イングリッシュローズの前で嘘をついた


別館に戻ると、ドアの前に、籠に入った寄せ植えの花が置かれていた。
薄いピンクのイグリッシュローズ。

エルランド様だろうか?
それとも……サイラス?


その日は疲れていたのか、すぐに眠りに落ちてしまった。

朝早く目が覚めると、ここがオルグレン王国だということにわくわくした。

朝の空気を吸いに、散歩に出ると、庭師がバラの手入れをしていた。

「おはようございます」

声をかけると、年配のその庭師は、にっこりと微笑んでくれた。

「エルランド様のお客人だね。おはよう。寄せ植えは気に入ったかね?」
「とても素敵でした。ありがとうございます」
「お礼ならエルランド様にだよ」

お花をくださったのはエルランド王子だったんだ。

「この時間、その辺を歩いてらっしゃるはずだから探すといい」
「エルランド様がですか?」
「毎日わしらに声をかけてくださる」

人の良さそうなエルランド王子らしいと思った。

「あの、サイラスも一緒でしょうか?」
「サイラスは、どうだろう? 朝は別の仕事をしているんじゃないかな」

庭師にお別れを言って、エルランド王子がいないかと辺りを見渡しながら歩いていると、噴水のあるところまで来たところで、エルランド王子とサイラスが2人そろっているのを見つけることができた。

お邪魔でなければいいんだけど……
そう思いながら側まで行くと、サイラスの方がわたしに気が付いて、エルランド王子を肘でこづいた。

「おはようセシリア」
「おはようございます、エルランド様。お花をありがとうございます」

わたしがお辞儀をすると、

「花。うん、花ね」

とエルランド王子が言葉に詰まった様子を見せた。
もしかして……内緒だったのだろうか?

「セシリア、城下町に連れてってあげようか?」

サイラスが言った。

「嬉しいですけれど、お仕事があるのでは?」
「いいよな?」

サイラスが失礼な物言いでエルランド王子に聞いたのに、

「いいけど、バレないようにしてよ。」

エルランド王子は優しく答えた。
本当にお優しい方。

サイラスに連れられて行ったオルグレン王国の城下町は、レオドル王国のそれとはまた違った賑わいを見せていた。

「何でも好きなものをプレゼントするよ」
「結構です」
「結婚を約束した仲なんだからいいじゃないか」
「約束なんてしてませんから」

わたしが言い返したにも関わらず、サイラスは笑っていた。

どこまで本気なのかわからない。

しばらく歩くと、人が集まって何やら騒いでいるのが目に入った。

「どうしたんでしょう?」

その騒ぎの輪に近づくと、どうやら小さな男の子が兵士に怒鳴られているようだった。

「どうしてくれるんだ! 泥なんかつけやがって!」
「ごめんなさい、ごめんなさい」

男の子は一生懸命頭を下げて謝っているのに、兵士は許そうとしない。周りにいる大人たちも誰も男の子を助けようとしない。

わたしが男の子の元に駆け寄った時、兵士が男の子を蹴ろうとした。

思わず男の子を庇うように盾になる。

「何だお前!」

サイラスが兵士の足を払っていた。
ちょうどその時、騒ぎを聞きつけたのか、兵士の上官らしき男がやって来た。

「何をしている?」

サイラスは男を睨むと言った。

「こいつはお前の部下か?」
「なんだ貴様」
「所属は?」
「お前に名乗る謂れはない」

気がつくと、さっきより多く人に囲まれている。男の子はずっと泣いたままで、それを庇うようにわたしがいて、更にそれを庇うようにサイラスが立ちはだかっている。
上官にあたると思われる男は、状況が飲み込めないまでも、兵士の方に非があったことを察したのか、「行くぞ」と一言だけ言って、騒いでいた兵士を連れてこの場を去って行った。

「顔、覚えたからな」

後ろ姿の男たちにサイラスが言った。

「危ないことやめてください」
「あいつセシリアを蹴ろうとした」
「それでも、です。あの人剣を持ってたんですよ」
「わたしも持っている」

サイラスが自分の剣をわかるようにわたしに見せた。

だからと言って、なんて無茶をする人なんだろう。

わたしは泣いている男の子に声をかけた。

「大丈夫?」
「僕は大丈夫。でも……」

カゴの中に入っていたであろうリンゴは、一つ残らず地面に転がっていて、泥にぬれている。
わたしはそれをひとつひとつ拾いながら、サイラスに言った。

「やっぱり、わたしプレゼントが欲しいです。このリンゴを全部わたしにプレゼントしてくださいませんか?」

サイラスは、にっこりと笑った。

「ダメだよ、お姉ちゃん、泥だってついちゃったし、落ちた時傷もついてしまってる」
「わたしはこれがいいんです」

サイラスが男の子に言った。

「全部でいくらになる?」
「120ペイです」
「わかった。じゃあこれで」

サイラスが男の子にお金を渡した。

「これだと、僕、お釣りを持っていません」
「いいよ、お釣りは。怖い思いしたんだからそのお詫び。お礼はこのお姉さんに言いな」
「ありがとうございます!」
「それ、城まで持って来れるか?」
「はいっ」
「じゃあ、城に着いたら、ライナスってやつを呼んで、お友達のサイラスが買ったものだ、って言って渡してくれるか?」
「わかった。ありがとうございます!」

少年が笑顔を向けた。

この国の貨幣単位を知らないわたしは、サイラスがいくら渡したのか全く想像もつかなかった。
プレゼントして欲しいなんて言っちゃったけど、良かったんだろうか?

「あの、サイラスごめんなさい」

わたしが謝ると、サイラスはその綺麗な顔に笑みを見せた。

「未来の奥さんは勇敢だけれど、危なっかしい」


もう……反論する気にもなれない。

昼前に城へ戻ると、なぜかエルランド王子自ら待ち構えていた。

「騒ぎを起こしたでしょう?」

珍しく不機嫌だ。
サイラスは気にも留めていないようだった。

「今国にいる、士官以上の、腕のとこに緑のライン入れた服のやつら集めろよ。すぐに」
「どうして?」

エルランド王子が尋ねると、サイラスはこちらをチラリと見てから言った。

「頼むよ、エルランド王子」
「わかった」

エルランド王子は渋々承諾したようだった。
その後も2人で何やらコソコソ話していたが、わたしをずっとその場に立たせていることに気がついた。

「リンゴは後で運ばせるよ、セシリア」

サイラスはそう言って、エルランド王子と王宮に向かって行ってしまった。

「ありがとうございます」

わたしは、すでに背を向けた2人にお辞儀をした。