「どうして命を粗末にする!俺の前でそんなことするのは許さんぞ」
「え、……龍神、様……?」
見開いた水夜の瞳から、いつの間にかボロボロと大粒の涙がこぼれていた。それを見て龍神は悲し気に微笑み、水夜の前にしゃがむ。
「辛かったのだな。急に怒って悪かった。だが、やはり目の前であんなことをされるのは許せぬ」
そう言って水夜の目元を指で撫で、涙をすくう。
「龍神、様、ごめ、……なさい……っ」
「悪いのはお前ではない。お前をそのように扱って来た家の者たちだ。お前は何も悪くない」
そう言ってから、ふと龍神は指先に残った水夜の涙をしげしげと見つめる。指先につく涙は日の光に照らされてキラキラと輝いていた。
「お前の涙は美しいな。先ほどは激昂して気がつかなかったが……」
「?」
水夜が不思議そうに龍神を見つめると、水夜の顎に龍神の手が添えられ、クイッと上を向かせられる。そして、龍神と目が合った。
(なんて綺麗な瞳……)
水色の瞳は宝石のように美しく、透き通っているかのようだ。
「ふむ、お前、美しいな」
「……えっ?」
急に美しいと言われ、驚いた水夜の涙は止まってしまった。今まで美しいなどと言われたことのない水夜の顔は次第に赤くなっていく。
「はは、可愛らしい反応をするんだな。嫌いではないぞ」
「なっ、えっ!?そんな、私が美しいわけありません!むしろ美しいのは龍神様のほうです、からかわないでください!」
顔を真っ赤にして言う水夜を見て、龍神は楽しそうにくつくつと笑う。それから、なぜかすぐに真剣な顔になった。
「お前は居場所がないのだな?この世からいなくなりたいと思うほどに」
「は、はい」
水夜は龍神の言葉に俯き、小さく頷く。
「だったら、俺と一緒に来ないか」
「……?それは、龍神様に食べてもらえると言うことですか?」
「ああいや、……そうだな、花嫁として来るのだから、いずれは違う意味でお前を食らうことはあるかもしれないが」
「……?」
龍神の言っている意味がよくわからない水夜は、不思議そうに首を傾げた。そんな水夜を見て、龍神はフッと微笑む。
「とにかく、花嫁として俺と一緒に俺の住まう神域に来ないかと言っているんだ」
「わ、私が、神域に!?私は神力を持っていません。そんな私が、龍神様の住まう場所になんて……!」
水夜は驚いて目を見開き、苦しむように首を大きく横に振る。だが、龍神は優しい眼差しを向けて微笑んだ。
「神力を持たずとも、その美しさがあれば何も問題ない。何より、俺はお前が気に入った。神は美しいものを好む。それは見た目に限らず、存在そのものだ。お前の側は居心地がいい。それだけでは不満か?」
「……!」
(龍神様が、私を、気に入ってくださった?こんな私を?)
ドクドクと胸が高鳴ってうるさい。全身の血が激しく流れているのがわかるほどだ。
「……もしも来てくれるなら、一つ言っておかなければならないことがある。人々に忘れ去られ、祈られることもなくなった俺の住む神域は、驚くほど汚い」
「……汚い?」
「ああ。湖を見てわかるだろうが、あれと同じように穢れが生じている。そんな場所にお前を連れて行こうとする俺は最低な神かもしれない。だが、死ぬよりはましなはずだ。何より、お前の清らかな気が今の俺には必要だ」
(龍神様が、私を、必要としてくれている……!)
ずっといらない人間だ、使い道のない人間だと言われ生きて来た水夜にとって『お前が必要だ』という言葉は、脳天を貫くほど強烈だった。胸は高鳴り、高揚感で全身がビリビリとしびれているかのように感じる。
龍神は立ち上がり、そっと水夜に手を差し出す。
(私なんかが一緒に行って本当にいいのかしら……。でも、私を必要としてくださるなら、私はどんな場所であろうと龍神様のお役に立ちたい……!)
水夜は龍神を見上げ、そっと手を伸ばす。すると龍神はその手を掴み、水夜を引き寄せた。
「捕まえたぞ。もう離してやることはできない。このまま連れて行く、いいな?」
「は、はい……!龍神様が私を必要としてくださるなら、どこにでもついていきます」
水夜の返事に、龍神は満足そうに微笑むと水夜を優しく抱きしめた。
「お前の気は本当に心地よいな。ずっとこうしていたいほどだが……」
(えっ……!?)
