三年間の空白があろうが、なかろうが。宵が人間として難しかろうが、そうでなかろうが。俺にとって、宵と過ごす時間は心地の良いものだった。
……だから、このままでいいじゃんって言いたくなるけど。
でも、宵にとっては、なにもよくないんだよな。あーあ、と小さく呟いて、夜のベランダで煙草をくゆらせる。
――なぁ。おまえ、俺のこと好きなの?
年が明けて、今年になる前。長年バイトをしているファミレスの前で。俺が宵に言った。
ちなみにだけど、めちゃくちゃずるい聞き方をした自覚はある。でも、嫌だった。
宵の世界から、俺が消えることが。俺の知らないところで、宵が誰かと幸せになることが。
自分がいなくても、俺が笑っていたらいいと言った宵と比べるまでもない、汚い感情。
それが俺の「好き」?
――言ったじゃないですか。忘れられないから困るって。
言葉どおりの「困っている」顔で笑った宵の瞳が浮かんだ瞬間。背後の網戸が開く音がした。ちらりと振り返る。
「あ、ごめん。煙草」
「ぜんぜんいいけど」
あっさりと首を横に振ると、宵は俺の右隣に立った。左手に煙草を持ち替えた俺に、少し不思議そうな声を出す。
「日生さんって煙草吸うんだ」
「あー……、まぁ。たまにだけど。っていうか、どした? 休憩」
「うん」
俺がベランダに出る前、宵は一心不乱に文字を打っていた。きっと、あれを過集中と言うんだろうな。
なんとなくのバツの悪さを誤魔化すように、へらりとした笑みを浮かべる。
「バイト先の人がさ」
「バイト先。ファミレスの」
「そう、そう。入ったころから仲良くしてくれてる人なんだけど。その人がよく吸ってて。なんか、それで」
いつのまにか吸うようになったという、それだけの話。俺の説明に、宵は頭を傾げた。
「金髪の?」
「あれ、知ってったっけ」
問い返したものの、民さんも知ってたしな、で納得する。宵の地元でもあるのだし、そういうこともあるだろう。
「まぁ、宵、来たことあるもんな」
軽い調子で笑い、長い煙草を携帯灰皿に押し込む。日を跨ぐにはまだ少し早い時間だった。
「二回だけです」
「ん? うん」
いやにはっきりとした返事に、相槌が戸惑う。その俺に、宵は言葉を継いだ。
「でも、知ってる」
「え……」
宵の指が、俺の頬に触れる。あの夜以来の、接触。記憶の中にあるものより、宵の指先は冷たかった。
「宵」
思わず、名前を呼ぶ。でも、宵はなにも言わなかった。
今、なにを考えてるんだろうな。あたりまえにわかっているつもりだった宵のことが、俺にはもうわからない。
そのほうが、健全なのかもしれないけれど。
じっと見つめていると、ふいにスマホの振動音が響いた。宵のものだ。宵の視線と指が、俺から離れていく。
通知を確認したらしく、宵はスマホをポケットに突っ込み直した。折り返しを要する連絡だったのだろうか。溜息まじりに、宵が宣言をする。
「戻ります」
「あ、……うん」
一拍遅れて頷き、俺は取ってつけるように笑った。
「もうちょっといるわ、俺」
名目のように、煙草の箱を提示する。箱をちらりと見た宵が、ゆっくりとした動作で首を傾げる。
「まだ寒いですよ」
「いや、まぁ、……うん」
そうだけど。ひとりの時間が欲しかったんだよ。察せよ。察した上でその態度だったのなら、ごめんだけど。
ぜんぶ心の中で言い、煙草を持った手を振る。ほんの一瞬、もの言いたげな瞳を見せた気はしたけれど。宵はそれ以上の追及はしなかった。
網戸が閉まり、遠くでかすかに宵の声がする。はっきり聞こえているわけではないものの、よそ行きって感じの声。
「あーあ」
あえて音にして、俺は呟いた。
――そういうのは、好きな相手にしかしちゃ駄目なんだよ。
そう言ったのは、たしかに俺だ。
冷静に考えると、俺は宵を何歳児だと思ってるんだって突っ込みたくなる台詞。……まぁ、間違ったことは言ってないと思うけど。でも。
「べつに、嫌だとは言ってないんだけど、俺」
こぼれたひとりごとに嫌気が差して、俺は盛大に溜息を吐いた。
嫌だとは言っていないけど、宵と同じ好きだとも言っていない。
つまり、俺たちの関係は、あの夜から変わっているようで、なにひとつ変わっていないのだ。ものすごく、俺に都合の良い関係。
――俺は、日生さんが、……日生さんを好きな俺が隣にいることが嫌じゃないなら。一緒にいてくれるだけで、すごくうれしいですよ。
あのさぁ、宵。その発言はすげぇ優しいと思うし、いや、本当、心広いね、とも思うけど。
でも、やっぱり、めちゃくちゃ見る目がないな、とも思うよ。
「あーあ」
本当になにやってんだろ、俺。心底自分に呆れた気分で、俺は煙草を取り出した。
……だから、このままでいいじゃんって言いたくなるけど。
でも、宵にとっては、なにもよくないんだよな。あーあ、と小さく呟いて、夜のベランダで煙草をくゆらせる。
――なぁ。おまえ、俺のこと好きなの?
