━━━━どのくらいの時間が経ったのか。
手首が痛くなってきた。
「ふぅ…」ひと息ついて目線を上げると、そこにみさきちゃんがいた。
「みさきちゃん!」私は思わず声を出した。
みさきちゃんは当時のままで私に向かって笑顔で迎えてくれた。
「ゆいちゃん、おしろつくろっ!」
屈託のない笑顔に私は涙が出てきた。
「み、みさきちゃん……ごめんね……」
声にならない声で謝った。
みさきちゃんは不思議そうな顔をしていたが、
「ゆいちゃん、そっちほってくれる?わたしはこっちほるからー」と、昔のように接してくれた。
「うん、私がこっちを掘ればいいんだね」そう言って、シャベルを動かそうとしたが涙が止まらず、手に力が入らなかった。
あまりの懐かしさで目的を忘れていた。
自分勝手だが、みさきちゃんを愛らしく思うあまり、消えてしまうことが怖くなった。
しかし、相良さんが言っていたように『今のみさきちゃん』は地縛霊だ。本来の場所にいないといけない。
私は涙をボロボロ流しながらみさきちゃんに話しかけた。
当時から気になっていたことが知りたかった。
「みさきちゃんはなんでお城を作らないといけないの?」
みさきちゃんはキョトンとした顔で私を見た。
「それはねー、ママとやくそくしたからだよ」
「ママとの約束?」
「うん。ママがみさきのつくったおしろをみたいっていったからつくるのー」
笑顔で話すみさきちゃん。
「どんな約束か聞いてもいいかな?」
みさきちゃんは笑顔で「うんっ!」と言って、話してくれた。
「わたしはびょういんにいっぱいいってたから、ようちえんにあんまりこれなかったの」
「それでねー、おともだちもいなかったから、よしのせんせーが『いっしょにおすないじりしよう』っていってくれたのー」
「わたしがようちえんにこれたときは、よしのせんせーといっしょにおすないじりしてたんだよ」
「そしたら、おむかえにきたママが『みさきは、お砂いじりが好きなの?』っていったから、『うんすきだよ』っていったの」
「そしたらねー、ママが『みさきの作ったお城が見たいなー』っていったの。だから『うん、ママにおっきいおしろをつくってみせてあげるねー』って、いったからつくっているんだよ」
「そう……だったんだ…」ちゃんと理由があったんだ。
「みさきちゃんのママはお城を見てないの?」
「うん……むずかしいんだもん。よしのせんせーはいそがしいから、わたしひとりでがんばってたの」
「でもねー、ゆいちゃんがおともだちになってくれたからうれしかったんだよ」
「ふたりでつくって『ゆいちゃんといっしょにつくったんだよ!』って、おしえてあげるんだー」
終始、笑顔で話すみさきちゃんだった。
やはり、成仏できない理由があったんだ……
ママとの約束。それが原因だった。相良さんに伝えなきゃ……
そう思っていると、相良さんとよしの先生がこちらに向かって歩いてきた。
「随分時間が経ったけど、一体……んっ?」
相良さんは気づいたようだ。
「彼女がいるんだね」そう言って、胸ポケットからメガネを取り出し、掛け始めた。
「そのメガネって、もしかして……」
私は相良さんに聞いた。
「うん。本来欲しかったメガネ。完成したんだよ」
そう言いながら、私たちの前に来た。
「この子がみさきちゃんなんだね」
私に確認するように聞いてきた。
「はい……そうです」
言い出し難かったが、正直に答えた。
先生を見ると、不安と困惑の表情を浮かべている。
「彼女の事情はさっき、先生から聞いたよ」
相良さんは悲しそうな顔をしてみさきちゃんを見ている。
「先生、こちらに来てもらえますか?」
相良さんが、よしの先生に向って声をかけた。
「えっ、私……ですか」 明らかに動揺している。
「現実を見て頂きたいと思います」そう言って、胸ポケットからもう一つメガネを取り出した。
「先生に視えるかわかりませんが……」
相良さんが先生にメガネを渡した。
困惑する先生だったが、覚悟を決めたのかメガネを掛けた。