突然抱きしめられた水夜は驚くが、龍神はそっと体を離し、水夜の胸元を指でさした。
「その勾玉は気持ちが悪い。捨てていけ」
「えっ、妹の神力が込められていますが……?」
「だからだ。気持ち悪くてかなわない」
(神力が気持ち悪いってどういうことだろう?でも、龍神様が嫌がるなら持っていかない方がいいわよね)
水夜が懐から勾玉を取り出すと、龍神はそれを取ってぽいっと投げ捨てる。すると、勾玉は地面に落ちる前に粉々になり、跡形もなくなった。
「消えた!?」
「これでいいだろう。ああ、そうだ。お前に俺の名前を教えよう。花嫁になるのだからな」
そう言って、水夜の顔にかかった髪の毛をそっと耳にかける。
「俺の名は、翔澪だ」
「翔澪様……」
(素敵な名前……龍神様にピッタリな美しい名前だわ)
水夜が呟くと翔澪は嬉しそうに微笑み、また水夜を抱きしめた。
「あ、あの……」
「お前に名を呼ばれると嬉しくなる。これからはいつも呼んでもらえるのだな」
「翔澪様が、お望みなら」
「ああ、楽しみだ!」
翔澪はそう言うと、片手を鳥居の前にかざす。すると、鳥居の中が輝き、そこに空間が現れた。
「あちらから先が、俺の住まう神域だ」
水夜の手を取り、翔澪は歩き出す。水夜もそれに続き、光輝く空間へ足を踏み入れた。
(眩しい……目が開けられないから瞑ったまま歩いているけれど、どこまで歩くのかしら)
翔澪に手を引かれながら、水夜は歩き続けた。しばらくして、翔澪が立ち止まる。
「もう目を開けて大丈夫だ。眩しくないだろう?ここが、俺の住処だ」
翔澪の声がして目をそっと開けると、目の前の光景に水夜は絶句した。
(本当に、すごい汚い!)
目の前に大きな和洋折衷建築の屋敷があるが、薄暗く屋敷自体から禍々しい嫌な気が漂っている。庭は荒れ果て、雑草がうっそうと茂っていた。
屋敷の中に入ると、壁は黒ずみ床もカビのようなものがあちこちに点在している。物はあちこちに散乱し、床が見えない部分もある。
「これは……」
「酷いだろう。来て後悔したか?」
悲し気に苦笑する翔澪を見上げ、水夜はぶんぶんと大きく首を横に振る。
「いいえ、とてもやりがいがありますね!」
(確かに汚いし禍々しい気が漂っているけれど、根本的な気はとても綺麗な気がする)
うっすらとだが綺麗な気を感じ、水夜はそう思った。そもそも神様がいる場所なのだ、本来は美しいのだろう。
「何日かかるかわかりませんが、全て綺麗にしてみせます!」
腕をまくり、ふん!と鼻息を荒くして水夜は言い切る。その勇ましい姿を見て翔澪は目を大きく見開くと、嬉しそうに笑った。
「ははは、そうか!そうであれば、まず手始めに玄関とリビング、水夜の部屋を綺麗にしてもらおう」
「え、私の部屋、あるんですか?」
「当たり前だ、花嫁になる相手の部屋が無いなんてあり得ないだろう」
きょとんとして翔澪を見ると、翔澪は悲し気に微笑む。
「まさかこんな状態で花嫁を迎えることになるとは思わなかったが……すまないな」
(翔澪様、とても悲しそうだわ)
元々は神様を蔑ろにした人間が、翔澪と翔澪が住む場所をこんなふうにしてしまったのだ。こうなっていなかったら、もしかすると綺麗な状態で生贄ではない花嫁を迎えることがあったのかもしれない。
(その場合、その花嫁はきっと私じゃなかった……)
そう思うと、水夜の胸はツキンと痛む。だがその痛みを無視しながら、水夜は翔澪を見上げる。
「翔澪様のせいではありません。それに、私は翔澪様のお力になるためにここに来たんです。謝られるようなことは何もありません。だから、そんな悲しそうなお顔をしないでください」
「水夜……」
翔澪はたまらず水夜を抱きしめた。
「ありがとう。水夜にそう言ってもらえて嬉しい。それに、やはり水夜の気は清らかで美しいな。水夜が来てからすぐ、全体の気が変わったのを感じる」
そう言って水夜から体を離すと、翔澪は水夜の頬を優しく撫でた。
「俺の力が戻ったら、水夜の行きたいところに連れて行ってやろう。欲しいものは何でも与えよう。俺ができることは何でもしてやる」
「え、……龍神、様……?」
