喫茶 たゆたい探偵所


「よろしければどうぞ」

 見かねた店員が、オレンジジュースを出してくれた。


「あっ、ありがとうございます」


 相良さんが、そのやり取りを見てニヤニヤしている。


「なっ、なんですか?」


「いや、なんでもないけど」


「そのニヤニヤが気になるんですけど」


「オレンジジュースが似合うなと思ってね」


「それって嫌味ですよね?」


「いや、褒め言葉だよ」


 やはりニヤニヤしている。


 相良さんはさっきから、珈琲とオレンジジュースを交互に見て、そのあと私の顔を見ることを繰り返している。


 私のイライラが頂点に達した――――


「言いたいことがあるならハッキリ言って下さいっ!」


 つい、声を荒げてしまった。


 その声で他のお客からの視線を集めてしまい、慌てて頭を下げた。

 相良さんは悪ノリし、「こういった店では静かにしようね」と、笑いを噛み殺しながら言う。


 睨み返す私。


 言い過ぎたと思ったのか、
「ごめん、からかい過ぎたね。改めてよろしくね。相良優人です。この喫茶店のオーナーであり、君を雇い入れた会社の社長です。まぁ、よくある兼業だね」


 それを聞いて驚いた。

 オーナーで社長って……正直、とても似合わない。

 しかも、名刺には肩書は書いてなかった。

『名刺に肩書は必須でしょ』と思ったが、同時に疑問が出た。


「この喫茶店と別に会社を経営しているってことですか?」


「うん」


「その会社はなんて言うのですか?」


「たゆたい探偵所」


「で、ここのお店が……」


「喫茶 たゆたい探偵所」


「名前が一緒なんですか?」


「考えるのが面倒だったからね」

「喫茶店は[喫茶]をつければいいかなぁって」

「お店の名前を不思議がって来てくれるお客さんもいて、結果オーライだったよ」

 ニコニコしながら答えてくれた。


「では、この人は……」

 私はカウンター内の店員を見た。


「彼は喫茶店担当の瀬戸くん。カッコいいでしょ」と紹介してくれた。


「瀬戸です。改めましてよろしくお願いします」


 瀬戸さんは、高校生の私に対しても丁寧にお辞儀をしてくれた。

 私も慌てて、「森下 結依です。こちらこそよろしくお願いします」


 ペコペコと何度も頭を下げていたら、相良さんは「まるで[ししおどし]だね」そう言って笑っていた。


 本当に何なの、この人? 

 オーナーだろうが、社長だろうが構わない。私は相良さんをさらに睨み返した。


「ごめん、ごめん」

 心のこもっていない返事が返ってきた。


「はぁ……」 ため息が出た。


 気を取り直し、さらに疑問があったので聞いてみた。


「このお店は瀬戸さん一人なんですか? 瀬戸さん以外に見たことがないんですけど」
 

「いや、他にもいるよ。忙しい時間だけは人を増やすけど、基本は瀬戸くんにお願いしているよ。瀬戸くん目当てのお客さんも結構いるので大助かりさ」

 相良さんは瀬戸さんを見ながら答えてくれた。


「そんなことないですよ」


 瀬戸さんは両手を左右に振りながら否定しているけど、確かに納得できる話だった。


「瀬戸さんでよかったですね。相良さんが店員だったら、お客さんを怒らせて経営難になるんじゃないですか? 少なくとも、私なら二度と来ることはないと思いますけど」


 私はここぞとばかりに言い返した。

 呆気にとられる二人。


 すると、相良さんは声を殺しながら「クックッ……」と笑い出し、
「やっぱり君は面白いよ。稀に見る逸材だね」と、褒めているのかバカにしているのか分からないことを言い出した。

