キスの練習相手は幼馴染で好きな人【改稿版】


「柚佳、来て……」

 繋いだ手を引いて導く。靴を脱いだ柚佳を、奥の居間へと連れて来た。立ったまま、彼女と向かい合う。反対の手も繋ぐ。

「どうして、オレと花山さんが両想いだって思ったの?」

 視線を合わせ、真剣に問い掛ける。
 瞳を逸らされる。でも今、聞かないと。柚佳との溝が、これ以上……深まらないうちに。

「柚佳!」

「~~~っ!」

 彼女は唇を噛んで、言うのを迷っているような素振りをした後に。ぽつりぽつりと教えてくれる。

「一週間くらい前、美南ちゃんに聞いたの。…………海里から、ラブレターもらったって」

「はっ? ラブレター?」

「う、うん」

 驚いて聞き返すと、柚佳もオレの様子に驚いたように目を瞠っている。

「オレ、書いてないけど」

「私も最初は、そう思ったけど……。手紙を見せてもらって、分からなくなった。海里の字と似てたから」

「でもさ。それ……オレに直接、聞けばよかっただろ?」

 呆れて溜め息をつく。

「美南ちゃんに口止めされたの。その手紙にも、恥ずかしいから誰にも言わないでほしいって書いてあったし。海里に聞いたら、美南ちゃんが私に教えたのバレバレでしょ?」

「手紙には、ほかに何て書いてあった?」

「あー、えーと……。『ただ、好きなのを知ってほしかった。オレにとって花山さんは到底、手の届かない人だから。この想いは、心に秘めている』とか、だったかな」

「クサい文面だな」

「ええと。本当に、海里じゃないの……?」

 目を丸くして見てくるから、心底呆れる。細めた目で見返す。

「……まだ信じてないの?」

 握っていた相手の左手を放す。その代わり。自由になった右手で、短めのポニーテールを弄ぶ。

「ねぇ。何で家と学校で、髪型を変えるようになったの? 前は、ずっと。ポニーテールだったのに」

 柚佳はオレを見たまま黙っている。

「オレが前、下ろしてるの似合ってるって言ったから?」

 指を引っ掛けて、結んであったヘアゴムを外す。解けた髪が、彼女の肩に落ちる。

「凄く、可愛いんだけど」

 繋いでいた方の、手の指を絡める。滑らかな髪の間に差し込んだ右手で、後頭部を押さえて。息さえ奪うように。深く追及する。

「ごめっ……んううたがっ……て」

「許さない」

 合間に涙目で、許しを請われたけど。まだ怒っている。

「柚佳はさ。オレと花山さんが、付き合ってもいいと思ってたんだ?」

 彼女の顔に掛かった髪の毛の房を整えながら、気になっていた事を聞く。柚佳は視線を横へ逸らし、少しむくれているような表情だ。

「本当は嫌だったけど。一番でないのも。海里にとって、ただ一人の人になれないのも。気が狂いそうになるくらい、嫌だったけど。綺麗に諦め切れなくて。美南ちゃんに内緒で、海里とキスしてる自分も汚いし。嫌いだった。……ずっと、海里が好きだったから。『私を好きになって』って、いつも念じてた」

