喫茶 たゆたい探偵所


 あれから一時間ほど経過した。

 店内も落ち着いてきて、瀬戸さんと岡野さんは洗い物をメインに仕事をしている。

 一方、相良さんは何をするわけでもなく食後の珈琲をちびちび飲んでいる。この膠着状態に終止符を打つべく、相良さんに話しかけた。


「このあと出かけるんじゃないんですか? 行かないなら私、帰りますので」

 そう言いながら席を立ち、相良さんに会釈して従業員用のドアを開け、店側に移動した。

 瀬戸さんと岡野さんにお礼を言って、お店のドアを開けようとしたとき、相良さんが追いかけてきた。


「ちょっと待って、行くから」
 
 振り返ると、慌てた様子の相良さんが目に入った。


「私は暇人ですけど、無駄な時間は嫌いなんで」


「わかったよ、ごめん。ちゃんと行くから」


 用意するものがあるから少し待っていて欲しいとのことで、喫茶店側のカウンターに座って待っていることにした。

 瀬戸さんと目が合うと、瀬戸さんが苦笑いをしている。


「森下さんが来るようになってから相良さん、楽しそうなんです」


「私ですか?意味がわかりません」


「僕もよく分からないですけど、なんか今までと違う感じなんですよ。多分、悪……いい意味で……」


『今、[悪い]って言いかけて言い直しましたよね』と、突っ込むこともせず、聞かなかったフリをしてやり過ごす。

 以前の相良さんはもちろん知らないけど、私には『めんどくさい人』の印象しかない。

 しかもこれからどこに行くのか分からないし、後悔しそうな感じがする。


「断ればよかったかな……」ボソッとつぶやいた。


「何か言いました?」

 瀬戸さんが洗い物の手を止めて聞き返してきた。


「独り言です」作り笑顔でごまかした。



「おまたせー! では行きますか」

 ニコニコしながら相良さんがやって来た。どうも機嫌が直ったみたいだ。

 短時間で立ち直るメンタルに金メダルをあげたい。私には絶対無理だ。


「車で行くから。瀬戸くん、岡野さん、ちょっと行ってきます」

 二人にお店を任せ、私と相良さんはお店のとなりに停めている車に乗った。


「一体どこに行くんですか?」

 シートベルトを締めながら、流石に目的地も知らないまま行くのは不安だったので聞いてみた。


「君が通っていた幼稚園はどこ?」

 答えになっていない質問が返ってきた。


「えっ?何を言っているんですか?どこに行くか聞いたんですけど」


「だから君の幼稚園に行くんだよ。どこ?」


 私が通っていた幼稚園? なんで?

 まさに私の頭の上には『???』がたくさん浮いていることだろう。


「幼稚園に何をしに行くんですか?」

 率直に聞いてみた。


「みさきちゃんに逢いに行くんだよ。本来の居るべき場所に案内するためにね」


 突然の名前に胸が『チクッ』とした。

 懐かしくて、後ろめたい気持ちが入り混じる。


 本来の場所……

 そうか。霊は霊界にいるらしいから、今のみさきちゃんは地縛霊になるのか……

 成仏できていないみさきちゃん……

 相良さんは成仏させようとしてくれるみたいだ。


「相良さんは……みさきちゃんを導いてあげられるんですか?」


「よっぽどの悪霊になっていなければ、たぶんね……」


「相良さんは霊媒師なんですか?」


「近からず、遠からず……かな」笑っていた。



 小学校に入学してからも数回、幼稚園に行って、みさきちゃんと遊んだ。

 よしの先生は喜んでくれたが、学校で『私に関する噂』が広まったとき、ふと思った。


 もしかしたらみさきちゃんって…… 

 それを確認するために幼稚園に行き、みさきちゃんの正体を知ってから……


 幼稚園に行くことをやめた。



「みさきちゃん……まだいるんでしょうか?」


「多分ね……独り寂しく遊んでいるはずだよ」
 

 相良さんの言葉が私の心を痛めた。


「今更逢いに行って……みさきちゃん怒っていないかな……」


「霊には時間の概念がないから」

「君が成長していても、霊には幼稚園の頃の君としか認識できない」

 相良さんが説明してくれた。


 そう聞いて、少しホッとした。

 みさきちゃんのことを忘れていたわけじゃない。

 ただ、あの日から思い出さないようにしていた自分が改めて嫌になった。


「あまり自分を責めない方がいい。それは間違いじゃない」

 相良さんは私の気持ちを肯定してくれた。


「ただ、自分にできることをせず、見て見ぬふりをしてはダメだよ」


「見て見ぬふりですか……」


「そうだよ。例えば道端にゴミが落ちている。君はどうする?」


「……そのままですね。素通りすると思います」


「それが普通だよね。『私が捨てたわけじゃない』『いずれ風に飛ばされ、どこかに行くだろう』そんな感じかな?」


「そうですね。視界に入っても『拾って捨てる』ことはしないと思います」


「その小さな『行動』はしっかり見られているんだよ」


 相良さんは私の目を見ながら、笑うこともなく答えた。


「誰にですか? 神様?」私にはそれくらいしか浮かばなかった。


「そうだね。俗に言う『神様』だったり、『守護霊』だよ。その人たちは個々の行動をしっかり見ているんだよ」


「神様と守護霊……」私はつぶやいた。


「これから行くのも同じことだよ。君は僕と知り合い、みさきちゃんを還すことができるようになった。それを実行するために今から行く。それだけさ」


 相良さんは笑ったりニコニコしたりせず、そして私に目を合わすこともなく、遠くを見ながら淡々と話をしてくれた。


「まぁ、この手の話は長くなるから。君がこのような話に興味があるなら、時間があるときにでも話すよ」


 いつものように軽い笑いで話を打ち切った。


「そろそろ行こうか」


 私が幼稚園の名前を言うとナビに登録し、車を走らせた。


「今日って、幼稚園開いているんですか?」


「どうだろう……業務や何かの準備があれば誰かいるんじゃない?誰もいなければ日を改めて行くとしよう」


「無駄足になるかも……なんですね」


「無駄足か…… 君は無駄は嫌い?」


「無駄好きな人っているんですか?」


「ん……好きって言うか、人生に無駄はないよ。無駄と感じているのは、その人個人の意見や感想だね」


 相変わらず、この人の言っていることが分からない。無駄は『無駄ではない』って言っているの?


「じゃあ、なんで『無駄』って言葉があるんですか?」


「ククッ…やっぱり君は面白いね」

「もちろん説明はできるよ。でも、それを君に話したところで『それは屁理屈です』って言うのが目に見えるよ。そうなると、それこそ説明するのは君の言う『無駄』になるんじゃない?」


 相良さんは大声で笑っていた。


「聞いてみないと分からないと思いますけど」

 カチンときたので言い返した。


「まぁ、そうだね…… でも、君なら必ず屁理屈だって反論すると思うよ」

 その様子を頭の中で想像しているのか、またも『ククッ…』と笑っている。



 私は言い返すのも面倒になり、流れる景色を見ながらため息をついた。