「今年の放送コンテスト、ラジオドラマ部門出場チームは、三隅、早乙女チーム」
部長の声が響いた。部内にあたたかい拍手が広がる。
俺もしっかりと拍手した。
悔しくないと言えば嘘になる。ちょっと取り戻したくらいじゃ、まだまだ早乙女には届きもしなかった。
それは、俺が声から逃げ続けてたことの、当然の結果だ。
目の奥が、少しだけツンとする。
でも、今度は下を向かない。
逃げてた時間も、足りない実力も、全部ひっくるめて今の俺だ。ここから巻き返す。来年も狙う。来年の放送コンこそは。
来年も、一緒に組んでくれるだろうか。
待っててくれるだろうか。
──千隼。
「先輩」
ぽん、と優しく肩を叩かれた。振り向くと、千隼のやわらかい視線とぶつかる。
「来年こそは、取りに行きましょう」
そう言い切った千隼の目の奥が、わずかに揺れた。何か、言おうとしてるのが分かった。大事なことを言うとき、こいつはいつも、言葉より先に目が本音をこぼす。
「……また、誘ってもいいですか」
俺は、ふっと笑ってしまった。ばか。いいも悪いも、お前しかいねぇよ。
俺は、千隼のヘッドホンのコードを小さく引っ張った。千隼の猫背がくずれて、顔が俺のほうに近づく。
「来年こそふたりで行こうぜ」
他のやつらには聞こえないくらいの小さな声でも、俺の声は千隼に届くことを知ってるから。
なんだかもう一度今日の空気を確かめたくなって、帰り際に、もう一度部室に立ち寄った。
プレゼンが終わって誰もいなくなった部室は、さっきまでの盛り上がりが嘘みたいに静かだった。
外の部活も終わって、窓の外は夜の景色に変わっている。
声で勝負できると自信満々だった去年。鼻をへし折られた放送コン。そこから俺は、一度の失敗を引きずって、ずっと立ち止まったままだった。
でも、今日は違う。負けたけど、前を向けてる。ちゃんと届いたって思えた。
俺の本当の気持ち、千隼に伝えたい。今の俺なら、届けられる。
千隼を探しに行こうと振り返ったとき。
ガチャ。
ドアの開く音がして、見慣れた猫背がそこに現れた。
「あ、先輩」
「ちは……」
思わず声が出た。同時に、少しだけ可笑しくなる。
考えること、同じかよ。
千隼はドアを閉めると、その場で一瞬だけ立ち止まった。何か言おうとして、でも、言葉が出てこないみたいに。
それから、ゆっくりとこっちに向かって歩いてきた。
「なんとなく……先輩がいるような気がして」
相変わらず忍者みたいな勘の鋭さだな。
「奇遇だな。……俺も、お前のこと、考えてた」
軽く返したつもりだったのに、言ったあとで、なんか俺、すごいこと言ったかもって心の中で焦る。
千隼の頬がみるみる赤くなっていく。それを見て、俺も一気に熱くなる。
やべ……。今、完全にふたりっきりじゃん。そういや。
「き、今日さ」
「はい……」
「……その……俺の波形、どうだった?」
ごまかすみたいに、今日のことを聞く。会話が、いつもみたいに回らない。変に間が空く。
千隼も、真っ赤になった顔をこぶしで隠すようにしながら、少しだけ視線を逸らした。
「……ワクワク、しました。でも」
そこで、言葉が止まる。こぶしが下りて、まっすぐな視線が俺をとらえた。
「ちょっと足りません」
待て。この雰囲気で、まさかダメ出しする気か!?