 思わず笑う。

「知ってる」

 見つめられる事が、何度もあった。きっとその時に、思っていてくれたのだろう。納得した。


「海里。朝の告白の返事は、まだ間に合いますか?」

 繋いでいる方の柚佳の手に、緊張したように力が入ったのを感じる。彼女は真っ直ぐに、オレの目を見て……その言葉を口にする。

「私ずっとずっと……海里と恋人になりたかった。どうか、私と付き合ってください」

 泣きそうになる程の感動と、抱きしめたくなる衝動を抑えて。皮肉を込めて笑う。

「でもさぁオレ、キスの上手い子が好きなんだよね。確か」

 散々。オレの気持ちを信じてくれなかったから。反撃を始めようと思う。
 ニコニコしていると、彼女も過去の言動を思い出したようで。慌てた顔をしている。

「ごめんってば!」

 柚佳の口調から、誤解が解けた事を確認する。
 やっと……オレの想いが通じたみたいだけど。簡単には許さない。それ相応に『誠意』を見せてもらう。

「ははは。柚佳のキスが上手ければ、何も問題ないじゃん。今まで練習したんだし。オレをイチコロにできるよね?」

 我ながら、何て事を言ってんだと思うが。もうこの際、何でもいい。彼女が、どのくらいオレの事を好きなのか知りたい。ただ、調子に乗っているだけとも言える。

「海里~~っ」

 凄く睨まれたけど。強がって必死な彼女も、物凄く可愛い。
 オレに相当な余裕が生まれたのは。柚佳の心が既に、こちらの手の内と分かってしまったから。




「よっ、よく考えたら。海里って、私としたキスが初めてって言ってた! ほかの子とした事ないって……! ヒドい! じゃあ、私と同じじゃん! 何で先輩ぶってんの?」

 柚佳には、今しがたまで『誠意』を見せてもらっていた。簡単に説明すると。キスの主導権を任せて、思う通りにさせていた。

 彼女はもちろん、オレをイチコロにするつもりで臨んだんだと思う。けれど、動きはギクシャクぎこちないし。恥ずかしいのか、いちいち戸惑っている様子で。予想に違わず、ポンコツだった。

 そんな奴に。オレは……。

 思い出して、頭を押さえたくなる。

 まだ全然、慣れていない柚佳の反応が堪らなくオレに刺さって。派生する不埒な感情を気取られないように必死だった。当初は相手を侮って、余裕ぶっていたけど。彼女を手に入れたくて、夢中になっていた。

 ……あれ? これって、イチコロにされてる?



 一頻り終わってから。先の彼女の発言を受け、オレなりに答える。

「ははっ。お前に余裕がないだけだろ?」

「くっ……! 今に、ぎゃふんと言わせてやるんだから!」

 今のままで十分、ぎゃふんと思っているのは表に出さず。余裕ぶって微笑む。

「できるもんならやってみろよ。返り討ちにしてやる」

 あっ! しまった。つい。売り言葉に買い言葉で、煽ってしまった。

 理性の糸が張り詰めているのに、二回戦が始まる。

 もうそろそろ、限界だ……!

 余裕がついに底を突きそうだった、その時……。陽介が帰って来てくれた。この時ばかりは、弟が救いの神のように見えた。


 色々と舞い上がってて、忘れていたけど。オレたちって今、付き合ってるのかな?
 柚佳に告白の返事をしそびれた。それと、大事な案件を聞いていない。柚佳と篤の関係についてだ。本当にポンコツなのは、オレの方だ。


 テストも近いので、深夜に勉強をしている。家族が起きている時間は、話し声やテレビの音で集中できないから。彼らが寝静まった後でないと捗らない。

 けれど今日は。柚佳の事で頭がいっぱいで、何にも手が付かなかった。

「はぁ……」

 溜め息をついて、シャーペンを置く。これが、恋煩いというものかもしれない。厄介だ。

 だけど、彼女がオレの気持ちを受け入れてくれたのだと考えると。得も言われぬ嬉しさに満たされる。

 暫く、机に突っ伏していた。




 次の日は曇りだった。小学校前のバス停に柚佳がいる。

「……あ」

 彼女もオレに気付いて、少し戸惑ったように視線を逸らす。

「おはよう」

「はよっ」

 隣に並んでバスを待つ。俯いている相手を、こっそり横目に窺う。

 ふと、視線が合う。柚佳は驚いたように少し目を見開いたけど、何も言わず……また車道の方へと顔を逸らす。

 幼馴染が、今日も安定に可愛い。


「……あのさ」

 バスの到着が遅れているようなので。昨日、聞きそびれた件を確認する。声を掛けると。柚佳が顔を上げて、こっちを見た。

「オレたちって。今、付き合ってる?」

 少しドキドキして、視線を彷徨わせながら尋ねる。チラッと表情を窺う。
 びっくりした様相で、目と口を開いていた彼女は。やがて、太陽の光が零れるような微笑みを見せた。

