「遅い!」
家の玄関で開口一番、仁王立ちのおかんの声にビビる。
「だってメッセ見たの遅かったし、タナカにもコロッケ買いに行ってたし」
温人の影に隠れながら、俺はコロッケを持つ手をおかんの方へ伸ばした。
「あんたたち、どうせ二人で遊ぶんなら暗くなったら家帰ってきて部屋でゲームでもしてなさい!その方がこっちも晩ご飯の準備とか気にしないでいいんだから。冷めちゃうでしょ!」
全く、と言いながらおかんはドシドシと足音を立ててリビングに戻っていった。
「ゆみちゃん、今日も元気だね」
「地声が大きいだけだよ」
ゆみちゃんは俺のおかんだ。温人は昔からちゃん付けで呼ぶ。温人のおかんがそう呼ぶからって言うのと、将来絶対イケメンに育つと踏んだおかんが、温人にそう言うように仕向けてたとこもある。
「じゃ、僕もおじゃまするね」
少しだけ首を下げて俺に顔を近づけた温人に、少し心臓がうるさくなってしまう。
温人はイケメンっていうか、柔らかい顔立ちで、品のある感じだし、優しいオーラが漂っている。塩顔とか、中性的って言うのが合うかもしれない。
「どーぞ……」
俺が温人の制服を握っていた手を離すと、温人は先に靴を脱いでリビングへと入って行った。
「はぁ……」
多分温人は、温人のおかんの洋子ちゃんと帰るまで家にいるだろう。洋子ちゃんはおかんとしゃべるだろうから、きっといつものように俺の部屋で待つはず。
『あんたたち、どうせ二人で遊ぶんなら暗くなったら家帰ってきて部屋でゲームでもしてなさい!』
おかんはそう言うけど、俺にだって部屋に入れたくない事情があるんだ。
諦めて靴を脱いだ俺も、リビングへと向かった。
「僕、一香の部屋いるから。帰るとき声かけて」
「はーい」
ワインで頬を上気させたご機嫌洋子ちゃんから手を振られながら、俺は温人と2階へと階段を上る。
「温人、あれだったら洋子ちゃん迎えに来てって連絡するから、いったん家帰ってもいいよ?」
温人の家は歩いて1分くらいのところにある。
1%の望みをかけて、俺がそう言うも
「いいよ。一回帰る方が面倒だし」
あっけなく断られてしまった。
別に、温人が俺の部屋に来るのなんて保育園からのことだから、部屋に入れるのはいいんだけど。
「ゲームする?」
部屋の扉を閉めると、温人が俺を覗き込んだ。覗き込まれるだけならいい。でも近い。なんで俺の肩を引き寄せて聞いて来るんだ。若干抱きしめられてるみたいになってるし。
「俺、課題しようかな。明日当たるだろうし」
変にならなかったか気になるけど、俺は温人の手から逃れて椅子の上に乗せていた鞄から必要なものを取り出し、ベッド前のローテーブルに乗せた。
「あの先生、出席番号順で当てるもんな」
「だろ?だから温人はゲームでもしてて」
俺はローテーブルの前にゆるくあぐらをかいて、課題をしようとした。ゲームするとき、たいてい温人は俺のベッドに寝ころんでる。だから、大丈夫だと思った。
「一香、数学苦手だもんね」
「え……」
振り向くこともできずに、近づいた体温に体を強張らせた。
「課題どっからだっけ?あ、ここか」
こともなげな温人は、俺の肩越しに問題集を覗いた。
最近、部屋にいるときの温人は少し、いや、だいぶおかしい。とにかく近い。前は向かいに座ってたのに、そのうち体のどこかがくっつくくらいの近さに座りだして、しばらくしたら俺に片足まわすし肩にあごを乗せるようになった。今では俺の後ろに座って、両腕を俺の腰にまわしている。なんなら足も絡められている。今日は後ろから問題集を見ようとしてるからか、顔も引っ付くんじゃないかってくらいで、一段と近い。
「あー、この辺難しいよな。わからないとこある?」
「ある」
「どこ?」
どこと言われると、言い淀んでしまう。というか、言えない。
なんでお前、こんなに俺にひっついてくるの!?
顔が真横にあって近すぎるし、なんか耳のそばで息遣いまで聞こえるし、背中にぴったりくっつかれるとそこから全身汗かきそうだ。多分首とか、すでに汗ばんでいる。
「……」
もとから距離感近いとは思ってたけど、最近尋常じゃない。でも温人にとっての普通がこれなら、俺だけこんなこと考えてしまうのがおかしいかもしれないから言えない。
「あー、じゃあここからしたらいいよ。Xの値を先に求めて──」
Xのことなんて、もうなんにも考えられない。まずは落ち着かないとと。これは二人羽織り、二人羽織りなんだと、いつものように心の中で唱える。
「あー、ここは──」
「え……」
温人を意識しすぎて、あまりに課題が解けなかったからだろう。温人が俺のペンを持つ手を包んで、反対の腕でさっきよりも俺を引き寄せながら、俺の手を勝手に動かして問題を解いていく。
「……──で、こう。わかった?」
解き終わった温人が俺の顔を覗き込むから、俺は反対の方を向いた。頼むから、顔が赤くなっていようが、汗ばんでいようが気づかないでいてほしい。心臓がうるさいのも、気のせいだから。
「さ、最初からわかってたし……」
声が裏返りそうになりながら、ぼそぼそとそんなことしか言えない。課題なんてもう、理解できない。温人で頭がいっぱいで、どうにもできないんだから!
