才能は、人を殺す。
時として、驚くほどにあっけなく、あっさりと。そのことを、俺はよくよく知っている。
「日生先輩!」
放課後の、二年五組の教室。遠慮会釈なく響いた宵の声に、俺は後方の出入り口をちらりと見やった。
渋々ながらも反応した理由は名指しされたから、だったんだけど。そうじゃないクラスメイトの視線も、同じ場所に集まっている。
……あいかわらず、目立つやつ。
今日は十月九日で。つまり、宵が入学してからも、半年は経っているはずなのに。心の中でぼやき、俺はスマホに視線を戻した。
まぁ、多少はしかたがないってわかるけど、と思いながら。
なにせ、宵はうちの高校の有名人だ。文芸部の後輩の、「現役イケメン高校生作家」さま。
その宵が、ぴたりと俺の前に現れた。注目をものともせず、ずかずかと入り込んだらしい。
さらりと流れる黒髪に、涼しげな切れ長の瞳。イケメン作家の看板に嘘偽りのないきれいな顔を見上げ、俺はへらりと笑いかけた。
「なに、宵。どうしたの? なんか用?」
「日生先輩」
面倒くせなぁという本音を隠した俺と正反対の、気難しい顔。昔から変わらない生真面目な調子で、宵が続ける。
「今日の部活は参加しますよね? 文化祭で発行する部誌の進捗の報告会」
「あー、マジごめん。無理。今日バイトなんだよね、俺」
「バイトって」
遮って謝ると、宵はぴくりと眉を動かした。
「文芸部の活動日は、毎週金曜日。先輩もわかってることですよね。それなのに、なんでシフトなんか入れるんですか」
「まぁ、そうなんだけどさぁ」
もう一度へらりと笑い、リュックを手に取って立ち上がる。今から帰りますよの、わかりやすい意思表示だ。
「でも、もう入れちゃったから。ごめんな、宵」
「……じゃあ、来週。来週は絶対出てくださいね」
「うーん、絶対はなぁ。どうかなぁ」
俺の気のない返事に、宵の纏う空気がムッとしたものに変化する。
なけなしの罪悪感が疼いたが、バイトがあることは事実だ。自分に言い聞かせ、手を振って背を向ける。
「じゃ、まぁ、そういうことだから」
「ちょっと、先輩――日生さん!」
呼び止める宵の声は聞こえたものの――ついでに言うと、宵に絡み始めた女子の声も聞こえたけど――、気がつかないふりで廊下に出る。
面倒くせぇなぁという溜息を呑み込んだ瞬間。教室から出てきた仲野が、ぽんと俺の肩を叩いた。
「いいの、洸平。あれ。ほっといて」
「えー?」
「部活の後輩じゃなかったっけ。べつに、俺はいいけど」
「いいの、いいの。自分でなんとかするっしょ」
あいつだって、いつまでもガキじゃないんだし。
軽い調子で笑い飛ばし、仲野と並んで昇降口に向かう。特別に仲がいいわけじゃないけど、同じクラスになってからよくつるむグループのひとり。
適当に仲良くできる気楽なノリって、俺にはかなり重要だ。熱心に毎週部活とか。部活に来ないから先輩を迎えに来るとか。そういう生真面目じゃないノリ。……いや、べつに、宵の悪口じゃないけど。
そんなことを考えていると、仲野が噴き出すように笑った。
「冷てー先輩だな。っていうか、逆に、おまえなんで文芸部入ってんの? いまさらだけど」
「えー、似合わない? 俺。文芸部」
逆にってなんだと呆れつつ、茶色く染めた髪を掻きやる。
「似合わないっつーか、チャラいし。あと本読んでるイメージもない」
「いや、まぁ、そうだけど。うち、部活強制じゃん。文芸部、楽そうだったからさぁ」
チャラくて適当な俺らしい理由に、仲野は「あー」と得心した声を出した。
「たしかに。文芸部って活動なさそうだよな」
「だろー?」
「でも、なんかはしてんだろ? なに。みんな小説書いてんの?」
「んなわけないじゃん。書いてるやつもいるけど、俺みたいな感じも多いよ。適当に部室で駄弁ってるみたいな」
そもそもの話だけど、読書感想文じゃあるまいし、小説って強制されて書くもんじゃないと思うし。
……なのに、なんで、あいつはあんなにしつこく誘うかな。
宵が文芸部に入って、かれこれ半年。宵はしつこく俺を誘い続けている。はるか昔、まだ宵が小学生だったころ、先輩ぶって小説の書き方を教えたことがある、という程度の関係性の俺を。
マジで飽きねぇな、あいつ。あーあ、という気分で、俺は笑った。
「だったんだけど。春に熱血くんが入ってきちゃったの。どうしてくれんの、俺の平穏って話だよ、マジで」
「あー、はい。さっきの。噂の一年のイケメン作家。なんだっけ、中二でデビューしたんだっけ」
「そう、そう。まぁ、熱血だけあって、努力もすごいんだけどね」
「へぇ、そこも熱血なんだ」
「まぁね。いや、マジイケメンだから腹は立つんだけど。でも、がんばってんだよ、あいつ」
へぇ、という興味のないことまるわかりの仲野の相槌に、俺は二度目のあーあ、を呟いた。もちろん内心で、だけど。
あーあ。なんで、俺、あいつのフォローなんてしてんだろ。
