「そんなに好きなら、何で別れたんだよ? 一度は、付き合ってたんだろ?」
花山さんとの事を聞いてみる。
一旦、落ち着いたオレたち。オレは気が抜けて、階段に腰を下ろしている。右手にある壁の側に置いていたコンビニのレジ袋から、紙パックのカフェオレを取り出し……振り向いて、ドア横の壁に背を預けて立つ和馬へと投げる。キャッチした和馬は奥のロッカーの方へ視線を逸らし、ボソッと何か言った。多分、礼だろう。オレもストローを刺して、一息つく。
「別れる気は、なかったさ。でも、気持ちが揺らいでいた時もあった」
神妙な声の後に、ズゾゾ……とストローを啜る音が聞こえる。
「もう飲んだのか? はえーよ」
呆れた目で後方を向くと、空になって握り潰された紙パックが放り投げられて、ついキャッチしてしまう。仕方なく袋に戻す。背中に、和馬の声が届く。
「ほら、美南ちゃんって可愛いだろ? 俺なんかで釣り合うのか、不安になってた時期があって。俺が一方的に好きなだけで、美南ちゃんは本当は……俺に合わせてくれてるだけなんじゃないかって。それで、試すような事しちまったんだ」
足元の階段を見つめながら、和馬の話を聞く。……その気持ちは、何となくだが分かる気もする。
以前……柚佳と篤がオレの知らない関係だと嫉妬していた時に、柚佳を追い詰めて泣かせたいと思った事があった。冷たい態度を取ったり、不機嫌になったりして……それでも柚佳は、オレを好きでいてくれるのか知りたかった。
「他の女の子と仲良さそうに喋ってたら、妬いてくれるかなって。教室で決行して、美南ちゃんの様子を見てた。美南ちゃんが少しイライラしてきて、よしっ! 俺も好かれてるぞ! ……と、実感したのはよかったんだ……」
「いや、よくないと思うけどな」
オレのツッコミには応えず、和馬は話を続ける。
「喋ってたクラスの女子が、勘違いしちゃってさ。俺が……その子を好きだっていう噂が流れちまって。あの頃、美南ちゃんと付き合ってるの秘密にしてたから。余計に拗れて。美南ちゃんに愛想尽かされた。ははっ」
笑っている和馬を、横目に睨む。全然、笑えない。
「でも、好きなんだよな? 花山さんの事。今でも。オレと柚佳の仲を妨害しても、篤と付き合わせたくなかったんだろ?」
「……ああ。きっと、死ぬまで好きだよ」
「それ……花山さんに直接、言えばいいのに」
「美南ちゃんは、俺が本気じゃないと思ってる」
美少女姿の和馬は下を向いて、自嘲するように微笑した。
赤みを帯びた光が、ドアの上にある窓から差し込む。少し俯いた親友の、陰になった場所にいても光を宿す意志の強そうな瞳が印象的だった。
「それでもいい。何度でも言うから。いつか、ちょこっとでも伝わるだろ。あっ、でも。美南ちゃんが他の奴と付き合うのは我慢できないから、妨害しまくるけどな!」
余計な台詞を付け足してきた。オレは自分の頭を押さえ、下を向く。
「か~ず~ま~」
低く、くぐもった声が響く。
「ひえっ?」
少しビクついた和馬は、横に目を移す。奥のロッカー側面にある悪霊の顔に似た錆が、不気味に唸ったようにも感じられる。
「ま、まさか?」
思い至ったのだろう。泡を食った顔をしてロッカーに近付き、扉を開けている。
「うわあっ!」
叫びが放たれる。床に置いてあるバケツに足をぶつけている、親友を見守る。
ロッカーの中から、悪霊にも劣らない顔をした花山さんが出て来た。
「よくも、騙してくれたわね!」
花山さんが腕組みして、和馬を見据えている。圧のある顔で。
「え? え? どういう事だっ?」
