姫ポジの俺は、勘違いが止まらない!


 長いようで短い夏休みが終わり、今日から2学期。
 久しぶりに1年C組の教室に足を踏み入れると、クラスメイト達が元気良く挨拶をしてくれた。
「あ!キイちゃん、おはよ!久しぶり」
「おはよう。久しぶりのきーちゃん癒されるー」
「みんな、おはよう」

 ひと通りみんなと挨拶を交わし、席に着こうとする俺に誰かが後ろからハグをしてきた。
「…っ!」
「キイ、おはよ」
耳元で囁かれた良い声は間違いない、瀬古だ。
 振り向くと瀬古が笑顔を見せてくる。久しぶりに見たその顔に、思わず頬が染まってしまいそうになった。
「…おはよう。瀬古、焼けた?」
「うん。夏休み中、ほぼ部活だったから。日焼け止め塗っても何の意味もねーんだよ」
 会話をしながらも瀬古はまだ俺のことをバックハグしている。
「あはは、2学期になっても相変わらずだな、瀬古は」
クラスメイトの言葉に瀬古は堂々と答える。
「当たり前じゃん。キイは俺んだから」

…ドキッ…

「いやいや、キイちゃんは、みんなのもんだから」
「そーそー!俺らの“姫”を一人占めすんなよ」
「うっせぇ。お前らは遠くから見て癒されてろって」
「……。」

 俺、妹尾 希一(せのお きいち)の学校内での立ち位置は、いわゆる“姫ポジ”だ。
 男子校に入学して初めて知った事の一つである姫ポジションは、童顔、小柄、中性的な雰囲気など、いくつかの条件をクリアした者だけに与えられる貴重なポジション。男だらけの学校生活の中で、彼女がおらず女の子に飢えている奴らが、姫ポジの男子に癒しや女の子との妄想を求めるのだ。
 まさか自分が姫ポジに選ばられるなんて思ってもいなかった俺は入学後、徐々にクラスメイトや同級生から特別扱いをされるようになり最初は戸惑った。しかし、皆んなが優しく接してくれ、可愛がってくれることに悪い気はせず、姫ポジを楽しもうと思い、今に至る。

「キイは、あんま焼けてないな」
 俺の後ろの席に座った瀬古が俺の顔をじっと見ている。
「…暑いの苦手だから、日中はあんまり外に出なかったんだよね」
「暑いの苦手なの、かわいい」
「…っ」

 朝からバックハグをし、さらっと甘い言葉を言ってきたこの男子は、瀬古 天馬(せこ てんま)
 入学当初から誰よりも俺を姫扱いしている瀬古は、クラス内のリーダー的存在で、男らしさと優しさを兼ね備えたイケメン。
 俺と瀬古は出席番号が前後で、入学当初の席順も前後だったため、自然と話す機会は多かった。


「んじゃ、体育館に移動しろー」
 担任の指示でクラスメイト達はゾロゾロと教室を出始める。
「キイ、俺らも行こうぜ」
瀬古が立ち上がった俺の手を軽く握り、廊下へ向かって歩き出す。
「…う、うん」

 瀬古と1学期を過ごして気付いたことがある。瀬古は多分…いや絶対に…俺の事が好きだ。友達や人としての好きじゃなくて、恋愛として俺を好きだと思う。
 自意識過剰と思われるかもしれないけど、姫扱いを通り越して彼女扱いをしてくる普段の様子を見れば、みんな納得するはずだ。現に、校内では『せせカップル』として有名な俺と瀬古。

「お!せせカップルは2学期もラブラブか」
 体育館の出入り口で、A組の奴らが声を掛けてくる。
「夏休み中に別れなかったんだな」
「俺がキイに飽きるわけねーじゃん」
「ははっ、惚気うぜー」
 このカップルごっこが男子校のノリで、おふざけの延長だということはみんな理解しているし、俺も分かっている。分かっているんだけど……

 始業式が行われる体育館内は、男だらけにも関わらず、制汗剤やデオドラントの香りが広がり、意外と爽やかな空間だ。
 俺は目の前に座る瀬古の背中をぼんやり見ている。

 そういえば、朝イチでハグされた時めっちゃ良い匂いしたなぁ。制汗剤?いや、香水かな?

 なんて考えてたら、瀬古が顔を前に向けたまま片手を俺の方へ差し出し、手のひらを見せながら指先を数回クイクイッと曲げた。

 …?何だろう…

 何か要求された気がするけど渡せる物が無く、迷いながら瀬古の手に自分の手をそっと重ねてみた。すると、瀬古は指先にグッと力を入れ、そのままモミモミと俺の指を握ってきた。どうやら俺の手をお望みだったらしい。

 …きゅん…

 こんな事をされてときめかない人間がいるだろうか。いや、同じことをされても他の奴にはここまでときめかない。
「…。」
 新学期早々、自分の瀬古への感情が特別だと痛感する。
 夏休み中ずっとずっと悩んでいたのに、久しぶりに瀬古と会って、いとも簡単に答えが出てしまった。

 俺も瀬古が好き。

 俺のことを好きなんじゃないかと感じ始めてから、少しずつ瀬古を意識するようになった。相手の好意に気付いて気になり出すなんて、我ながら単純だと思う。しかし、恋愛経験が皆無で、勝手に恋愛対象は女の子だと思っていたから、本当に好きかどうか分からず、曖昧な気持ちのまま夏休みになってしまった。
 そして今日、確信した。これは恋なんだ。

 …ってことは、俺と瀬古は両思いなんだよね!?

