「いや、本当に。マッジで腹立つ~~」
高校一年生から続けていているバイト終わりの、二十二時。
ファミレスの駐輪スペースの片隅で。俺は煙草をスパスパと吸いながら、管を巻いていた。巻く相手は、これまたずっとバイトを続けている民さんだ。
五年目の大学生活に突入している民さんは、俺の隣で同じようにしゃがんで煙草を吸っている。
適当になんでも喋るけど、ある一定を越えたプライベートゾーンには踏み込まない。そのあたりの認識が似ているので、話していて楽なのだ。
「いや、マジで。ひさしぶりに喋ったけど、本当かわいくねぇんすよ、あいつ」
「かわいくないって。その後輩、あれだろ。おまえが何年か前に、『急に文芸部辞めた』って愚痴ってた例のあれ」
「……そうっすけど」
例のあれと評されるほど、俺は宵のことを愚痴っていたのだろうか。空恐ろしさを覚えたものの、民さんの口調はあっさりとしていた。
「っていうか大学まで一緒だったんだ。腐れ縁だね」
「そうなんすよ……」
うんざりと呟いて、うなだれる。
「まぁ、いや、俺がいるからって、そいつが進路変える必要はないんで。その、あれなんですけど」
宵が俺の進学先を把握していたかどうかも怪しいというのが、正直なところだし。なにせ、宵だ。
……それに、あいつAOっぽいしなぁ。
高校生作家です。文学賞受賞してデビューしました、キリッで受かる感じのあれ。
あーあ、とぼやいた俺に、民さんは首を傾げた。
「そう思うなら、なんでそんなに苛々してんの?」
「え?」
「いや、べつにいいんだけど、ちょっと不思議っていうか」
「不思議」
「洸平は、自分から苛々しに行かないタイプだと思ってたから、俺。そうなる前に一線引いて、『はい、終わり』みたいな」
「いや、民さんの俺のイメージなんなんすか」
言い得て妙だと思わなくもないけれど。
ははっと笑った俺に反し、民さんは表情を変えなかった。短くなった吸いさしを携帯灰皿に押しつけながら、講評する。
「誰にでも愛想は良いけど、あんまり誰にも特別の興味はなさそう」
「…………」
「だから、よく覚えてんだよね。その後輩のこと」
沈黙を選んだ俺に、ほら、と民さんは続けた。
「だいぶ昔だけどさ、ここで待ってたことあったじゃん、その子。おまえは見つけて、嫌そうな顔してたけど」
その表情が珍しかった、ということらしい。マジかよ。
そんなことあったかなぁ、と嘯くこともできず、俺は灰を叩いた。だって、よく覚えている。宵がここに来たのは、あれが最初で最後だったから。
そういえば、おばちゃんのラーメン屋も、結局二回目は行かなかったんだよな。懐かしいことを思い出していると、民さんが小さく笑った。
「今日のそれだって、……まぁ、おまえのことだから、なんか見かねたんだろうけど。おまえから声かけたんだろ?」
「……それも、まぁ、そうなんすけど」
そうとしか言いようがなく、曖昧に煙草を吹かす。
自分から喋りかけておいて、なにを勝手に苛々してるんだ、という話でしかないことも、本当はわかっている。
……俺からふつうに喋りかけたら、あいつもふつうに喋るって。そう思ってたのかな。
もう二年半も前の、過ぎた過去のことだから? あーあ、という気持ちを押し隠し、俺は苦笑いを浮かべた。
あれは「終わった」って、わかってたはずなのにな。
「なんていうか、民さんの言うとおりで。気になったんすよね、ちょっと」
だって、めちゃくちゃ見る目ないことしてたんすよ、あいつ、とは言えなかったけど。
「ふぅん」
いつもの温度で、民さんは相槌を打った。新しい煙草に火をつける横顔を、なんとなくじっと眺める。
宵の頬は、まだ少し丸みが残っていたな、と思いながら。でも、すぐに大人になるんだろう。
六月の夜は、昼と同じで空気がじめじめと蒸していた。
「まぁ、かまいたかったら、かまえばいいと思うけど」
「ですよね」
「それで苛々すんのも、好きにしたらいいと思うし」
「……ですよねぇ」
「ちなみにさ」
「はい?」
「聞きたいから聞くだけだけど。洸平のそれって、後輩くんの言動にひたすら苛々してんの? それとも、苛々する自分に苛々してんの?」
「あー……」
唸るように呟いて、短くなった煙草を携帯灰皿に押しつける。
あたりまえと言えば、それまでの話なんだけど。ポイ捨てなんてものをした日には、帰り際のたむろの目こぼしをもらえなくなってしまう。
たぶんだけど、今の俺は、バ先の高校生の女の子たちに、民さんとひとくくりでチャラくて駄目な先輩認定をされているんだろうな。
……べつに、遊んでねぇんだけどな、俺。
「どっちっすかねぇ」
冷たい宵の瞳を頭の片隅に追いやって、へらりと笑う。
昔の俺は、苛々しないように必死だったんだよな、と自嘲半分で思い返しながら。
でも、その我慢の結果が「あの爆発」だったのだとしたら。まぁ、笑えないよな、と思う。
