喫茶 たゆたい探偵所


 あれから数日――――


 葬儀場の前を通ると、『亡くなった男性』が出入り口で弔問客に一生懸命話しかけていた。

 そして、相手にされない男性の霊は意気消沈していた。


 過去の嫌な記憶がフラッシュバックする。

 もう二度と、あのような思いはしたくない。

 けど……


「やっぱり、亡くなってからも伝えたいことがあるんだ……」

 私は一人、つぶやいた。


 あの切なそうな顔を見ると、やるせない気持ちになる。

 でも、ここで私が出しゃばっても悪い方向に進むに決まっている。最悪、警察沙汰にもなりかねない。


「こんなに必死になって伝えたいことがある霊って、多いのかな……」


 私はその場で、じっと彼を見つめていた。


 彼は人を変えながら一生懸命に話しかけ、何かを伝えようとしている。

 しかし、弔問客は何事もないように記帳し、周囲の人と雑談していた。


 そして、彼は泣いていた……



 こんな私でも役に立つことができるなら……

 私の『目や耳』で救われる人がいるのなら……



 私はその足で『喫茶 たゆたい探偵所』へ行き、仕事を受ける決意をした。


 相良さんがいるのか不安ではあったが、店に入るとカウンターの店員と談笑していた。
 
 相良さんは私に気づいて、にこやかに手を振ってくれた。私は会釈をし、相良さんに話しかけた。


「あのー、この間の件なんですが……」


 私は先程のできごとを話して、仕事をしようと決心したことを伝えた。


 相良さんは、
「僕とは違って、君は視えすぎるから余計にそう感じるんだろうね」

「そのような霊がいるから『僕たち』がいる。双方が心を軽くするためにね」

「ただ……橋渡しは、ほとんどが遺族側の依頼による形で実現するんだよ」

「申し訳ないけど、霊からの依頼は受けられない……」


 私は葬儀場の男性を思い出すと、心が締め付けられた。

「そうですか……霊からの言伝(ことづて)は叶わないんですね……」


 相良さんは話を続ける。

「過去に『霊のため』にと思い、動いたことが何度かあったんだけど、やはり親族からの同意がもらえなかった経験があってね」


 話を聞いていて、私の周りの空気が重くなったように感じた。

 相良さんも感じ取ったのか、空気を変えるかのように、声のトーンを上げた。

「普通、知らない人がいきなり来て、『亡くなった人が伝えたいことがあると言っています』とか言い出したら不審がるよね」

 そう言って、彼は悪戯っぽく笑った。


「それはそうですよね……私もあの時、代わりに伝えることが怖かったんです……」と、本音を零(こぼ)した。


「それは当然だよ。気にする必要はない」


 相良さんは私を気遣っているのか、肯定してくれた。

 そして、私の目をまっすぐ見つめ、
「君はこれまで霊に関することで嫌な思いをしてきたと思う……でも、これからは違う形で向き合ってもらいたい」

「気負わなくていいから。一緒にやっていこう」

 相良さんは笑顔で、そう言ってくれた。
 

 私は「はい。よろしくお願いします」と、相良さんの目を見つめ、お世話になることを決めた。


「ふぅ……」緊張の糸が切れた。


 ふと見ると、店員がこちらを見ている。目が合い、ドキッとした。


「何か飲みます?」にこやかに聞いてきた。


 以前、何も見ずに決めたことを覚えていてくれたのだろうか。言葉と同時にメニューを差し出してくれた。


「ありがとうございます」

 丁寧に受け取り、メニュー表を開いた。


 喫茶店など入ったことがないので、知らない名前ばかりが並んでいる。


「あのー、おすすめってありますか?」

 メニューを見ても分からないことを隠すよう、店員に聞いてみた。


「珈琲はお好きですか?」

「この店は珈琲を売りにしているので、種類が多いんですよ」


 珈琲? 確かに喫茶店と言えば珈琲が思い浮かぶ。正直言うと、今までほとんど飲んだことがない。珈琲特有の苦味が苦手で、飲むことを遠ざけていた。

