『ねぇ知ってる?CAFE de TIMEって言う喫茶店の噂』
私、白井リリは今朝。高校への登校中に、親友の小出マリから聞いた話しを思い出していた。
『金毛で青い目の翠玉の首輪をした猫に。ニャー。と声を掛けられたら。それは、喫茶店への御招待』
今、リリの目の前には金毛で青い目の翠玉の首輪をした猫の姿がある。西日に輝く金毛が神々しい。
『猫を見失わない様に追い掛けて、すると辿り着くわ…―CAFE de TIME―願いの叶う喫茶店に…』
「ニャー」
金毛の青い目の猫が、翠玉の首輪を揺らし。リリに向かって鳴いた。……声を掛けられた?
「ニャー」
金毛の猫は、澄んだ空の様に青い目にリリを映し。もう一度、鳴いた。そしてフサフサな尻尾をピンと立て。優雅に歩き出したのだ。(え?これ追い掛けた方が良いかな?…追い掛けた方が良いよね…)リリは心の中で自問自答して、金毛の猫を追い掛けることにした。
𓃠 𓃠 𓃠
「ちょ、ちょっと待って!」リリは、ずり落ちた白いハイソックスを急いで直し。高校の制服の、紺色のブレザーのプリーツスカートを翻し。制服と同じ色のローファーで、一生懸命に金毛の猫を追い掛ける。冬服のブレザーの下に着ている。白いワイシャツの胸元で、赤色の紐リボンが激しく踊っている。
リリの静止を聞かず。金毛の猫は、どんどん進んでゆく。坂道、隧道、草原、一本橋に、砂利道、下り道、(こんな道あったっけ?)リリは心の中で不思議に思いながらも必死に金毛の猫を追う。花畑に、曲がり道、歩こう。歩こう。私は元気。歩くの大好き。どんどん行こう。と、歌いたくなる様な猫の散歩道?を追い掛けて、そして林の奥――――。
突然リリの目の前に現れたのは白壁のお洒落な喫茶店。
「…CAFE de TIME…」
店先のシックな紅茶色の色合いがお洒落な突き出し看板に記された金色の文字の店名を口の中で小さく呟きリリは今一度、親友のマリの話しを思い出していた。
『猫を見失わない様に追い掛けて、すると辿り着くわ…―CAFE de TIME―願いの叶う喫茶店に…』
「…願いの叶う喫茶店…」独り言ちてリリは、その白壁のお洒落な喫茶店《CAFE de TIME》を繁々と眺める。ドールハウスの様な小さな喫茶店で、白壁に赤い屋根がコントラストとなって、良く映えている。店内への入り口のドアは、金毛の猫の目の様に青くて、プラネタリウムみたいな夜空の星の綺麗なステンドグラスが、嵌め込まれている。
「ニャー」
金毛の猫が、喫茶店のドアの前で、ドアと同じ青い目を爛々と輝かせてリリを振り返り見詰める。毛足の長い前脚で、喫茶店のドアをカリカリと引っ掻いている。まるで、早くドアを開けろと言わんばかりに。リリは金毛の猫に誘われるかの様に、ステンドグラスが嵌め込まれた喫茶店のドアを恐る恐る開く。ステンドグラスの夜空の星が綺羅綺羅と瞬いた。
――カラン、コロン。来客を報せるドア鐘の音が鳴り。リリは《CAFE de TIME》へと足を踏み入れたのだった。
🔔 🔔 🔔
「ニャー」
金毛の猫が翠玉の首輪を揺らし。一声『ただいま』とでも言うように鳴いて喫茶店へと我が物顔で入ってゆく。その後を追ってリリも店内へと恐る恐る入ると。
「…ん?お客様を案内してくれたんだな…モンブラン」
木の温もりを感じる何処かクラシカルでお洒落な内装の喫茶店のカウンターには、店主だろうか?黒を基調としたシックなカフェコート姿の麗人が、女性にしては低く。男性にしては高い。中性的な声音で、カウンターの端に敷かれた赤いハートの形をした小さなラッグの上でいつの間にか寝転んでいた金毛の猫に優しく声を掛けた。モンブランと呼ばれた金毛の猫は「ニャー」と。まるで返事をするかの様に一声、可愛く鳴き。青い目を細めて一つ欠伸をしてから。軈て丸まって寝始めた。その姿は、正にモンブランのよう。リリが、ボンヤリとモンブランと呼ばれたモンブランのように丸まって寝る。金毛の猫を見つめていたら。同じ様に猫を優しい眼差しで見つめていた店主の、この喫茶店のドアに嵌め込まれている。まるで、ステンドグラスの様な夜空の綺麗な輝きを放つ目とリリの黒曜石の様な真っ黒な目が合い。黒猫みたいな人だな。と思っていたら。
「いらっしゃいませ。幸福の御客様。―CAFE de TIME―願いの叶う喫茶店へ。ようこそ」
店主はリリに向かい。そう言うと。シックなカフェコートの胸に手を当て、優雅に一礼する。
「…あっ、ど…どうも」
リリもつられてぎこちなくお辞儀をすると。店主はステンドグラスの様な夜空色の猫みたいな瞳を優しく細め。
「どうぞ―お好きな席へ―」と。リリを歓迎してくれる。リリは、促されるままに喫茶店内を見渡して店主の目の前のカウンター席のアンティークレトロな脚の長い木の椅子へと座った。目の前には店主が佇ずみ。その中性的な声音で静かにリリに訊ねるのだった。
「――貴方の願い事は、何ですか?」
🫖 🫖 🫖
「――私の…願い事…――」
店主に訊ねられ。リリは、自分の胸に呟く。
「――貴方の心の奥の願いです――」
店主の中性的な不思議な響きの声がリリの鼓膜から胸の中、心へと入ってくる――不思議な感覚……。
「…私の心の奥の願い事…」
リリは今一度、自分の心の奥の奥深くへと自問する様に呟いてみる……すると。
ーー独りでにリリの口は言葉を紡いだ。
「…コーヒーを飲めるようになりたい…」
自分で紡いだ言葉にリリは酷く驚いた。その願い事は、リリにとって、あまりにも苦々しい願い事だったからだ。
「――コーヒーを飲めるようになりたい――」
店主の不思議な響きの声がリリの言葉をなぞる。
「――それが、貴方の心の奥の願い事ですね?」
店主に問われ。リリは神妙な面持ちで小さく頷いた。
「――はい」リリの返事を聞いて、店主は、シックなカフェコートの胸に手を当てて、歌うように言った。
「―かしこまりました。貴方の願い、叶えましょう―」
店主が流れる様に紅茶を淹れる。其れはもう、紅茶の茶葉が踊るように流麗に。
――そして入った一杯の紅茶。
――金茶色に輝く紅茶。
白い陶磁器のティーカップに金毛の猫のシルエットが描かれて同じ色のソーサーには縁を沿うように《CAFE de TIME》と金色の文字で店名が刻まれている。
――そして紅茶に浮かぶ、小さな金木犀の蕾……。
「――…桂花紅茶…金木犀の紅茶です――」
店主の中性的な不思議な声が静かに言う。
「――…軈て、紅茶に花開くでしょう…――」
店主の夜空色のステンドグラスみたいな輝きを放つ瞳が、真っ直ぐにリリを見つめる。
「――紅茶に花が開く時、貴方の願いは叶います――」
金茶色の紅茶に浮かぶ金木犀の小さな蕾は、まるで星屑のようでした――――。
固く閉ざされたリリの心の扉が、開かれていく――。
錆びついて、傷んだ……。心の扉――――。
ギシギシ、軋む。キシキシ、傷む。ズキズキ、痛む。
痛々しい音を立てて、心の傷が、……扉が啓かれる。
金木犀の紅茶を一口、啜れば。
口中に花開く――華やかで優しい味わい。
……心の傷に沁み入る味わい。
「……姉が、コーヒー……好きだったんです」
気がつけばリリは心の奥に閉じ込めていた最愛の姉。
―白井ユリ―との苦い思い出を語り始めていた。
☕ ☕ ☕
「――リリ!起きて!遅刻するわよ!」
けして大きくはない二階建ての家。その二階の自室のベッドで“リリ”と名を呼ばれた少女は、ベッドの温もりの中で大好きな姉“ユリ”の透き通る様な声が、自分の名前を呼ぶのを心地良く聞いていた。実を言うと目は覚めていたのだが、毎朝、姉が透き通る様な声で“リリ”と自分の名を呼ぶのを聞きたくて。態とグースカポンポコして、寝た振りをしている。
「――リリ!!」
大好きな姉“ユリ姉”の透き通る様な声が、一際大きくリリの名を呼んだ。リリは毎朝のMy Routineに満足して、ゆっくりとベッドの温もりから自立して起きた。実は、ちゃんと自分で起きれる子なのである。大好きな姉“ユリ姉”の透き通る様な声がリリにとっての目覚ましなのであった。
「――おはよう!リリ!早く食べちゃいなさい!」
二階から目をこすりこすり。リリは、今起きましたアピールをしながら階段を下り。慌ただしく朝食をキッチンダイニングのウッドテーブルへ並べる大好きな姉“ユリ姉”へ朝のご挨拶。
