喫茶 たゆたい探偵所


 先日の相良さんとの約束のため、喫茶店に向かった。


『カラン、カラン』と、音を立てながら店内に入る。


「いらっしゃいませ」 女性の声が聞こえた。

 この人が多忙時の店員みたいだ。


 店内は満員に近く、女性店員も瀬戸さんも忙しそうにしている。

 カウンターが一席空いていたので、そこに座った。

 瀬戸さんは私に気づくことなく調理をしているし、女性店員もオーダー取りや片付けで忙しそうだった。


(なんで、こんな時間に指定したんだろう……絶対に迷惑だよね)


 その犯人を探すため、周囲を見渡す。


「いらっしゃいませ。お決まりですか?」

 女性店員が水を置きながら話しかけてきた。


「あっ、あの……」突然の声掛けにびっくりし、コミュ障が発動した。


 なんと答えれば良いかドキドキしながら思考を回転させていると、
「岡野さん、その人は森下さんと言って、そちらの従業員です。案内してあげて下さい」


 瀬戸さんがドアを指差し、フォローしてくれた。


「あっ!失礼しました」岡野さんと呼ばれた女性店員が頭を下げ、私を案内してくれた。

 私は瀬戸さんに会釈し、岡野さんの後に続いた。


 岡野さんは従業員用のドアをノックし、
「失礼します」と言いながら、私を招き入れてくれると、そこに犯人はいた。


「おはよう」

 カウンターに座り、能天気に手を振っている相良さん。


『もう、お昼ですけどね!』と口には出さず、突っ込んでみた。


「なんで、お店がこんなに忙しい時間に待ち合わせなんですか?迷惑だと思うんですけど」

 話しながら相良さんのとなりに座った。


「いやー、こんなに忙しいとは思っていなかったんだよ。この時間に来るのは久しぶりだったし」


 悪いと思っているのかいないのか、飄々《ひょうひょう》と話す相良さん。


「最近、売り上げがいいなーとは思っていたんだけどね。さすが瀬戸くんだね」

 感心しながら店側を見ている。


 突然、相良さんが私をまじまじと見て、
「メガネ使ってくれているんだね。とても似合っているよ」

 ニコニコしながらそんなことを言い出した。


 いきなりそのようなことを言われ、顔が赤くなるのが自分でもわかった。


「おっ、お陰様で、たっ、大変助かります」

 吃《ども》ってしまった。


 私の吃りをからかうこともなく、相良さんは店内を見渡していた。


「瀬戸くんの料理を楽しみにしてきたんだけど……しょうがない、僕が作るか」と言いながら、席を立つ相良さん。


「えっ!? 相良さんが作るんですか?」

 声が裏返った。


「ん、そんなに不思議かな?これでも調理師免許は持っているんだよ」


「勝手なイメージで、料理はしない人と思っていましたから」


「君は僕に対して、どんなイメージを持っているんだい?」


「人をからかって喜び、料理をしない人ですかね」

 即答した。


「ククッ…酷いイメージだね。では、汚名返上に努めるよ」そう言いながら、カウンター内に入っていった。


 相良さんが「待っている間にでも」と言って、オレンジジュースを出してくれた。

 私は『ペコリ』と、頭を下げた。


 なんで、いつもオレンジジュースなんだろう……

 ここのオレンジジュース、美味しいからいいけど。

 おすすめなのかな?

 ちょっと、疑問に思った。


 カウンター内では相良さんと瀬戸さんが何やら話している。

 瀬戸さんの顔を見ると困惑しているようで、私の顔をちょこちょこ見ながら言い合っている。

 そこに岡野さんも合流し、三人で言い争っているのが遠目でもわかった。


(なんなの? 相良さんが作ると何かあるの?)