いや、ありえる。そういや、こいつはそういうやつだった。音のことになると周りが見えなくなる、重度の音オタク。
「……何がだよ」
不機嫌な声が出るのを止められなかった。このまま反省会とかになったら、たまったもんじゃない。
だけど──千隼は、すぐには答えなかった。
少しだけ息を詰めたようにして、口にする言葉を探してる。いつもの、音の話をするときの顔じゃない。
俺は、千隼が何を言い出すのか、ドキドキしながらその続きを待った。
「今の、先輩の声がほしいです」
千隼の顔は真っ赤で、でも目は俺からそらしてなくて。
まっすぐな気持ちが、俺の胸に刺さる。
「今の俺の声……」
「はい。……先輩が、俺にだけ聞かせてくれる声」
そう言って、千隼はヘッドホンを首から外した。一言も聞き逃さないって顔だった。顔はすごく真剣なくせに、ヘッドホンに隠れてた髪の寝癖がぴょんと跳ねてる。
やべ……。そんなところも好きなんて思うなよ。
無意識に、その跳ねた髪に手を伸ばしていた。指先でそっと整える。
「先輩」
呼ばれたと同時に、手首をやわらかく掴まれた。小さく引っ張られ、俺は千隼の胸に近づく。
千隼は身をかがめると、俺の耳元で囁いた。
「……返事、聞かせてください」
千隼の呼吸が、耳に触れる。心臓が強く跳ねる。こんなゼロ距離、もう逃げられない。
──いや、俺は決めたんだ。もう逃げないって。
俺の声で、俺の言葉で、ちゃんとお前に言う。
「俺も……」
声が震えた。でも知ってる。お前は、俺のどんな声も受け止めてくれるって。だから、俺はもう迷わない。千隼の顔をまっすぐに見つめた。
「お前が、好きだ」
千隼の目の中が、大きく揺れた。息を呑んだまま、一瞬固まる。
それから、はぁ、と大きく息をついて、天井を仰いだ。
「やべぇ……めっちゃ嬉しい」
千隼は、迷ったように自分の手をさまよわせたあと、俺の肩を引き寄せた。俺は、すっぽりと千隼の腕の中に収まる。
「……今の波形、最高でした」
こんなときでも、そこかよ。
千隼に抱きしめられて、めちゃくちゃドキドキしてた俺は、いつも通りの千隼の一言に少し安心する。
ぎこちなく、千隼の背中に手を回した。
千隼は、抱きしめる腕に力をこめて、それに返してくれた。
──同じだ。今、俺たちは同じソノリティを感じてる。
キーンコーンカーンコーン。
最後のチャイムが鳴った。少しさびしい。
明日もあさっても会えるんだぞ。部活で、土手で、約束すればどこでだって千隼と会える。
だけど、この時間は今しかなくて。
名残惜しい気持ちで、俺の胸がいっぱいになる。
「先輩」
そんな俺をなだめるみたいに、千隼は俺に呼びかけた。俺の耳元で、小さく息を吸う。
「これからも、俺が先輩の声、一番いい音で録ります。だから──」
俺は、おそるおそる千隼を見上げた。心臓がまた早鐘を打つ。千隼と視線が絡んで、目をそらせない。
だからの次。千隼は口を開いた。
「先輩の声、全部俺にください」
──なんだよ、それ。プロポーズかよ。
無自覚にそういうこと言うんだよな。だけど、千隼の目は相変わらず真剣で、俺のことしか見てなくて……俺は、毎回心臓が持たなそうだ。
俺は、真っ赤になった顔を隠すように、千隼の胸に顔を埋めた。
「……分かったよ」
つぶやくような声は、千隼の耳に届いたみたいだった。千隼の顔が近づいてきて──おでこに柔らかい感触が落ちてきた。
びくっと、肩が跳ねる。
──千隼に、キス、された。
おでこに手を当てて、腕の中から千隼を見上げる。俺たちは、今、はじめての波形に出会ってる。千隼は真っ赤な顔をして、少し笑った。