もうどうしたらいいのかと泣きそうになっていると、くすっと笑う温人の声が耳元で響く。
「じゃ、続きやってみて」
「……の前に、お茶取ってくる。から、離して」
「はーい。僕のもお願い」
「ん」
そうしてようやく解放された俺は、逃げたわけじゃない。早足にならないように気をつけながら部屋を出て、閉めた扉の前に力なくしゃがみこんだ。
「うぅ~……」
もう心臓爆発しそうになるからやめてほしい!困るんだよ、本当に!
本当にそう思っている自分もいる。でも、あぁして構ってもらえるとうれしくて、どうしてもにやけてしまう自分もいる。
少し落ち着いてから顔を手でこすって、俺はリビングへ向かおうと立ち上がった。
「かわいいなぁ、もう」
温人の甘い声が、部屋の中から聞こえた気がした。
なんのことだろうか。スマホでなんか見てるのかとドアを開けようかと思ったけど、お茶を持たないで部屋に戻れないから、とりあえずリビングへと階段を降りた。
けど、温人にあんな声出させるなんて、かわいいと思われるなんて、少し、いや結構だいぶうらやましい。だから少しの腹立ちと、それより大きな悲しみが心に募っていった。
その後、部屋に戻った俺はまた温人に二人羽織りされてますます混乱が止まらず、温人に説明してもらっても課題は全然進まなかった。
「これできないとヤバいよ?」
そんなこと言いながら、温人が俺を体の中に取り込もうとしてるんじゃないかってくらいに全身で抱き込んでくる。
ヤバいのは俺の数学解けない頭より、お前だよ!と叫びたかったが、声も出ないくらいで
「へぇい」
「なにその返事」
と温人に鼻で笑われることしかできなかった。
1時間くらいしてから、へべれけに酔っぱらった洋子ちゃんを連れて温人は帰っていった。
その日は今までで一番温人にくっつかれていたせいか、温人の体温を、俺に笑いかける表情も、離れようとしたら引き寄せてきた腕の強さを思い出して、なかなか眠れなかった。
「もー、勘弁してよ……」
家の玄関で開口一番、仁王立ちのおかんの声にビビる。
「だってメッセ見たの遅かったし、タナカにもコロッケ買いに行ってたし」
温人の影に隠れながら、俺はコロッケを持つ手をおかんの方へ伸ばした。
「あんたたち、どうせ二人で遊ぶんなら暗くなったら家帰ってきて部屋でゲームでもしてなさい!その方がこっちも晩ご飯の準備とか気にしないでいいんだから。冷めちゃうでしょ!」
全く、と言いながらおかんはドシドシと足音を立ててリビングに戻っていった。
「ゆみちゃん、今日も元気だね」
「地声が大きいだけだよ」
ゆみちゃんは俺のおかんだ。温人は昔からちゃん付けで呼ぶ。温人のおかんがそう呼ぶからって言うのと、将来絶対イケメンに育つと踏んだおかんが、温人にそう言うように仕向けてたとこもある。
「じゃ、僕もおじゃまするね」
少しだけ首を下げて俺に顔を近づけた温人に、少し心臓がうるさくなってしまう。
温人はイケメンっていうか、柔らかい顔立ちで、品のある感じだし、優しいオーラが漂っている。塩顔とか、中性的って言うのが合うかもしれない。
「どーぞ……」
俺が温人の制服を握っていた手を離すと、温人は先に靴を脱いでリビングへと入って行った。
「はぁ……」
多分温人は、温人のおかんの洋子ちゃんと帰るまで家にいるだろう。洋子ちゃんはおかんとしゃべるだろうから、きっといつものように俺の部屋で待つはず。
『あんたたち、どうせ二人で遊ぶんなら暗くなったら家帰ってきて部屋でゲームでもしてなさい!』
おかんはそう言うけど、俺にだって部屋に入れたくない事情があるんだ。
諦めて靴を脱いだ俺も、リビングへと向かった。
「僕、一香の部屋いるから。帰るとき声かけて」
「はーい」
ワインで頬を上気させたご機嫌洋子ちゃんから手を振られながら、俺は温人と2階へと階段を上る。
「温人、あれだったら洋子ちゃん迎えに来てって連絡するから、いったん家帰ってもいいよ?」
温人の家は歩いて1分くらいのところにある。
1%の望みをかけて、俺がそう言うも
「いいよ。一回帰る方が面倒だし」
あっけなく断られてしまった。
別に、温人が俺の部屋に来るのなんて保育園からのことだから、部屋に入れるのはいいんだけど。
「ゲームする?」
部屋の扉を閉めると、温人が俺を覗き込んだ。覗き込まれるだけならいい。でも近い。なんで俺の肩を引き寄せて聞いて来るんだ。若干抱きしめられてるみたいになってるし。
「俺、課題しようかな。明日当たるだろうし」
変にならなかったか気になるけど、俺は温人の手から逃れて椅子の上に乗せていた鞄から必要なものを取り出し、ベッド前のローテーブルに乗せた。
