キスの練習相手は幼馴染で好きな人【改稿版】


 遊園地へ到着したオレたちは早速、ジェットコースターのある場所へと向かう。

 バスを降りて遊園地へと歩む途中、最初に何に乗るかという話題で盛り上がっていた。篤妹がジェットコースターに乗った事がないと言っていたので、話がまとまった経緯がある。

 篤妹は目を輝かせている。

「私、ジェットコースターに乗るのが夢だったんです!」

 順番待ちの間も、女子たちはお喋りしている。篤妹が、そわそわした様子なのを。篤が見守っている。奴が口元を綻ばせているのを、見てしまう。
 オレには分かる。妹に対する眼差しではない事が。度を越している。普通の奴がしたら「ニヤニヤ」になるところも、篤だと絵になるから……イケメンは狡いと思う。

 オレには心配事がある。

「柚佳……大丈夫なのか? ジェットコースター。お前、車酔いする事あったよな? 激しい乗り物、だめじゃないのか?」

「大丈夫! ジェットコースター、大好きなの!」

「そうか……」

 嬉しそうな柚佳に。オレはそれ以上、何も言えなくなる。
 隣にいるマキが、下を向いて小刻みに震えている。

「マキ、お前――」

 マキに話し掛けようとしていた時、オレたちの順番が来た。階段を上った先で、ジェットコースターに乗り込む。

「柚佳ちゃんの隣は、私!」

 花山さんの腕が、柚佳の腕に絡まる。柚佳の隣に座るというポジションを、見す見す奪われる。オレの反応を面白がる様子で、花山さんからニヤリとした視線を寄越される。

「えっ! えっと?」

 柚佳が何度も、オレと花山さんを交互に見る。
 彼女は花山さんに誘導されて、ジェットコースターの一番前の席へ座らされている。花山さんの後方の席にはマキが座る。その隣にオレ、オレたちの後ろの席に篤と篤妹が座った。
 柚佳が、何かに戸惑っている様子で振り返ってくる。

「柚佳? もしかして、やっぱりジェットコースターが……苦手なんじゃないのか?」

 もう一度、聞いてみる。

「違うの。そうじゃなくて……」

 柚佳の視線が、オレの隣へと移る。

「え?」

 疑問に思ってマキを見ると、顔色が悪い。その頃には、ジェットコースターは動き始めていて。いつの間にか、高い所へと運ばれていた。落ちる。
 ふわっと。ひと時、浮遊する感覚があって…………その後の事は、思い出せない。乗っていたほとんどの時間で、目を閉じていたからかもしれない。



 ベンチに座って、空を眺めている。クジラに似た雲が、段々と違う形になっていく様を。ぼーっと、目に映しているだけの時間。
 隣で、ベンチの背もたれにダラッと背中を預けている……親友が呟く。

「あー。かっこわりぃ。何で一発目から、ジェットコースターなんだよ。わざとか? 美南ちゃんは、俺が……ジェットコースターが苦手なの、知ってたよな……」

「ドンマイ。でもお前、気を付けろよ。いくら柚佳たちが近くにいないからって。今日は一日中、マキのフリしておけ」

「今、胸の辺りがムカムカしてて。それどころじゃない」

「オレも、そんな感じ」

 同意して、また空を見る。雲が増えてきたな。まさか。雨、降らないよな?

 ……柚佳を心配するフリをして、苦手なジェットコースターに乗らなくて済む口実を探したけど。ダメだった。初めて柚佳と遊園地に来れて、苦手だから乗れないとは言えなかった。結果……今はマキと二人で、ベンチに座って休んでいる。

 ジェットコースターから降りた後、具合の悪くなったマキとオレの為に……柚佳と花山さんは、飲み物を買いに行ってくれてる。トイレに行きたいと言い出した篤妹と、一人で行かせるのは心配だからと言い残し付いて行った篤は。トイレを探しに行ったまま、戻りが遅い。迷っているのかもしれない。

