合宿は三日間の日程を終えた。俺と千隼は、無言でバスの荷物スペースに機材を詰め込む。
千隼の動きはいつもと変わりなかった。ケーブルをまとめ、ケースをしまい終えると、俺たちもバスに乗り込んだ。
行きと同じく隣の席。
だけど、何を話せばいいのか、分からなかった。
千隼も、何も言わない。ヘッドホンをして自分の世界に入ってる。なにか言ってくると思ったのに、話しかけてはこない。
そりゃそうか。突き放したのは、俺のほうだもんな。
バスが揺れるたびに、肩が少し触れる。それでも、どちらもなにも言わなかった。
俺もイヤホンを耳につけて、聞く気もない音楽で気を紛らわせた。
「おつかれー。体育祭が終わったら作品の発表するからな。ちゃんと仕上げとけよー」
バスが学校に到着すると、ひとりだけ元気な部長が声を張り上げた。
「うーす」
「おつかれー」
声をかけあって、解散する。
「お疲れ」
「お疲れ様でした」
俺と千隼も形ばかりの挨拶をした。いつもならもう少し会話が続いてたはずなのに、今日は気まずい。
部員の流れに紛れて、俺も歩き出した。そのとき。
「先輩」
千隼の声だった。
俺は、少し迷って……ゆっくり振り返った。ちょっと怖い気持ちがあった。なにか言われるんじゃないかって。責められるとか、呆れられるとか。そういうのを、どこかで覚悟してた。
でも。
「これ」
差し出されたのは、小さなUSBメモリだった。
「……なにこれ」
「あとで、聞いてみてください」
それだけ言って、千隼は俺とは逆方向へ歩き出した。呼び止めることもできずに、俺は、千隼の猫背を見送った。
家に帰って、ポケットの中で握りしめていたそれを、机の上に置いた。
きっと、作品に使うはずだった音が入ってるんだろう。あとは声を入れるだけの。
──いいよ、千隼。俺じゃなくていいんだよ。
俺がお前の特別になれるかも、なんて、変なこと考えて悪かったよ。
千隼の才能は、中途半端な俺なんかじゃ、ちゃんと活かしてやれない。
USBメモリは、再生されないまま机の引き出しにしまわれた。
残りの夏休みは、家と図書館の往復で終わった。駅前には意識して行かなかった。千隼に会って、問い詰められても困る。
テレビに九条さんが映ると、チャンネルを変えた。なんとなく罪悪感みたいなものが胸をよぎる。
千隼に会って、声を出すことの楽しさを思い出していた俺は、急にしぼんでしまったみたいだった。千隼に会う前に戻っただけなのに。
夏休み明け、二学期がはじまるとすぐに体育祭だ。放送部は司会や実況アナウンスを担当する。俺も去年まではアナウンスを担当してたけど、今年は、原稿作りと裏方に徹していた。
体育祭の進行そのものは、毎年ほとんど使いまわしだし、先輩もいるのでそれほど難しいことじゃない。
だけど、今年はいつもと少し様子が違っていた。百周年記念とかで、市議会の議長が来ることになっているらしい。
そのせいか、先生たちもどこかピリついていて、放送のチェックも例年より細かかった。
「ミスすんなよー、今年はマジで怒られるからな」
部長がゲキを飛ばす。と言っても、真面目に聞いているのは一部だけで、あとは適当に流している。
ちゃんとやれよ、って心の中で思うけど、俺にはそれを言う資格はない。
ふと千隼を見ると、いつも通り淡々と音響の準備をしていた。体育祭で使う音楽をまとめたデータも、ちゃんと家から持参してきている。
相変わらず他人の会話には入れないみたいだけど、自分の仕事はちゃんとやる。そういうとこ、すごいと思う。
「よし、各自持ち場につけー。始まるぞ」
俺は、運動場のテントに設置された実況ブースに移動した。部室で音響を担当する千隼は、結局こっちを見ることはなかった。
開会式が始まって、しばらくは何事もなく進んでいた。来賓の市議会議長の挨拶が長くて、だるかったくらいだ。
部員たちは、自分の出る種目以外のときに、ブースや部室に出入りして担当する業務をこなす。俺も基本ブースに張り付いていて、千隼のいる部室を気に掛ける余裕はなかった。
応援合戦が終わり、後半のクラス対抗リレーに差し掛かったときだった。
本当なら、ここで、テンションの上がる曲がかかるはずだった。
曲がいつまでも流れない。
手間取ってるのか? と部室のある方をふと見上げる。そのときだった。
「先輩の声、好きなんで」
スピーカーから流れてきたのは、流れちゃいけないはずの音声だった。
一瞬、何が起きたのか分からなかった。でも、聞き間違えようがなかった。千隼の声だ。
続けざま、声が切り替わった。
「お前、昼飯食ったのかよ」
「お前のそれ、一口ちょうだい」
──これ、俺の声だ。
「もうすぐ夕飯の時間だぞ」
合宿の時のだ。間違いない。あいつのフォルダだ。なんでこれが流れてんだよ。
グラウンドがざわめく。
「お前といると調子狂うわ」
何回目かの部活で、ダメ出しされたときのやつ。
なにこれ? 放送部じゃない? 先輩って誰だよ。公開告白っぽくね? マジかよ。
笑い声と困惑の声が混じり、徐々に大きくなっていく。
──やめろ。やめろって。
だけどブースからじゃ止められない。頭が真っ白になる。気づいたら、マイクを掴んでいた。
「おい、なにやってんだ! 早く消せ!」
スピーカーから自分の声が跳ね返って、はっと我に返る。だけど、もう止まらなかった。
「こんなバカみてぇなもん、流してんじゃねぇよ!」