 岡野さんも私の顔をチラチラ見ながら、相良さんに詰め寄っている

 あっ、二人が頭を抱えてる……


(これ、絶対に良くない展開だよね……)


 相良さんはのんきにこちらを見て、手を振っている。


「はぁ……」 天井を見た。


 柱が剥き出しで、何本も交差している。

「おしゃれだな……」

 現実逃避でつぶやいた。



「すいません……止めることができませんでした」


 その声に『はっ』とすると、瀬戸さんが申し訳なさそうに話しかけてきた。


「何があったんですか?」あの様子をみて気にならないわけがない。


「相良さん、料理がとてもへ……あまり上手くないんです」


「えっ、そうなんですか? 調理師免許持っているって、自慢していましたけど」


「免許を持っている人が上手とはかぎりません」

 キッパリ言い切った。


 確かに一理ある。[調理師免許=料理が上手]と勝手に思っていた。


「私は何を食べさせられるんですか?」

 恐る恐る聞いた。


「もちろん身体に害はありません。ただ……」


「ただ?」


「味付けに問題があります」


「それって、結構致命的ですよね?」

 
「はい、劇的な致命傷です……」


 はぁ…… 瀬戸さんの料理を楽しみにして来たのに、なんで美味しくないものに変わるんだろう……


「本当にすいません」瀬戸さんが頭を下げた。


「瀬戸さんが悪いわけではないですから」


「いえ、知っていて止められなかった僕が悪いですから」


「大丈夫です。不味かったら『不味い』とハッキリ言いますから」


「それは本人も承知しているんですよ。でもなぜか作りたがるんです……」ため息をつく瀬戸さん。


「下手の横好きなんですね」


「そんなに可愛いものではありません」


「「………………」」沈黙した。


「あとで口直しを用意しますから」

「それでは」と言い残し、業務に戻っていった。


 相良さんを見ると身体中から『♪』マークが出ているように楽しそうに調理をしている。


「はぁ……」

 何度目かのため息をつき、覚悟を決めた。



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「森下さん、お待たせ!」両手に皿を持ちながら、相良さんがニコニコしながらやって来た。