「あの先生、出席番号順で当てるもんな」
「だろ?だから温人はゲームでもしてて」
俺はローテーブルの前にゆるくあぐらをかいて、課題をしようとした。ゲームするとき、たいてい温人は俺のベッドに寝ころんでる。だから、大丈夫だと思った。
「一香、数学苦手だもんね」
「え……」
振り向くこともできずに、近づいた体温に体を強張らせた。
「課題どっからだっけ?あ、ここか」
こともなげな温人は、俺の肩越しに問題集を覗いた。
最近、部屋にいるときの温人は少し、いや、だいぶおかしい。とにかく近い。前は向かいに座ってたのに、そのうち体のどこかがくっつくくらいの近さに座りだして、しばらくしたら俺に片足まわすし肩にあごを乗せるようになった。今では俺の後ろに座って、両腕を俺の腰にまわしている。なんなら足も絡められている。今日は後ろから問題集を見ようとしてるからか、顔も引っ付くんじゃないかってくらいで、一段と近い。
「あー、この辺難しいよな。わからないとこある?」
「ある」
「どこ?」
どこと言われると、言い淀んでしまう。というか、言えない。
なんでお前、こんなに俺にひっついてくるの!?
顔が真横にあって近すぎるし、なんか耳のそばで息遣いまで聞こえるし、背中にぴったりくっつかれるとそこから全身汗かきそうだ。多分首とか、すでに汗ばんでいる。
「……」
もとから距離感近いとは思ってたけど、最近尋常じゃない。でも温人にとっての普通がこれなら、俺だけこんなこと考えてしまうのがおかしいかもしれないから言えない。
「あー、じゃあここからしたらいいよ。Xの値を先に求めて──」
Xのことなんて、もうなんにも考えられない。まずは落ち着かないとと。これは二人羽織り、二人羽織りなんだと、いつものように心の中で唱える。
「あー、ここは──」
「え……」
温人を意識しすぎて、あまりに課題が解けなかったからだろう。温人が俺のペンを持つ手を包んで、反対の腕でさっきよりも俺を引き寄せながら、俺の手を勝手に動かして問題を解いていく。
「……──で、こう。わかった?」
解き終わった温人が俺の顔を覗き込むから、俺は反対の方を向いた。頼むから、顔が赤くなっていようが、汗ばんでいようが気づかないでいてほしい。心臓がうるさいのも、気のせいだから。
「さ、最初からわかってたし……」
声が裏返りそうになりながら、ぼそぼそとそんなことしか言えない。課題なんてもう、理解できない。温人で頭がいっぱいで、どうにもできないんだから!
もうどうしたらいいのかと泣きそうになっていると、くすっと笑う温人の声が耳元で響く。
「じゃ、続きやってみて」
「……の前に、お茶取ってくる。から、離して」
「はーい。僕のもお願い」
「ん」
そうしてようやく解放された俺は、逃げたわけじゃない。早足にならないように気をつけながら部屋を出て、閉めた扉の前に力なくしゃがみこんだ。
「うぅ~……」
もう心臓爆発しそうになるからやめてほしい!困るんだよ、本当に!
本当にそう思っている自分もいる。でも、あぁして構ってもらえるとうれしくて、どうしてもにやけてしまう自分もいる。
少し落ち着いてから顔を手でこすって、俺はリビングへ向かおうと立ち上がった。
「かわいいなぁ、もう」
温人の甘い声が、部屋の中から聞こえた気がした。
なんのことだろうか。スマホでなんか見てるのかとドアを開けようかと思ったけど、お茶を持たないで部屋に戻れないから、とりあえずリビングへと階段を降りた。
けど、温人にあんな声出させるなんて、かわいいと思われるなんて、少し、いや結構だいぶうらやましい。だから少しの腹立ちと、それより大きな悲しみが心に募っていった。
その後、部屋に戻った俺はまた温人に二人羽織りされてますます混乱が止まらず、温人に説明してもらっても課題は全然進まなかった。
「これできないとヤバいよ?」
そんなこと言いながら、温人が俺を体の中に取り込もうとしてるんじゃないかってくらいに全身で抱き込んでくる。
ヤバいのは俺の数学解けない頭より、お前だよ!と叫びたかったが、声も出ないくらいで
「へぇい」
「なにその返事」
と温人に鼻で笑われることしかできなかった。
1時間くらいしてから、へべれけに酔っぱらった洋子ちゃんを連れて温人は帰っていった。
その日は今までで一番温人にくっつかれていたせいか、温人の体温を、俺に笑いかける表情も、離れようとしたら引き寄せてきた腕の強さを思い出して、なかなか眠れなかった。
「もー、勘弁してよ……」



