ヘブンリーブルー・スター【BL増補版/期間限定公開】

 ぼっち、ではなく、孤独。あるいは、孤高。
 宵が纏う凛とした空気のたまものか。単純に、宵自身が他人を求めていなかったからか。
 理由は定かでなかったものの、宵を表す言葉はいつも文字として美しかった。

 ……たまには馬鹿みたいな顔で笑ったらいいのに、とは思うけど。
 そうすれば、宵のことを「天才作家」と遠巻きにするクラスメイトの態度にも変化はあるだろうに。
 文芸部の部室から見下ろす中庭の一画には、宵と宵のクラスメイトの姿がある。見つめているうちに浮かんでしまった思考を、俺は、いや、と打ち消した。
 こういうものを、よけいなお世話と言うに決まっている。
 窓から視線を外し、部長として使っていた机に視線を戻す。そんなつもりはなかったのに、思っていたよりも私物がたくさん残っていた。
 高校生活最後の文化祭が土曜日に終わって、今日は月曜日。金曜日の定例会で、部活は最後になる。それまでに、机はきれいにしておかないといけない。
 ……三年、か。
 心の中で、俺は呟いた。正確に言うと、二年と七ヶ月。それで、宵と一緒に活動したのは、たったの七ヶ月だ。
 ――日生さんと同じ高校行って、同じ部活入りたいから。
 だから、中学も嫌だけどがんばります、と宣言した、幼かった宵の声。あーあ、と溜息を吐くと、俺と同じように私物を片付けていた佐畑さんが振り返った。
「なんか言った?」
「あ、ごめん。なんも言ってない」
「ならいいけど。外見てたんだ――って。ああ」
 とことこと近付いてきた佐畑さんが、ひょいと窓の外を覗き込む。
「蓮見くんがいたんだ」
「うん。まぁ、そう」
 取り繕う調子で笑い、俺は聞かれてもいないことを言った。
「ちゃんとクラスの子と仲良くしてんのかなーって。いや、マジお節介ってわかってるんだけど」
「まぁ、たしかにお節介だよね。日生くん」
「でしょ?」
「うん。でも、だから、部長は適任だったと思うな。一年生の子たちのこともよく見てくれたし。おかげで、最後の一年楽しかったよ」
 予想外のストレートな褒め言葉に、はは、と軽い笑い声を立てる。放課後の部室にいるのは、俺と副部長の佐畑さんふたりだけだった。
 もし、あのとき。俺があんなことを言わなければ。宵が部活を辞めなければ。
 クラスの片付けを手伝わなくていいのか、なんて。俺に小言を言われながらも、宵はここにいたのだろうか。
 疼いた想像に、俺は背後の窓を見やった。宵はあいかわらず、淡々とひとりで作業をこなしている。
 ちっとも寂しそうに見えないのも、一種の才能だな。そんな苦笑ひとつで、「そうだな」と口を開く。
「楽しかったってちょっとでも思ってもらえたなら、やった甲斐もあったかな」
「……なんていうか」
「ん? なに?」
「あ、えっと。日生くんって、蓮見くんのこと本当に好きだったんだね」
「え?」
 二度目の予想外に、俺は佐畑さんを見た。振り向いた俺の勢いがよすぎたのか。佐畑さんは少し驚いた顔をした。
「あ、変な意味じゃなくて。その、……えっと、蓮見くんの小説?」
「ああ、小説」
「そう、そう。小説。ほら、それも蓮見くんの新刊でしょ」
 誤魔化すように笑った佐畑さんが、俺の机を示す。顧問の先生が「部室用に」とくれた宵の新刊。
「うん。……まぁ、そうだな」
 呟くように応じ、ぱらりとページをめくる。
 心地の良いリズムの、きれいな文章。ひとつ、ひとつ、宵が大事に生み出しただろう、それ。その文字を、そっと指先でなぞる。
「好きだったよ」
 好きになりたかったよ。純粋に。小説も、宵も。あいつをかたちづくるものすべて。
 あいつを傷つける人間なんて、いなくなればいいと思ってたよ。