見開いた水夜の瞳から、いつの間にかボロボロと大粒の涙がこぼれていた。それを見て龍神は悲し気に微笑み、水夜の前にしゃがむ。
「辛かったのだな。急に怒って悪かった。だが、やはり目の前であんなことをされるのは許せぬ」
そう言って水夜の目元を指で撫で、涙をすくう。
「龍神、様、ごめ、……なさい……っ」
「悪いのはお前ではない。お前をそのように扱って来た家の者たちだ。お前は何も悪くない」
そう言ってから、ふと龍神は指先に残った水夜の涙をしげしげと見つめる。指先につく涙は日の光に照らされてキラキラと輝いていた。
「お前の涙は美しいな。先ほどは激昂して気がつかなかったが……」
「?」
水夜が不思議そうに龍神を見つめると、水夜の顎に龍神の手が添えられ、クイッと上を向かせられる。そして、龍神と目が合った。
(なんて綺麗な瞳……)
水色の瞳は宝石のように美しく、透き通っているかのようだ。
「ふむ、お前、美しいな」
「……えっ?」
急に美しいと言われ、驚いた水夜の涙は止まってしまった。今まで美しいなどと言われたことのない水夜の顔は次第に赤くなっていく。
「はは、可愛らしい反応をするんだな。嫌いではないぞ」
「なっ、えっ!?そんな、私が美しいわけありません!むしろ美しいのは龍神様のほうです、からかわないでください!」
顔を真っ赤にして言う水夜を見て、龍神は楽しそうにくつくつと笑う。それから、なぜかすぐに真剣な顔になった。
「お前は居場所がないのだな?この世からいなくなりたいと思うほどに」
「は、はい」
水夜は龍神の言葉に俯き、小さく頷く。
「だったら、俺と一緒に来ないか」
「……?それは、龍神様に食べてもらえると言うことですか?」
「ああいや、……そうだな、花嫁として来るのだから、いずれは違う意味でお前を食らうことはあるかもしれないが」
「……?」
龍神の言っている意味がよくわからない水夜は、不思議そうに首を傾げた。そんな水夜を見て、龍神はフッと微笑む。
「とにかく、花嫁として俺と一緒に俺の住まう神域に来ないかと言っているんだ」
「わ、私が、神域に!?私は神力を持っていません。そんな私が、龍神様の住まう場所になんて……!」
水夜は驚いて目を見開き、苦しむように首を大きく横に振る。だが、龍神は優しい眼差しを向けて微笑んだ。
「神力を持たずとも、その美しさがあれば何も問題ない。何より、俺はお前が気に入った。神は美しいものを好む。それは見た目に限らず、存在そのものだ。お前の側は居心地がいい。それだけでは不満か?」
「……!」
(龍神様が、私を、気に入ってくださった?こんな私を?)
ドクドクと胸が高鳴ってうるさい。全身の血が激しく流れているのがわかるほどだ。
「……もしも来てくれるなら、一つ言っておかなければならないことがある。人々に忘れ去られ、祈られることもなくなった俺の住む神域は、驚くほど汚い」
「……汚い?」
「ああ。湖を見てわかるだろうが、あれと同じように穢れが生じている。そんな場所にお前を連れて行こうとする俺は最低な神かもしれない。だが、死ぬよりはましなはずだ。何より、お前の清らかな気が今の俺には必要だ」
(龍神様が、私を、必要としてくれている……!)
ずっといらない人間だ、使い道のない人間だと言われ生きて来た水夜にとって『お前が必要だ』という言葉は、脳天を貫くほど強烈だった。胸は高鳴り、高揚感で全身がビリビリとしびれているかのように感じる。
龍神は立ち上がり、そっと水夜に手を差し出す。
(私なんかが一緒に行って本当にいいのかしら……。でも、私を必要としてくださるなら、私はどんな場所であろうと龍神様のお役に立ちたい……!)
水夜は龍神を見上げ、そっと手を伸ばす。すると龍神はその手を掴み、水夜を引き寄せた。
「捕まえたぞ。もう離してやることはできない。このまま連れて行く、いいな?」
「は、はい……!龍神様が私を必要としてくださるなら、どこにでもついていきます」
水夜の返事に、龍神は満足そうに微笑むと水夜を優しく抱きしめた。
「お前の気は本当に心地よいな。ずっとこうしていたいほどだが……」
(えっ……!?)
