あなたが何か、はっきりしない、夕暮れ時。

『太陽が沈む頃、いつもの公園で待ってろ』

 放課後。手紙を手に。
 太陽が沈む頃って、どっちだ?
 太陽の下が地平線に触れた時?
 太陽の上が地平線に隠れた時?
 なんてことを考えながら。待つ。

 すでに太陽の下は地平線に触れ。
 いわゆる日の入りの時刻は過ぎ。
 公園の時計の長針と短針の角度は、
 百八十度から小さくなり始めている。
 別に、待たなくても良いのだが。

 今日は、二月十四日なのだ。

 明日も晴れるだろうという夕焼け。
「待った?」
 黄昏時だが、誰そ彼? とはならない。
 彼女だ。
「正午から待ったよ、太陽が沈む頃から」
「嘘だね」
「嘘だ」
 僕も彼女も、コートから手も出さず。
 どうでもいい会話を。

「で、呼び出して、何の用?」
「何の用って? 決まってる。
 今日は、バレンタインデー。
 決闘を申し込む」
「決闘?」
「そうだ。決めよう、そろそろと。
 私と君との、二人の関係を」

 彼女は、左右のポケットから手を出す。
 どちらの手にも個包装のチョコレート。

「二つの内、
 片方は、友チョコ。
 片方は、本命チョコだ。
 食べたチョコが、私達の関係だ」
「一つ。選べと?」

 友チョコと本命チョコの間に僕は挟まれた。
 友達<僕<恋人
 友達以上恋人未満。
 この場合の以上は、より上だ。

 曖昧な合間にいる僕は、今日。
 極限値をとらなければならないらしい。
 友達か、恋人か。
 どちらのチョコも。
 全く同じに見える。
 ん?

「条件は、それだけ?」
「二つの内、
 片方は、友チョコ。
 片方は、本命チョコだ。
 食べたチョコが、私達の関係だ」
 右と左。
 どちらが友で、どちらが本命か。
 彼女は、言及しなかった。

「右手のチョコを選ぶ」
 僕は宣言し、チョコを食べる。
「それは、友チョコだ。
 これからは、友達でいよ、」
 う、を彼女が言う前に、
 僕は、彼女の左手を掴、
「おっと、それは、ルール違反。
 二つの内、からだ。
 仕方ない。
 もう一回やるかい?」

 彼女は、僕に左手を掴まれたまま。
 右手で、ポケットからチョコを出す。
「二つの内、
 片方は、友チョコ。
 片方は、本命チョコだ。
 食べたチョコが、私達の関係だ」
「左のチョコ」
 僕は、掴んでいる左手のチョコを取り。
 食べた。
「それは、友チョコだ」

「待て待て待て。
 僕は、右のチョコを食べて、
 それが友チョコ。
 今、残りの左のチョコを食べて、
 それも友チョコ。
 矛盾してやしないか?」
「してない。条件は二つの内だから。
 一つになったら変わるのさ」

「も、もう一回だ」
「じゃあ、手を離して」
 彼女は、両手をポケットに入れ。
 また、右手と左手、それぞれに、
「二つの内、
 片方は、友チョコ。
 片方は、本命チョコだ。
 食べたチョコが、私達の関係だ」

 僕は、彼女の、右手と左手。
 両方の包みのチョコを手に取り。
 一つ。二つ。両方とも食べた。

「なるほど、それは、どういうことだい?」
「こういうことを言うのは少し恥ずかしい。
 けれど、君は、僕の事を、その。
 友達より上恋人未満。と思ってるだろ?」
 彼女は、ただ頷く。

「つまりは、こうだ。君は、今、僕を。
 友達<僕<恋人
 と思っている。
 もし僕が、友チョコを食べた場合、
 僕=友達
 本命チョコを食べた場合、
 僕=恋人
 となる」
 彼女は、微笑む。

「さて、僕は今。友チョコと本命チョコ。
 その両方を食べた。この場合は?
 当然、二つを足し合わせた、
 僕=友達+恋人
 だ。このとき、
 友達<恋人<友達+恋人=僕
 恋人<僕
 これは、僕が君と、恋人になる。
 ということだ」
「なるほど。友達>0。まあ、そうか」
 彼女は、少し考えて、

「恋人<友達+恋人は、合っている。
 けれど、君が最初に食べたのは。
 友チョコでなく、本命チョコだ」
「何を言って?」
「交換法則が、成り立つか、ということさ。
 友達+恋人=恋人+友達か?」

「成り立つのでは?」
「友達だった、恋人になった。
 これが、友達+恋人だ。
 恋人だった、友達に戻った。
 これが、恋人+友達だ。
 時系列が違う」

「そんなの、足し算じゃない」
「足し算じゃないさ。ハナからね。
 演算対象が、そもそも数じゃないし。
 もう一度言おう。
 君は本命チョコを食べ、友チョコを食べた。
 これは、恋人+友達だ。
 さて、イコール?」
「と、友達」
「君が食べたのは、友チョコさ」

「もう一回!」
 彼女は、両肩をすくめ、手をポケット。
 そうして、両手を出して、
「二つの内、
 片方は、友チョコ。
 片方は、本命チョコだ。
 食べたチョコが、私達の関係だ」

 僕は悩んだ。
「どうした? 何も選ばないのか?」
 確かにその通りなのだ。
 右か左か。二つのチョコ。
 右。友チョコ。
 左。友チョコ。
 左右。友チョコ。
 二つの物からの組み合わせ。
 2かける2は4の通り。
 残るは、何も選ばない。

 だが、僕は、第五の選択肢に気が付いた。
 夕暮れ。
 黄昏時。
 トワイライト。
 昼と夜との間。
 二つから選ぶ質問。
 ガウェインの結婚。

「君が、選んでくれ」

 彼女は目を細め、にいっと笑った。
 右手のチョコをポケットに戻して、
 左手のチョコを右手で摘み上げて、
 唇の間に挟む。目を閉じる。口を突き出す。
「おいおいおい。ちょっと待てよ」



 キスの味は……。
 分かりきったことだ。