大昔、俺も宵も中学生だったころ。宵の部屋に泊まるときは、いつもふたりで宵のベッドを使っていた。
でも、この家のベッドにふたりは、あたりまえにはじめてだ。
そのベッドにもつれ合うように転がって、子どもみたいなキスをする。だけど、かわいいと思う余裕があったのは、一瞬で。宵の舌が俺の唇を舐め、口内に侵入する。
あの夜みたいに熱があるわけがないのに、信じられないくらい熱かった。
キスの合間に、みっともない息継ぎみたいな声がもれ。反射で留めようとした手のひらは、宵によってシーツに繋ぎとめられる。
「日生さん」
甘ったるい声が俺を呼び、宵のもう片方の手が肌に触れた。服の下から入り込み、知らないあいだに大きくなった手のひらが、腰をなぞる。
走ったぞくりとした感覚に、俺はたまらず声を上げた。
「ちょ、宵。待っ……」
「なんでですか?」
制止によって指の動きは止まったものの、宵の瞳はもっと俺を欲しいと言っている。
「ぜんぶ欲しいって言ったの、日生さんじゃないですか」
「い、言ったけど」
そう。それは言った。それで、この――手間のかかる弟みたいに思っていた宵とセックスをする現状が嫌なわけでもない。
表現しがたい照れは存在しているけれど、それでも。
「でも、なんか、その勢いが」
と言いかけたところで、自分でも面倒なことを言っているな、と気がついた。中途半端に口をつぐんだ俺を小さく笑い、宵が絡ませていた指先に力を込める。
「しょうがないと思いますけど」
だって、と囁き、宵は繋いだままの手を口元まで持ち上げた。
「日生さんが腹括る何年も前から、ぜんぶ欲しかったんですよ、俺」
軽いリップ音を立てて、宵の唇が俺の指に触れる。
「っ、――――!」
羞恥と、混乱と、よくわからない高揚で、俺は顔が赤くなったことを自覚した。宵から目を逸らすこともできないまま、なんなんだよ、と思う。
もう、おまえ。経験とかなんだとか好き勝手に言ってたけど。どこで覚えてきたんだよ、そんなもん。
ずっと、俺が教えて、宵の一部をつくっていたはずなのに。……なんて、嫉妬みたいに響きそうなことはさすがに言えず、「宵」と名前を呼ぶ。
自分でもちょっとどうなんだと呆れるくらい、戸惑った声だった。
その俺の声が意外だったのか、宵はかすかに驚いたような顔をして。もう一度、俺の指にキスをする。そうして、宥める瞳で、俺を見下ろした。
なに、おまえ。そんな顔、できたんだ。
「日生さん」
その声も、どうしたらいいのかわからないくらい優しくて、うん、と小さく頷く。
「ぜんぶ欲しい」
「うん」
俺の返事に、ふっと宵はほほえんだ。はじめて書いた小説を俺に見せたときと同じような、それ。
「その代わり、俺のぜんぶ、日生さんにあげる」
「……うん」
自分じゃない誰かのすべてを貰い受けるなんてできるわけがないし、俺に宵の文才が宿ることもない。自分たちの関係が、ずっと続く保証もない。
でも、すべて承知の上で、やっぱり宵が欲しかった。
俺を見下ろす宵の瞳が、安心したふうにゆるむ。本当に、なんで、こういうところばっかりかわいいんだろ、こいつ。
手の甲が再びシーツに縫い留められ、何度目になるのかわからないキスを交わす。
俺が逃げると思ってるのかな、と疑う気持ちが湧いたけど。ぎゅっと握ってくる宵の指は、逃さないというよりは、甘えて縋っている雰囲気が強かった。
「宵」
かわいい、と告げる調子で名前を呼び、俺からもキスをしかける。まじわる水の音は生々しいのに、頭の奥はなんだかずっとふわふわとしていた。
いつのまにか、繋ぎとめていた指も離れ。直接触れ合う部分が増えていく。ほかでもない宵の指に暴かれると、心臓が馬鹿みたいにうるさく鳴った。
