水夜が龍神の生贄になる日、水夜は馬車に揺られ隣町の湖へ向かっていた。
水夜は今まで着たこともないような美しい着物に身を通し、化粧をされている。馬車の窓に映った自分の姿はまるで別人のようだ。
『よかったわね、死ぬ前に綺麗な姿になれて。みすぼらしいお姉様でも、着飾ればましにはなるのね。そうだ、はい、これ』
馬車に乗り込む前に屋敷の前で珠奈から手渡された勾玉を、水夜は静かに見つめる。群青色に光る勾玉には、珠奈の神力がこめられていた。
「きちんと懐にいれておけ、無くすんじゃないぞ。その勾玉を持っていれば、お前に神力が無いことは一時的にごまかせるはずだ。どうせ生贄の花嫁と言っても、その場で龍神様に食われるだけだ。その神力を食らって一時的に龍神様も落ち着くだろうが、その後のことは知ったことではない。青条家としては、やるべきことはやったと国へ報告できればいいのだからな」
向かいに座る清四朗は、そう言って窓の外を眺めた。
(お父様は、私のことなんて本当にどうでもいいんだわ)
水夜はうつろな目をしたまま勾玉をしまい、同じように窓の外を見た。屋敷から一度も出たことのなかった水夜は、窓の外を眺めるが何の感情もわかない。見てみたいと思っていた外の景色も、今の水夜の目には何の色も映さずただモノクロのように見えていた。
「ここが、龍神様が祀られているはずの湖だ」
大きい湖のほとりに、古びた鳥居がひとつある。その前に、水夜と清四朗は立っていた。
(本当に禍々しくてどす黒くなっている……)
空は清々しいほどに晴れているのに、湖は正反対に真っ黒だ。神力を持たない水夜でもその禍々しい邪気を感じ、背中に冷や汗が流れる。
清四朗は両手を合わせて目を瞑ると、祝詞を唱え始める。すると清四朗の周囲が光り出し、風がふわりと舞った。長い祝詞を唱え終えると、湖が光り出す。その中央から、何かがザバザバと大きな水音を立てて現れた。
(もしかして、あれが龍神様……)
湖の中央から大きな銀色の龍が空へ登っていく。そして急に急降下すると、湖へまた入っていった。湖は大きな波をつくって揺れている。
そして、鳥居のすぐ近くにまた龍神は湖の中から現れた。キラキラと水滴をはじいてその場にたたずむ龍神を見て、水夜は目を大きく見開く。
(なんて美しいの……!)
日の光に照らされて、龍神は神々しく輝いていた。だが、輝いているのにその周囲の気はどす黒い。
──我を呼び出したのはお前か
(龍神様の、お声!?)
どこからともなく声がして水夜は驚く。低く威厳のあるその声に、全身が雷に打たれたようにビリビリと震えた。
「お初にお目にかかります。この地域を管轄しております、青条家当主、清四朗と申します。こちらは、娘の水夜でございます」
清四朗に言われ、水夜は慌てて深々とお辞儀をした。
──人間が今さら何の用だ
「この地域で災いや疫病が多く発生しており、その原因がこの湖だとわかりました。それゆえ、龍神さまに生贄の花嫁を献上しにまいった次第です」
そう言って、清四朗は水夜の背中を押して龍神の前に差し出す。すると、龍神はブルブルと体を震わせ、水滴をまき散らした。
──ずっと放置していたくせに、今更生贄の花嫁だと!?身勝手な人間どもめ!馬鹿にするのもいい加減にしろ!お前たちのせいで俺は力を失いここから離れることもできず、しまいには邪気を放つようになってしまったのだぞ!