突然抱きしめられた水夜は驚くが、龍神はそっと体を離し、水夜の胸元を指でさした。
「その勾玉は気持ちが悪い。捨てていけ」
「えっ、妹の神力が込められていますが……?」
「だからだ。気持ち悪くてかなわない」
(神力が気持ち悪いってどういうことだろう?でも、龍神様が嫌がるなら持っていかない方がいいわよね)
水夜が懐から勾玉を取り出すと、龍神はそれを取ってぽいっと投げ捨てる。すると、勾玉は地面に落ちる前に粉々になり、跡形もなくなった。
「消えた!?」
「これでいいだろう。ああ、そうだ。お前に俺の名前を教えよう。花嫁になるのだからな」
そう言って、水夜の顔にかかった髪の毛をそっと耳にかける。
「俺の名は、翔澪だ」
「翔澪様……」
(素敵な名前……龍神様にピッタリな美しい名前だわ)
水夜が呟くと翔澪は嬉しそうに微笑み、また水夜を抱きしめた。
「あ、あの……」
「お前に名を呼ばれると嬉しくなる。これからはいつも呼んでもらえるのだな」
「翔澪様が、お望みなら」
「ああ、楽しみだ!」
翔澪はそう言うと、片手を鳥居の前にかざす。すると、鳥居の中が輝き、そこに空間が現れた。
「あちらから先が、俺の住まう神域だ」
水夜の手を取り、翔澪は歩き出す。水夜もそれに続き、光輝く空間へ足を踏み入れた。
(眩しい……目が開けられないから瞑ったまま歩いているけれど、どこまで歩くのかしら)
翔澪に手を引かれながら、水夜は歩き続けた。しばらくして、翔澪が立ち止まる。
「もう目を開けて大丈夫だ。眩しくないだろう?ここが、俺の住処だ」
翔澪の声がして目をそっと開けると、目の前の光景に水夜は絶句した。
(本当に、すごい汚い!)
目の前に大きな和洋折衷建築の屋敷があるが、薄暗く屋敷自体から禍々しい嫌な気が漂っている。庭は荒れ果て、雑草がうっそうと茂っていた。
屋敷の中に入ると、壁は黒ずみ床もカビのようなものがあちこちに点在している。物はあちこちに散乱し、床が見えない部分もある。
「これは……」
「酷いだろう。来て後悔したか?」
悲し気に苦笑する翔澪を見上げ、水夜はぶんぶんと大きく首を横に振る。
「いいえ、とてもやりがいがありますね!」
(確かに汚いし禍々しい気が漂っているけれど、根本的な気はとても綺麗な気がする)
うっすらとだが綺麗な気を感じ、水夜はそう思った。そもそも神様がいる場所なのだ、本来は美しいのだろう。
「何日かかるかわかりませんが、全て綺麗にしてみせます!」
腕をまくり、ふん!と鼻息を荒くして水夜は言い切る。その勇ましい姿を見て翔澪は目を大きく見開くと、嬉しそうに笑った。
「ははは、そうか!そうであれば、まず手始めに玄関とリビング、水夜の部屋を綺麗にしてもらおう」
「え、私の部屋、あるんですか?」
「当たり前だ、花嫁になる相手の部屋が無いなんてあり得ないだろう」
きょとんとして翔澪を見ると、翔澪は悲し気に微笑む。
「まさかこんな状態で花嫁を迎えることになるとは思わなかったが……すまないな」
(翔澪様、とても悲しそうだわ)
元々は神様を蔑ろにした人間が、翔澪と翔澪が住む場所をこんなふうにしてしまったのだ。こうなっていなかったら、もしかすると綺麗な状態で生贄ではない花嫁を迎えることがあったのかもしれない。
(その場合、その花嫁はきっと私じゃなかった……)
そう思うと、水夜の胸はツキンと痛む。だがその痛みを無視しながら、水夜は翔澪を見上げる。
「翔澪様のせいではありません。それに、私は翔澪様のお力になるためにここに来たんです。謝られるようなことは何もありません。だから、そんな悲しそうなお顔をしないでください」
「水夜……」
翔澪はたまらず水夜を抱きしめた。
「ありがとう。水夜にそう言ってもらえて嬉しい。それに、やはり水夜の気は清らかで美しいな。水夜が来てからすぐ、全体の気が変わったのを感じる」
そう言って水夜から体を離すと、翔澪は水夜の頬を優しく撫でた。
「俺の力が戻ったら、水夜の行きたいところに連れて行ってやろう。欲しいものは何でも与えよう。俺ができることは何でもしてやる」