宵に聞こえたら、さすがに引くんじゃねぇのって音。でも、宵は、俺が見たらわかる、うれしそうな顔をしていた。うれしそうで、今にも捕食しようとしている顔。
はじめて知る表情に、背筋が粟立つ。戸惑いかけた俺にキスを落とし、宵は俺の膝を割り開いた。ローションをまとった指が、はじめての場所に触れる。
「あ……」
ドキリとしてこぼれた声に、俺は手のひらで口を押さえた。
宵と、セックスをする。
たぶん、こんなの、中学一年生だった俺が知ったら卒倒する。でも、高校二年生の俺が知ったら、心のどこかでほっとするんじゃないかな、という気がした。
表向きは、信じれらないという顔をするだろうけど、ああ、なんだって。
俺は、ちゃんと、宵の気持ちに応えることができたんだって。宵を傷つけずに、抱きしめる側の人間でいることができたんだって。
「んっ……、あ、宵」
「痛い?」
「……痛くはないんだけど」
「うん」
いや、それは、異物感すげな、みたいな感覚は当然あるけど。人間の身体構造的にやむを得ないと思うし。でも、そういうことじゃなくて。
「なんか……、宵の指だって思うと、くるな」
俺にはない才能を宿した、宵だけの特別。その指が、セックスをする目的で、俺に触れている。罪悪感と、それ以上の背徳感に似た高揚感。
ふはっと笑った俺に、宵の目線がもの言いたげに動く。でも、宵はなにも言わなかった。返事の代わりのように、俺にキスをする。
ベッドの上でよけいなことを言うと面倒と知っているような仕草が、ちょっとムカつくな、と思った。
手の届く範囲に、ローションとか、ゴムとか。そういったものがあることも含めて。
でも、宵は、俺以外の人間をプライベートな空間に招くことはないのだろう。
「日生さん」
熱に浮ついた声に誘われ、俺は被さってくる宵に手を伸ばした。汗ばんだ前髪を払うと、幼さの残る額が目に留まって。それが、なんだか妙にかわいかった。
あのころの小さかった宵も。今の、必死な顔で俺を抱こうとする宵も。
うん、かわいい。ゆるんだ思考で見つめていると、宵のものがまた少し奥に進んだ。少しずつを繰り返して、たぶん、そろそろぜんぶ入ったんじゃないかな、と思う。
人間の身体ってすげぇな。本当に、宵とセックスできるんだ。ふっと息を吐いて、呼びかける。
「宵」
「なに?」
「いいよ、宵の好きに動いて」
そう言うと、宵は瞳を瞬かせた。本当にいいのか、考えている雰囲気。その顔も、やっぱりかわいくて。あーあ、という気分で、軽く宵の背中を蹴る。
あのさぁ、宵。たしかに、適当なことばっかり言うし、建前も使うし、本音を隠すこともあるけど。おまえに嘘を吐いたことは、たぶん、そんなにないと思うよ。
「ぜんぶ欲しかったんだろ?」
「……うん」
子どものような返事をした宵がかすかに笑い、俺の腰を掴んでいた手のひらに力が入る。ずるんとさらに入り込んだ感覚に、ん、と鼻にかかった声がもれた。
その唇を塞がれ、舌を絡める。気遣うようにゆっくりだった抽送が、次第に速くなっていく。
「ん、っ、宵」
想像していたほどの痛みはない。でも、想像していなかったなにかがある気がして。過敏に拾い上げたそれに、俺は思わず声を上げた。
「それ、やめ」
「痛い?」
「じゃないけど」
「嫌?」
揺さぶりながら、宵が言う。やばいくらい痛いわけでも、嫌なわけでもない。ただ――。
「な、か変……っ、あ」
あふれた自分の声が信じられなくて、俺は顔を覆った。たぶん、耳まで赤くなっている。
「ぁ、宵、ちょ――!」
表情を隠していた手を取られ、開けた視界が宵でいっぱいになってしまった。
羞恥なのか、混乱なのか、あるいは快感なのか。自分でもわからない感情でじわりと浮いた涙を、宵の舌が舐める。
なんだか本当にたまらなくて、俺は名前を呼んだ。