「――ユリ姉、おはよ〜」
「リリおはよ!やっと起きたのね!リリは本当にお寝坊さんなんだから!早く顔を洗って来なさいな!歯もちゃんと磨くのよ!そしたら早く朝ごはん食べちゃいなさい!!早くって言ってもアレよ、ちゃんと噛んで食べるのよ?わかった!?」
矢継ぎ早に大好きな姉“ユリ姉”から指示が飛ぶ。
「はぁ〜〜い」
欠伸をしながら気の無い風に応えるリリだがその実、大好きな姉“ユリ姉”からアレコレ色々と口煩く言われるのが好きだったりする。いつもと変わらない幸せな朝だった。
早くに両親を亡くした私達姉妹は、身を寄せ合う様に生きてきた。両親の残してくれたこの、けして大きくはない二階建ての家で姉妹二人で懸命に生きてきた。大好きな姉“ユリ姉”とは、十歳年が離れていて。両親がなくなった時、大好きな姉“ユリ姉”は、十七歳で私は七歳だった…。両親は自動車事故で亡くなった。後から車に追突されて、即死だった…。
何だか漫画とかアニメとか小説とかニュースとか……。そんな世界の話しだと思ってたから。自分の身に降りかかって来ても。正直、現実味が無くて、私は両親の死を受け入れる事が、出来ないままだった。大好きな姉“ユリ姉”は、大学進学を諦めて必死に働いて幼い私を親代わりに育ててくれた。あの頃の私は、幼すぎて大好きな姉“ユリ姉”に甘えて沢山困らせたと思う。
……私は、ずっと、その頃の事を悔やんでいる。
もし私が姉の事を思いやる事が出来ていたなら。
きっと未来は変わっていたのかも知れない……。
その日の朝は、いつもと何ら変わらない。幸せな朝だったのを覚えている。いつものお決まりのモーニングメニュー、こんがり焼いたトーストに苺ジャムとマーガリンを塗って、私が紅茶でユリ姉はブラックコーヒー。申し訳程度のサラダ。ユリ姉は、お仕事で忙しくて夜ご飯は一緒に食べられないから。私は、ユリ姉と一緒にいられる朝ご飯の時間が好きだった。大好きなユリ姉と大好きな紅茶と苺ジャムとマーガリンとトースト。ユリ姉はコーヒーが大好きで、毎朝コーヒーを飲んでいて。私には、コーヒーは少し苦くて、コーヒーを飲めるユリ姉に憧れていた。甘くて、ほろ苦い幸せな記憶……。
「ユリ姉コーヒー好きだね」
私が訊けばユリ姉は、コーヒーカップを置いて言う。
「…コーヒーは、甘くないからね…」
呟く様に発した言葉をユリ姉は、もう一度。苦いブラックコーヒーの入ったコーヒーカップを手に持って、最後の一口と共に飲み干した。コーヒーが苦かったのかユリ姉が神妙な面持ちをしていたのを憶えている。
そして、その光景は後に苦い、苦い記憶となり。リリの心に渋く残るのだった。まるでコーヒーカップの染みの様に。真っ白なリリの心の縁に染み付いて取れない……。
朝食を食べ終わり。リリは真新しい制服へと着替える。四月の朗らかな日。リリは高校の新一年生となり。ひと月近く経った。JK(女子高生)も立派に板についてきた。そんな頃。桜色が深緑へと変わる頃だった。
「――行ってきまぁ〜〜す!!」高校の制服の紺色のブレザーのプリーツスカートを翻し。制服と同じ色のローファーを履き白いハイソックスを直してリリが玄関先でお見送りしてくれる大好きな姉ユリ姉に言えば「―…リリ…気をつけてね…頑張るのよ…―」何だか。いつもより神妙な面持ちでユリ姉は私の事を強く、強く抱きしめた。
「ふふっ…苦しぃよ…ユリ姉」
私は少し気恥ずかしくて身を捩りユリ姉に訴えた。
するとユリ姉は「…ごめんね…ごめんね」と。
何度も私に謝った。
「ふふっ変なユリ姉!」
私は何も知らずにユリ姉の仄かにコーヒーの匂いがする暖かい胸の中で笑っていた。
――それが、ユリ姉との最後だった……。
私は、いつもと変わらずに学校へ行き……。
いつもと変わらずに帰宅した……。
唯一つ……違っていたのは……。
鍵の掛かっていない玄関扉……。
何だろう…胸騒ぎがする…。
ユリ姉は、遅くまで仕事のはず……。
――ドクンッッッ!!ドクンッッッ!!
早鐘の様になる心臓を必死で抑えて、リリは静かにひっそりと。いつもと違う異様な家の中へと入った。
強盗だろうか……。
玄関に置いてあった木製の靴べらを心許ないながらも丸腰よりはと思い手に強く握りしめて、警戒しながら取り敢えずキッチンダイニングへと震えて覚束ない足で、壁を伝いながら何とか歩を進める……。
……人の気配はしない。家の中は、まるで其処だけ世界から切り離されたかの様に……静かだった。
そっとキッチンダイニングを覗いて見れば、其処には――――。
大好きなユリ姉の姿が在った。リリは心底安心して大好きな姉へと駆け寄った。
「ユリ姉!どうしたの?いつもこの時間は仕事でしょ?家の鍵が掛かって無かったからびっくりし――……た」
其処でリリは異変に気付いた。
キッチンダイニングのウッドテーブルに突っ伏した儘ピクリともしない姉…幸せだった朝食の後…片付けられずにその儘にされたウッドテーブル…幸せな朝食の時間…その中で姉は安らかに永眠っていた。
……え?……意味が解らない。
……何これ?……何これ?
「…ユリ姉?…ねぇ!ユリ姉ったら!ねぇ!起きて!」
姉の躰を揺するが、起きる気配は無い。起きる筈が無いのだ。とっくに冷たくなった姉の躰が、もう二度と起きる事は無いと告げているのだから。こんなときなのに『――リリ!起きて!遅刻するわよ!』いつもの姉の困った顔を思い出す。姉は…いつも…どんな気持ちで私の事を起こしてたんだろう?…姉に甘えてばかりだった私の事を…どう思ってたんだろう?
「…お願い、私ちゃんと自分で、起きるから…だから!だから!お願い!起きてょ…お姉ちゃん…」
幾ら姉の名を呼んでも。姉は起きる事は無かった……。
それからの事は、正直あまり覚えていない……。
名前も顔も知らない遠い親戚?って方が、私の事を引き取ると申し出てくれたけど……。私は両親が亡くなってからユリ姉と一緒に姉妹で身を寄せ合って暮らして来たこの小さな家が大好きだったから……。だから……。
……居なくなった家族の想い出が残るこの家で暮らして生きようと思ったんだ……。
親友のマリの家族が、そんな私を支えてくれた。だから私は、独りじゃなかった。……だけど。一つだけ……。
――……コーヒーが、飲めなくなった……。
姉は、あの日……。自ら命を絶ったのだ……。
幸せな朝食の時間の中で、愛用のコーヒーカップと横に散らばった大量の睡眠薬……。
『…コーヒーは、甘くないからね…』
姉はブラックコーヒーと共に自ら死を飲んだのだ……。
『―…リリ…気をつけてね…頑張るのよ…―』
『…ごめんね…ごめんね』
鼓膜に張り付いた姉の声と言葉……。
私を抱き締めた…温もり…。
そして――……仄かに香る……コーヒーの匂い。
コーヒーカップと散らばった大量の睡眠薬の側には白い小さなメモ用紙と几帳面で綺麗な姉の字で綴られた文字。
『――ごめんなさい――』の六文字……。
ずっと捨てられずに持っている。姉の最期の言葉……。
苦すぎる……記憶。……姉との最期の記憶。
⚜️ ⚜️ ⚜️
語り終えたリリの黒曜石の様な瞳から一筋。流星の様な涙が白百合の様な頬を流れて、桂花紅茶…金木犀の花咲く紅茶に…ポタン――と。零れ落ちた……。
「……それから、ずっと。コーヒーが……飲めない」
リリの思いの丈を聞き届けた店主は、ステンドグラスの様な夜空の綺麗な輝きを放つ瞳を微かに揺らし、一度。猫の様にゆっくりと瞬いた……。そして、すぅっ――っと。
息を吸って小さな形の整ったルージュを塗ったように紅い唇を開いて歌うように言いました――「白井リリ樣――御注文――承りました――」そしてホワイトアスパラガスの様に白く細長い指を――パチンッ!!と指パッチンで鳴らし「―大好きな御姉樣との想い出のモーニングコーヒーあの日の幸せをもう一度―」唱える様に言う。
すると――――。
「ニャーーー―!!」カウンターの端に敷かれた赤いハートの形をした小さなラッグの上で丸まって寝ていた。金毛の猫。その名もモンブランが光り輝く金毛の総総の毛を震わせて大きく鳴いて伸びをした。
そして――、それは、ほんの瞬きの一瞬。
金毛の猫モンブランは、金髪碧眼の美男子様へと変貌を遂げたのだ――――!!!!!!!!