「付き合ってる! 絶対に、そう!」

 言い切って、手を握ってくる。付き合っているという事実と、柚佳から繋いでくれたのが嬉しくて。じーんとする。

 再び目を戻すと、こちらを見ていた彼女と視線が重なる。

 いつもの短めのポニーテールに、いつもの制服姿な。幼馴染の女の子。でも今は、いつもと違って見える。眼差しや、ちょっとした表情のキラキラした感じ。愕然とする。

 オレの彼女は、最高に可愛い。

 見つめ合っているところへ、バスが来た。パッと、手を放される。この時間のバスには、同じ学校の生徒も多く乗っているからだと思う。

 乗車しようと歩いている時に頼まれた。

「だけど、まだ。美南ちゃんには言わないで。私が言うから」

 伏目がちな、その表情は。さっきまでと違い、陰りを帯びている気がする。



 教室の自分の席へ着いてから思い至る。結局、篤と柚佳の関係について聞けなかった。
 柚佳に『付き合ってる』と、認めてもらえたのが嬉し過ぎて。ここに来るまで、そればかりを考えていた。

 柚佳のいる方を、チラ見する。彼女は学校用の澄ました顔で、鞄から取り出した教科書やノートを机に移しているところだ。柚佳は何をしていても可愛いなと和む。

 浮かれまくっていたオレは。忍び寄る暗雲に、気が付いていなかった。

 視界の端から。今、一番。目に入れたくない人物が侵入して来る。柚佳の側に立ち、彼女に話し掛けている。

「一井さん、おはよう。ちょっと話があるんだけど。いいかな? ここでは言いづらくて。少しの間……場所を変えても大丈夫?」

 柚佳は座った状態から、その人物……桜場篤の顔を見上げる。そしてチラリと、こちらへ目線を移動させてくる。

 ダメだダメだ。行くな!

 心の中で念じて、首を必死に横に振る。
 柚佳の視線に気付いた様子で、篤もこちらへ体を向ける。

「ああ。沼田君か。悪いけど、沼田君に聞かれたくない話なんだ」

 ガタッ。

 思わず、椅子を倒しそうな勢いで立ち上がる。柚佳が焦ったように言い放つ。

「わ、分かった! 話を聞く。行こう」

 篤に続いて教室の外へと歩む彼女が、廊下へ出る直前。足を止めて、こっちを見た。心配そうな顔で。だけど、何も言ってくれなかった。二人の足音が遠ざかる。

 呆然となって。椅子に座り直す。机の上に目線を落とした。

「え? オレ、彼氏なのに」

 ポツリと。声が漏れてしまう。普通こういう時って、彼氏を優先してくれるもんじゃないの?

 クックック……と。小さめに笑う声が聞こえてくる。

「ふーん? やっぱり。付き合ってたんだ」

 内緒話をするように口の横に手を当てた花山さんが、右隣の席から喋り掛けてくる。目を細めた、含みのありそうな笑顔を向けられている。いつもの彼女のイメージと違って、どことなく妖艶な雰囲気がある。

「……昨日から」

 釣られて、声を抑えて答える。そして、ハッとする。『美南ちゃんには言わないで』と。柚佳に言い含められていたのを思い出す。

 ヤバっ! 言っちまった。

「そうなんだぁ」

 花山さんの笑みが増す。表情を読まれている気がする。何か怖い、この人。

「でも私、諦めないから」

 彼女は立ち上がると、オレの右手を両の手で握ってくる。周囲にいるクラスメイトたちの、どよめきが聞こえる。オレも何でこんな状況になっているのか分からず、動揺が半端ない。

「今日の放課後、私とデートして」