「おつかれー、どう? 部誌、売れてる?」
高校最後の文化祭。外部からのお客さんの多い土曜日も、半分以上が終わりになったころ。部誌を販売している部室に、俺はひょいと顔を出した。
お客さんの姿はなく、販売席で一年生の女子部員と喋っていた佐畑さんが、にこりとした笑顔を見せる。
「あ、おつかれ。日生くん。ちょっと前に部長……じゃないや、赤崎先輩来てくれてたよ」
「え、マジで? そうなんだ。先輩、元気そうだった?」
赤崎先輩というのは、俺の前に部長をしていた先輩のことだ。なんというか、いろいろとお世話になった人。
会いたかったなぁと羨んでいると、佐畑さんが足元に置いていたらしい紙袋を持ち上げた。
「元気そうだったよ。ほら、これ。差し入れも貰っちゃった」
「さすがすぎるな、先輩。片づけのあと、みんなで分けよっか。西さんも大丈夫? 変なお客さんとか来なかった?」
「あ、……ぜんぜん大丈夫です。ただ緊張して、佐畑先輩にかなり助けてもらっちゃったんですけど」
「そっか、そっか、おつかれさま。みんなはじめはそうだからさ。気にしないで」
一年生の女の子――西さんに笑いかけ、部誌の減り具合を目視で確認する。今日の朝の開始時点に比べると、十部は減っているみたいだ。
……まぁ、そんなもんだよな。俺が一年のときも、そのくらいだったし。
宵が在籍していた去年の繁盛ぶりが、異常だったというだけだ。手持無沙汰に見本誌をめくりながら、でも、と思考を馳せる。
どれほど澄ました顔をしていたとしても、去年の宵は一年生だったのだから。今の西さんと同じように、上級生にフォローされてあたりまえの存在だったんだよな。
それなのに、俺たちは、なんで、宵に完璧を求めていたのだろう。
……完璧っていうか、なんだろ。宵がちゃんと対応すればいい、とか。宵のせいで無駄に注目されてる、とか。
そういう、宵にすべての責任があるはずのないこと。自分の寄稿したページを見つめたまま、「あのさ」と問いかける。
「なに?」
「あー……、えっと。その、あいつ来たりした? 宵」
「ああ。蓮見くん、辞めてから一回も顔出してないよね」
佐畑さんの声は、去年の文化祭のときと違い、あっさりとしていた。
「少なくとも、わたしのシフトのときは来てないよ。引き継いだときも、そんな話出なかったし。来てないんじゃないかな」
「そっか、うん」
「っていうか、日生くん、蓮見くんと仲良かったよね? 連絡取ったりしてないの?」
「あー……、うん」
曖昧に頷いて、へらりと笑う。扉を開けたままの廊下からは、文化祭の放送が響いていた。ぜんぜん記憶にないけど、去年も流れてたんだろうな。
「ほら、あいつ、忙しそうだし」
「来月新刊出るんだったっけ、すごいよね、本当。そう思うと、去年うちの部にいたのが、やっぱり異質だったんだろうな」
「あ、あの。すみません」
「ん? なに?」
控えめながらもそわそわとした雰囲気に、通常の三割増しの優しくを心がけて、問い返す。
一年生の女の子にビビられている自覚はあったので――佐畑さんいわく「どれだけ人当たりが良くても、うちらみたいな女子はチャラい男子が苦手なんだよ」とのことらしい――、ちょっとうれしい。
「蓮見先輩ってどんな人なんですか? わたし、実は蓮見先輩のファンで」
「え、そうだったんだ」
西さんの告白に、俺より先に佐畑さんが反応する。
「じゃあ、もしかして、蓮見くんがいると思って、うちに入ったの?」
「そういうわけじゃないんですけど。……その、でも、一緒に活動できたらいいなと憧れてたので。辞められてて、ショックはショックでした」
「ああ、そっか。でも、そうだよね。去年の文化祭の部誌は、蓮見くんの名前ばっちり載ってたもんね」
辞めてるなんて思わないよね、と慮るそれに、俺も小さく苦笑をこぼした。その俺に、佐畑さんが話を振る。
