穢れた龍神と生贄の花嫁




「あら、そこにいたのね、水夜。存在感がなさすぎて気づかなかったわ」

 水夜の母親である万里絵はそう言って水夜の前を通り過ぎる。床の水拭きをしていた水夜は膝をつきながら深くお辞儀をすると、万里絵が通り過ぎるのを待ってから水拭きを再開した。

 神力を持つ巫女が生まれ、その巫女によって代々神様と繋がりを持ち国内の繁栄を担ってきた家柄のひとつ、青条(せいじょう)家。

 その長女でありながら、神力を持たずして生まれてきた水夜(みよ)は家の中に居場所がなく、侍女として生きてきた。

「あら、お姉様は今日もお掃除?神力を持たないというだけで侍女のように働かされるなんて、可哀想。ああ、私は神力を持って生まれてきてよかった!」

 ひとつ年下で実の妹である珠奈(みな)は濃い茶髪のセミボブを揺らし、水夜を蔑んだ目で見つめ笑みを浮かべる。

 巫女に神力が現れるのは五歳までと言われており、五歳までに神力が現れなかった場合巫女にはなれず、水夜はまさにそれだった。

(いつものことだもの。気にしてはだめ)

 水夜は怯える様子も悲しむ様子も見せず、ただ小さくお辞儀をしてまた水拭きを始めようとした。

「ちょっと!私の話を無視するなんて生意気じゃない!」

 珠奈は腹いせに近くにあったバケツを水夜へ向かって蹴る。バシャッと盛大に水夜へ水がかかり、水夜は頭から水浸しになった。

「あっはは!汚い水を被っていい気味だわ!力を持たないお姉様にはそれがお似合いね!」

 心底楽しそうに笑う珠奈は、ひとしきり笑うと空になったバケツを庭へ蹴り上げた。

「床が水浸ししゃない。それにバケツも外へ出てしまったわよ?早く取ってきてさっさと掃除してちょうだい。お姉様は掃除することしか特技が無いでしょう」

 フンと鼻で笑い、珠奈は満足そうにその場から立ち去った。

 ぽたり、ぽたりと水夜の髪の毛から水が滴り落ちる。

(私のことなんて、構わなければいいのに)

 目を瞑りギュッと雑巾をきつく握りしめると、小さく息を吐いて水夜は目を開け立ち上がる。

(着替えてこなきゃ。早くしないと、侍女頭に怒られてしまうわ。それに、床に汚い水がまかれたままではすぐに穢れてしまう)

 神力を扱う巫女のいる屋敷は、すみずみまで磨き上げなければいけない。ほんの少しの汚れの積み重ねが穢れを生み、神力を弱らせてしまうのだ。
 神力が現れるはずの五歳まで巫女としての教育を徹底的に受けていた水夜は、神力が現れなくてもその教えを健気に守り続けてきた。

 屋敷を掃除する水夜と珠奈が顔を合わせれば必ず嫌味を言われ、反応しなければ余計に酷い扱いを受ける。水夜にとって、これは日常茶飯のことだった。

 両親も珠奈の水夜に対する扱いを知っている。知った上で神力を持つ珠奈を贔屓し、力を持たない水夜はどんな仕打ちをされても良いと思っているのだ。

 水夜にとってこの家の中に居場所はどこにもなかった。