「了解、もらいましたから」
俺も、熱い顔を隠しきれない。でも、ちゃんと受け取ってほしいから。
千隼の顔を見上げて、しようがねぇな、と笑った。
俺は千隼と、ソノリティを作りたい。この先も、ずっと。
チャイムの余韻が、いつまでも夜の学校に残っていた。
終わり
部長の声が響いた。部内にあたたかい拍手が広がる。
俺もしっかりと拍手した。
悔しくないと言えば嘘になる。ちょっと取り戻したくらいじゃ、まだまだ早乙女には届きもしなかった。
それは、俺が声から逃げ続けてたことの、当然の結果だ。
目の奥が、少しだけツンとする。
でも、今度は下を向かない。
逃げてた時間も、足りない実力も、全部ひっくるめて今の俺だ。ここから巻き返す。来年も狙う。来年の放送コンこそは。
来年も、一緒に組んでくれるだろうか。
待っててくれるだろうか。
──千隼。
「先輩」
ぽん、と優しく肩を叩かれた。振り向くと、千隼のやわらかい視線とぶつかる。
「来年こそは、取りに行きましょう」
そう言い切った千隼の目の奥が、わずかに揺れた。何か、言おうとしてるのが分かった。大事なことを言うとき、こいつはいつも、言葉より先に目が本音をこぼす。
「……また、誘ってもいいですか」
俺は、ふっと笑ってしまった。ばか。いいも悪いも、お前しかいねぇよ。
俺は、千隼のヘッドホンのコードを小さく引っ張った。千隼の猫背がくずれて、顔が俺のほうに近づく。
「来年こそふたりで行こうぜ」
他のやつらには聞こえないくらいの小さな声でも、俺の声は千隼に届くことを知ってるから。
なんだかもう一度今日の空気を確かめたくなって、帰り際に、もう一度部室に立ち寄った。
プレゼンが終わって誰もいなくなった部室は、さっきまでの盛り上がりが嘘みたいに静かだった。
外の部活も終わって、窓の外は夜の景色に変わっている。
声で勝負できると自信満々だった去年。鼻をへし折られた放送コン。そこから俺は、一度の失敗を引きずって、ずっと立ち止まったままだった。
でも、今日は違う。負けたけど、前を向けてる。ちゃんと届いたって思えた。
俺の本当の気持ち、千隼に伝えたい。今の俺なら、届けられる。
千隼を探しに行こうと振り返ったとき。
ガチャ。
ドアの開く音がして、見慣れた猫背がそこに現れた。
「あ、先輩」
「ちは……」
思わず声が出た。同時に、少しだけ可笑しくなる。
考えること、同じかよ。
千隼はドアを閉めると、その場で一瞬だけ立ち止まった。何か言おうとして、でも、言葉が出てこないみたいに。
それから、ゆっくりとこっちに向かって歩いてきた。
「なんとなく……先輩がいるような気がして」
相変わらず忍者みたいな勘の鋭さだな。
「奇遇だな。……俺も、お前のこと、考えてた」
軽く返したつもりだったのに、言ったあとで、なんか俺、すごいこと言ったかもって心の中で焦る。
千隼の頬がみるみる赤くなっていく。それを見て、俺も一気に熱くなる。
やべ……。今、完全にふたりっきりじゃん。そういや。
「き、今日さ」
「はい……」
「……その……俺の波形、どうだった?」
ごまかすみたいに、今日のことを聞く。会話が、いつもみたいに回らない。変に間が空く。
千隼も、真っ赤になった顔をこぶしで隠すようにしながら、少しだけ視線を逸らした。
「……ワクワク、しました。でも」
そこで、言葉が止まる。こぶしが下りて、まっすぐな視線が俺をとらえた。
「ちょっと足りません」
待て。この雰囲気で、まさかダメ出しする気か!?