「っ宵」
「うん」
「宵」
二度目の呼び声に、律動のペースが落ちる。にじんだ世界の中心で息を吐き、宵は苦笑いとほほえみの中間のような笑みを浮かべた。こめかみに、べたりとした指が触れる。
「好きなんです」
「……うん」
与えられた告白に、俺はどうにか頷いた。
「忘れたかったけど、無理だった」
なんで、このタイミングだよ、と。頭のどこかで思ったけれど、でも、このタイミングで正しいのかもしれない、とも思った。
だって、こんなことを言われたら、俺は絶対に拒絶できない。……べつに、するつもりはなかったけど。
細く息を吐いて、宵を見上げる。
きらきらしていて、まっすぐで、好きだったけど、苦手で。そのくせに、俺を一番に見つめることがあたりまえと信じていた、宵の瞳。
「俺も、好きだよ」
嘘偽りのない本心で、告白を返す。
「腹立つなって思うこともあるし」
「うん」
「……おまえの才能を僻んだことも、何度だってあるし」
この期に及んで言葉にすることに躊躇はあったけど、俺は伝えることを選んだ。そうしてから、でも、と言葉を紡ぐ。
「好きなんだよ」
そうだ。好きなんだよ。宵が。俺にはない才能があって、妬ましくて、でも、かわいくてしょうがない。ぜんぶ、俺の本音。
完全に馬鹿になったらしい涙腺からこぼれた涙を、宵の指がすくう。俺の知る、昔の宵だったら、しなかっただろう仕草。
反射でそう思ったものの、俺はすぐに「いや」と思い直した。
俺が素直に弱音を吐いたら、昔の宵も慰めてくれたのかもしれない。あのころの俺が、知ろうとしなかっただけで。
「宵」
呼びかけると、宵はキスを降らし、俺の足を抱え上げた。密着が深くなり、甘ったるい声がこぼれる。
自分のものとは思えないそれは、やっぱり恥ずかしかったけど。俺を見下ろす宵の瞳が、うれしそうだったので。俺はすべてをよしとすることにした。
ぜんぶを明け渡すって、たぶん。そういうことなんだと思う。
「俺は、日生さん以上に大事なものも、触りたいと思うものもないんだけど」
そうやって、どろどろにはじめてのセックスを終えたあと。転がったままのベッドの中で、宵はぽつりと口火を切った。
ずっとカーテンが閉まっていたから、実感はないんだけど。ふつうに、夜になっている時間だと思う。
「え、なに」
ピロートークのつもりなのだろうか。予想外の甘い言葉に、俺はへらりと笑った。
「真顔で恥ずかしいこと言うじゃん」
「恥ずかしいことじゃなくて、事実」
「……うん。じゃあ、いいけど。それで?」
「もし、日生さんが、俺が紡ぐものを特別だって思ってくれてるなら、それはぜんぶ日生さんに貰ったものだって言いたかった」
「え?」
小さく呟いたものの、じわりと遅れて理解する。たぶん、これは、宵がもの言いたげな顔をした瞬間の話だ。
宵の指を、俺が特別視するようなことを言ったときの話。
目を丸くした俺を見つめ、ふっと宵が笑う。
「俺の世界を広げて光を与えてくれたのは日生さんで、俺に人を好きになる気持ちを教えてくれたのも日生さんなんですよ」
ふいに鼻の奥が熱くなったのは、たぶん。ずっと昔、小さかった宵が、俺のことを光だと言ったことを思い出したせいだ。
ひなせさん、と。俺しか知らないような顔で笑っていた、小さな宵。
沈黙した俺に、宵が首を傾げる。
「わかりますか?」
「……うん」
わかるよ、と俺は頷いた。
宵のすべてをわかるとはもう言わないし、そんな大げさな、とも思うけど。今、俺の隣にいるおまえが、本心でそう思っていることはよくわかるよ。
満足そうにゆるんだ瞳を見つめ、俺は、あーあ、という気持ちで笑った。大人になった宵の顔に手を伸ばし、キスをする。
どうしようもなくて、かわいくて、しょうがない。
