「わたし、失恋しようと思います!」
意気軒昂……意気揚々……かな? ともかく! わたしは高々と宣言した。
宣言された目の前の人物は何の反応も示さない。誰にだとも何故だとも問わない。
ちょっとくらいつっこんでもいいのでは、と思わなくもないけども。
しかし、ガン無視くらいでめげるわたしではないのだ。
「季節は秋。失恋にはうってつけの季節だし、ねっ、先生!」
「…………」
先生がわずかに眉をしかめたのを、わたしは見逃さなかった。
目の前にいるしかめっ面の青年は、わたしの元家庭教師。家庭教師してくれてた頃からもう五年は経ってて、わたしは現在二十歳、花の女子大生である。
繰り返しますが「花の女子大生」です。今どきそんな風に言わないとかは、なしです。
そんなわたし……花のぴっちぴち女子大生の「失恋します宣言」を先生は無視して、分厚い本を読み続けている。だけど無視してるようで、実はわたしの話を聞いてくれてるのは分かってる。ページを捲るのがあきらかに遅くなってますからね!
「そんなわけで先生にはぜひともご協力いただきたいわけで!」
用意しておいたA4の用紙を二枚、テーブルに置いた。先生はそれも無視だ。
読書中、先生は眉間に皺を寄せる。近視気味らしいけれど、眼鏡はめったに掛けない。「眼鏡を掛けるとイケメン度があがりますね!」と褒めたことあったんだけど、それが不服だったらしい。先生の扱いはちょっと難しい。
いま、わたしと先生がいるのは、雑居ビルの一室、その中でも一番広い八畳間の客間だ。小奇麗に整理整頓がされていて、部屋の隅に塵一つ落ちていない。窓にもアルミブラインドにも汚れはなく、空気清浄機のフィルターもバッチリ清掃済みだ。
室内清掃はわたしが任されている仕事の内の一つ。完璧にこなして、シンデレラにも負けない仕事っぷりです。
なんといっても客商売。お客様を通す部屋は清潔感が大事ですからね。
たとえその商売が「探偵事務所」なんていう、ちょっぴり胡散臭い業種でも。
『きたみ探偵事務所』
ここがわたし、五十風深花のバイト先である。
五十風で「いそかぜ」と読む。名前の方は、深い花で「みはな」。探偵事務所でバイトしてるせいでうっかり「探花」と書き間違えてしまうのが、最近のどうでもいい悩みだ。
そして「先生」。
わたしの向かい側で黙然と読書を続けている先生は、『きたみ探偵事務所』の一所員、フリーランスで働いている。大学の非常勤講師で非常勤探偵という、胡散臭さ爆裂の先生である。
さてその胡散臭い先生はと言うと、ようやく目線をわたしに向けてくれた。強面系の顔立ちだから睨まれるとけっこう怖い。だけど剣呑な眼力にもわたしは怯みません。
わたしは話を続けた。
「わたしが失恋を予定してる男性、名前は北大路和幸さん、年は先生より二歳下の二十六歳で真面目な商社マン。良家のお坊ちゃんで、お父様とお兄様は政界人。次男ってこともあって性格は鷹揚で、見た目も爽やか好青年です。先生もたしか面識ありましたよね、うちですれ違ったりとかそんなで」
「ああ、何度かな」
先生はふんと鼻を鳴らした。そして持っていた本をテーブルに置き、ややあってから不意を衝いてきた。
「で、この見た目も爽やか好青年は、おまえの婚約者ってわけだ?」
「ちょぉぉぉぉっ!」
思わず声を張り上げた。張り上げましたとも!