和馬は頻りに、オレと花山さんを交互に見ている。聞かれたので答える。
「そういう事だよ」
「お前っ! 助ける気ゼロだろっ!」
「そもそも、自分で蒔いた種だろ? オレは、お膳立てしただけだ」
「仕組んだなっ! 約束と違うじゃねーかっ!」
取り乱す相手を、鼻で笑う。白けた目を向けてやる。
「おいおい。お前のした事に比べたら、大した事じゃないよな。先に、そっちがオレと柚佳の邪魔をしたんだろ? 身から出た錆ってやつじゃね? ま、これでチャラにしてやるよ」
「俺っ、俺……! さっき、何か言ってたよな……? あんなの、愛の告白じゃん! うわっ、恥ずっ! しかも今、こんな格好だしっ!」
いつも花山さんに「好きだよ」とか、恥ずかしげもなく言いまくっている癖に。自身も知らない内に聞かれてるのには、うろたえるんだな。変な奴。
それはそうと。顔を手で覆っている姿は美少女なのに。身悶える声がいつもの和馬で、違和感が半端ない。まだ、慣れない。
「私っ、私……信じちゃったじゃない! ラブレターの件! 沼田君は私を好きなのかもって。大事な友達から、好きな人を奪おうとしたのよ? 違うって分かってからも、引くに引けなくなったし……。よくも私を、悪の道に引き込んだわね! 私も十分、悪の素質あったけどさ!」
「俺っ……美南ちゃんと一緒なら、悪の道を進んでも天国だよ……あてっ」
アホな事を言っている和馬の頭を、花山さんがはたいた。和馬の被っていた黒髪ロングかつらが、少しズレる。
「沼田君」
花山さんがオレの方へ向き直る。
「本当にごめん。元々、柚佳ちゃんと両想いだったのに。拗らせちゃって。お詫びをさせて」
「いや、いいよ。きっと、何もなかったら――柚佳とは、ずっと……ただの幼馴染のままだったかもしれない」
篤の事もそうだ。切羽詰まったから……動かないと柚佳を取られると思ったから、行動できたんだ。何も起きなかったら、何もないまま。生温い湯に浸かるように、幼馴染のまま。篤じゃなくても……他の奴に柚佳を奪われる未来だって、あったかもしれない。
「いい切っ掛けだったと思う事にするよ。おかげで柚佳が……花山さんにオレを取られると思って、焦ったっぽいし。あいつの気持ちが解らなかった時は、不安だったけど。今、思えば。感謝してもいいくらいだ」
笑い掛ける。花山さんが大きく開いた目で凝視してくる。しみじみと言われる。
「沼田君……。あなた、ほんとに。いい男ね」
「ちょ? 美南ちゃん?」
オレへの賛辞に、和馬が反応する。花山さんは和馬を無視し、オレへ微笑んでくる。
「やっぱり、お詫びはさせて?」
「お、お詫び? 美南ちゃん、何をするつもりなんだ」
キョドっている和馬を、やっぱり無視して……花山さんは、話を続ける。
「今度の土曜日……あさってなんだけど。一日、空けておいてほしいの。一緒に、行ってもらいたい所があるんだけど」
「……美南ちゃんっ?」
花山さんのオレへの要望に、無視され続ける和馬は半泣きだった。
オレたちの住む地方都市にある中では、一番大きな商店街。その近くにあるバス停に土曜日の朝、集合した。花山さんの意向で……オレのほかにも柚佳、篤、篤の妹の美緒も来ている。昨日誘った。そして、もう一人……。
見知った顔触れの中にいる美少女に、オレの隣にいる柚佳の目が見開かれる。
「写真の子!」
柚佳の小さな呟きが、耳に届く。心なしか、少し睨むような険しい表情をしている。
「何で……あの子も一緒なの?」
独り言の如く囁かれた疑問は、オレにしか聞こえていなかったようだ。柚佳の変化に気付いていない様子で、花山さんが明るく言う。