なぁ、宵。俺もおまえのことが、本当に大好きだよ。
でも、この家のベッドにふたりは、あたりまえにはじめてだ。
そのベッドにもつれ合うように転がって、子どもみたいなキスをする。だけど、かわいいと思う余裕があったのは、一瞬で。宵の舌が俺の唇を舐め、口内に侵入する。
あの夜みたいに熱があるわけがないのに、信じられないくらい熱かった。
キスの合間に、みっともない息継ぎみたいな声がもれ。反射で留めようとした手のひらは、宵によってシーツに繋ぎとめられる。
「日生さん」
甘ったるい声が俺を呼び、宵のもう片方の手が肌に触れた。服の下から入り込み、知らないあいだに大きくなった手のひらが、腰をなぞる。
走ったぞくりとした感覚に、俺はたまらず声を上げた。
「ちょ、宵。待っ……」
「なんでですか?」
制止によって指の動きは止まったものの、宵の瞳はもっと俺を欲しいと言っている。
「ぜんぶ欲しいって言ったの、日生さんじゃないですか」
「い、言ったけど」
そう。それは言った。それで、この――手間のかかる弟みたいに思っていた宵とセックスをする現状が嫌なわけでもない。
表現しがたい照れは存在しているけれど、それでも。
「でも、なんか、その勢いが」
と言いかけたところで、自分でも面倒なことを言っているな、と気がついた。中途半端に口をつぐんだ俺を小さく笑い、宵が絡ませていた指先に力を込める。
「しょうがないと思いますけど」
だって、と囁き、宵は繋いだままの手を口元まで持ち上げた。
「日生さんが腹括る何年も前から、ぜんぶ欲しかったんですよ、俺」
軽いリップ音を立てて、宵の唇が俺の指に触れる。
「っ、――――!」
羞恥と、混乱と、よくわからない高揚で、俺は顔が赤くなったことを自覚した。宵から目を逸らすこともできないまま、なんなんだよ、と思う。
もう、おまえ。経験とかなんだとか好き勝手に言ってたけど。どこで覚えてきたんだよ、そんなもん。
ずっと、俺が教えて、宵の一部をつくっていたはずなのに。……なんて、嫉妬みたいに響きそうなことはさすがに言えず、「宵」と名前を呼ぶ。
自分でもちょっとどうなんだと呆れるくらい、戸惑った声だった。
その俺の声が意外だったのか、宵はかすかに驚いたような顔をして。もう一度、俺の指にキスをする。そうして、宥める瞳で、俺を見下ろした。
なに、おまえ。そんな顔、できたんだ。
「日生さん」
その声も、どうしたらいいのかわからないくらい優しくて、うん、と小さく頷く。
「ぜんぶ欲しい」
「うん」
俺の返事に、ふっと宵はほほえんだ。はじめて書いた小説を俺に見せたときと同じような、それ。
「その代わり、俺のぜんぶ、日生さんにあげる」
「……うん」
自分じゃない誰かのすべてを貰い受けるなんてできるわけがないし、俺に宵の文才が宿ることもない。自分たちの関係が、ずっと続く保証もない。
でも、すべて承知の上で、やっぱり宵が欲しかった。
俺を見下ろす宵の瞳が、安心したふうにゆるむ。本当に、なんで、こういうところばっかりかわいいんだろ、こいつ。
手の甲が再びシーツに縫い留められ、何度目になるのかわからないキスを交わす。
俺が逃げると思ってるのかな、と疑う気持ちが湧いたけど。ぎゅっと握ってくる宵の指は、逃さないというよりは、甘えて縋っている雰囲気が強かった。
「宵」
かわいい、と告げる調子で名前を呼び、俺からもキスをしかける。まじわる水の音は生々しいのに、頭の奥はなんだかずっとふわふわとしていた。
いつのまにか、繋ぎとめていた指も離れ。直接触れ合う部分が増えていく。ほかでもない宵の指に暴かれると、心臓が馬鹿みたいにうるさく鳴った。
宵に聞こえたら、さすがに引くんじゃねぇのって音。でも、宵は、俺が見たらわかる、うれしそうな顔をしていた。うれしそうで、今にも捕食しようとしている顔。