 目の前に置かれた二つの皿。覗き込むと麺料理だった。


「簡単なもので申し訳ないんだけど」

 相良さんがカウンター席に戻りながら話しかけてきた。


「これ、どこの国の料理ですか?」

 不思議に思ったので聞いてみた。


「えっ?日本の焼きそば。なんか変?」

 真顔で言う相良さん。


「なんか……私が知っている焼きそばと、具材と色が違うんですけど……」

 
 焼きそばと言われた一品には『鶏肉・ナス・トマト・マッシュルーム・ピーマン』が入っていた。色もソース色より黒く、イカ墨を入れたような真っ黒いものだった。


「君のためにアレンジしたんだよ」

 誇らしげに言ってる。


「別にアレンジは期待していませんが……」

 まじまじと、焼きそばと言われる料理を見ながら言った。

 
 ちらっと瀬戸さんの方をみると、申し訳なさそうに頭を下げている。


「この料理、相良さんは以前から食べているんですか?」


「いや、今日初めて作ったよ」


「えっ?そんなものを食べさせるつもりですか?」


「ん?言われるほど変なものは入っていないけど」


「具材も色も、焼きそばとは遠いと思いますけど」


「だから、アレンジ料理なんだけどね」


「このソース、何を使っているんですか?」


「イカ墨」


「このあと出かけるのにイカ墨ですか!!」


「あっ……」


 何なんだろう、この人。

 料理が下手らしい上にアレンジとか訳がわからない。しかも本当にイカ墨って……


「ほら、冷めないうちに食べよう」

 悪気はないのか、相良さんが勧めてくる。


「いっ、いただきます……」

「不味っ……」 本音がでた。


「そんなことないでしょ?いただきます…… あれ?」

 しきりに「あれぇ?」とか、「こんなはずでは」などと言ってる。


 作った本人は『不味い』と言わないんだ……


「これ、お世辞抜きで不味いんですけど」


「お世辞を入れてよ」


「入れても不味いですっ!」


「イカ墨って、パスタには合うのに焼きそばには合わないみたいだね……」

 やはり、相良さんも不味いとは思っているらしい。


「そもそも、なんでアレンジしようとか思ったんですか?」


「そ、それは……」

 言いたくないのか、口をもごもごさせている。


「普通に作ると美味しくないのでアレンジに逃げたんですよね。相良さん」

 岡野さんがいつの間にか目の前にいた。


「そっ、そんなことは……ないよ……」

 歯切れが悪い。


 岡野さんは私の顔を見ながら、
「きっと、あなたに良い所を見せたかったんでしょうね」そんなことを言ってきた。


「私にですか?なんで?」


 この人は何を言っているんだろう。

『私に良い所を見せたい?』意味がわからない。


「別に森下さんに褒めてもらおうとは思っていないよ」相良さんが岡野さんに向かって抗議している。


「相良さん、下手なんですからもう作らないで下さいね。食べさせられる側も迷惑なんですから」

 岡野さんがハッキリ言った。


「はい……わかりました。自粛します……」

 相良さんが申し訳なさそうに告げていた。


「二人とも少し待っていて下さい。瀬戸さんに作り直してもらいますから」

 そう言い残し、仕事に戻っていった。


 岡野さんの言葉にダメージを負ったのか、相良さんがしゅんとしている。初めて見る姿だった。

 私が悪いわけではないが、そんな姿を見せられると困惑してしまう。

 私は焼きそばを口に運び、
「相良さん、慣れてくると意外にいけますよ」

 心にもないことを口にした。


 相良さんは焼きそばをチラッと見たあと、
「これ、不味いもん……」 本音を吐いた。 


「人が気を遣って話をしてみれば何なんですか!」


 つい、年上の人に向かって大声で怒鳴ってしまった。


 相良さんがゆっくりと顔を上げ、こちらを見た。

 内心『しまった……』と思ったが、口から出た以上、弁解する余地がない。

 何を言われるかドキドキしていると、相良さんが私の顔を『じぃーっ』と見て、真顔で一言。


「森下さん、歯が真っ黒だよ……」

 
 私は顔が真っ赤になり、
「だっ、誰のせいですかっ!」と、先ほどより大きな声で怒鳴った。


 あまりの大きな声に瀬戸さん、岡野さんはもちろん、従業員ドア向こうにいる店内の大勢のお客さんも『何事か?』とばかりに覗き込んでいる。


 私は慌てて口元を手で隠し、頭を何度も下げ、
「すいません、なんでもないです……」と言うのが精一杯だった。


 普段の相良さんなら笑い出しそうな場面なのに、反応がない。

 料理下手を自認しているのに、なぜそんなに落ち込んでいるんだろう。

 相良さんに声をかけるか、かけないかで悩んでいると、瀬戸さんが料理を運んで来てくれた。


「簡単なものですが」と、サンドイッチを二人分運んでくれた。やはり、オレンジジュース付きだった。


「ありがとうございます」

 瀬戸さんにお礼を言って、相良さんに話しかける。


「早く食べて出かけましょう」

 相良さんは「う、うん……」と、歯切れが悪い返事をした。


「食べないなら私が二人分食べますけど?」そう言うと、サンドイッチに手を伸ばしてきた。


 本当にめんどくさい人だな……

 改めてそう感じた。


 二人で無言のまま食事をしていると、岡野さんが息を切らせながら私の前に来た。

「今、買ってきたので後で使って下さい。あちらに洗面所がありますから」と言って、使い捨て歯ブラシと紙コップを渡してくれた。


「あ、ありがとうございます」

 岡野さんに感謝し、ありがたく受け取った。
 

 相良さんを見ると、モソモソとサンドイッチを食べている。

 そして店内を見た。事務所側からだと一部しか見えないが、相変わらず忙しそうだ。


 相良さんはこのあと、本当に出かけるのだろうか?テンションが下がったままだ。




 「はぁ……」 何度目かのため息をついた。