いや、ありえる。そういや、こいつはそういうやつだった。音のことになると周りが見えなくなる、重度の音オタク。
「……何がだよ」
不機嫌な声が出るのを止められなかった。このまま反省会とかになったら、たまったもんじゃない。
だけど──千隼は、すぐには答えなかった。
少しだけ息を詰めたようにして、口にする言葉を探してる。いつもの、音の話をするときの顔じゃない。
俺は、千隼が何を言い出すのか、ドキドキしながらその続きを待った。
「今の、先輩の声がほしいです」
千隼の顔は真っ赤で、でも目は俺からそらしてなくて。
まっすぐな気持ちが、俺の胸に刺さる。
「今の俺の声……」
「はい。……先輩が、俺にだけ聞かせてくれる声」
そう言って、千隼はヘッドホンを首から外した。一言も聞き逃さないって顔だった。顔はすごく真剣なくせに、ヘッドホンに隠れてた髪の寝癖がぴょんと跳ねてる。
やべ……。そんなところも好きなんて思うなよ。
無意識に、その跳ねた髪に手を伸ばしていた。指先でそっと整える。
「先輩」
呼ばれたと同時に、手首をやわらかく掴まれた。小さく引っ張られ、俺は千隼の胸に近づく。
千隼は身をかがめると、俺の耳元で囁いた。
「……返事、聞かせてください」
千隼の呼吸が、耳に触れる。心臓が強く跳ねる。こんなゼロ距離、もう逃げられない。
──いや、俺は決めたんだ。もう逃げないって。
俺の声で、俺の言葉で、ちゃんとお前に言う。
「俺も……」
声が震えた。でも知ってる。お前は、俺のどんな声も受け止めてくれるって。だから、俺はもう迷わない。千隼の顔をまっすぐに見つめた。
「お前が、好きだ」
千隼の目の中が、大きく揺れた。息を呑んだまま、一瞬固まる。
それから、はぁ、と大きく息をついて、天井を仰いだ。
「やべぇ……めっちゃ嬉しい」
千隼は、迷ったように自分の手をさまよわせたあと、俺の肩を引き寄せた。俺は、すっぽりと千隼の腕の中に収まる。
「……今の波形、最高でした」
こんなときでも、そこかよ。
千隼に抱きしめられて、めちゃくちゃドキドキしてた俺は、いつも通りの千隼の一言に少し安心する。
ぎこちなく、千隼の背中に手を回した。
千隼は、抱きしめる腕に力をこめて、それに返してくれた。
──同じだ。今、俺たちは同じソノリティを感じてる。
キーンコーンカーンコーン。
最後のチャイムが鳴った。少しさびしい。
明日もあさっても会えるんだぞ。部活で、土手で、約束すればどこでだって千隼と会える。
だけど、この時間は今しかなくて。
名残惜しい気持ちで、俺の胸がいっぱいになる。
「先輩」
そんな俺をなだめるみたいに、千隼は俺に呼びかけた。俺の耳元で、小さく息を吸う。
「これからも、俺が先輩の声、一番いい音で録ります。だから──」
俺は、おそるおそる千隼を見上げた。心臓がまた早鐘を打つ。千隼と視線が絡んで、目をそらせない。
だからの次。千隼は口を開いた。
「先輩の声、全部俺にください」
──なんだよ、それ。プロポーズかよ。
無自覚にそういうこと言うんだよな。だけど、千隼の目は相変わらず真剣で、俺のことしか見てなくて……俺は、毎回心臓が持たなそうだ。
俺は、真っ赤になった顔を隠すように、千隼の胸に顔を埋めた。
「……分かったよ」
つぶやくような声は、千隼の耳に届いたみたいだった。千隼の顔が近づいてきて──おでこに柔らかい感触が落ちてきた。
びくっと、肩が跳ねる。
──千隼に、キス、された。
おでこに手を当てて、腕の中から千隼を見上げる。俺たちは、今、はじめての波形に出会ってる。千隼は真っ赤な顔をして、少し笑った。
「了解、もらいましたから」
俺も、熱い顔を隠しきれない。でも、ちゃんと受け取ってほしいから。
千隼の顔を見上げて、しようがねぇな、と笑った。
俺は千隼と、ソノリティを作りたい。この先も、ずっと。
チャイムの余韻が、いつまでも夜の学校に残っていた。
終わり