はじめて知る表情に、背筋が粟立つ。戸惑いかけた俺にキスを落とし、宵は俺の膝を割り開いた。ローションをまとった指が、はじめての場所に触れる。
「あ……」
ドキリとしてこぼれた声に、俺は手のひらで口を押さえた。
宵と、セックスをする。
たぶん、こんなの、中学一年生だった俺が知ったら卒倒する。でも、高校二年生の俺が知ったら、心のどこかでほっとするんじゃないかな、という気がした。
表向きは、信じれらないという顔をするだろうけど、ああ、なんだって。
俺は、ちゃんと、宵の気持ちに応えることができたんだって。宵を傷つけずに、抱きしめる側の人間でいることができたんだって。
「んっ……、あ、宵」
「痛い?」
「……痛くはないんだけど」
「うん」
いや、それは、異物感すげな、みたいな感覚は当然あるけど。人間の身体構造的にやむを得ないと思うし。でも、そういうことじゃなくて。
「なんか……、宵の指だって思うと、くるな」
俺にはない才能を宿した、宵だけの特別。その指が、セックスをする目的で、俺に触れている。罪悪感と、それ以上の背徳感に似た高揚感。
ふはっと笑った俺に、宵の目線がもの言いたげに動く。でも、宵はなにも言わなかった。返事の代わりのように、俺にキスをする。
ベッドの上でよけいなことを言うと面倒と知っているような仕草が、ちょっとムカつくな、と思った。
手の届く範囲に、ローションとか、ゴムとか。そういったものがあることも含めて。
でも、宵は、俺以外の人間をプライベートな空間に招くことはないのだろう。
「日生さん」
熱に浮ついた声に誘われ、俺は被さってくる宵に手を伸ばした。汗ばんだ前髪を払うと、幼さの残る額が目に留まって。それが、なんだか妙にかわいかった。
あのころの小さかった宵も。今の、必死な顔で俺を抱こうとする宵も。
うん、かわいい。ゆるんだ思考で見つめていると、宵のものがまた少し奥に進んだ。少しずつを繰り返して、たぶん、そろそろぜんぶ入ったんじゃないかな、と思う。
人間の身体ってすげぇな。本当に、宵とセックスできるんだ。ふっと息を吐いて、呼びかける。
「宵」
「なに?」
「いいよ、宵の好きに動いて」
そう言うと、宵は瞳を瞬かせた。本当にいいのか、考えている雰囲気。その顔も、やっぱりかわいくて。あーあ、という気分で、軽く宵の背中を蹴る。
あのさぁ、宵。たしかに、適当なことばっかり言うし、建前も使うし、本音を隠すこともあるけど。おまえに嘘を吐いたことは、たぶん、そんなにないと思うよ。
「ぜんぶ欲しかったんだろ?」
「……うん」
子どものような返事をした宵がかすかに笑い、俺の腰を掴んでいた手のひらに力が入る。ずるんとさらに入り込んだ感覚に、ん、と鼻にかかった声がもれた。
その唇を塞がれ、舌を絡める。気遣うようにゆっくりだった抽送が、次第に速くなっていく。
「ん、っ、宵」
想像していたほどの痛みはない。でも、想像していなかったなにかがある気がして。過敏に拾い上げたそれに、俺は思わず声を上げた。
「それ、やめ」
「痛い?」
「じゃないけど」
「嫌?」
揺さぶりながら、宵が言う。やばいくらい痛いわけでも、嫌なわけでもない。ただ――。
「な、か変……っ、あ」
あふれた自分の声が信じられなくて、俺は顔を覆った。たぶん、耳まで赤くなっている。
「ぁ、宵、ちょ――!」
表情を隠していた手を取られ、開けた視界が宵でいっぱいになってしまった。
羞恥なのか、混乱なのか、あるいは快感なのか。自分でもわからない感情でじわりと浮いた涙を、宵の舌が舐める。
なんだか本当にたまらなくて、俺は名前を呼んだ。
「っ宵」
「うん」
「宵」