「先生、それネタバレですからぁっ! てゆーかなんで知ってるんですか!」
「あー、そこはほら、なんといってもウチは探偵事務所だしねぇ」
そこへタイミングを見計らって(だと思われる)所長が紅茶のセットを持って現れた。
のほほん顔の『きたみ探偵事務所』の所長は、テーブルにお茶を置くと、わたしの横に「よいしょ」と腰をおろした。
所長はわたし達の分のお茶も淹れてくれ、紅茶の馥郁たる香りを満喫した後に、しみじみと言った。
「みーくんは優秀な所員だからねぇ、いろんなことをなんでだか知ってるんだよねぇ」
「みーくん言うな」
先生は即座につっこむ。
「みーくん」というのは先生の愛称だ。先生は所長の甥っこなので、昔から「みーくん」と呼ばれていたらしい。……羨ましい。
ちなみに『きたみ探偵事務所』の「きたみ」は「鬼多見」と書く。
おそろしげな苗字の所長だけど、目尻の下がった柔和な顔つきにふっくらした体は癒し系といってよく、見た目だけなら鬼っぽさのかけらもない。ぷくぷくした福耳が所長のチャームポイントだ。ちなみに先生のチャームポイントは鋭い眼光かな。目ヂカラならわたしも負けてないと思う。睫毛の手入れは欠かしません!
そういえば、時々先生はわたしのことを睨みつけてくることがある。五、六秒見つめて、ふいっと逸らす。なんですかと問えば、別にと返される。なんだかよくわからない。けど、おかげで先生の鋭い目つきにもすっかり慣れてしまった。
と、それはさておき。どうやら所長もわたしの婚約について、とっくに知ってるようだった。あなどりがたし、探偵事務所。
先生はもう一枚の方の書類に目をやった。
「こっちの女性は……西浦沙依か。たしかおまえんとこのハウスキーパーだったな」
ネタバレをされてちょっと面白くない。けれど拗ねて先生の機嫌を損ねるのは避けたかったので、頷いて応えた。
「どっちも、おまえとは仲良しこよし、だな?」
「そーですぅ」
なんか険のある言い方が気に障って、わざとむくれてみせた。先生は沙依さんの顔写真に目を落としたままで、わたしのふくれっ面はガン無視だ。
今日何度目の無視ですか。イケズな先生め。
わたしが何をしたいのか先生はすぐに察してくれたみたいだけど、肝心な事には気づいてない……かもしれない。気づいててもスルーしてる可能性の方が高そうだけど。
意気軒昂……意気揚々……かな? ともかく! わたしは高々と宣言した。
宣言された目の前の人物は何の反応も示さない。誰にだとも何故だとも問わない。
ちょっとくらいつっこんでもいいのでは、と思わなくもないけども。
しかし、ガン無視くらいでめげるわたしではないのだ。
「季節は秋。失恋にはうってつけの季節だし、ねっ、先生!」
「…………」
先生がわずかに眉をしかめたのを、わたしは見逃さなかった。
目の前にいるしかめっ面の青年は、わたしの元家庭教師。家庭教師してくれてた頃からもう五年は経ってて、わたしは現在二十歳、花の女子大生である。
繰り返しますが「花の女子大生」です。今どきそんな風に言わないとかは、なしです。
そんなわたし……花のぴっちぴち女子大生の「失恋します宣言」を先生は無視して、分厚い本を読み続けている。だけど無視してるようで、実はわたしの話を聞いてくれてるのは分かってる。ページを捲るのがあきらかに遅くなってますからね!
