見えなかったらしく、瞬く間に校内で1番有名なカップルが誕生したからだ。
「さすがのせせカップルも、ロミジュリカップルには敵わねーな!」
「別に張り合ってねぇよ」
瀬古は興味なさげに視線を先輩達から通路に移した。
「部の先輩に対抗なんかしないでしょ」
貝原の発言に瀬古は頷く。
高柳先輩は夏に引退したばかりの元陸上部で、瀬古の直属の先輩だ。瀬古より背が高く、爽やかなイケメン男子。
「あの2人が並んでると、生駒先輩が女子にしか見えねーのまじでやべーよな!」
止まっていた足を再び売店に向かわせながら、はーぎーは明るく言う。
「妹尾達並みに距離が近かったから余計そう見えたんじゃない?」
「あー、なるほどな!」
確かに。高柳先輩に耳元で何か言われて、ちょっと照れてはにかんでる生駒先輩、可愛らしかったなぁ。…あの2人は、本当に付き合ってたりしないのかな?
◇
2日後、教室では文化祭の準備を進めていた。
俺は天井から吊るすクラゲを作る班になった。実行委員の瀬古と貝原は、進捗状況を把握しながら各班の手伝いをするらしい。
「へぇ、クラゲって結構種類あるんだ」
同じ班の藤くんがスマホでクラゲの画像を検索して見ている。俺を含む残りの3人もスマホ画面を覗き込んだ。
「ほんとだ、いっぱいあるね」
「透明なイメージだったけど、色も違うんだなぁ」
「足?触手?もなげーのとみじけーのがいる」
「上から吊るすなら長い方がよくね?」
「そうだね」
「じゃあ、長い種類の方で描いてみる」
「藤、よろしくお願いします!」
美術部の藤くんは、自前のスケッチブックに手慣れた様子でイラストを描き始めた。
「おぉー!うめーな、おい」
「藤くん、すごい!!」
1分もかからず描いたとは思えないクオリティに俺たちはただただ圧倒される。
「ありがとう。素材を何にするか記入して、瀬古達に見せに行こうか」
「うん!」
✳︎
帰りのホームルームが終わり、みんなが教室を出て行く中、瀬古は立ち上がらず動く気配がない。席に座ったままの俺は体を横に向け、瀬古に問いかける。
「瀬古帰らないの?今日、部活ない日だよね?」
「うん。今日みんなが考えてくれた案をまとめて、買い出しリストや大体の予算を出しときたくて」
瀬古の机の上には、各班から預かったアイデアの書かれた用紙が数枚置かれている。
「貝原が今、文化祭用に用意されてる段ボールや廃材のチェックに行ってくれたんだけど、他のクラスや学年も使うから数に限りがありそうなんだよなぁ」
「そうなんだ。…俺に手伝えることあるかな?」
「え、手伝ってくれんの?ありがと、すげぇ助かる」
俺が用紙に記入された材料の価格をネットで調べて、それを瀬古がノートに記入していく。
「え、それそんなに高ぇの?」
「うん、そうみたい」
「ネットより店舗の方が安いかもな」
正面を向いて座っている瀬古は、右手でシャーペンを持ち、左手は横向きに座っている俺の左手を握っている。右手でスマホを操作する俺は、握られた左手に意識がいってしまい、検索に集中出来ていない。時折、無意識に指を絡めてくるから俺の心臓はドクドクと激しく動き大忙しだ。
誰もいない教室に2人きりとか…こんなシチュエーションやば過ぎるよ。瀬古も今、ドキドキしてたりするのかな…?
「クラゲ班だけレベルが違い過ぎだろ」
瀬古は俺たちクラゲ班の用紙を見ながら軽く笑った。
「藤くんの絵のおかげでね」
「このまま飾りたいぐらいうめぇんだけど。もう藤の絵を使って海の美術館にするか」
「あはっ、たしかに見てみたいかも」
「…。」
…ちゅっ…
えっ……
瀬古の唇が俺のおでこあたりに触れた。
…今、おでこにキス…された?
「…2人きりの教室で、そんな可愛い笑顔見せるキイのせい」
ポカンとする俺に、口角を上げて意地悪な笑みを浮かべた瀬古。
ドクンッ…
「…。」
「貝原が戻ってくるまで、ちょい休憩するか」
身体を横に向けた瀬古は「キイ、こっち来て」と手招きをする。
「う、うん…」
立ち上がり、いつも通り膝の上に座るのだと思って背中を見せた俺に瀬古が言う。
「今はこっち…」
腕を掴まれ、クルッと半回転させられた俺は、瀬古と向き合う状態になった。
「えっ…」
ぐいっと腕と腰を引かれ、抱っこされる形で瀬古の膝の上に座った俺。
…!?!?
「え、あ…せ、瀬古…?」
パニックになる俺をぎゅっと抱き寄せ、胸辺りに顔を埋めてぐりぐりしてくる瀬古。
「はぁ〜、やっぱ落ち着くなキイは」
いやいや、俺は落ち着くどころか大混乱なんだけど!
いつもの膝上とは違う密着度に全身が熱くなる。
「ははっ、キイの心臓すげぇドクドクいってる」
「…っ、いや、だって…」
「キイ、照れてんの?」
顔を見上げた瀬古の意地悪な問いかけに小さく頷いた。
「なにそれ、可愛すぎ」
「……瀬古は…」
「ん?」
「…その、誰にでも可愛いとか言うの?」
なんだか面倒くさい女の子みたいなことを言ってしまい、口に出した後すぐに後悔した。
「え、言うわけねぇじゃん。キイ以外に言っことも、思ったこともねぇし」
瀬古の言葉に一瞬で舞い上がりそうなる俺は、やっぱり単純だ。
「キイこそ、俺以外の奴に可愛いって言われる方が嬉しいんじゃねーの?」
「そんなことないよ!…瀬古から言われるのが1番…嬉しいよ」
「だよなっ」
顔を赤くする俺に瀬古は無邪気な笑顔を見せた。
こんな付き合いたてのバカップルみたいなやりとりを2人きりの空間でしている俺達が、付き合っていないなんて信じられますか?