二度目の呼び声に、律動のペースが落ちる。にじんだ世界の中心で息を吐き、宵は苦笑いとほほえみの中間のような笑みを浮かべた。こめかみに、べたりとした指が触れる。
「好きなんです」
「……うん」
与えられた告白に、俺はどうにか頷いた。
「忘れたかったけど、無理だった」
なんで、このタイミングだよ、と。頭のどこかで思ったけれど、でも、このタイミングで正しいのかもしれない、とも思った。
だって、こんなことを言われたら、俺は絶対に拒絶できない。……べつに、するつもりはなかったけど。
細く息を吐いて、宵を見上げる。
きらきらしていて、まっすぐで、好きだったけど、苦手で。そのくせに、俺を一番に見つめることがあたりまえと信じていた、宵の瞳。
「俺も、好きだよ」
嘘偽りのない本心で、告白を返す。
「腹立つなって思うこともあるし」
「うん」
「……おまえの才能を僻んだことも、何度だってあるし」
この期に及んで言葉にすることに躊躇はあったけど、俺は伝えることを選んだ。そうしてから、でも、と言葉を紡ぐ。
「好きなんだよ」
そうだ。好きなんだよ。宵が。俺にはない才能があって、妬ましくて、でも、かわいくてしょうがない。ぜんぶ、俺の本音。
完全に馬鹿になったらしい涙腺からこぼれた涙を、宵の指がすくう。俺の知る、昔の宵だったら、しなかっただろう仕草。
反射でそう思ったものの、俺はすぐに「いや」と思い直した。
俺が素直に弱音を吐いたら、昔の宵も慰めてくれたのかもしれない。あのころの俺が、知ろうとしなかっただけで。
「宵」
呼びかけると、宵はキスを降らし、俺の足を抱え上げた。密着が深くなり、甘ったるい声がこぼれる。
自分のものとは思えないそれは、やっぱり恥ずかしかったけど。俺を見下ろす宵の瞳が、うれしそうだったので。俺はすべてをよしとすることにした。
ぜんぶを明け渡すって、たぶん。そういうことなんだと思う。
「俺は、日生さん以上に大事なものも、触りたいと思うものもないんだけど」
そうやって、どろどろにはじめてのセックスを終えたあと。転がったままのベッドの中で、宵はぽつりと口火を切った。
ずっとカーテンが閉まっていたから、実感はないんだけど。ふつうに、夜になっている時間だと思う。
「え、なに」
ピロートークのつもりなのだろうか。予想外の甘い言葉に、俺はへらりと笑った。
「真顔で恥ずかしいこと言うじゃん」
「恥ずかしいことじゃなくて、事実」
「……うん。じゃあ、いいけど。それで?」
「もし、日生さんが、俺が紡ぐものを特別だって思ってくれてるなら、それはぜんぶ日生さんに貰ったものだって言いたかった」
「え?」
小さく呟いたものの、じわりと遅れて理解する。たぶん、これは、宵がもの言いたげな顔をした瞬間の話だ。
宵の指を、俺が特別視するようなことを言ったときの話。
目を丸くした俺を見つめ、ふっと宵が笑う。
「俺の世界を広げて光を与えてくれたのは日生さんで、俺に人を好きになる気持ちを教えてくれたのも日生さんなんですよ」
ふいに鼻の奥が熱くなったのは、たぶん。ずっと昔、小さかった宵が、俺のことを光だと言ったことを思い出したせいだ。
ひなせさん、と。俺しか知らないような顔で笑っていた、小さな宵。
沈黙した俺に、宵が首を傾げる。
「わかりますか?」
「……うん」
わかるよ、と俺は頷いた。
宵のすべてをわかるとはもう言わないし、そんな大げさな、とも思うけど。今、俺の隣にいるおまえが、本心でそう思っていることはよくわかるよ。
満足そうにゆるんだ瞳を見つめ、俺は、あーあ、という気持ちで笑った。大人になった宵の顔に手を伸ばし、キスをする。
どうしようもなくて、かわいくて、しょうがない。
なぁ、宵。俺もおまえのことが、本当に大好きだよ。