「えぇえええええぇええぇーー――!?!?!?!?」
驚嘆の声を上げるリリに金髪碧眼の美男子様に変貌を遂げた猫だった筈のモンブランが魅惑のバリトンイケボイスで歌うように告げる――――。
「モ〜ニングは幸せの味♪甘くないのよコ〜ヒ〜は♪」
歌いながら金髪碧眼の美男子様、猫だった筈のモンブランが踊るように甘くないコーヒーを淹れている――♪♪
――と言うか、何これ!?金髪碧眼の美男子様、猫だった筈のモンブランの歌声に呼応する様に喫茶店の店内が踊ってる!?文字通り踊っているのだ!!木の温もりを感じる何処かクラシカルでお洒落な内装の喫茶店の店内の天井や壁、床、カウンターやテーブルに、座っている椅子でさえも全てが踊っている――――!!!!!!!!
「ーー――えぇえええええぇええぇ!?!?!?!?」
其れは、まるでプラネタリウム。
ミュージカルを観ている様だった。
金髪碧眼の美男子様、猫だった筈のモンブランが注いだ甘くないコーヒーが五線譜の上の音符の様に歌い踊る♪
其れに合わせてセッションする様に黒猫の様な店主がヴァイオリンを弾く様にトーストに苺ジャムとマーガリンを奏でる様に美しく塗ってゆく――――♪
リリの涙の浮かぶ桂花紅茶…金木犀の花咲く紅茶が…金色の星屑の様に綺羅綺羅と眩しい光となってリリを優しく包みこんだ……あまりの眩しさに目が眩み瞬いた、ほんの一瞬だった……。
目を瞬いて、辺りを見渡せば、其処は座って居た筈のカウンター席では無く。その後ろのテーブル席だった。
……そして、目の前には――――……。
「――……リリ……――」
「……ユリ姉……」
亡くしたはずの最愛の姉の姿があった。
⚜️ ⚜️ ⚜️
此れは、都合の良い…夢…なのだろうか?
私の後悔や妄想、寂しさ、孤独……。
それらが見せる深層心理で最愛の姉を求める…心…。
砂糖のような私の甘え……いつしか心を蝕んで……。
ボロボロに溶かしていった…………。
寄生、心の闇、私の重荷を全部……。
全部……。私は、姉に……押し付けて……。
姉は、そんな私の重荷を全部背負ってくれた。
「―…リリ…ごめんなさいね……―」
ユリ姉が、あの日ブラックコーヒーを飲んだ時の様に渋く神妙な面持ちで、ポツリと言葉を紡いだ……。
「…………」私は何も言葉を紡げずに。只々、言葉を紡ごうとすればするほどに。口の中にブラックコーヒーの様な苦味が拡がってゆく――――。
重い沈黙の中に―「お待たせしました♪あの日のモーニング♪ブラックコーヒーと紅茶でございます♪」金髪碧眼の美男子様、猫だった筈のモンブランが苺ジャムとマーガリンが、たっぷり塗られたトーストと小さなサラダそして、ブラックコーヒーと紅茶をワルツのステップを踏む様に華麗な足運びでリリとユリの前に運ぶ―♪♪
黒猫の様な店主が静かな声音で言う。
「マドンナリリー(百合根)のコーヒーです…聖母マリアを象徴する花…白井ユリ樣に。ピッタリのコーヒーかと」
ユリ姉の前に置かれたマドンナリリー(百合根)のコーヒーは、まろやかで深い香りが揺蕩う――――――。
「白井リリ樣には、紅茶の本番。英国の天然水で淹れたブラックティー(ストレートティー)を、お好みでミルクを入れて頂けるとミルクティーへと変わります」
黒猫の様な店主が一度、ゆっくりと瞬き。
「―それでは、⚜️白百合の姉妹樣⚜️…あの日のモーニングの続きを…お楽しみ下さい―」そう店主は、ユリ姉と私に静かに言い残し。私が瞬いたほんの一瞬の間に。黒猫の様な店主と金髪碧眼の美男子様、猫だった筈のモンブランが、幻影の様に消えていった。
木の温もりを感じる何処かクラシカルでお洒落な内装の喫茶店。その店内には、ユリ姉と私の二人きり。
木のテーブルに並ぶのは、あの日のモーニング……。
苺ジャムとマーガリンが、たっぷり塗られたトーストと小さなサラダそして、ブラックコーヒーと紅茶……。
幸せの香りがする……。
「…あの日のモーニングみたいね…」
最初に言葉を紡いでくれたのは、やっぱり。
……ユリ姉だった。
いつもそう。些細なことで喧嘩をした時も。
気まずくて言葉を紡げずに居ると。
ユリ姉が、いつも先に言葉を紡いでくれた。
そして、ユリ姉は悪くないのに。
「…ごめんね…」と。そう謝るのだ。
優しすぎるユリ姉。私は、そのユリ姉の優しさに甘えて、つけ込んできたのだ。甘えると楽だった。優しさにつけ込んで生きるのは、とても楽だったから……。
……だけど。もう。ちゃんと自分で生きないと。
「―…ユリ姉は、何も悪く無いの…悪いのは、私。パパもママも居なくなって、私はユリ姉に甘えるしか無かったの…今なら解る…ユリ姉の重荷…私は、沢山の自分の重荷を…ユリ姉に背負わせていたの…そのせいで、ユリ姉まで喪った…―」
木のテーブルをはさんで向かい側に座る。ユリ姉を真っ直ぐに見詰めて私は告げる――。
「…本当に…ごめんなさい」
――これは、私の懺悔。
――姉の優しさを利用した。私の罪と罰。
「――……ふふっ」
私の懺悔に姉は、儚く微笑う。
そして私に告げるのだった。
「…其れが、リリ。貴女の罪なの?だとしたら…貴女は、もう十二分に罰を受けているじゃない……。私のいない世界で、十分に生きてるじゃない。自分の重荷を自分で背負って…凄いことよ…。それにね。違うのよ。私が死を選んだのは、貴女のせいじゃない…私は、只々、なくなりたかったの。…何もない世界に逝きたかったの…ただ、それだけなのよ…。此れは、私の我儘なのよ。……貴女を遺して、私は、自分の逝きたい処に逝っただけ……ただ、それだけなのよ」
「……ユリ姉は、死にたかったの?」私の問いに。ユリ姉は応える。切なげな微笑みで。「……ええ」と。
姉の心は、姉にしか解らない。姉の心の闇……。
聖母マリアの様な真っ白に輝く姉の微笑みの裏の奥のブラックコーヒーの様な……真っ黒な闇……。
……知らなかった。
……ユリ姉が抱えていた暗い心の根っこ。
暗い根っこは、誰にも気付いて貰えない…………。
ずっと一緒に居たのにな……。気付けなかった……。
そうか…ユリ姉は、ずっと。孤独だったんだ…。
ずっと姉が独りで抱えていた……コーヒー色の心。
「マドンナリリー(百合根)のコーヒー。ユリ姉みたぃ」
ポツリと呟いて私はユリ姉に気になっていた事を訊く。
「ユリ姉、今、幸せ?」
――ユリ姉は、困った表情で微笑って小さく呟いた。
「自分の人生を、幸せだと思えたら、きっとそれが正解なのかもね…モーニング冷めちゃう前に食べよっか…」
「……うん」――いただきます。と二人で手を合わせ。白百合の姉妹は、あの日の幸せの続きを堪能した。
――サクッ、と。歯髄から伝わるトーストの感触。
――鼻から通り抜ける。芳ばしい小麦の匂い。
――甘酸っぱい苺ジャム。
――滑らかな口溶けのマーガリン。
――小さく可憐なサラダボウル。
――可愛いらしいサラダ。
――ブラックティーにミルクポットからミルクを注ぐ。