「お前、正直に言えばよかっただろ? ジェットコースターは苦手だから乗らないって」

 オレも、そんな事を言える立場じゃないけど。言ってしまう。

「言える訳ねーだろ! もしかしたら、今なら苦手なのも克服できるかもしれないって思っちまったんだよ! 俺が愚かだったよ!」

 立ち上がった親友が、キレ気味に反論する。オレたちの近くを歩いていた親子が、早足に通り過ぎて行く。

「お前、その格好で男声出すなよ。めっちゃ怪しまれてるぞ」

「あいつらにバレなかったら。そんな事、どうだっていい」

 ボスンと、もう一度ベンチへ座って怒りを表すように腕組みしている親友……マキ姿の和馬を眺める。
 今日は白の膝下までの長さのタイトなスカートに、黒のハイネックのインナーとワインレッドのカーディガン、黒タイツという出で立ちだ。

「その服、どうやって調達したんだ?」

 女物の制服といい。日頃、気になっている謎について尋ねる。マキは、ぶすっとした顔で返答する。

「姉貴に借りた」

「へえ。もしかして。お前のその趣味も、お姉さん譲りなのか?」

「俺の趣味じゃねーし! 姉貴の趣味だ! 美容師やってて、よく化粧の練習台にされてた。だから覚えちまって、自分でもできるようになった」

「なるほど」

 親友の苦難の歴史を聞いて笑った。和馬は細いし、顔も中性的なタイプだ。けれど。そこから、こんな美少女が生まれるとは。

「お姉さんスゲーな」

 腹を押さえて笑った。いつもなら「他人事だと思って! 俺の身になってみろ!」とか言い返される筈の場面で、急に静かになった親友を不思議に思う。顔を上げる。

 十メートルくらい前方に、飲み物を胸に抱えた花山さんと……柚佳。立ち止まっていた彼女たちと視線が重なる。柚佳が目を見開いて、凝視してくる。

 …………今の話、聞かれた?


 頬に冷たい雫が当たる。雨が降り出したと気にする余裕もない。オレたち四人は、立ち尽くした。



 まさか……聞こえてたのか?

 思わず立ち上がって、柚佳の方へ歩もうとしたけど。彼女が表情を歪めたのを見て足を止める。
 ……まずい。柚佳に知らせず秘密にしていたから、嫌な気持ちにさせてしまったかもしれない。

「えっと、柚佳」

「あっ! 雨、降ってきちゃったね! まだ来たばっかりなのに!」

 話始めたオレの声は、柚佳の出した不自然に大きめな声に遮られた。

「そ、そうね。でも、まだ小降りだし。あと一つくらい、何かに乗れるんじゃない?」

 花山さんが口の端をヒクヒクさせながら、無理やり作ったような笑顔で提案する。
 その時。今いる広場の中央を走って来る人影に気付いた。篤と篤妹だ。

「すみません。トイレ……結構、人が並んでて。遅くなりました」

 膝に手を置いて息を整えている篤妹。その斜め後ろに立つ篤は空を見上げた後、オレたちに微笑する。

「雨、降ってきたね。妹がメリーゴーランドに乗りたいらしいんだよね。帰る前に、行ってきてもいい?」

「ちょっ……! お兄ちゃん!」

「あー、うん。分かったわ。じゃあ……終わったら正門の横にある、お土産屋さんで落ち合いましょ」

「分かった」

 花山さんにニッコリ返事をした篤は、こちらに背を向けて歩き出す。

「行こう美緒」

「待って、お兄ちゃん! メリーゴーランドは、こっちだよ!」

 篤は篤妹に引っ張られ、九十度右方向へ連れて行かれた。妹と手を繋げて嬉しかったのか……反対の手で口を隠し、目をギラつかせている。
 篤を見て思う。幸せな奴め。残ったメンバーは、まだ微妙な雰囲気だ。