 ◇

 翌日の昼休み。お弁当を食べ終わった俺は自分の席で、はーぎーこと萩原の膝の上にいた。誰かの膝の上にいることは、姫ポジにとって日常茶飯事だったりする。
「腹いっぱいだけど、なんか甘いもん食いてーなぁ」
はーぎーは、上半身を左右に揺らした。
 はーぎーは、ヤンチャな盛り上げ隊長。常にクラスのみんなを楽しませてくれる、明るくて良い男。
「てか、そろそろ瀬古戻ってくるけど」
 隣の席に座る貝原がスマホをいじりながら、はーぎーに言う。
 貝原は、いつでも冷静で落ち着いているが、ノリの良さもきちんと持ち合わせている。
「えぇー、もうキイちゃんタイム終わり?」
「……はい、終わり」
 トイレから戻って来た瀬古が俺の手を引き、はーぎーから引き離した。そのまま自分の席に座り、俺を太ももに座らせると腕を腰に回して、ぎゅっとしてくる。

 …ドキッ

「キイは俺の膝の上が好きなんだよ。な、キイ?」
「あ、うん」
 はーぎーの膝の上では感じなかったドキドキが一気に身体中を駆け巡る。
「くそぉー、悔しいのに天馬とキイちゃんがお似合いに見えるのがもっと悔しいっ!」
「あはは、完敗だね萩原」
「キイのことは諦めて、さっさと彼女作れよ」
 はーぎーは彼女がいない。友達が多いし、バイトもしているから、出会いは多そうに思えるけど、なかなか恋に発展しないらしい。ちなみに貝原は他校に彼女がいる。
「うるせー。欲しくても出来ねーから、キイちゃんに癒しと温もりを求めてんだよ。つうか、瀬古が彼女を作ってキイちゃんの独占をやめろよなぁ」
「あ?やめるわけねーだろ、ばーか」
「…。」
 イケメンで高身長、陸上部で運動神経抜群、みんなを引っ張るリーダータイプ、共学ならモテにモテたであろう瀬古。そんな瀬古に彼女がいない理由は簡単。だって、俺のことが大好きだもん。

 ✳︎

 5、6限目は、月末にある文化祭に向けた話し合いの時間だった。うちの高校では、1年生は教室展示、2年生はステージ、3年生は模擬店をすることがルールとして決まっている。
 文化祭実行委員の瀬古と貝原が教壇に立ち、話を進めていく。
「1学期末に3つ候補挙げてたの、みんな覚えてるー?」
 瀬古の問いかけに、はーぎーや他のクラスメイトが喋り出す。
「え、何だっけ!?」
「あ!あれじゃね!?お化け屋敷!」
「あー、それだわ!あとは…」
「オレ、分かった!ジェットコースターでしょ!?」
「そうだっけ?」
「合ってる合ってる。うちのクラスが企画書を提出したのは、お化け屋敷、室内ジェットコースター、海をイメージした展示の3つ」
瀬古の説明にクラス内は盛り上がり始める。
「どれも楽しそうじゃん!」
「だな!どれにする!?」
「準備が簡単そうなのは…」
「はい、ストップー。盛り上がってるとこ悪りぃけど、残念なお知らせがありまーす。貝原、説明よろしく」
「過去の俺たちは簡易的な企画書でいいと思って、とんでもなく簡単な内容で提出したんだよね。…その結果、他のクラスの企画書にボロ負けし、審査を通過したのは他と被らなかった海の展示のみでした。お化け屋敷はA組、ジェットコースターはF組がするらしいです」
貝原の説明にブーイングが巻き起こる。
「おい、何してんだよー!」
「オレたちのワクワクドキドキ返せー」
「誰だよ、海とか言い出したの」
「俺らマーメイドなんかなれねーぞ」
「黙れ黙れ。これはもう連帯責任だから、文句は受け付けねーよ」
「他の2つと違って、当日はほぼする事なくて楽なのはメリットだよ」
「つーわけで、展示の内容をより詳しく決めてくから。ま、せっかくだし、やるからには本気で作ろうぜ!」
 瀬古の笑顔に教室内は明るさを取り戻し「そだな!」「C組のセンス見せつけるか!」とみんなやる気に溢れ出した。

 瀬古のこういうとこ尊敬するし…好きだなぁ。

 5限目が終わって10分休憩に入った時、瀬古が席に戻ってきた。机に突っ伏し、両腕をだらんと前に伸ばしている。
「あぁー、疲れた。キイー、癒してくれー」
 どうすれば癒せるのか分からず、瀬古の頭を優しく撫でて「お疲れ様」と言ってみた。
 若干顔を上げ、上目遣いになった瀬古は俺を見つめながら呟く。
「やべ…今のすげぇ好き」

 ずきゅん…!

 …えっと、もう告白してもらってもいいですか?