 見栄を張るわけではないけど、この流れから注文しないわけにはいかないと感じ、
「あまり飲んだことがないですが……おすすめがあればお願いします」

 意を決して、お願いした。
 

「では、相良さんのお気に入りを淹れますね。相良さんも、もう一杯淹れますか?」

 店員は相良さんに伺った。


「うん、お願い」

 短い返事を聞いた店員は『こくっ』と頷いて準備を始めた。


「そう言えば、君に渡すものがあるんだよね」


 相良さんはそう言いながら、ポケットからメガネを取り出し、テーブルに置いた。

「以前に貸したこれなんだけど、実は試作品の失敗作だったんだよね」

「霊の解像度を上げるつもりだったんだけど、逆に下がったメガネになっちゃってね」

「開発者と『こんなの誰が使うの?』って二人で苦笑いだったんだけど、まさかこれを必要とする人が現れるとは思わなかったよ」

「君のことを話したら、『使ってくれる人がいて良かった』と言っていたよ」

「ということで、開発者公認の『君のもの』になりました」


 突然の話に、私はびっくりした。


「はい、どうぞ!」と渡され、恐縮と嬉しさが交錯した。


「一緒に仕事をしてくれるお礼だよ」

「まあ、仕事を断られても君に会ったら渡すつもりではあったんだけどね」と、笑っていた。


 このメガネを使用していた時は本当に助かった。

 返却してから『あのメガネがあれば』と思ったことが何度もあった。

 それが自分の物になるなんて……

 私は相良さんに、何度も何度もお礼を言った。

 いくら感謝してもしきれないくらい、うれしかった。


 相良さんは「しつこいよ」と、あきれ顔で笑っていた。



「お待たせしました」

 店員が私たちの前に珈琲を差し出した。インスタントなら数回飲んだことがあるくらいで、本格的な珈琲を飲むのは初めてだ。


「いい匂い……」

 つい、声に出してしまった。


「でしょ。共感してもらえてうれしいよ」

 相良さんがニコニコしながら口にした。


(えっ、ブラックなの!?)

 確かに、珈琲好きならブラックは普通かも知れない。しかし、初心者の私には『ブラック』の選択肢はまったくなかった。


(この場面で、ミルクと砂糖は入れられない……よね)

 意を決して、珈琲を口にした。


「苦っ……」自然に出てしまった。

 その言葉に『はっ!』となり、二人の顔を見た。


 店員はほほ笑んでいたが、相良さんはニヤニヤしながら何か言いたそうな顔をしている。


「なっ……なんですかっ!?」

 恥ずかしさを隠すように、強い語尾になってしまった。


「いや……なんでもないよ。美味しいでしょ、これ」

 相良さんはニヤニヤしたまま、同意を求めてきた。


 さすがにバレたと確信し、開き直った。

「はい。ミルクと砂糖があれば、もっと美味しいでしょうね」

 私は少しむきになって答えた。


「ククッ……君は面白いね。初めて会った時も感じたけど、思ったことが顔や態度に表れる」

「しかも正直に受け答えをする。ますます、僕たちの仕事に向いていると感じるよ」


「意味が分かりません」キッパリと言った。


「そのうち分かるよ」相良さんは笑いながら答えた。


 私をからかって、そんなに面白いの?

(やっぱり、バイト断ろうかな……)

 ちらっと、脳裏をよぎった。


「よかったらどうぞ」

 店員がテーブルに置いてある砂糖と、珈琲と一緒に提供してくれたミルクを私のほうに寄せてくれた。


「あ、ありがとうございます」

 恐縮しながら受け取り、気持ち少なめに入れた。


「その量で大丈夫?」

 相良さんが、ニヤニヤしながら聞いてきた。


「大丈夫です!」

 これ以上恥をかかないよう、きっぱりと返答した。


 ニヤニヤが止まらない相良さんにイラッとしたので、「珈琲ハラスメントですね!」そう言った瞬間、二人が吹き出した。



   そして私は、苦めの珈琲を口にした。