「そんなわけで先生にはぜひともご協力いただきたいわけで!」
用意しておいたA4の用紙を二枚、テーブルに置いた。先生はそれも無視だ。
読書中、先生は眉間に皺を寄せる。近視気味らしいけれど、眼鏡はめったに掛けない。「眼鏡を掛けるとイケメン度があがりますね!」と褒めたことあったんだけど、それが不服だったらしい。先生の扱いはちょっと難しい。
いま、わたしと先生がいるのは、雑居ビルの一室、その中でも一番広い八畳間の客間だ。小奇麗に整理整頓がされていて、部屋の隅に塵一つ落ちていない。窓にもアルミブラインドにも汚れはなく、空気清浄機のフィルターもバッチリ清掃済みだ。
室内清掃はわたしが任されている仕事の内の一つ。完璧にこなして、シンデレラにも負けない仕事っぷりです。
なんといっても客商売。お客様を通す部屋は清潔感が大事ですからね。
たとえその商売が「探偵事務所」なんていう、ちょっぴり胡散臭い業種でも。
『きたみ探偵事務所』
ここがわたし、五十風深花のバイト先である。
五十風で「いそかぜ」と読む。名前の方は、深い花で「みはな」。探偵事務所でバイトしてるせいでうっかり「探花」と書き間違えてしまうのが、最近のどうでもいい悩みだ。
そして「先生」。
わたしの向かい側で黙然と読書を続けている先生は、『きたみ探偵事務所』の一所員、フリーランスで働いている。大学の非常勤講師で非常勤探偵という、胡散臭さ爆裂の先生である。
さてその胡散臭い先生はと言うと、ようやく目線をわたしに向けてくれた。強面系の顔立ちだから睨まれるとけっこう怖い。だけど剣呑な眼力にもわたしは怯みません。
わたしは話を続けた。
「わたしが失恋を予定してる男性、名前は北大路和幸さん、年は先生より二歳下の二十六歳で真面目な商社マン。良家のお坊ちゃんで、お父様とお兄様は政界人。次男ってこともあって性格は鷹揚で、見た目も爽やか好青年です。先生もたしか面識ありましたよね、うちですれ違ったりとかそんなで」
「ああ、何度かな」
先生はふんと鼻を鳴らした。そして持っていた本をテーブルに置き、ややあってから不意を衝いてきた。
「で、この見た目も爽やか好青年は、おまえの婚約者ってわけだ?」
「ちょぉぉぉぉっ!」
思わず声を張り上げた。張り上げましたとも!
「先生、それネタバレですからぁっ! てゆーかなんで知ってるんですか!」
「あー、そこはほら、なんといってもウチは探偵事務所だしねぇ」
そこへタイミングを見計らって(だと思われる)所長が紅茶のセットを持って現れた。
のほほん顔の『きたみ探偵事務所』の所長は、テーブルにお茶を置くと、わたしの横に「よいしょ」と腰をおろした。
所長はわたし達の分のお茶も淹れてくれ、紅茶の馥郁たる香りを満喫した後に、しみじみと言った。
「みーくんは優秀な所員だからねぇ、いろんなことをなんでだか知ってるんだよねぇ」
「みーくん言うな」
先生は即座につっこむ。
「みーくん」というのは先生の愛称だ。先生は所長の甥っこなので、昔から「みーくん」と呼ばれていたらしい。……羨ましい。
ちなみに『きたみ探偵事務所』の「きたみ」は「鬼多見」と書く。
おそろしげな苗字の所長だけど、目尻の下がった柔和な顔つきにふっくらした体は癒し系といってよく、見た目だけなら鬼っぽさのかけらもない。ぷくぷくした福耳が所長のチャームポイントだ。ちなみに先生のチャームポイントは鋭い眼光かな。目ヂカラならわたしも負けてないと思う。睫毛の手入れは欠かしません!
そういえば、時々先生はわたしのことを睨みつけてくることがある。五、六秒見つめて、ふいっと逸らす。なんですかと問えば、別にと返される。なんだかよくわからない。けど、おかげで先生の鋭い目つきにもすっかり慣れてしまった。
と、それはさておき。どうやら所長もわたしの婚約について、とっくに知ってるようだった。あなどりがたし、探偵事務所。
先生はもう一枚の方の書類に目をやった。
「こっちの女性は……西浦沙依か。たしかおまえんとこのハウスキーパーだったな」
ネタバレをされてちょっと面白くない。けれど拗ねて先生の機嫌を損ねるのは避けたかったので、頷いて応えた。
「どっちも、おまえとは仲良しこよし、だな?」
「そーですぅ」
なんか険のある言い方が気に障って、わざとむくれてみせた。先生は沙依さんの顔写真に目を落としたままで、わたしのふくれっ面はガン無視だ。
今日何度目の無視ですか。イケズな先生め。
わたしが何をしたいのか先生はすぐに察してくれたみたいだけど、肝心な事には気づいてない……かもしれない。気づいててもスルーしてる可能性の方が高そうだけど。