グラウンドが、静まり返った。
千隼の動きはいつもと変わりなかった。ケーブルをまとめ、ケースをしまい終えると、俺たちもバスに乗り込んだ。
行きと同じく隣の席。
だけど、何を話せばいいのか、分からなかった。
千隼も、何も言わない。ヘッドホンをして自分の世界に入ってる。なにか言ってくると思ったのに、話しかけてはこない。
そりゃそうか。突き放したのは、俺のほうだもんな。
バスが揺れるたびに、肩が少し触れる。それでも、どちらもなにも言わなかった。
俺もイヤホンを耳につけて、聞く気もない音楽で気を紛らわせた。
「おつかれー。体育祭が終わったら作品の発表するからな。ちゃんと仕上げとけよー」
バスが学校に到着すると、ひとりだけ元気な部長が声を張り上げた。
「うーす」
「おつかれー」
声をかけあって、解散する。
「お疲れ」
「お疲れ様でした」
俺と千隼も形ばかりの挨拶をした。いつもならもう少し会話が続いてたはずなのに、今日は気まずい。
部員の流れに紛れて、俺も歩き出した。そのとき。
「先輩」
千隼の声だった。
俺は、少し迷って……ゆっくり振り返った。ちょっと怖い気持ちがあった。なにか言われるんじゃないかって。責められるとか、呆れられるとか。そういうのを、どこかで覚悟してた。
でも。
「これ」
差し出されたのは、小さなUSBメモリだった。
「……なにこれ」
「あとで、聞いてみてください」
それだけ言って、千隼は俺とは逆方向へ歩き出した。呼び止めることもできずに、俺は、千隼の猫背を見送った。
家に帰って、ポケットの中で握りしめていたそれを、机の上に置いた。
きっと、作品に使うはずだった音が入ってるんだろう。あとは声を入れるだけの。
──いいよ、千隼。俺じゃなくていいんだよ。
俺がお前の特別になれるかも、なんて、変なこと考えて悪かったよ。
千隼の才能は、中途半端な俺なんかじゃ、ちゃんと活かしてやれない。
USBメモリは、再生されないまま机の引き出しにしまわれた。
残りの夏休みは、家と図書館の往復で終わった。駅前には意識して行かなかった。千隼に会って、問い詰められても困る。
テレビに九条さんが映ると、チャンネルを変えた。なんとなく罪悪感みたいなものが胸をよぎる。
千隼に会って、声を出すことの楽しさを思い出していた俺は、急にしぼんでしまったみたいだった。千隼に会う前に戻っただけなのに。
夏休み明け、二学期がはじまるとすぐに体育祭だ。放送部は司会や実況アナウンスを担当する。俺も去年まではアナウンスを担当してたけど、今年は、原稿作りと裏方に徹していた。
体育祭の進行そのものは、毎年ほとんど使いまわしだし、先輩もいるのでそれほど難しいことじゃない。
だけど、今年はいつもと少し様子が違っていた。百周年記念とかで、市議会の議長が来ることになっているらしい。
そのせいか、先生たちもどこかピリついていて、放送のチェックも例年より細かかった。
「ミスすんなよー、今年はマジで怒られるからな」
部長がゲキを飛ばす。と言っても、真面目に聞いているのは一部だけで、あとは適当に流している。
ちゃんとやれよ、って心の中で思うけど、俺にはそれを言う資格はない。
ふと千隼を見ると、いつも通り淡々と音響の準備をしていた。体育祭で使う音楽をまとめたデータも、ちゃんと家から持参してきている。
相変わらず他人の会話には入れないみたいだけど、自分の仕事はちゃんとやる。そういうとこ、すごいと思う。
「よし、各自持ち場につけー。始まるぞ」
俺は、運動場のテントに設置された実況ブースに移動した。部室で音響を担当する千隼は、結局こっちを見ることはなかった。
開会式が始まって、しばらくは何事もなく進んでいた。来賓の市議会議長の挨拶が長くて、だるかったくらいだ。
部員たちは、自分の出る種目以外のときに、ブースや部室に出入りして担当する業務をこなす。俺も基本ブースに張り付いていて、千隼のいる部室を気に掛ける余裕はなかった。
応援合戦が終わり、後半のクラス対抗リレーに差し掛かったときだった。
本当なら、ここで、テンションの上がる曲がかかるはずだった。
曲がいつまでも流れない。
手間取ってるのか? と部室のある方をふと見上げる。そのときだった。
「先輩の声、好きなんで」
スピーカーから流れてきたのは、流れちゃいけないはずの音声だった。
一瞬、何が起きたのか分からなかった。でも、聞き間違えようがなかった。千隼の声だ。
続けざま、声が切り替わった。
「お前、昼飯食ったのかよ」
「お前のそれ、一口ちょうだい」
──これ、俺の声だ。
「もうすぐ夕飯の時間だぞ」
合宿の時のだ。間違いない。あいつのフォルダだ。なんでこれが流れてんだよ。
グラウンドがざわめく。
「お前といると調子狂うわ」
何回目かの部活で、ダメ出しされたときのやつ。
なにこれ? 放送部じゃない? 先輩って誰だよ。公開告白っぽくね? マジかよ。
笑い声と困惑の声が混じり、徐々に大きくなっていく。
──やめろ。やめろって。
だけどブースからじゃ止められない。頭が真っ白になる。気づいたら、マイクを掴んでいた。
「おい、なにやってんだ! 早く消せ!」
スピーカーから自分の声が跳ね返って、はっと我に返る。だけど、もう止まらなかった。
「こんなバカみてぇなもん、流してんじゃねぇよ!」
グラウンドが、静まり返った。