――褐色の闇色に、ミルク色の光が渦を巻いてゆく。
――みるみるうちに、ミルクティーへとなってゆく。
――漆黒のマドンナリリー(百合根)のコーヒー。
――芳醇なアロマが漂ってゆく。
――暖かく幸せな一時。
――失われたあの日の、続き。
結局、ユリ姉が幸せなのか正解は解らない……。
だけど。今、この瞬間は少なくとも幸せそうに見える。
きっと、ユリ姉の人生は幸せだと。そう信じたい。
甘酸っぱい苺ジャムと滑らかな口溶けのマーガリンを塗ったトーストを形の整った小さな口で可愛く齧り。小さく可憐なサラダボウルの中の可愛いらしいサラダを金色のフォークで可愛らしい口へと運び。そして金色に縁取られた金色と青色のアンティーク調なフルートシェイプのコーヒカップの取っ手をホワイトアスパラガスの様な繊細な造りの右手の指で丁寧に摘み。左手の方は花びらの様に青く縁取られたソーサーに添えて、漆黒のマドンナリリー(百合根)のコーヒーを紅い唇を付けて啜っている。ユリ姉を見詰めて、リリはガドルーン・シェイプの金色に縁取られた白磁器のティーカップに桃色の小さく可憐な唇を付けてミルクティーを啜る。
すると其処へ。黒猫の様な店主と金髪碧眼の美男子様、猫だった筈のモンブランが、幻影の様に現れた。
「――こちらは、⚜️白百合の姉妹樣⚜️へ我々からのモーニングサービスでございます――」
黒猫の様な店主が、静かな声音で言い。青く縁取られた白磁器の平皿にハムとレタスのサンドイッチ。そして青色のアンティーク調の花柄のシュガーポットと同じく青色のアンティーク調の花柄のお洒落なティーポットをテーブルに置く。
「――ハムとレタスのサンドイッチ。そして、コーヒー・ティーでございます。お好みで、シュガーポットからシュガーをお入れ下さい――」
黒猫の様な店主が、中性的な魅力のある声で丁寧に言い流麗にお辞儀する。そして次に、金髪碧眼の美男子様、猫だった筈のモンブランが大きなモンブランケーキと苺とクリームのカップケーキをテーブルに置かれた。ハムとレタスのサンドイッチの横に置いて歌うように言う。
「――こちらは♪モンブランケ〜キと苺とクリ〜ムのカップケ〜キになります♪」
そして黒猫の様な店主が流麗な動作でお辞儀をして、それに倣う様に金髪碧眼の美男子様、猫だった筈のモンブランも猫が伸びをするように靭やかな仕草でお辞儀をした。
「――それでは、⚜️白百合の姉妹樣⚜️心ゆくまでモーニングの一時をごゆるりとお楽しみ下さい――」
中性的な魅力のある声で黒猫の様な店主は、言い残し。金髪碧眼の美男子様、猫だった筈のモンブランと共にまた幻影の様に消えていったのだった。
私とユリ姉は、ありがたくハムとレタスのサンドイッチを食べて、モンブランケーキと苺とクリームのカップケーキを仲良く半分こして食べた。シュガーポットからシュガーを沢山入れたコーヒー・ティーは、コーヒーのコクと深み。紅茶の芳醇な香りとまろやかな口当たり。とても美味しくて不思議な味わいだった。
「…コーヒー・ティーか、素敵なブレンドね…」
ユリ姉が、ポツリと呟いた。
「…コーヒーと紅茶か…苦くないのね」
……きっともう。この幸せな時間は御馳走様。
…また私はユリ姉の居ない世界で生きてゆくのだ…。
その前に、ユリ姉に訊きたいことがある……。
「ねぇ。ユリ姉。私達、今度生まれ変わっても姉妹になれるかな?」震える声を振り絞る。
「私は、またユリ姉の妹に生まれ変わりたいな」
「ええ。私も、もし生まれ変われるのなら。もう一度。貴女の姉になりたいわ。そして今度は、貴女と生きたい」
ユリ姉はクシャリと破顔一笑。白百合の様な頬を朝露の様な涙が伝う――――。
今世がだめでも来世なら――――。
「うん。今度は一緒に生きようね」涙で濡れる視界と声の中で私とユリ姉は、指切りげんまんお約束――した。
⚜️ ⚜️ ⚜️
リリの漆黒色の瞳から大粒の涙が桂花紅茶…金木犀の花咲く紅茶に…ポロポロと。零れ落ちた……。
いつしかユリ姉も幸せなモーニングも消え去って、元のカウンター席に戻っていた。大粒の涙を高校の制服の紺色のブレザーの袖でゴシゴシと拭って、リリの涙で少しだけしょっぱくなった桂花紅茶―金木犀―をグイッと煽るように一気に飲んで、リリは言う。今ならきっと。飲める気がする。
「店主、マドンナリリー(百合根)のコーヒ。一杯だけ貰えますか?」リリの涙に濡れた笑顔に。
黒猫の様な店主は静かに頷いて、リリの目の前にマドンナリリー(百合根)のコーヒを置いた。
「――コーヒーは、飲めそうですか?」
静かな声音で店主は、リリに訊く。
「――はい!!」リリは精一杯の笑顔で応えた。
久し振りに飲んだコーヒーは、切なくてほろ苦くって、だけど何だか優しい味がした。『…コーヒーは、甘くないからね…』これから先ずっと私は、コーヒーを飲む度にユリ姉の事を思い出すのだろう。またユリ姉と巡り合える。来世でも。また姉妹になれると信じて。
去り際に店主が、コーヒーチケットをくださった。
「コーヒーチケットはCAFE de TIME〜願いの叶う喫茶店〜への招待状。今度は是非お友達もご一緒にご来店下さい」流麗なお辞儀の後に店主は、そう静かに言った。
「ありがとうございます!!……えっと」
私の様子に店主は、「ああ」と独り言て花が綻ぶ様に咲って言った。
「申し遅れました。私。CAFE de TIME 〜カフェ・ド・タイム〜願いの叶う喫茶店☕の店主――茶渡紅人と。申します。此方は看板猫のモンブランです。以後お見知り置きを」
そしてリリは「茶渡紅人さん。ありがとうございます」と。お礼を言って、不思議な喫茶店を後にした。
☆゚.*・。゚🚪゚.*・。゚☆
「ねぇ。知ってる?CAFE de TIMEって言う。喫茶店の噂?コーヒーチケットは願いの叶う喫茶店への招待状」私、白井リリは朝の登校の時間。親友の小出マリに得意気に言う。
「リリ。コーヒー飲めなかったんじゃないの?」
不思議そうな顔をする親友にリリは言う。
「願いが叶ってコーヒーが飲める様になったの」
少し大人になった。リリは得意気に言う。
「私ね高校を卒業したら就職先はCAFE de TIMEで働きたいなって思うの!だから今度、願いの叶う喫茶店に辿り着いたら!ここで働かせて下さい!!って、お願いするつもりよ!!」
白井リリ――十七歳、大人の階段を登る秋の暮のこと。大好きな姉との幸せな時を心に刻み今日も生きてゆく。
「リリ。何か大人になったね」
親友のマリが優しく微笑んだ。
🍂 🍂 🍂
『ねぇ知ってる?CAFE de TIMEって言う喫茶店の噂』
『金毛で青い目の翠玉の首輪をした猫に。ニャー。と声を掛けられたら。それは、喫茶店への御招待』
『猫を見失わない様に追い掛けて、すると辿り着くわ…―CAFE de TIME―願いの叶う喫茶店に…』
「ニャー」おや?次のお客様は貴方でしょうか?