高校一年生から続けていているバイト終わりの、二十二時。
ファミレスの駐輪スペースの片隅で。俺は煙草をスパスパと吸いながら、管を巻いていた。巻く相手は、これまたずっとバイトを続けている民さんだ。
五年目の大学生活に突入している民さんは、俺の隣で同じようにしゃがんで煙草を吸っている。
適当になんでも喋るけど、ある一定を越えたプライベートゾーンには踏み込まない。そのあたりの認識が似ているので、話していて楽なのだ。
「いや、マジで。ひさしぶりに喋ったけど、本当かわいくねぇんすよ、あいつ」
「かわいくないって。その後輩、あれだろ。おまえが何年か前に、『急に文芸部辞めた』って愚痴ってた例のあれ」
「……そうっすけど」
例のあれと評されるほど、俺は宵のことを愚痴っていたのだろうか。空恐ろしさを覚えたものの、民さんの口調はあっさりとしていた。
「っていうか大学まで一緒だったんだ。腐れ縁だね」
「そうなんすよ……」
うんざりと呟いて、うなだれる。
「まぁ、いや、俺がいるからって、そいつが進路変える必要はないんで。その、あれなんですけど」
宵が俺の進学先を把握していたかどうかも怪しいというのが、正直なところだし。なにせ、宵だ。
……それに、あいつAOっぽいしなぁ。
高校生作家です。文学賞受賞してデビューしました、キリッで受かる感じのあれ。
あーあ、とぼやいた俺に、民さんは首を傾げた。
「そう思うなら、なんでそんなに苛々してんの?」
「え?」
「いや、べつにいいんだけど、ちょっと不思議っていうか」
「不思議」
「洸平は、自分から苛々しに行かないタイプだと思ってたから、俺。そうなる前に一線引いて、『はい、終わり』みたいな」
「いや、民さんの俺のイメージなんなんすか」
言い得て妙だと思わなくもないけれど。
ははっと笑った俺に反し、民さんは表情を変えなかった。短くなった吸いさしを携帯灰皿に押しつけながら、講評する。
「誰にでも愛想は良いけど、あんまり誰にも特別の興味はなさそう」
「…………」
「だから、よく覚えてんだよね。その後輩のこと」
沈黙を選んだ俺に、ほら、と民さんは続けた。
「だいぶ昔だけどさ、ここで待ってたことあったじゃん、その子。おまえは見つけて、嫌そうな顔してたけど」
その表情が珍しかった、ということらしい。マジかよ。
そんなことあったかなぁ、と嘯くこともできず、俺は灰を叩いた。だって、よく覚えている。宵がここに来たのは、あれが最初で最後だったから。
そういえば、おばちゃんのラーメン屋も、結局二回目は行かなかったんだよな。懐かしいことを思い出していると、民さんが小さく笑った。
「今日のそれだって、……まぁ、おまえのことだから、なんか見かねたんだろうけど。おまえから声かけたんだろ?」
「……それも、まぁ、そうなんすけど」
そうとしか言いようがなく、曖昧に煙草を吹かす。
自分から喋りかけておいて、なにを勝手に苛々してるんだ、という話でしかないことも、本当はわかっている。
……俺からふつうに喋りかけたら、あいつもふつうに喋るって。そう思ってたのかな。
もう二年半も前の、過ぎた過去のことだから? あーあ、という気持ちを押し隠し、俺は苦笑いを浮かべた。
あれは「終わった」って、わかってたはずなのにな。
「なんていうか、民さんの言うとおりで。気になったんすよね、ちょっと」
だって、めちゃくちゃ見る目ないことしてたんすよ、あいつ、とは言えなかったけど。
「ふぅん」
いつもの温度で、民さんは相槌を打った。新しい煙草に火をつける横顔を、なんとなくじっと眺める。
宵の頬は、まだ少し丸みが残っていたな、と思いながら。でも、すぐに大人になるんだろう。
六月の夜は、昼と同じで空気がじめじめと蒸していた。
「まぁ、かまいたかったら、かまえばいいと思うけど」
「ですよね」
「それで苛々すんのも、好きにしたらいいと思うし」
「……ですよねぇ」
「ちなみにさ」
「はい?」
「聞きたいから聞くだけだけど。洸平のそれって、後輩くんの言動にひたすら苛々してんの? それとも、苛々する自分に苛々してんの?」
「あー……」
唸るように呟いて、短くなった煙草を携帯灰皿に押しつける。
あたりまえと言えば、それまでの話なんだけど。ポイ捨てなんてものをした日には、帰り際のたむろの目こぼしをもらえなくなってしまう。
たぶんだけど、今の俺は、バ先の高校生の女の子たちに、民さんとひとくくりでチャラくて駄目な先輩認定をされているんだろうな。
……べつに、遊んでねぇんだけどな、俺。
「どっちっすかねぇ」
冷たい宵の瞳を頭の片隅に追いやって、へらりと笑う。
昔の俺は、苛々しないように必死だったんだよな、と自嘲半分で思い返しながら。
でも、その我慢の結果が「あの爆発」だったのだとしたら。まぁ、笑えないよな、と思う。



