今夜、濃く濃く、今夜、濃く濃く。


 夢、うつつ。
 うつ伏せている僕。
 その隣に。
 知らぬ女が寝ていた。
 薄く、朧げで、儚げで。
 色は無く、触れれば崩れてしま、



 鈍い音で目が覚めた。
 左手の薬指と中指、爪の先に。
 じくじくとした痛み。
 目を開くと見慣れた9%のロゴマークが。
 結露で透けたレジ袋の中、倒れている。

 玄関。
 うつ伏せに。
 僕はうたた寝を。
 スーツを着たまま。
 彼女は? 夢か?
 触れられなかった、左手に。
 巻いた時計が指す時刻は。
 午前2時24分。

 僕は、のそと起き上がり。
 缶を取り出し、タブを掻く。
 0%の空っぽの体に。
 9%が補充されていく。
 その一割に満たぬ体力で。
 すぐそこのキッチンへと這う。

 半額の豆腐。半額の弁当。
 弁当を電子レンジで温めて。
 酒を啜り。
 豆腐の容器の蓋を剥ぎ、水を切り。
 酒を呷る。

 豆腐を容器の中で握り潰していると。
 レンジから温め完了の通知音が鳴る。
 扉を開ける。

 唐揚げと炊き込みご飯の匂い。
 吐き気を催し。シンクに吐く。
 着色料アルコール入りの吐瀉物。
 蛇口のレバーを払うように上げる。
 固形物がないため、すぐに流れる。

 まだ、胃液が逆流しそうな食道に。
 豆腐でかさ増しした弁当を酒で流し込む。



 気づけば。
 また、眠っていた。
 夢の中で、夢を夢見た。



 隣に女が寝ている。
 薄く、朧げで、儚げで。
 色は無く、触れれば崩れてしま、



 触れようとした、左手首から。
 腕時計のアラームが知らせる。
 午前6時25分。

 また、仕事。

 けれど、今日は、だらりと垂れる左手を。
 少し強く握った。



 働いている最中。僕が思ったのは。
 夢の、薄いけれど濃く記憶に残っている。
 あの女に、もう一度会いたい。だった。



 仕事終わり。閉店間際のスーパーに行く。
 同じストロング系のチューハイ。
 同じ唐揚げと炊き込みご飯の弁当。
 同じ豆腐を買った。

 同じ夢を見るために。
 同じ再現を。
 ただし、豆腐の方は、あいにく。
 半額ではなかった。

 僕は眠った。
 同じ状況のため。
 玄関で。



 隣に女が居た。
 薄く、朧げで、儚げで。
 色は白く、触れれば崩れてしま、



 成功だ。
 昨日と同じ夢。
 いや、正確には。
 昨日よりも、より。
 濃い、夢だった。
 色の無い、彼女の色が、白であった。
 もっともっと、濃くなれば、触れられる。
 そう確信した。

 どうすれば濃くなる?
 豆腐の新鮮さ、味か?
 僕は検証を重ねる。



 三日目
 同じストロングチューハイ
 同じ唐揚げと炊き込みご飯の弁当
 スーパーで一番高い豆腐
 のとき、

 薄く、
 色は白く、触れれば崩れてしま、

 朧げさと儚げさがなくなり。
 かなり濃くなった。
 だが、まだ薄い。
 スーパーにこれ以上の豆腐は無い。
 豆腐以外のパロメータも一応調べる。



 四日目
 発泡酒
 同じ弁当
 一番高い豆腐
 のとき、

 色は白く、触れれば崩れてしま、

 三日目より、わずかに濃い。
 変数は、豆腐だけでなく、酒もか?



 五日目
 ビール
 同じ弁当
 一番高い豆腐
 のとき、

 薄く、
 色は白く、触れれば崩れてしま、

 おそらく濃さは三日目と同じ。
 発泡酒にあって、ビールにないもの?
 弁当についても検証する。



 六日目
 一日目と同じストロング系のチューハイ
 ハンバーグ弁当
 豆腐(売り切れのため無し)

 薄く、朧げで、儚げで。
 色は無く、触れれば崩れてしま、

 一日目と同程度の濃さ。
 豆腐は重要でない?



 七日目
 一日目と同じ酒
 寿司ざる蕎麦セット
 豆腐(弁当比較のため無し)

 色は濃く白く、触れれば、

 もう少し。あと少しだった。
 彼女は濃く濃く。
 指先に、熱が。



 一週間の検証をまとめる。
 女の濃さが濃くなる順に、

 酒では、
 ストロングチューハイ
 =
 ビール
 <
 発泡酒

 弁当では、
 ハンバーグ弁当
 <
 唐揚げと炊き込みご飯の弁当
 <<
 寿司ざる蕎麦セット

 豆腐では、
 安い豆腐(半額)
 <
 安い豆腐
 <<
 一番高い豆腐

 全体としては、
 ビール
 <
 発泡酒
 <
 ハンバーグ弁当
 =?
 安い豆腐(半額)
 <
 安い豆腐
 <
 唐揚げと炊き込みご飯の弁当
 <
 寿司ざる蕎麦セット
 <=?
 一番高い豆腐



 八日目
 ようやく仕事が休み。
 商店街の豆腐屋に行く。
 スーパーよりも、良い豆腐を買いに。

 店頭。
 点灯。

 論理が言葉を追い越し頭の中を駆け巡る。
 ……これだ。

 ビールになくて、発泡酒にあるもの。
 それは原材料の大豆。

 ハンバーグ弁当は安物で。
 おからでかさ増しされている。

 大豆<おから=安い豆腐(半額)
 
 そして、炊き込みご飯には。
 そうか。量だ。
 量が少なかったのだ。

 寿司ざる蕎麦セットの寿司は。
 助六寿司なのだ。

 豆腐は必要条件であり、
 十分条件ではない。

 油揚げだ。



 確証があった、興奮で冴えた頭。
 眠るために、とっておきのウイスキー。
 袋いっぱいの油揚げを隣に。
 スーツを着たまま。
 玄関で、僕は、
 意識を……



 濃く濃く濃く濃く。
 色は、琥珀。
 隣で女が寝ている。
 左手を伸ばす。
 触れられる。
 女の、頬。

 僕は、彼女に、声をかける。
「こんばんは」
 彼女は、目を細め、挨拶をする。
「コンばんは」





 休み明け。
 出社しない、彼を不審に思った上司が。
 部下を、彼の家に訪ねさせる。
 部下は、扉の前に近づく前に。
 気づく。

 キツく。

 臭いと。

 羽音を。





 彼の家、玄関には。
 人と同じ程の大きさの馬糞が。
 スーツを着ていた。 







 狐の語源は、来つ寝、といわれている。