―貴方には叶えたい願いは、ありますか?―
―心の底から願うのならば、其れはきっと叶います―
―貴方のご来店を心よりお待ちしております―
CAFE de TIME 〜カフェ・ド・タイム〜願いの叶う喫茶店☕本日のラストオーダーはここ迄☕
ーーまもなく閉店の時間で御座います。
―CLOSED―
私、白井リリは今朝。高校への登校中に、親友の小出マリから聞いた話しを思い出していた。
『金毛で青い目の翠玉の首輪をした猫に。ニャー。と声を掛けられたら。それは、喫茶店への御招待』
今、リリの目の前には金毛で青い目の翠玉の首輪をした猫の姿がある。西日に輝く金毛が神々しい。
『猫を見失わない様に追い掛けて、すると辿り着くわ…―CAFE de TIME―願いの叶う喫茶店に…』
「ニャー」
金毛の青い目の猫が、翠玉の首輪を揺らし。リリに向かって鳴いた。……声を掛けられた?
「ニャー」
金毛の猫は、澄んだ空の様に青い目にリリを映し。もう一度、鳴いた。そしてフサフサな尻尾をピンと立て。優雅に歩き出したのだ。(え?これ追い掛けた方が良いかな?…追い掛けた方が良いよね…)リリは心の中で自問自答して、金毛の猫を追い掛けることにした。
𓃠 𓃠 𓃠
「ちょ、ちょっと待って!」リリは、ずり落ちた白いハイソックスを急いで直し。高校の制服の、紺色のブレザーのプリーツスカートを翻し。制服と同じ色のローファーで、一生懸命に金毛の猫を追い掛ける。冬服のブレザーの下に着ている。白いワイシャツの胸元で、赤色の紐リボンが激しく踊っている。
リリの静止を聞かず。金毛の猫は、どんどん進んでゆく。坂道、隧道、草原、一本橋に、砂利道、下り道、(こんな道あったっけ?)リリは心の中で不思議に思いながらも必死に金毛の猫を追う。花畑に、曲がり道、歩こう。歩こう。私は元気。歩くの大好き。どんどん行こう。と、歌いたくなる様な猫の散歩道?を追い掛けて、そして林の奥――――。
突然リリの目の前に現れたのは白壁のお洒落な喫茶店。
「…CAFE de TIME…」
店先のシックな紅茶色の色合いがお洒落な突き出し看板に記された金色の文字の店名を口の中で小さく呟きリリは今一度、親友のマリの話しを思い出していた。
『猫を見失わない様に追い掛けて、すると辿り着くわ…―CAFE de TIME―願いの叶う喫茶店に…』
「…願いの叶う喫茶店…」独り言ちてリリは、その白壁のお洒落な喫茶店《CAFE de TIME》を繁々と眺める。ドールハウスの様な小さな喫茶店で、白壁に赤い屋根がコントラストとなって、良く映えている。店内への入り口のドアは、金毛の猫の目の様に青くて、プラネタリウムみたいな夜空の星の綺麗なステンドグラスが、嵌め込まれている。
「ニャー」
金毛の猫が、喫茶店のドアの前で、ドアと同じ青い目を爛々と輝かせてリリを振り返り見詰める。毛足の長い前脚で、喫茶店のドアをカリカリと引っ掻いている。まるで、早くドアを開けろと言わんばかりに。リリは金毛の猫に誘われるかの様に、ステンドグラスが嵌め込まれた喫茶店のドアを恐る恐る開く。ステンドグラスの夜空の星が綺羅綺羅と瞬いた。
――カラン、コロン。来客を報せるドア鐘の音が鳴り。リリは《CAFE de TIME》へと足を踏み入れたのだった。
🔔 🔔 🔔
「ニャー」
金毛の猫が翠玉の首輪を揺らし。一声『ただいま』とでも言うように鳴いて喫茶店へと我が物顔で入ってゆく。その後を追ってリリも店内へと恐る恐る入ると。
「…ん?お客様を案内してくれたんだな…モンブラン」
木の温もりを感じる何処かクラシカルでお洒落な内装の喫茶店のカウンターには、店主だろうか?黒を基調としたシックなカフェコート姿の麗人が、女性にしては低く。男性にしては高い。中性的な声音で、カウンターの端に敷かれた赤いハートの形をした小さなラッグの上でいつの間にか寝転んでいた金毛の猫に優しく声を掛けた。モンブランと呼ばれた金毛の猫は「ニャー」と。まるで返事をするかの様に一声、可愛く鳴き。青い目を細めて一つ欠伸をしてから。軈て丸まって寝始めた。その姿は、正にモンブランのよう。リリが、ボンヤリとモンブランと呼ばれたモンブランのように丸まって寝る。金毛の猫を見つめていたら。同じ様に猫を優しい眼差しで見つめていた店主の、この喫茶店のドアに嵌め込まれている。まるで、ステンドグラスの様な夜空の綺麗な輝きを放つ目とリリの黒曜石の様な真っ黒な目が合い。黒猫みたいな人だな。と思っていたら。
「いらっしゃいませ。幸福の御客様。―CAFE de TIME―願いの叶う喫茶店へ。ようこそ」
店主はリリに向かい。そう言うと。シックなカフェコートの胸に手を当て、優雅に一礼する。
「…あっ、ど…どうも」
リリもつられてぎこちなくお辞儀をすると。店主はステンドグラスの様な夜空色の猫みたいな瞳を優しく細め。
「どうぞ―お好きな席へ―」と。リリを歓迎してくれる。リリは、促されるままに喫茶店内を見渡して店主の目の前のカウンター席のアンティークレトロな脚の長い木の椅子へと座った。目の前には店主が佇ずみ。その中性的な声音で静かにリリに訊ねるのだった。
「――貴方の願い事は、何ですか?」
🫖 🫖 🫖
「――私の…願い事…――」
店主に訊ねられ。リリは、自分の胸に呟く。
「――貴方の心の奥の願いです――」
店主の中性的な不思議な響きの声がリリの鼓膜から胸の中、心へと入ってくる――不思議な感覚……。
「…私の心の奥の願い事…」
リリは今一度、自分の心の奥の奥深くへと自問する様に呟いてみる……すると。
ーー独りでにリリの口は言葉を紡いだ。
「…コーヒーを飲めるようになりたい…」
自分で紡いだ言葉にリリは酷く驚いた。その願い事は、リリにとって、あまりにも苦々しい願い事だったからだ。
「――コーヒーを飲めるようになりたい――」
店主の不思議な響きの声がリリの言葉をなぞる。
「――それが、貴方の心の奥の願い事ですね?」
店主に問われ。リリは神妙な面持ちで小さく頷いた。
「――はい」リリの返事を聞いて、店主は、シックなカフェコートの胸に手を当てて、歌うように言った。
「―かしこまりました。貴方の願い、叶えましょう―」
店主が流れる様に紅茶を淹れる。其れはもう、紅茶の茶葉が踊るように流麗に。
――そして入った一杯の紅茶。
――金茶色に輝く紅茶。
白い陶磁器のティーカップに金毛の猫のシルエットが描かれて同じ色のソーサーには縁を沿うように《CAFE de TIME》と金色の文字で店名が刻まれている。
――そして紅茶に浮かぶ、小さな金木犀の蕾……。
「――…桂花紅茶…金木犀の紅茶です――」
店主の中性的な不思議な声が静かに言う。
「――…軈て、紅茶に花開くでしょう…――」
店主の夜空色のステンドグラスみたいな輝きを放つ瞳が、真っ直ぐにリリを見つめる。
「――紅茶に花が開く時、貴方の願いは叶います――」
金茶色の紅茶に浮かぶ金木犀の小さな蕾は、まるで星屑のようでした――――。
固く閉ざされたリリの心の扉が、開かれていく――。
錆びついて、傷んだ……。心の扉――――。
ギシギシ、軋む。キシキシ、傷む。ズキズキ、痛む。
痛々しい音を立てて、心の傷が、……扉が啓かれる。
金木犀の紅茶を一口、啜れば。
口中に花開く――華やかで優しい味わい。
……心の傷に沁み入る味わい。
「……姉が、コーヒー……好きだったんです」
気がつけばリリは心の奥に閉じ込めていた最愛の姉。
―白井ユリ―との苦い思い出を語り始めていた。
☕ ☕ ☕
「――リリ!起きて!遅刻するわよ!」
けして大きくはない二階建ての家。その二階の自室のベッドで“リリ”と名を呼ばれた少女は、ベッドの温もりの中で大好きな姉“ユリ”の透き通る様な声が、自分の名前を呼ぶのを心地良く聞いていた。実を言うと目は覚めていたのだが、毎朝、姉が透き通る様な声で“リリ”と自分の名を呼ぶのを聞きたくて。態とグースカポンポコして、寝た振りをしている。
「――リリ!!」
大好きな姉“ユリ姉”の透き通る様な声が、一際大きくリリの名を呼んだ。リリは毎朝のMy Routineに満足して、ゆっくりとベッドの温もりから自立して起きた。実は、ちゃんと自分で起きれる子なのである。大好きな姉“ユリ姉”の透き通る様な声がリリにとっての目覚ましなのであった。
「――おはよう!リリ!早く食べちゃいなさい!」