龍神がそう言うと、晴れていたはずの空に雲がかかり、稲妻が走る。
「ひっ!も、申し訳ありません!ですから、こうして神力を持つ娘を生贄に!この神力を食べれば、龍神様の怒りも落ち着き浄化されるはずです!どうぞ!ひとおもいに!食ってください!」
激昂する龍神の姿に恐れをなした清四朗は、一気にそう言うと後ずさるようにして一人その場から去り、停めていた馬車に乗り込むとすぐに馬車を走らせた。
(行ってしまわれたわ……)
雷が鳴り響く中、水夜は去っていく馬車をうつろな瞳で眺めていた。すると、突然雷は鳴りやみ、雲が消えていく。
──哀れな生贄よ。その程度の神力ではお前を食ったところで何の足しにもならん。それに……それはお前の神力ではないだろう
「!」
水夜に顔を近づけると龍神は何かを確かめるように首を傾げ、そう言った。
(やっぱり、龍神様にはすべてお見通しなのだわ)
もう嘘はつけない。そもそも、神様に嘘をつこうとすることが間違いなのだ。水夜は目を瞑って小さく深呼吸すると、目を開いて龍神の大きな顔を見つめた。
「申し訳ございません。私は青条家の長女ですが、神力を持ちません。ですので、巫女である妹の神力を宿した勾玉を渡され、ここに来ました。龍神様に嘘をつくなどもってのほかです。本当に申し訳ありませんでした」
そう言って、水夜は深々とお辞儀をする。それを見て、龍神は悲し気な眼差しを水夜へ向けた。
──実の娘を、神力を持たないからと言って神に差し出そうとするとは何とも罰当たりなことだ。お前、名は何という
「水夜です」
──水夜か。良い名だ。俺は神力があろうとなかろうと、人間を食らうつもりはない。この身はこの場所から離れることが出来ぬ。それならば、邪気に取り込まれ神ならざるものとなろうと構わない。その運命を受け入れよう。お前も早々にここから立ち去れ
そう言って、龍神は後ろを向き湖の中央へ進んで行く。
「……そう、ですよね。こんな私、食べるにも値しないですよね。神力も持たないこんな役立たずの私は、そもそも生きている価値が無い」
両親にも妹にも蔑まれ、誰にも愛されずに生きて来た。龍神にすら食べてもらうこともできないのなら、もう生きている意味などない。
水夜は懐から一つの玉かんざしを取り出す。それは、水夜が生まれた日に両親から与えられた、たったひとつのプレゼントだった。
(神力が現れるはずの五歳までは、このかんざしをよくお母様が髪にさしてくれた。でも、五歳になっても私には神力は現れず、翌年珠奈に神力が現れた途端、私には目もくれなくなった)
水夜は両手でかんざしをつかみ、鋭くとがった軸の先端を自分の喉元に向ける。
(これで喉を一突きすれば、私はもう解放される)
神様の前でこんなことをするのは失礼かもしれない。だが、そんなふうに思いめぐらせることもできないほど、水夜は追い詰められ自暴自棄になっていた。
ふと、異変に築いた龍神が振り返り、水夜を見て驚く。
──水夜、何をしている!
「龍神様、申し訳ありません。死なせてください」
──馬鹿者!
龍神がそう言うと龍神の体が光り輝き、その光の中で姿が消えていく。次の瞬間、水夜の目の前に人が現れ、水夜の手からかんざしを奪った。
「きゃっ!」
美しい銀色の髪を緩く一つに束ね、濃い青緑色の着物を着た水色の瞳の美しい男がいる。水夜は驚いて目を見開くと、腰が抜けたようにその場に座り込んだ。
水夜は今まで着たこともないような美しい着物に身を通し、化粧をされている。馬車の窓に映った自分の姿はまるで別人のようだ。
『よかったわね、死ぬ前に綺麗な姿になれて。みすぼらしいお姉様でも、着飾ればましにはなるのね。そうだ、はい、これ』
馬車に乗り込む前に屋敷の前で珠奈から手渡された勾玉を、水夜は静かに見つめる。群青色に光る勾玉には、珠奈の神力がこめられていた。
「きちんと懐にいれておけ、無くすんじゃないぞ。その勾玉を持っていれば、お前に神力が無いことは一時的にごまかせるはずだ。どうせ生贄の花嫁と言っても、その場で龍神様に食われるだけだ。その神力を食らって一時的に龍神様も落ち着くだろうが、その後のことは知ったことではない。青条家としては、やるべきことはやったと国へ報告できればいいのだからな」
向かいに座る清四朗は、そう言って窓の外を眺めた。
(お父様は、私のことなんて本当にどうでもいいんだわ)
水夜はうつろな目をしたまま勾玉をしまい、同じように窓の外を見た。屋敷から一度も出たことのなかった水夜は、窓の外を眺めるが何の感情もわかない。見てみたいと思っていた外の景色も、今の水夜の目には何の色も映さずただモノクロのように見えていた。
「ここが、龍神様が祀られているはずの湖だ」
大きい湖のほとりに、古びた鳥居がひとつある。その前に、水夜と清四朗は立っていた。
(本当に禍々しくてどす黒くなっている……)
空は清々しいほどに晴れているのに、湖は正反対に真っ黒だ。神力を持たない水夜でもその禍々しい邪気を感じ、背中に冷や汗が流れる。
清四朗は両手を合わせて目を瞑ると、祝詞を唱え始める。すると清四朗の周囲が光り出し、風がふわりと舞った。長い祝詞を唱え終えると、湖が光り出す。その中央から、何かがザバザバと大きな水音を立てて現れた。
(もしかして、あれが龍神様……)
湖の中央から大きな銀色の龍が空へ登っていく。そして急に急降下すると、湖へまた入っていった。湖は大きな波をつくって揺れている。
そして、鳥居のすぐ近くにまた龍神は湖の中から現れた。キラキラと水滴をはじいてその場にたたずむ龍神を見て、水夜は目を大きく見開く。
(なんて美しいの……!)