「っ、!!!」
何か視えたらしい。声にならない声を出した。
「かっ、影が見え…ます………小さい人影……」
「あ、あれが みっ、みさきちゃん…?」
信じられないという表情で、みさきちゃんを凝視している。
「はい。この子がみさきちゃんです……」
私は先生に向って答えた。
「やっぱり、本当だったのね……」
当時の私の言葉を信用していたみたいだが、人影とはいえ、こうして自分の目の前にいるみさきちゃんに驚いている。
「みさきちゃん、よしの先生だよ。分かる?」
私はみさきちゃんに聞いた。
「えっ!? よしのせんせー? どこどこ?」
みさきちゃんは周囲をキョロキョロしながら探している。
「あっ、いたっ! よしのせんせー!」
みさきちゃんは笑顔で、よしの先生の元に駆け出していった。
小さい人影が自分の足元に寄ってきていることを知った先生は「ひいっ」と声を上げたが、私と相良さんは「「大丈夫です」」と、二人同時に声を出していた。
その言葉を聞いた先生は自分の足元に纏わりつく影を凝視していた。
「み、みさきちゃん……本当にみさきちゃんなの……」
恐怖がなくなったのか、しゃがみ込んで人影を抱くように手を回していた。
「よしの先生には、その影がみさきちゃんだと感じますか?」私は聞いてみた。
「小さな人影にしか見えないけど……懐かしい感じがします……」
先生は、みさきちゃんを包み込むような仕草で答えてくれた。
よしの先生に抱かれているみさきちゃん。とても嬉しそうにしている。
私に対する笑顔とは別の、安心しているような笑顔だ。
それを見て、先生がどれだけみさきちゃんに愛情を注いでいたのかは想像できた。
『みさきちゃんと仲良くしてあげてね。ゆいちゃんのお母さんには先生から言っておくから』
子供の頃に言われたあの言葉の意味。
先生が私に伝えたかった本当の意味を知ることができた。
「相良さん……みさきちゃんを還す前に、一緒にお城を作ってもいいですか?みさきちゃんの望みなんです」
私は懇願した。
「もちろんだよ。未練を残したままだと還すのが難しい。僕からお願いしたいくらいだね」
よかった……
みさきちゃんの望みは叶えられそうだ。
正直言うと、お別れは名残惜しい。
でも、みさきちゃんのため、そして私自身のために決心……あっ、もう一人いた。
「よしの先生、三人でお城を作りましょう!」
私は先生に向って、笑顔で言った。
「みさきちゃん!よしの先生も一緒に……いいよね?」
私はみさきちゃんに聞いてみた。
みさきちゃんは満面の笑みで、「うんっ!ゆいちゃんとよしのせんせーでつくりたいっ!」
とてもはしゃいでいた。
「いいですよね?よしの先生」
私は改めて聞いた。
「みさきちゃんは、なんて言っているの?私には声が聞こえないから……」
みさきちゃんとの接し方が分からないのか、困惑気味に聞いてきた。
「先生、彼女がぴょんぴょん跳ねているのが視えませんか? とても喜んでいますよ」
相良さんが先生の質問に答えてくれた。
「生前のときのように接して下さい。少し違うのは『触れない』『声が聞こえない』それだけです」
「彼女の言葉は僕や森下さんが伝えますから」そう言って、よしの先生を砂場へ行くよう促している。
「先生にとっても、特別な思いのある園児ですよね。彼女の未練をなくして一緒に送りましょう」
『ねっ!』と、先生に向かってウインクした相良さん。
…………なんか、キモかった。
「ところで、僕も入れてくれるかなー? 一人、蚊帳の外だとつらいんだけど」
突然、懇願してきた。
「相良さんは関係ないですよね? みさきちゃんにしてみれば『知らないオジサン』なんですけど」
「えー、そんなこと言わないでよー。僕も入れてよー。みさきちゃんに聞いてよー」
子供のように駄々をこねていた。
この人、やっぱりめんどくさいな……
「うん……うん… そうだよねー 伝えるね」
「みさきちゃんが、知らないオジサンは嫌だって言ってます。そこで見てて下さいだって」