二階から目をこすりこすり。リリは、今起きましたアピールをしながら階段を下り。慌ただしく朝食をキッチンダイニングのウッドテーブルへ並べる大好きな姉“ユリ姉”へ朝のご挨拶。
「――ユリ姉、おはよ〜」
「リリおはよ!やっと起きたのね!リリは本当にお寝坊さんなんだから!早く顔を洗って来なさいな!歯もちゃんと磨くのよ!そしたら早く朝ごはん食べちゃいなさい!!早くって言ってもアレよ、ちゃんと噛んで食べるのよ?わかった!?」
矢継ぎ早に大好きな姉“ユリ姉”から指示が飛ぶ。
「はぁ〜〜い」
欠伸をしながら気の無い風に応えるリリだがその実、大好きな姉“ユリ姉”からアレコレ色々と口煩く言われるのが好きだったりする。いつもと変わらない幸せな朝だった。
早くに両親を亡くした私達姉妹は、身を寄せ合う様に生きてきた。両親の残してくれたこの、けして大きくはない二階建ての家で姉妹二人で懸命に生きてきた。大好きな姉“ユリ姉”とは、十歳年が離れていて。両親がなくなった時、大好きな姉“ユリ姉”は、十七歳で私は七歳だった…。両親は自動車事故で亡くなった。後から車に追突されて、即死だった…。
何だか漫画とかアニメとか小説とかニュースとか……。そんな世界の話しだと思ってたから。自分の身に降りかかって来ても。正直、現実味が無くて、私は両親の死を受け入れる事が、出来ないままだった。大好きな姉“ユリ姉”は、大学進学を諦めて必死に働いて幼い私を親代わりに育ててくれた。あの頃の私は、幼すぎて大好きな姉“ユリ姉”に甘えて沢山困らせたと思う。
……私は、ずっと、その頃の事を悔やんでいる。
もし私が姉の事を思いやる事が出来ていたなら。
きっと未来は変わっていたのかも知れない……。
その日の朝は、いつもと何ら変わらない。幸せな朝だったのを覚えている。いつものお決まりのモーニングメニュー、こんがり焼いたトーストに苺ジャムとマーガリンを塗って、私が紅茶でユリ姉はブラックコーヒー。申し訳程度のサラダ。ユリ姉は、お仕事で忙しくて夜ご飯は一緒に食べられないから。私は、ユリ姉と一緒にいられる朝ご飯の時間が好きだった。大好きなユリ姉と大好きな紅茶と苺ジャムとマーガリンとトースト。ユリ姉はコーヒーが大好きで、毎朝コーヒーを飲んでいて。私には、コーヒーは少し苦くて、コーヒーを飲めるユリ姉に憧れていた。甘くて、ほろ苦い幸せな記憶……。
「ユリ姉コーヒー好きだね」
私が訊けばユリ姉は、コーヒーカップを置いて言う。
「…コーヒーは、甘くないからね…」
呟く様に発した言葉をユリ姉は、もう一度。苦いブラックコーヒーの入ったコーヒーカップを手に持って、最後の一口と共に飲み干した。コーヒーが苦かったのかユリ姉が神妙な面持ちをしていたのを憶えている。
そして、その光景は後に苦い、苦い記憶となり。リリの心に渋く残るのだった。まるでコーヒーカップの染みの様に。真っ白なリリの心の縁に染み付いて取れない……。
朝食を食べ終わり。リリは真新しい制服へと着替える。四月の朗らかな日。リリは高校の新一年生となり。ひと月近く経った。JK(女子高生)も立派に板についてきた。そんな頃。桜色が深緑へと変わる頃だった。
「――行ってきまぁ〜〜す!!」高校の制服の紺色のブレザーのプリーツスカートを翻し。制服と同じ色のローファーを履き白いハイソックスを直してリリが玄関先でお見送りしてくれる大好きな姉ユリ姉に言えば「―…リリ…気をつけてね…頑張るのよ…―」何だか。いつもより神妙な面持ちでユリ姉は私の事を強く、強く抱きしめた。
「ふふっ…苦しぃよ…ユリ姉」
私は少し気恥ずかしくて身を捩りユリ姉に訴えた。
するとユリ姉は「…ごめんね…ごめんね」と。
何度も私に謝った。
「ふふっ変なユリ姉!」
私は何も知らずにユリ姉の仄かにコーヒーの匂いがする暖かい胸の中で笑っていた。
――それが、ユリ姉との最後だった……。
私は、いつもと変わらずに学校へ行き……。
いつもと変わらずに帰宅した……。
唯一つ……違っていたのは……。
鍵の掛かっていない玄関扉……。
何だろう…胸騒ぎがする…。
ユリ姉は、遅くまで仕事のはず……。
――ドクンッッッ!!ドクンッッッ!!
早鐘の様になる心臓を必死で抑えて、リリは静かにひっそりと。いつもと違う異様な家の中へと入った。
強盗だろうか……。
玄関に置いてあった木製の靴べらを心許ないながらも丸腰よりはと思い手に強く握りしめて、警戒しながら取り敢えずキッチンダイニングへと震えて覚束ない足で、壁を伝いながら何とか歩を進める……。
……人の気配はしない。家の中は、まるで其処だけ世界から切り離されたかの様に……静かだった。
そっとキッチンダイニングを覗いて見れば、其処には――――。
大好きなユリ姉の姿が在った。リリは心底安心して大好きな姉へと駆け寄った。
「ユリ姉!どうしたの?いつもこの時間は仕事でしょ?家の鍵が掛かって無かったからびっくりし――……た」
其処でリリは異変に気付いた。
キッチンダイニングのウッドテーブルに突っ伏した儘ピクリともしない姉…幸せだった朝食の後…片付けられずにその儘にされたウッドテーブル…幸せな朝食の時間…その中で姉は安らかに永眠っていた。
……え?……意味が解らない。
……何これ?……何これ?
「…ユリ姉?…ねぇ!ユリ姉ったら!ねぇ!起きて!」
姉の躰を揺するが、起きる気配は無い。起きる筈が無いのだ。とっくに冷たくなった姉の躰が、もう二度と起きる事は無いと告げているのだから。こんなときなのに『――リリ!起きて!遅刻するわよ!』いつもの姉の困った顔を思い出す。姉は…いつも…どんな気持ちで私の事を起こしてたんだろう?…姉に甘えてばかりだった私の事を…どう思ってたんだろう?
「…お願い、私ちゃんと自分で、起きるから…だから!だから!お願い!起きてょ…お姉ちゃん…」
幾ら姉の名を呼んでも。姉は起きる事は無かった……。
それからの事は、正直あまり覚えていない……。
名前も顔も知らない遠い親戚?って方が、私の事を引き取ると申し出てくれたけど……。私は両親が亡くなってからユリ姉と一緒に姉妹で身を寄せ合って暮らして来たこの小さな家が大好きだったから……。だから……。
……居なくなった家族の想い出が残るこの家で暮らして生きようと思ったんだ……。
親友のマリの家族が、そんな私を支えてくれた。だから私は、独りじゃなかった。……だけど。一つだけ……。
――……コーヒーが、飲めなくなった……。
姉は、あの日……。自ら命を絶ったのだ……。
幸せな朝食の時間の中で、愛用のコーヒーカップと横に散らばった大量の睡眠薬……。
『…コーヒーは、甘くないからね…』
姉はブラックコーヒーと共に自ら死を飲んだのだ……。
『―…リリ…気をつけてね…頑張るのよ…―』
『…ごめんね…ごめんね』
鼓膜に張り付いた姉の声と言葉……。
私を抱き締めた…温もり…。
そして――……仄かに香る……コーヒーの匂い。
コーヒーカップと散らばった大量の睡眠薬の側には白い小さなメモ用紙と几帳面で綺麗な姉の字で綴られた文字。
『――ごめんなさい――』の六文字……。
ずっと捨てられずに持っている。姉の最期の言葉……。
苦すぎる……記憶。……姉との最期の記憶。
⚜️ ⚜️ ⚜️
語り終えたリリの黒曜石の様な瞳から一筋。流星の様な涙が白百合の様な頬を流れて、桂花紅茶…金木犀の花咲く紅茶に…ポタン――と。零れ落ちた……。
「……それから、ずっと。コーヒーが……飲めない」
リリの思いの丈を聞き届けた店主は、ステンドグラスの様な夜空の綺麗な輝きを放つ瞳を微かに揺らし、一度。猫の様にゆっくりと瞬いた……。そして、すぅっ――っと。
息を吸って小さな形の整ったルージュを塗ったように紅い唇を開いて歌うように言いました――「白井リリ樣――御注文――承りました――」そしてホワイトアスパラガスの様に白く細長い指を――パチンッ!!と指パッチンで鳴らし「―大好きな御姉樣との想い出のモーニングコーヒーあの日の幸せをもう一度―」唱える様に言う。
すると――――。
「ニャーーー―!!」カウンターの端に敷かれた赤いハートの形をした小さなラッグの上で丸まって寝ていた。金毛の猫。その名もモンブランが光り輝く金毛の総総の毛を震わせて大きく鳴いて伸びをした。
そして――、それは、ほんの瞬きの一瞬。
金毛の猫モンブランは、金髪碧眼の美男子様へと変貌を遂げたのだ――――!!!!!!!!