年が明けて、今年になる前。長年バイトをしているファミレスの前で。俺が宵に言った。
ちなみにだけど、めちゃくちゃずるい聞き方をした自覚はある。でも、嫌だった。
宵の世界から、俺が消えることが。俺の知らないところで、宵が誰かと幸せになることが。
自分がいなくても、俺が笑っていたらいいと言った宵と比べるまでもない、汚い感情。
それが俺の「好き」?
――言ったじゃないですか。忘れられないから困るって。
言葉どおりの「困っている」顔で笑った宵の瞳が浮かんだ瞬間。背後の網戸が開く音がした。ちらりと振り返る。
「あ、ごめん。煙草」
「ぜんぜんいいけど」
あっさりと首を横に振ると、宵は俺の右隣に立った。左手に煙草を持ち替えた俺に、少し不思議そうな声を出す。
「日生さんって煙草吸うんだ」
「あー……、まぁ。たまにだけど。っていうか、どした? 休憩」
「うん」
俺がベランダに出る前、宵は一心不乱に文字を打っていた。きっと、あれを過集中と言うんだろうな。
なんとなくのバツの悪さを誤魔化すように、へらりとした笑みを浮かべる。
「バイト先の人がさ」
「バイト先。ファミレスの」
「そう、そう。入ったころから仲良くしてくれてる人なんだけど。その人がよく吸ってて。なんか、それで」
いつのまにか吸うようになったという、それだけの話。俺の説明に、宵は頭を傾げた。
「金髪の?」
「あれ、知ってったっけ」
問い返したものの、民さんも知ってたしな、で納得する。宵の地元でもあるのだし、そういうこともあるだろう。
「まぁ、宵、来たことあるもんな」
軽い調子で笑い、長い煙草を携帯灰皿に押し込む。日を跨ぐにはまだ少し早い時間だった。
「二回だけです」
「ん? うん」
いやにはっきりとした返事に、相槌が戸惑う。その俺に、宵は言葉を継いだ。
「でも、知ってる」
「え……」
宵の指が、俺の頬に触れる。あの夜以来の、接触。記憶の中にあるものより、宵の指先は冷たかった。
「宵」
思わず、名前を呼ぶ。でも、宵はなにも言わなかった。
今、なにを考えてるんだろうな。あたりまえにわかっているつもりだった宵のことが、俺にはもうわからない。
そのほうが、健全なのかもしれないけれど。
じっと見つめていると、ふいにスマホの振動音が響いた。宵のものだ。宵の視線と指が、俺から離れていく。
通知を確認したらしく、宵はスマホをポケットに突っ込み直した。折り返しを要する連絡だったのだろうか。溜息まじりに、宵が宣言をする。
「戻ります」
「あ、……うん」
一拍遅れて頷き、俺は取ってつけるように笑った。
「もうちょっといるわ、俺」
名目のように、煙草の箱を提示する。箱をちらりと見た宵が、ゆっくりとした動作で首を傾げる。
「まだ寒いですよ」
「いや、まぁ、……うん」
そうだけど。ひとりの時間が欲しかったんだよ。察せよ。察した上でその態度だったのなら、ごめんだけど。
ぜんぶ心の中で言い、煙草を持った手を振る。ほんの一瞬、もの言いたげな瞳を見せた気はしたけれど。宵はそれ以上の追及はしなかった。
網戸が閉まり、遠くでかすかに宵の声がする。はっきり聞こえているわけではないものの、よそ行きって感じの声。
「あーあ」
あえて音にして、俺は呟いた。
――そういうのは、好きな相手にしかしちゃ駄目なんだよ。
そう言ったのは、たしかに俺だ。
冷静に考えると、俺は宵を何歳児だと思ってるんだって突っ込みたくなる台詞。……まぁ、間違ったことは言ってないと思うけど。でも。
「べつに、嫌だとは言ってないんだけど、俺」
こぼれたひとりごとに嫌気が差して、俺は盛大に溜息を吐いた。
嫌だとは言っていないけど、宵と同じ好きだとも言っていない。
つまり、俺たちの関係は、あの夜から変わっているようで、なにひとつ変わっていないのだ。ものすごく、俺に都合の良い関係。
――俺は、日生さんが、……日生さんを好きな俺が隣にいることが嫌じゃないなら。一緒にいてくれるだけで、すごくうれしいですよ。
あのさぁ、宵。その発言はすげぇ優しいと思うし、いや、本当、心広いね、とも思うけど。
でも、やっぱり、めちゃくちゃ見る目がないな、とも思うよ。
「あーあ」
本当になにやってんだろ、俺。心底自分に呆れた気分で、俺は煙草を取り出した。



