イングリッシュローズの前で嘘をついた


朝早くにレオドル王国を後にし、オルグレン王国に着いたのは昼過ぎくらいだった。

城につくと、1人の侍女が近づいてきた。

「セシリア様はこちらへ」

ザカリー王子とは別のところに案内しようとされる。

「あの、わたしはザカリー様にお仕えするお仕事があるのですが?」
「セシリア様は、エルランド様がご招待されたお客様だと伺っております。ザカリー様もご存知です」


本当に、招待してくださってたんだ。


わたしが案内されたのは、王宮の近くにある小さめの別館で、小さいながらも全てが揃っていた。

「エルランド様より、セシリア様には、自由に過ごされるように、と伝言を承っています。それから、こちらの別館にも、いろいろご用意いたしましたが、足らないものがありましたら、何なりとお申し付けください。あの……」
「はい?」
「エルランド様は、私に、ご案内だけしたら下がるよに申しつけられましたが、本当によろしいのでしょうか? 全てセシリア様がされなければいけなくなりますが?」
「気にしないでください。この方がわたしには落ち着けますから」
「そうですか。セシリア様がよろしければ、わたしは下がらせていただきます」

そう言うと、侍女は去って行った。


正直、この自由が信じられないくらい嬉しかった。
身の回りのことを自分でするすることなんて何でもない。
堅苦しいところで気を遣わなくて済むことがありがたかった。

どこまでエルランド王子はお見通しなんだろう。
キッチンには食品貯蔵庫まであって、たくさんの食材が用意されていたので、簡単にサンドイッチを作って食べた。

まずは何をしようか?

そんなことを考えてると、ドアをノックする音が聞こえた。

恐る恐るドアを開けると、そこには見知った顔があった。

「よく来たね、セシリア」

エルランド王子の従者であること以外、名前も知らないその男は、綺麗な顔でにっこりと微笑んだ。

「エルランド様にどうかお伝えいただけませんか? こんな風にしていただいて、本当に何から何まで嬉しいことばかりです。何とお礼を言ったら良いか」
「セシリアが喜んでくれて良かった!」

男はまるで自分に言われたことのように喜んでいた。

エルランド王子と仲がいいというのは嘘ではないらしい。
わたしもミラベルが褒められると自分のことのように嬉しい。

「良ければ、早速、王宮の図書室に案内するよ」
「ありがとうございます!」

オルグレン王国に来て初日から嬉しいことばかりだ。
図書室に向かう道を、男がわたしに歩調を合わせ歩いてくれるのがわかった。
案外優しい人なのかもしれない。

図書室に着くと、すぐ手前にある執務室に1人の男がいた。
こちらに気がつくと、「あ、え」というようなことを言ったけれど、男はお構いなしだった。

「コンラッド、彼女はセシリア・エディントン。エルランドのお客様だから。ここにいる間は好きなように出入りさせてあげてほしい」
「か、かしこまりました」

わたしはコンラッドにお辞儀をして、男の後をついて中へと入った。

図書室には見たこともないくらい多くの本が所狭しと並んでいる。

「好きに読んだらいいよ」
「ありがとうございます」

早速気になる本を2冊ほど選んで、どこで読もうかと思案していると、男が席をすすめてくれた。
その席に座り、1ページ目をめくったところで、男がじっとこちらを見ていることに気がついた。

「あの、そこでずっと見ているおつもりですか?」
「だめ?」
「ちょっと……」
「そうか」

男は残念そうな素振りを見せた。

そういえば、わたしはまだこの男の名前を聞いていない。

「名前を教えていただけませんか? 何て呼んだらいいのかわからないから」
「サイラス」

男は窓の外を見ながらそう言った。
どうやら今度は本当の名前っぽい。

「本は持ち出してもいいように言っておくから。部屋で読んだらいいよ」
「そんなこと、大丈夫なんですか?」
「大丈夫」

何をするわけでもなく、サイラスはしばらくその場合にいたものの、やがて、「そろそろ仕事に戻らないといけないから、僕は失礼するよ」とだけ言って去って行った。