喫茶 たゆたい探偵所


 そして翌日、地縛霊と遭遇。

 一応、持ち歩いていたメガネを半信半疑で使用してみた。すると『すりガラス』越しに見るような感じに視え、びっくりした。


「す、すごい……本当だったんだ……」

 私は、人生が変わるほど感激した。


 それからはメガネなしでは生活できないほど、ありがたいものになった。

 日常はもちろん、何よりも助かったのが通学だ。

 あんなに周囲を気にしながら歩いていたのを忘れるほど、快適に過ごすことができた。

 そのおかげで、公園で時間を潰すこともなくなった。


 二週間ほど経過し、名残り惜しいが、名刺の住所まで返しに行くことにした。

 自宅から数駅離れた場所。スマホ片手に、お店を探した。


 名刺通りの『喫茶 たゆたい探偵所』の看板。

 雰囲気がレトロチックで、おしゃれな喫茶店だった。


(突然来ちゃったけど…… 会えるのかな)


 一人で入る初めての喫茶店。緊張でドキドキする。

 なぜか周囲をキョロキョロ見渡し、決意してドアを開けた。


『カラン、カラン』と、懐かしい音が鳴った。

 店内には数人のお客さんと、カウンター内に男性がいた。

 この店のオーナーなのだろうか、それにしては若い。30歳くらいに見える。


「いらっしゃいませ」と声をかけられた。

 ぎこちない会釈をし、店内を見回す。


 あの男性がいる気配はなかった。
 躊躇しながらも、名刺を店員に見せて事情を話す。

 すると、名刺を見た店員はニコニコと笑っている。

「あの人のお眼鏡にかなったんですね。それって、珍しいんですよ。この名刺、久しぶりに見ました」と私を見ながら、なぜか『うんうん』と頷いていた。


 意味が分からないが、メガネをカウンターに置き、店員に会釈をして店から出ようとした。


「ちょっと待って下さい、そろそろ帰ってきますから。その名刺を見せると飲み物が無料だと聞いていませんか?」と言われた。


 確かに、そんなようなことを言っていた気がする。

 カウンターに座るよう促されて、少し待つことにした。


「何にします?」

 店員に聞かれたが、メニューを開くことに気が引けたので、無難に「オレンジジュースをお願いします」と伝えた。


 店員と他愛もない話を数分ほどしていると、あの時の男性が入ってきた。

 男性は私を見ると「来てくれたんだね」と、にこやかな笑顔を見せ、私のとなりに座ってきた。

 会釈をし、私は使用した感想を述べ、感謝の言葉を添えて返却した。


「なるほど。霊が視えすぎるのも考えものだね」

「君がそこまで私生活に問題が出ているとは想像していなかったよ」


 うんうんと、一人で納得していた。

「ということは、これがないと今後の生活に支障が出るのでは?」

 ニコニコしながら言ってきた。


 正直、あると大変助かる物ではあったが、売り物ではないはず。仮に売り物であっても、私には財力もない。


「君さえよければしばらくの間、貸すことができるよ。条件はあるけど」

 男性は含みのある笑みを浮かべた。

 店員も会話を聞いていて、
「久しぶりの勧誘ですか。珍しいですね」と、笑みを浮かべて私と男性を交互に見ていた。


 何がなんだか分からない。

 変な勧誘や組織に入れられると思い、
「メガネありがとうございました。そして、ごちそうさまでした」

 そう言って、私は席を立った。


 私の考えを察した二人は慌てて、
「違う、違う。変な勧誘でも宗教でもないから。人のために役立つ仕事だから」と、私の不信感を払拭しようと一生懸命弁明し始めた。


 二人のあたふたした様子に吹き出してしまい、一応話だけでも聞いてみようと思った。


 内容はアルバイトをして欲しいとのことだった。

『未練や言い残したことがある遺族と霊の橋渡し』の仕事らしい。

 遺族はもちろん、亡くなった人の側にも生前に伝えられなかったことを悔やんでいる人は少なくないとのこと。


 男性は続けて私に語りかける。


「君のように解像度が高く視える人は数少ない」

「しかも会話もできる」

「需要はあまりないので安定した収入は期待しないでもらいたい」

「ただ、うちで働いてくれるなら、この店の飲食代はいつ来てもタダにしてあげる」

「ぜひ、うちでアルバイトとして働いて欲しい。亡くなった人の遺族は感謝してくれる……人のためになる仕事だから」


 男性は、私の『人と違う部分』を肯定し、受け入れてくれた。


 しかし私は、「少し考えさせてください」と言い残し、改めて「ごちそうさまでした」と言って、お店から出ていった。


(霊との橋渡し? なにそれ。そんな仕事初めて聞いた……それに霊の言葉だからと言って、相手は信じてくれる訳がない……)


 そんな仕事をすれば、いままで以上に嫌な思いをすることは想像できた。


「これ以上、変な目で見られるのは嫌……」



 ぼそっとつぶやき、今日の出来事を忘れようと思いながら家路に向かった。