「さあ。皆、揃ったし。バスも、丁度いいところに来たし。行きましょう! 今日は、よろしくね」
首を右に少し傾けて、ニッコリと微笑んでいる。
花山さんは、ここ最近……彼女の父親の伝手でもらった遊園地のチケットを、いつ使おうかと考えていたのだと聞いた。有効期限も迫っていて。今回が使い切る、いい機会と……オレたちを誘ってくれた。
そして何故、和馬が「マキ」の格好で参加しているのかと言うと……。
これは花山さんが企画した「罰ゲーム」だ。今日一日「マキ」が「和馬」だと……柚佳と篤と篤妹にバレないように過ごせという指令が、和馬には与えられている。
一昨日、和馬の正体が花山さんにバレた後に。こんな話をしていた。
遊園地に行きましょうと言われ、戸惑うオレに。花山さんはニコリと笑う。
「安心して。柚佳ちゃんも誘うわ。ついでに、桜場君と妹ちゃんも誘っちゃいましょう! 楽しみ!」
もちろん、和馬が口を挟む。
「……美南ちゃん、俺は? 俺も行っていい?」
「ダメよ」
花山さんの無情な返答に。黒髪美少女姿の親友が、ぐっと顔を強張らせたように見える。和馬へ妖しく細めた目で一瞥を送った花山さんは、ゆったりと微笑む。
「でも、そうねぇ。『マキちゃん』は、誘ってもいいかもね」
「えっ……?」
和馬が顔を上げ、花山さんを見つめる。彼女の真意が分からないと言いたげに。緊張の窺える面持ちだった。
そして花山さんは愉快そうに首を傾げ、正体がバレなければ和馬の「所業」も、水に流してもいい……だけどバレたら。数多の友人に教えまくってやるわと、悪魔めいた美しい微笑みを浮かべたのだった。
思い返してゾッとしていると、上着の右袖が引っ張られる。前にいる柚佳を見る。振り向いて袖を摘んできた彼女と、目が合う。
「どうしたの、海里。早く乗ろう?」
篤と篤妹は既にバスに乗り、オレの後ろには花山さんと「マキ」が並んでいる。
急ぐように促す柚佳は。今日は若草色の丈の長いシャツに、暗めな紺色のデニムを穿いている。髪は結ばずに垂らしている。休日の外出用私服姿の柚佳。控えめに言っても可愛い。
袖を引かれるままに、バスへ乗り込む。バスターミナルに近いバス停だったからか……乗客は、まだ少ない。
篤たちは一番後ろの向かって右側の席に、詰めて座っている。窓側に篤妹、その隣に篤。
一番後ろの……彼らとは反対側の窓際に柚佳を座らせ、隣に腰掛ける。
篤と目が合って、睨んでやった。柚佳を篤の視界に入れないように、オレが壁にならなければ。
何故か篤は、嬉しそうにも見える笑顔を向けてくる。くっ……! 余裕の差で負けている気がして悔しい。篤はシスコンだと分かっていても。柚佳が可愛いから、気が気じゃない。心変わりされたら困る。
花山さんと「マキ」も、後方へ来る。最後方の座席は五人まで座れる仕様だ。二人とも座るのは無理そうだったので、花山さんと和馬は一つ前の席なのかと思っていた。
しかし花山さんは、オレと篤の間に腰を下ろしてきた。「マキ」は一つ前の窓側に着席している。
「えっと、か……あいつ、一人にしていいのか?」
「いいのよ」
質問したオレに間髪入れず、花山さんが微笑み掛けてくる。口元に手を当てた彼女に、ヒソヒソと教えてもらう。
「あまり喋らない方が、あの子にとっても都合がいいの」
あ、そっか。ほかの三人にバレないようにって事か。でも、せっかくの遊園地。しかも、好きな子と一緒の。きっと和馬だけ、手放しに楽しめないのではないだろうか。いくら色々と、やらかしているからって言っても……難儀な奴。
少し、和馬に同情した。