「えぇえええええぇええぇーー――!?!?!?!?」
驚嘆の声を上げるリリに金髪碧眼の美男子様に変貌を遂げた猫だった筈のモンブランが魅惑のバリトンイケボイスで歌うように告げる――――。
「モ〜ニングは幸せの味♪甘くないのよコ〜ヒ〜は♪」
歌いながら金髪碧眼の美男子様、猫だった筈のモンブランが踊るように甘くないコーヒーを淹れている――♪♪
――と言うか、何これ!?金髪碧眼の美男子様、猫だった筈のモンブランの歌声に呼応する様に喫茶店の店内が踊ってる!?文字通り踊っているのだ!!木の温もりを感じる何処かクラシカルでお洒落な内装の喫茶店の店内の天井や壁、床、カウンターやテーブルに、座っている椅子でさえも全てが踊っている――――!!!!!!!!
「ーー――えぇえええええぇええぇ!?!?!?!?」
其れは、まるでプラネタリウム。
ミュージカルを観ている様だった。
金髪碧眼の美男子様、猫だった筈のモンブランが注いだ甘くないコーヒーが五線譜の上の音符の様に歌い踊る♪
其れに合わせてセッションする様に黒猫の様な店主がヴァイオリンを弾く様にトーストに苺ジャムとマーガリンを奏でる様に美しく塗ってゆく――――♪
リリの涙の浮かぶ桂花紅茶…金木犀の花咲く紅茶が…金色の星屑の様に綺羅綺羅と眩しい光となってリリを優しく包みこんだ……あまりの眩しさに目が眩み瞬いた、ほんの一瞬だった……。
目を瞬いて、辺りを見渡せば、其処は座って居た筈のカウンター席では無く。その後ろのテーブル席だった。
……そして、目の前には――――……。
「――……リリ……――」
「……ユリ姉……」
亡くしたはずの最愛の姉の姿があった。
⚜️ ⚜️ ⚜️
此れは、都合の良い…夢…なのだろうか?
私の後悔や妄想、寂しさ、孤独……。
それらが見せる深層心理で最愛の姉を求める…心…。
砂糖のような私の甘え……いつしか心を蝕んで……。
ボロボロに溶かしていった…………。
寄生、心の闇、私の重荷を全部……。
全部……。私は、姉に……押し付けて……。
姉は、そんな私の重荷を全部背負ってくれた。
「―…リリ…ごめんなさいね……―」
ユリ姉が、あの日ブラックコーヒーを飲んだ時の様に渋く神妙な面持ちで、ポツリと言葉を紡いだ……。
「…………」私は何も言葉を紡げずに。只々、言葉を紡ごうとすればするほどに。口の中にブラックコーヒーの様な苦味が拡がってゆく――――。
重い沈黙の中に―「お待たせしました♪あの日のモーニング♪ブラックコーヒーと紅茶でございます♪」金髪碧眼の美男子様、猫だった筈のモンブランが苺ジャムとマーガリンが、たっぷり塗られたトーストと小さなサラダそして、ブラックコーヒーと紅茶をワルツのステップを踏む様に華麗な足運びでリリとユリの前に運ぶ―♪♪
黒猫の様な店主が静かな声音で言う。
「マドンナリリー(百合根)のコーヒーです…聖母マリアを象徴する花…白井ユリ樣に。ピッタリのコーヒーかと」
ユリ姉の前に置かれたマドンナリリー(百合根)のコーヒーは、まろやかで深い香りが揺蕩う――――――。
「白井リリ樣には、紅茶の本番。英国の天然水で淹れたブラックティー(ストレートティー)を、お好みでミルクを入れて頂けるとミルクティーへと変わります」
黒猫の様な店主が一度、ゆっくりと瞬き。
「―それでは、⚜️白百合の姉妹樣⚜️…あの日のモーニングの続きを…お楽しみ下さい―」そう店主は、ユリ姉と私に静かに言い残し。私が瞬いたほんの一瞬の間に。黒猫の様な店主と金髪碧眼の美男子様、猫だった筈のモンブランが、幻影の様に消えていった。
木の温もりを感じる何処かクラシカルでお洒落な内装の喫茶店。その店内には、ユリ姉と私の二人きり。
木のテーブルに並ぶのは、あの日のモーニング……。
苺ジャムとマーガリンが、たっぷり塗られたトーストと小さなサラダそして、ブラックコーヒーと紅茶……。
幸せの香りがする……。
「…あの日のモーニングみたいね…」
最初に言葉を紡いでくれたのは、やっぱり。
……ユリ姉だった。
いつもそう。些細なことで喧嘩をした時も。
気まずくて言葉を紡げずに居ると。
ユリ姉が、いつも先に言葉を紡いでくれた。
そして、ユリ姉は悪くないのに。
「…ごめんね…」と。そう謝るのだ。
優しすぎるユリ姉。私は、そのユリ姉の優しさに甘えて、つけ込んできたのだ。甘えると楽だった。優しさにつけ込んで生きるのは、とても楽だったから……。
……だけど。もう。ちゃんと自分で生きないと。
「―…ユリ姉は、何も悪く無いの…悪いのは、私。パパもママも居なくなって、私はユリ姉に甘えるしか無かったの…今なら解る…ユリ姉の重荷…私は、沢山の自分の重荷を…ユリ姉に背負わせていたの…そのせいで、ユリ姉まで喪った…―」
木のテーブルをはさんで向かい側に座る。ユリ姉を真っ直ぐに見詰めて私は告げる――。
「…本当に…ごめんなさい」
――これは、私の懺悔。
――姉の優しさを利用した。私の罪と罰。
「――……ふふっ」
私の懺悔に姉は、儚く微笑う。
そして私に告げるのだった。
「…其れが、リリ。貴女の罪なの?だとしたら…貴女は、もう十二分に罰を受けているじゃない……。私のいない世界で、十分に生きてるじゃない。自分の重荷を自分で背負って…凄いことよ…。それにね。違うのよ。私が死を選んだのは、貴女のせいじゃない…私は、只々、なくなりたかったの。…何もない世界に逝きたかったの…ただ、それだけなのよ…。此れは、私の我儘なのよ。……貴女を遺して、私は、自分の逝きたい処に逝っただけ……ただ、それだけなのよ」
「……ユリ姉は、死にたかったの?」私の問いに。ユリ姉は応える。切なげな微笑みで。「……ええ」と。
姉の心は、姉にしか解らない。姉の心の闇……。
聖母マリアの様な真っ白に輝く姉の微笑みの裏の奥のブラックコーヒーの様な……真っ黒な闇……。
……知らなかった。
……ユリ姉が抱えていた暗い心の根っこ。
暗い根っこは、誰にも気付いて貰えない…………。
ずっと一緒に居たのにな……。気付けなかった……。
そうか…ユリ姉は、ずっと。孤独だったんだ…。
ずっと姉が独りで抱えていた……コーヒー色の心。
「マドンナリリー(百合根)のコーヒー。ユリ姉みたぃ」
ポツリと呟いて私はユリ姉に気になっていた事を訊く。
「ユリ姉、今、幸せ?」
――ユリ姉は、困った表情で微笑って小さく呟いた。
「自分の人生を、幸せだと思えたら、きっとそれが正解なのかもね…モーニング冷めちゃう前に食べよっか…」
「……うん」――いただきます。と二人で手を合わせ。白百合の姉妹は、あの日の幸せの続きを堪能した。
――サクッ、と。歯髄から伝わるトーストの感触。
――鼻から通り抜ける。芳ばしい小麦の匂い。
――甘酸っぱい苺ジャム。
――滑らかな口溶けのマーガリン。
――小さく可憐なサラダボウル。
――可愛いらしいサラダ。
――ブラックティーにミルクポットからミルクを注ぐ。
――褐色の闇色に、ミルク色の光が渦を巻いてゆく。
――みるみるうちに、ミルクティーへとなってゆく。
――漆黒のマドンナリリー(百合根)のコーヒー。
――芳醇なアロマが漂ってゆく。
――暖かく幸せな一時。