「でも、蓮見くん、ちょっと変わってるところもあったけど、いい子だったよね?」
「あー……、うん。まぁね。いい子、いい子」
「へぇ……。そうなんですね。でも、いいなぁ」
「じゃあ。西ちゃん、日生くんの短編読んだらいいよ。今回の部誌にも載ってるでしょ?」
佐畑さんのとんでもない提案に、俺は思わずぎょっとした。だが、佐畑さんは、悪気のひとつもない顔で西さんに部誌を勧めている。
「蓮見くん、うちの部にいたころ、『日生先輩は自分の師匠だ』ってよく言ってたから」
「え。そうなんですか?」
「ちょ、やめてよ~。恥ずかしすぎるから」
瞳を輝かせた西さんの純粋な反応が居た堪れず、俺はへらりと笑った。ぶんぶんと手を振って、否定する。
「あいつがチビだったころから知り合いだったってだけだから。西さんも、宵の小説好きならわかるでしょ? あれは天才」
俺が教える必要なんて、なにもありません、と笑うと、西さんは「ああ」と納得した顔をした。だよな。
「あ、で、でも」
はっとした顔になった西さんが、とってつけたようにお世辞を言う。
「わたし、部長の話もおもしろかったです。なんだろう。すごく優しい感じがして。部長の文章って感じでした」
「ありがと」
にこりと笑い、俺は部誌を閉じた。こんなことで怒らないし、フォローしてくれなくてもいいんだけどなぁ、と申し訳なく思いながら。
「かわいいこと言ってくれる一年生には、差し入れたくさんあげちゃおっかなぁ」
「って、それ、赤崎先輩の差し入れだから」
佐畑さんの突っ込みに、つられたふうに西さんも笑う。去年の文化祭とは大違いの、ガラガラで、でも、和やかな雰囲気。
この一年、部長をやったけど。赤崎先輩が言ったとおりで、林先輩も、宵もいない文芸部をまとめることは楽だった。
でも、引退を目前にした今も、たまに想像をしてしまう。もし、文芸部に宵がいたら、どんな一年になっていたのだろう、と。
高校最後の文化祭。外部からのお客さんの多い土曜日も、半分以上が終わりになったころ。部誌を販売している部室に、俺はひょいと顔を出した。
お客さんの姿はなく、販売席で一年生の女子部員と喋っていた佐畑さんが、にこりとした笑顔を見せる。
「あ、おつかれ。日生くん。ちょっと前に部長……じゃないや、赤崎先輩来てくれてたよ」
「え、マジで? そうなんだ。先輩、元気そうだった?」
赤崎先輩というのは、俺の前に部長をしていた先輩のことだ。なんというか、いろいろとお世話になった人。
会いたかったなぁと羨んでいると、佐畑さんが足元に置いていたらしい紙袋を持ち上げた。
「元気そうだったよ。ほら、これ。差し入れも貰っちゃった」
「さすがすぎるな、先輩。片づけのあと、みんなで分けよっか。西さんも大丈夫? 変なお客さんとか来なかった?」
「あ、……ぜんぜん大丈夫です。ただ緊張して、佐畑先輩にかなり助けてもらっちゃったんですけど」
「そっか、そっか、おつかれさま。みんなはじめはそうだからさ。気にしないで」
一年生の女の子――西さんに笑いかけ、部誌の減り具合を目視で確認する。今日の朝の開始時点に比べると、十部は減っているみたいだ。
……まぁ、そんなもんだよな。俺が一年のときも、そのくらいだったし。
宵が在籍していた去年の繁盛ぶりが、異常だったというだけだ。手持無沙汰に見本誌をめくりながら、でも、と思考を馳せる。
どれほど澄ました顔をしていたとしても、去年の宵は一年生だったのだから。今の西さんと同じように、上級生にフォローされてあたりまえの存在だったんだよな。
それなのに、俺たちは、なんで、宵に完璧を求めていたのだろう。
……完璧っていうか、なんだろ。宵がちゃんと対応すればいい、とか。宵のせいで無駄に注目されてる、とか。
そういう、宵にすべての責任があるはずのないこと。自分の寄稿したページを見つめたまま、「あのさ」と問いかける。