時として、驚くほどにあっけなく、あっさりと。そのことを、俺はよくよく知っている。
「日生先輩!」
放課後の、二年五組の教室。遠慮会釈なく響いた宵の声に、俺は後方の出入り口をちらりと見やった。
渋々ながらも反応した理由は名指しされたから、だったんだけど。そうじゃないクラスメイトの視線も、同じ場所に集まっている。
……あいかわらず、目立つやつ。
今日は十月九日で。つまり、宵が入学してからも、半年は経っているはずなのに。心の中でぼやき、俺はスマホに視線を戻した。
まぁ、多少はしかたがないってわかるけど、と思いながら。
なにせ、宵はうちの高校の有名人だ。文芸部の後輩の、「現役イケメン高校生作家」さま。
その宵が、ぴたりと俺の前に現れた。注目をものともせず、ずかずかと入り込んだらしい。
さらりと流れる黒髪に、涼しげな切れ長の瞳。イケメン作家の看板に嘘偽りのないきれいな顔を見上げ、俺はへらりと笑いかけた。
「なに、宵。どうしたの? なんか用?」
「日生先輩」
面倒くせなぁという本音を隠した俺と正反対の、気難しい顔。昔から変わらない生真面目な調子で、宵が続ける。
「今日の部活は参加しますよね? 文化祭で発行する部誌の進捗の報告会」
「あー、マジごめん。無理。今日バイトなんだよね、俺」
「バイトって」
遮って謝ると、宵はぴくりと眉を動かした。
「文芸部の活動日は、毎週金曜日。先輩もわかってることですよね。それなのに、なんでシフトなんか入れるんですか」
「まぁ、そうなんだけどさぁ」
もう一度へらりと笑い、リュックを手に取って立ち上がる。今から帰りますよの、わかりやすい意思表示だ。
「でも、もう入れちゃったから。ごめんな、宵」
「……じゃあ、来週。来週は絶対出てくださいね」
「うーん、絶対はなぁ。どうかなぁ」
俺の気のない返事に、宵の纏う空気がムッとしたものに変化する。
なけなしの罪悪感が疼いたが、バイトがあることは事実だ。自分に言い聞かせ、手を振って背を向ける。
「じゃ、まぁ、そういうことだから」
「ちょっと、先輩――日生さん!」
呼び止める宵の声は聞こえたものの――ついでに言うと、宵に絡み始めた女子の声も聞こえたけど――、気がつかないふりで廊下に出る。
面倒くせぇなぁという溜息を呑み込んだ瞬間。教室から出てきた仲野が、ぽんと俺の肩を叩いた。
「いいの、洸平。あれ。ほっといて」
「えー?」
「部活の後輩じゃなかったっけ。べつに、俺はいいけど」
「いいの、いいの。自分でなんとかするっしょ」
あいつだって、いつまでもガキじゃないんだし。
軽い調子で笑い飛ばし、仲野と並んで昇降口に向かう。特別に仲がいいわけじゃないけど、同じクラスになってからよくつるむグループのひとり。
適当に仲良くできる気楽なノリって、俺にはかなり重要だ。熱心に毎週部活とか。部活に来ないから先輩を迎えに来るとか。そういう生真面目じゃないノリ。……いや、べつに、宵の悪口じゃないけど。
そんなことを考えていると、仲野が噴き出すように笑った。
「冷てー先輩だな。っていうか、逆に、おまえなんで文芸部入ってんの? いまさらだけど」
「えー、似合わない? 俺。文芸部」
逆にってなんだと呆れつつ、茶色く染めた髪を掻きやる。
「似合わないっつーか、チャラいし。あと本読んでるイメージもない」
「いや、まぁ、そうだけど。うち、部活強制じゃん。文芸部、楽そうだったからさぁ」
チャラくて適当な俺らしい理由に、仲野は「あー」と得心した声を出した。
「たしかに。文芸部って活動なさそうだよな」
「だろー?」
「でも、なんかはしてんだろ? なに。みんな小説書いてんの?」
「んなわけないじゃん。書いてるやつもいるけど、俺みたいな感じも多いよ。適当に部室で駄弁ってるみたいな」
そもそもの話だけど、読書感想文じゃあるまいし、小説って強制されて書くもんじゃないと思うし。
……なのに、なんで、あいつはあんなにしつこく誘うかな。
宵が文芸部に入って、かれこれ半年。宵はしつこく俺を誘い続けている。はるか昔、まだ宵が小学生だったころ、先輩ぶって小説の書き方を教えたことがある、という程度の関係性の俺を。
マジで飽きねぇな、あいつ。あーあ、という気分で、俺は笑った。
「だったんだけど。春に熱血くんが入ってきちゃったの。どうしてくれんの、俺の平穏って話だよ、マジで」
「あー、はい。さっきの。噂の一年のイケメン作家。なんだっけ、中二でデビューしたんだっけ」
「そう、そう。まぁ、熱血だけあって、努力もすごいんだけどね」
「へぇ、そこも熱血なんだ」
「まぁね。いや、マジイケメンだから腹は立つんだけど。でも、がんばってんだよ、あいつ」
へぇ、という興味のないことまるわかりの仲野の相槌に、俺は二度目のあーあ、を呟いた。もちろん内心で、だけど。
あーあ。なんで、俺、あいつのフォローなんてしてんだろ。