「あっ! すぐそこに観覧車があるわね! あれに乗りましょ? せっかく来たんだし。桜場君と妹ちゃんも、あと二十分は掛かるわよ」

 花山さんが、沈黙していたオレたちに助け舟を出してくれた。



 観覧車へ向かう途中、隣を歩く柚佳を窺う。こっそり横目に見ていたけど、気付かれてしまった。

「ん? ……何? 海里」

「さっきの事だけど……話、聞こえてた?」

 思い切って尋ねる。

「さっきの事? もしかして、海里とマキちゃんが話してた内容? ……ううん。何も聞こえてないよ」

 それまで微笑んでいた柚佳は、少し顔を曇らせ俯く。聞こえてないと言いながら、元気がない様子の彼女に焦る。

「本当に?」

 もう一度、確認する。
 顔を上げた柚佳は……笑っていた。

「うん。本当だよ? 私に聞かれちゃ、まずい話だった?」

 笑うのをやめた彼女に、綺麗な大きい瞳で見つめられる。言葉に詰まる。
 そんなオレへ柔らかく微笑みを浮かべ、先に観覧車へと進んで行く幼馴染の背を追う。


 係員の指示で、ゴンドラに乗り込む。直前で、花山さんが言った。

「あ! ごめんね私、さっき飲み物買った所で、忘れ物したみたい。取りに行くから……柚佳ちゃんと沼田君は観覧車、楽しんで来てね。マキちゃん、行くわよ!」

 花山さんがマキの腕を引っ張って、階段を下りて行く。その間も観覧車は動いていて、下の方で手を振っている二人が見えた。

 ゴンドラ内、オレと柚佳は右のシートに並んで座っていた。奥側に座る柚佳を盗み見る。
 彼女は右を向いている。外を眺めているようだけど、オレに怒っているから、顔も合わせたくないのではと勘繰ってしまう。すぐ隣にいる筈なのに……今日ここへ来る前より、距離ができてしまったように感じる。

 行きのバスの中では、こんな展開になるとは思っていなくて。随分、浮かれていた。無邪気に笑う柚佳が可愛くて『触りたい、キスしたい、抱きしめたい。ここが外じゃなければよかったのに』と、欲深い事を考えていた。

 今まで色々あったオレたちだけど。これじゃまるで……柚佳の気持ちが分からなくて、悩んでた頃に戻ったみたいだ。やっと想いが通じ合えたと思っていたのに。

 彼女は気付いているか、もしくは疑っているようだった。柚佳には秘密にするんじゃなかった。後悔するけど今更遅い。謝るなら早い方がいい。拗れるのは、もうゴメンだ。

「柚佳。あのさ、さっきの事なんだけど。黙っててごめん。気付いてるかもしれないけど『マキ』はさ……」

 そこまで言った瞬間、柚佳が勢いよく振り向いた。怯えたように目を見開いて、下唇を噛む仕草をした彼女に思い至る。

 えっ、オレ……何か失言した?

 自らの言動を振り返ろうとする。ゴンドラは大分、高い位置まで上昇していた。

 ギイと揺れる。

「……えっと」

 状況が正しく理解できなくて。取り敢えず、何か言おうとする。オレの胸に縋るように抱き付いてきた柚佳の頭部が、目前にある。

「柚佳?」

「ダメ。絶対に許さない」

 柚佳が顔を上げる。その表情を知る間もないまま、唇に柔らかいものが触れるのを感じる。

 ……?

 一旦……離れた彼女の唇が、再び押し当てられる。オレの首の後ろに細い腕がまわされ、上半身が密着している。

「えっと、その……、待って」

 断りを入れ、柚佳の肩を掴んで体を離す。困惑している心の隅で思考する。

 あれっ? ……常々、邪な事を夢想していたのは認める。バスの中でも、彼女の可愛さに負けて伸びそうな手を引っ込めるのに苦労していた。

 これは夢? オレに都合のいい夢?

 オレに両肩を掴まれている柚佳は、今にも泣き出しそうに顔を歪めているのに……口角を上げる。彼女の異変に焦燥が湧く。居ても立っても居られなくなって、気が付いたら問い詰めていた。

「今日のお前、おかしいよ。どうしたんだ? バスに乗ってた時も、いきなり手を繋いできたし。ほかの奴が近くにいるのに、オレにくっついてくるし……。いつものお前なら、恥ずかしがってしないだろ?」

「わざとだよ」

「そうか、わざとだったのか……って、え?」

 柚佳の返答に耳を疑う。戸惑っているオレへ、彼女が告げる。冷たくも思える、感情の読めない目をして。

「わざと、そうしたの」