 まぁ、きっと後者だろうけど。


「僕もそう思うよ。僕に接客は不向きかもしれない」

「人には『向き不向き』がある。瀬戸くんは料理も上手く、接客も丁寧だし安心して任せることができる」

「僕は周りの人に助けられている。感謝しかないよ」


 相良さんは視線を宙に彷徨わせ、何かを想って言っているようだった。


「でも、なんで喫茶店と探偵会社なんですか?」


 私は、以前から不思議に思っていたことを質問した。


「喫茶店の雰囲気が好きだし、他に理由もあって会社と併設したんだよね」と言い、店内にあるドアを指差す。

 カウンターの両サイドにドアがあり、一見すると個室や予約席、または関係者の出入り口のようだった。


「ドアを開けた向こうが、君が働く会社の事務所だよ」

 相良さんは席を立ち、私を招き入れる。


 恐縮しながらドアを通ると、こちらにもカウンターがあった。

 俯瞰で見ると、カウンターは棚を中心に『O』の文字ように囲っている感じだ。

 そして『Φ』の文字のように両側にドアがある。


「もしかして、カウンターは繋がっているんですか?」


「そうだよ、来客用だね。依頼者さんにも美味しい珈琲を飲んでもらいたいからね」


「向こうのドアも、こちらと繋がっているようですが……どうしてですか?」


「こちらは来客用で、向こうは従業員用。分けたんだよ」

「ひとつのドアだと、買い出しの荷物をぶら下げて『いらっしゃいませ』って、依頼者さんに失礼でしょ?」


 軽い感じの人なのに、そういう所に気が回るのに驚いた。


「それではカウンターに座って。仕事内容の細かい説明もそうだけど、君の資質っていうのかな」

「資質って言い方はあまり好きではないけど、霊に対してどのように感じるのかを教えて欲しい」


 そして、私は幼少期から今まで経験したことを話した。


「なるほど……色々苦労したみたいだね」

「視える人の話は何人も聞いてきたけど、君は少し特殊な経緯があるみたいだね」


「特殊な経緯って、なんですか?」

 そんなことを言われて気にならないわけがない。私は相良さんに詰め寄った。


「まぁ、追々……ね」

 相良さんは一点を見つめ、うなずいていた。


 原因を知っているようなニュアンスだが、話す気がないのだろう。問い詰めたところで教えてくれるような人ではないと思い、取りあえず話題を変えた。


「相良さんも視えるんですよね?初めて会ったとき、『霊を助けるなんて』と言っていましたし……」


「視えるには視えるけど、君ほどではないよ。僕には薄っすらとしか認識できない」

「だから君をスカウトしたんだよ」と、笑っていた。


「なぜ、あの日あの場所にいたんですか?」

 私は疑問を口にした。


「あぁ、そのことね」相良さんは言葉を続ける。

「君が助けようとした霊の調査だよ。以前から噂を聞いていたからね。でも、まさか助けようとする人が現れるとは思っていなかったけどね」


 相良さんは『ククッ』と、笑いながら私を見ている。


「しつこいですよ」 私は頬を膨らませた。


「ごめん、ごめん」


 口では謝るが、明らかに本心からの言葉ではないのが丸わかりだ。


「ここで働いている人は他にいるんですか?」と、さらに気になっていたことを質問した。


「うん、君は三人目だよ。その二人とは機会があれば会ってもらいたいんだけどね」


 霊に関わりがある人って、思っていたよりいることに驚いた。そして、私だけが特別でないことに少し安堵した。


 ――――しばらく雑談を続けたのち、お互いの連絡先の交換をし、仕事内容の説明を聞いた。

 基本的には依頼があり次第、人選して業務を行うらしい。


「私は土日でも大丈夫です。平日なら、学校が終わったあとなら問題ありません」


「了解です。でもさぁ……」

 私をちらっと見る相良さん。


「なんですか?」


「結局のところ『暇人』ってことだよね?聞いている方が悲しくなるよね……」


「なんでそんな余計なことを言うんですか! 性格悪いですよ!」


「すいません」と言いながら、声を殺して笑っている。


「はぁ……」 ため息をついた。

(本当にこの人、反省は口だけだよね……)


 そして相良さんは、何事もなかったかのように話を続けた。

「で、後日履歴書を提出して欲しい。ところで君の両親は承諾してくれるのかな?」


「問題ないと思います。逆に嬉しがると思います」


「つくづく君が可哀想に思えてくるよ」


「ほんっとーに、『一言』多いですよね」


「君を見ているとなんか、からかいたくなるんだよね」


 相良さんはニコニコして私を見ている。


 なんなの?そのニコニコ顔。 でも……

 気さくに話してくるせいか、学校では『コミュ障』扱いされている私だが、この人だと自然に会話ができることが不思議だった。

 とても失礼な対応をされるけど。


「君の家はここから遠いの?」 突然聞かれた。


「家と学校の中間くらいですね」


「そうか。仕事に関する用事がなくても、気軽に来てね。以前にも言ったと思うけど、お金の心配はいらないから。好きなものを注文してね」

「瀬戸くん、森下さんをよろしくね」


 相良さんが瀬戸さんに伝え、
「はい、わかりました」と瀬戸さんが答えた。

「森下さん、食事も無料なので好きなだけ注文して下さいね」と、人一倍優しい瀬戸さんは、私に向かって笑顔で言ってくれた。


 相良さんと話していると、瀬戸さんの優しさが倍増する。

 いや、元から優しい人だと思うので、(人一倍は二倍くらい?……)だから、四倍の優しさだ。


「ありがとうございます」瀬戸さんに頭を下げ、相良さんにも改めて「よろしくお願いします」と伝えた。



「あっ、そうだ!」


 相良さんが突然、大声を上げた。

 一瞬『ビクッ』となり、相良さんの顔を見た。


「森下さん、今週の土曜日空いている?」


「いきなりなんですか? 空いてはいますけど」

 即答する私も悲しいが、正直に答えた。


「良かったら付き合ってもらいたい所があるんだよね。君のためにもなると思う」


「仕事ですか?」


「まぁね。バイト料は出せないけど、昼はここで瀬戸くん特製の特別料理を食べてから行こう」


 瀬戸さんに「よろしくね♪」と目配せをする相良さん。

「わかりました」と、瀬戸さんは頷いていた。


 相良さんは瀬戸さんの料理の上手さを自分のことのように自慢している。そして、その料理は時間がかかる上、原価が高く、お店には出せない一品らしい。


「ハードルを上げるようだけど、さらに上の『美味しさ』だから」

 やはり、自分のことのように自慢をしていた。


「わかりました。瀬戸さんの料理も気になるので同行します」即答した。


「ありがとう。では、土曜の昼ごろにお店に来て。私服で構わないから」


 私は頷きながら、瀬戸さんをちらっと見た。


「期待するほどではないですよ」


 瀬戸さんは苦笑いを浮かべていた。
 

 
 こうして私は人生初のアルバイトをすることになった。