日の光に照らされて、龍神は神々しく輝いていた。だが、輝いているのにその周囲の気はどす黒い。
──我を呼び出したのはお前か
(龍神様の、お声!?)
どこからともなく声がして水夜は驚く。低く威厳のあるその声に、全身が雷に打たれたようにビリビリと震えた。
「お初にお目にかかります。この地域を管轄しております、青条家当主、清四朗と申します。こちらは、娘の水夜でございます」
清四朗に言われ、水夜は慌てて深々とお辞儀をした。
──人間が今さら何の用だ
「この地域で災いや疫病が多く発生しており、その原因がこの湖だとわかりました。それゆえ、龍神さまに生贄の花嫁を献上しにまいった次第です」
そう言って、清四朗は水夜の背中を押して龍神の前に差し出す。すると、龍神はブルブルと体を震わせ、水滴をまき散らした。
──ずっと放置していたくせに、今更生贄の花嫁だと!?身勝手な人間どもめ!馬鹿にするのもいい加減にしろ!お前たちのせいで俺は力を失いここから離れることもできず、しまいには邪気を放つようになってしまったのだぞ!
龍神がそう言うと、晴れていたはずの空に雲がかかり、稲妻が走る。
「ひっ!も、申し訳ありません!ですから、こうして神力を持つ娘を生贄に!この神力を食べれば、龍神様の怒りも落ち着き浄化されるはずです!どうぞ!ひとおもいに!食ってください!」
激昂する龍神の姿に恐れをなした清四朗は、一気にそう言うと後ずさるようにして一人その場から去り、停めていた馬車に乗り込むとすぐに馬車を走らせた。
(行ってしまわれたわ……)
雷が鳴り響く中、水夜は去っていく馬車をうつろな瞳で眺めていた。すると、突然雷は鳴りやみ、雲が消えていく。
──哀れな生贄よ。その程度の神力ではお前を食ったところで何の足しにもならん。それに……それはお前の神力ではないだろう
「!」
水夜に顔を近づけると龍神は何かを確かめるように首を傾げ、そう言った。
(やっぱり、龍神様にはすべてお見通しなのだわ)
もう嘘はつけない。そもそも、神様に嘘をつこうとすることが間違いなのだ。水夜は目を瞑って小さく深呼吸すると、目を開いて龍神の大きな顔を見つめた。
「申し訳ございません。私は青条家の長女ですが、神力を持ちません。ですので、巫女である妹の神力を宿した勾玉を渡され、ここに来ました。龍神様に嘘をつくなどもってのほかです。本当に申し訳ありませんでした」
そう言って、水夜は深々とお辞儀をする。それを見て、龍神は悲し気な眼差しを水夜へ向けた。
──実の娘を、神力を持たないからと言って神に差し出そうとするとは何とも罰当たりなことだ。お前、名は何という
「水夜です」
──水夜か。良い名だ。俺は神力があろうとなかろうと、人間を食らうつもりはない。この身はこの場所から離れることが出来ぬ。それならば、邪気に取り込まれ神ならざるものとなろうと構わない。その運命を受け入れよう。お前も早々にここから立ち去れ
そう言って、龍神は後ろを向き湖の中央へ進んで行く。
「……そう、ですよね。こんな私、食べるにも値しないですよね。神力も持たないこんな役立たずの私は、そもそも生きている価値が無い」
両親にも妹にも蔑まれ、誰にも愛されずに生きて来た。龍神にすら食べてもらうこともできないのなら、もう生きている意味などない。
水夜は懐から一つの玉かんざしを取り出す。それは、水夜が生まれた日に両親から与えられた、たったひとつのプレゼントだった。
(神力が現れるはずの五歳までは、このかんざしをよくお母様が髪にさしてくれた。でも、五歳になっても私には神力は現れず、翌年珠奈に神力が現れた途端、私には目もくれなくなった)
水夜は両手でかんざしをつかみ、鋭くとがった軸の先端を自分の喉元に向ける。
(これで喉を一突きすれば、私はもう解放される)
神様の前でこんなことをするのは失礼かもしれない。だが、そんなふうに思いめぐらせることもできないほど、水夜は追い詰められ自暴自棄になっていた。
ふと、異変に築いた龍神が振り返り、水夜を見て驚く。
──水夜、何をしている!
「龍神様、申し訳ありません。死なせてください」
──馬鹿者!
龍神がそう言うと龍神の体が光り輝き、その光の中で姿が消えていく。次の瞬間、水夜の目の前に人が現れ、水夜の手からかんざしを奪った。
「きゃっ!」
美しい銀色の髪を緩く一つに束ね、濃い青緑色の着物を着た水色の瞳の美しい男がいる。水夜は驚いて目を見開くと、腰が抜けたようにその場に座り込んだ。