「なに?」
「あー……、えっと。その、あいつ来たりした? 宵」
「ああ。蓮見くん、辞めてから一回も顔出してないよね」
佐畑さんの声は、去年の文化祭のときと違い、あっさりとしていた。
「少なくとも、わたしのシフトのときは来てないよ。引き継いだときも、そんな話出なかったし。来てないんじゃないかな」
「そっか、うん」
「っていうか、日生くん、蓮見くんと仲良かったよね? 連絡取ったりしてないの?」
「あー……、うん」
曖昧に頷いて、へらりと笑う。扉を開けたままの廊下からは、文化祭の放送が響いていた。ぜんぜん記憶にないけど、去年も流れてたんだろうな。
「ほら、あいつ、忙しそうだし」
「来月新刊出るんだったっけ、すごいよね、本当。そう思うと、去年うちの部にいたのが、やっぱり異質だったんだろうな」
「あ、あの。すみません」
「ん? なに?」
控えめながらもそわそわとした雰囲気に、通常の三割増しの優しくを心がけて、問い返す。
一年生の女の子にビビられている自覚はあったので――佐畑さんいわく「どれだけ人当たりが良くても、うちらみたいな女子はチャラい男子が苦手なんだよ」とのことらしい――、ちょっとうれしい。
「蓮見先輩ってどんな人なんですか? わたし、実は蓮見先輩のファンで」
「え、そうだったんだ」
西さんの告白に、俺より先に佐畑さんが反応する。
「じゃあ、もしかして、蓮見くんがいると思って、うちに入ったの?」
「そういうわけじゃないんですけど。……その、でも、一緒に活動できたらいいなと憧れてたので。辞められてて、ショックはショックでした」
「ああ、そっか。でも、そうだよね。去年の文化祭の部誌は、蓮見くんの名前ばっちり載ってたもんね」
辞めてるなんて思わないよね、と慮るそれに、俺も小さく苦笑をこぼした。その俺に、佐畑さんが話を振る。
「でも、蓮見くん、ちょっと変わってるところもあったけど、いい子だったよね?」
「あー……、うん。まぁね。いい子、いい子」
「へぇ……。そうなんですね。でも、いいなぁ」
「じゃあ。西ちゃん、日生くんの短編読んだらいいよ。今回の部誌にも載ってるでしょ?」
佐畑さんのとんでもない提案に、俺は思わずぎょっとした。だが、佐畑さんは、悪気のひとつもない顔で西さんに部誌を勧めている。
「蓮見くん、うちの部にいたころ、『日生先輩は自分の師匠だ』ってよく言ってたから」
「え。そうなんですか?」
「ちょ、やめてよ~。恥ずかしすぎるから」
瞳を輝かせた西さんの純粋な反応が居た堪れず、俺はへらりと笑った。ぶんぶんと手を振って、否定する。
「あいつがチビだったころから知り合いだったってだけだから。西さんも、宵の小説好きならわかるでしょ? あれは天才」
俺が教える必要なんて、なにもありません、と笑うと、西さんは「ああ」と納得した顔をした。だよな。
「あ、で、でも」
はっとした顔になった西さんが、とってつけたようにお世辞を言う。
「わたし、部長の話もおもしろかったです。なんだろう。すごく優しい感じがして。部長の文章って感じでした」
「ありがと」
にこりと笑い、俺は部誌を閉じた。こんなことで怒らないし、フォローしてくれなくてもいいんだけどなぁ、と申し訳なく思いながら。
「かわいいこと言ってくれる一年生には、差し入れたくさんあげちゃおっかなぁ」
「って、それ、赤崎先輩の差し入れだから」
佐畑さんの突っ込みに、つられたふうに西さんも笑う。去年の文化祭とは大違いの、ガラガラで、でも、和やかな雰囲気。
この一年、部長をやったけど。赤崎先輩が言ったとおりで、林先輩も、宵もいない文芸部をまとめることは楽だった。
でも、引退を目前にした今も、たまに想像をしてしまう。もし、文芸部に宵がいたら、どんな一年になっていたのだろう、と。