――失われたあの日の、続き。
結局、ユリ姉が幸せなのか正解は解らない……。
だけど。今、この瞬間は少なくとも幸せそうに見える。
きっと、ユリ姉の人生は幸せだと。そう信じたい。
甘酸っぱい苺ジャムと滑らかな口溶けのマーガリンを塗ったトーストを形の整った小さな口で可愛く齧り。小さく可憐なサラダボウルの中の可愛いらしいサラダを金色のフォークで可愛らしい口へと運び。そして金色に縁取られた金色と青色のアンティーク調なフルートシェイプのコーヒカップの取っ手をホワイトアスパラガスの様な繊細な造りの右手の指で丁寧に摘み。左手の方は花びらの様に青く縁取られたソーサーに添えて、漆黒のマドンナリリー(百合根)のコーヒーを紅い唇を付けて啜っている。ユリ姉を見詰めて、リリはガドルーン・シェイプの金色に縁取られた白磁器のティーカップに桃色の小さく可憐な唇を付けてミルクティーを啜る。
すると其処へ。黒猫の様な店主と金髪碧眼の美男子様、猫だった筈のモンブランが、幻影の様に現れた。
「――こちらは、⚜️白百合の姉妹樣⚜️へ我々からのモーニングサービスでございます――」
黒猫の様な店主が、静かな声音で言い。青く縁取られた白磁器の平皿にハムとレタスのサンドイッチ。そして青色のアンティーク調の花柄のシュガーポットと同じく青色のアンティーク調の花柄のお洒落なティーポットをテーブルに置く。
「――ハムとレタスのサンドイッチ。そして、コーヒー・ティーでございます。お好みで、シュガーポットからシュガーをお入れ下さい――」
黒猫の様な店主が、中性的な魅力のある声で丁寧に言い流麗にお辞儀する。そして次に、金髪碧眼の美男子様、猫だった筈のモンブランが大きなモンブランケーキと苺とクリームのカップケーキをテーブルに置かれた。ハムとレタスのサンドイッチの横に置いて歌うように言う。
「――こちらは♪モンブランケ〜キと苺とクリ〜ムのカップケ〜キになります♪」
そして黒猫の様な店主が流麗な動作でお辞儀をして、それに倣う様に金髪碧眼の美男子様、猫だった筈のモンブランも猫が伸びをするように靭やかな仕草でお辞儀をした。
「――それでは、⚜️白百合の姉妹樣⚜️心ゆくまでモーニングの一時をごゆるりとお楽しみ下さい――」
中性的な魅力のある声で黒猫の様な店主は、言い残し。金髪碧眼の美男子様、猫だった筈のモンブランと共にまた幻影の様に消えていったのだった。
私とユリ姉は、ありがたくハムとレタスのサンドイッチを食べて、モンブランケーキと苺とクリームのカップケーキを仲良く半分こして食べた。シュガーポットからシュガーを沢山入れたコーヒー・ティーは、コーヒーのコクと深み。紅茶の芳醇な香りとまろやかな口当たり。とても美味しくて不思議な味わいだった。
「…コーヒー・ティーか、素敵なブレンドね…」
ユリ姉が、ポツリと呟いた。
「…コーヒーと紅茶か…苦くないのね」
……きっともう。この幸せな時間は御馳走様。
…また私はユリ姉の居ない世界で生きてゆくのだ…。
その前に、ユリ姉に訊きたいことがある……。
「ねぇ。ユリ姉。私達、今度生まれ変わっても姉妹になれるかな?」震える声を振り絞る。
「私は、またユリ姉の妹に生まれ変わりたいな」
「ええ。私も、もし生まれ変われるのなら。もう一度。貴女の姉になりたいわ。そして今度は、貴女と生きたい」
ユリ姉はクシャリと破顔一笑。白百合の様な頬を朝露の様な涙が伝う――――。
今世がだめでも来世なら――――。
「うん。今度は一緒に生きようね」涙で濡れる視界と声の中で私とユリ姉は、指切りげんまんお約束――した。
⚜️ ⚜️ ⚜️
リリの漆黒色の瞳から大粒の涙が桂花紅茶…金木犀の花咲く紅茶に…ポロポロと。零れ落ちた……。
いつしかユリ姉も幸せなモーニングも消え去って、元のカウンター席に戻っていた。大粒の涙を高校の制服の紺色のブレザーの袖でゴシゴシと拭って、リリの涙で少しだけしょっぱくなった桂花紅茶―金木犀―をグイッと煽るように一気に飲んで、リリは言う。今ならきっと。飲める気がする。
「店主、マドンナリリー(百合根)のコーヒ。一杯だけ貰えますか?」リリの涙に濡れた笑顔に。
黒猫の様な店主は静かに頷いて、リリの目の前にマドンナリリー(百合根)のコーヒを置いた。
「――コーヒーは、飲めそうですか?」
静かな声音で店主は、リリに訊く。
「――はい!!」リリは精一杯の笑顔で応えた。
久し振りに飲んだコーヒーは、切なくてほろ苦くって、だけど何だか優しい味がした。『…コーヒーは、甘くないからね…』これから先ずっと私は、コーヒーを飲む度にユリ姉の事を思い出すのだろう。またユリ姉と巡り合える。来世でも。また姉妹になれると信じて。
去り際に店主が、コーヒーチケットをくださった。
「コーヒーチケットはCAFE de TIME〜願いの叶う喫茶店〜への招待状。今度は是非お友達もご一緒にご来店下さい」流麗なお辞儀の後に店主は、そう静かに言った。
「ありがとうございます!!……えっと」
私の様子に店主は、「ああ」と独り言て花が綻ぶ様に咲って言った。
「申し遅れました。私。CAFE de TIME 〜カフェ・ド・タイム〜願いの叶う喫茶店☕の店主――茶渡紅人と。申します。此方は看板猫のモンブランです。以後お見知り置きを」
そしてリリは「茶渡紅人さん。ありがとうございます」と。お礼を言って、不思議な喫茶店を後にした。
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「ねぇ。知ってる?CAFE de TIMEって言う。喫茶店の噂?コーヒーチケットは願いの叶う喫茶店への招待状」私、白井リリは朝の登校の時間。親友の小出マリに得意気に言う。
「リリ。コーヒー飲めなかったんじゃないの?」
不思議そうな顔をする親友にリリは言う。
「願いが叶ってコーヒーが飲める様になったの」
少し大人になった。リリは得意気に言う。
「私ね高校を卒業したら就職先はCAFE de TIMEで働きたいなって思うの!だから今度、願いの叶う喫茶店に辿り着いたら!ここで働かせて下さい!!って、お願いするつもりよ!!」
白井リリ――十七歳、大人の階段を登る秋の暮のこと。大好きな姉との幸せな時を心に刻み今日も生きてゆく。
「リリ。何か大人になったね」
親友のマリが優しく微笑んだ。
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『ねぇ知ってる?CAFE de TIMEって言う喫茶店の噂』
『金毛で青い目の翠玉の首輪をした猫に。ニャー。と声を掛けられたら。それは、喫茶店への御招待』
『猫を見失わない様に追い掛けて、すると辿り着くわ…―CAFE de TIME―願いの叶う喫茶店に…』
「ニャー」おや?次のお客様は貴方でしょうか?
―貴方には叶えたい願いは、ありますか?―
―心の底から願うのならば、其れはきっと叶います―
―貴方のご来店を心よりお待ちしております―
CAFE de TIME 〜カフェ・ド・タイム〜願いの叶う喫茶店☕本日のラストオーダーはここ迄☕
ーーまもなく閉店の時間で御座います。
―CLOSED―