私はみさきちゃんに聞きもせず、勝手に答えた。
「えー、そんなー」
冗談で言っているのかと思っていたら、本気で悲しそうだった。
「よしの先生、じょうろありますか?」
相良さんを無視して本題に戻る。
「じょうろ…… 砂を固めるため?」
「はい。当時は思いつかず、砂がうまく盛れなかったので」
「ちょっと待ってて。花壇を見てくるわ」
そう言って、先生は花壇に探しに行った。
「みさきちゃん、今日はすっごいお城を作るからねー!」
私は勢いで、自分自身のハードルを上げてしまった。
「ゆいちゃん、ほんとー?!やったー!おっきいおしろだねっ!わたしもがんばるー」
みさきちゃんの目がキラキラしている。
うっ、まずい……
あとでシンデレラ城を調べておこう……
「あったけど、これでいいかしら?」
よしの先生が小走りで戻ってきた。
「十分です。ありがとうございます」
しっかり水も入れてきてくれていたので、改めてお礼を言った。
「三人で頑張りましょう!」
私がそう言うと、みさきちゃんが無邪気に「えいえいおー!」と言っていた。
私はクスッと笑ってしまい、それを見た先生は「何かあったの?」と不思議がっていた。
「みさきちゃんが嬉しそうに『えいえいおー!』って、言ったんです」
そう伝えると、先生も笑顔になり、
「じゃあ、頑張らないといけないわね」と、笑っていた。
――――――――――――――――――――――――――
どのくらいの時間が経ったのだろう。
気がつくと綺麗な夕焼けが目に入り、夢中でお城を作っていたようだ。
もう少しで完成というタイミングで相良さんが声をかけてきた。
(あっ、相良さんのことをすっかり忘れてた……)
そのことを悟られないよう、自然に振り返った。
「見ていたら声を掛けにくいほど真剣に作っていたから……」
「そろそろ完成かな。そうなら、こちらも準備しないとね」そう言いながら近寄ってきた。
「ゆいちゃん、みさきちゃんに直すところがあるか聞いてもらえ……… えっ!?」
先生が急に驚きだした。
「何かありました? せ、先生!?」
先生を見ると、顔が引きつっていた。
「先生…どうしたんですか?」
私は心配になり、シャベルを投げ捨て先生の元へ近寄った。
「みっ、みさきちゃんの姿が……声が……」
「みさきちゃんが視えるんですか!?」
私はびっくりして声を荒げた。
先生は『こくん、こくん』と首を上下に振っていた。メガネの効果でみさきちゃんが視えたにしても、声まで聞こえるなんて……?
「相良さん、どういうことですか?」
「二人が同調したんだろうね。お互いがお互いを思い、同じ方向に向かって心を一つにした。それが原因だね」
相良さんは淡々と語った。
「そんなことってあるんですか?」
私は疑問を口にした。
「もちろん。現に今、君は目撃しているよね」
「そう言われると……そうですけど」
「霊と接すると色々なことが起きる。そのうちの一つだよ」
理解できるような、できないような内容だった。
ふと、先生を見ると、みさきちゃんと会話をしていた。
「みさきちゃん…… 先生が分かる?」
「うん! よしのせんせーでしょ。わたしねー、よしのせんせーだーいすき」
笑顔で答えていた。
「せっ、先生も……みさきちゃんが大好きよ」
涙声で伝えている。
「よしのせんせー すてきなおしろありがとー」
「みさきちゃん……こちらこそありがとう。そして、ごめんね……」
「なんであやまるの? へんなせんせー」
みさきちゃんは笑っていた。
「もう少し会話させてあげよう。そのあとは……彼女を還さないとね。これが最後になる。君も話したほうがいいんじゃないか?」
「僕は『知らないオジサン』だから、ここで待っているけどね」
……根に持っていたんだ……
「器、小っさ……」思ったことが声に出てしまった。
「え? なになに? なんだって?」
「なんでもないです」
「三人で楽しく会話してきまーす!」
知らないオジサンを置いて、二人の元に走っていった。


