家へ着くと、せっかく良いことがあっても逃げ出したい現実を直視しないといけない。
家の敷地へ入って、まず最初に両親がそれぞれ持つ車が定位置にあるかどうか確認する。これは誰が家の中にいるのか知るためにいつからだったか確認する習慣があったのだ。
――今日はお母さんの車だけがない。
それがわかるだけで、気持ちが少し楽になる。
ほっとした気持ちで玄関を開けて、中へ入った。
私は家を出入りするときに『ただいま』など挨拶ぽいことは一回も言ったことがない。
もともとそういう習慣がなく、ただ黙々と靴を脱いで真っ先に自分の部屋に向かった。
学校で着ていた服から、ゆったりとした服に着替える。その後はいつもの通りに動くだけ。
空のお弁当箱と水筒を持って、台所へ向かった。お弁当箱の中を水でつけるついでに、その場で手洗いうがいした。
一石二鳥みたいな行動で、徳をした気持ちになる。
やり終えて、次はどうしようかと考え始めると後ろから急に声がした。
「瞳、帰っていたんだな。お母さんは今日は日勤だ」
「そっか。お父さんなんか手伝うことない?」
「じゃあ、洗濯を畳むのを頼む」
「わかった」
お弁当箱は洗濯を畳んでから洗おうと思いつつ、着るものが干さっている場所へ向かった。
私の家族構成は以下の通り。
働かずに家の家事全般をしている父。看護師をしている母。大学へ行っている姉。そして私の四人家族。
お姉ちゃんは地元にはない大学へ行って一人暮らしをしているため、現在は三人暮らしだった。
洗濯物を取り込んで畳む作業をしながら、お母さんが帰ってくるのが嫌とぼんやりと思う。
私は一般的な本当のお母さんがどういう存在かいまいちよくわからない。
家のことをなにもやらないで威張ってばかりな姿しか見たことがなかったから。たまに私のことをストレス発散機みたいに暴言を吐いたり、嫌みを言う。
だから、いつも様子を伺ってご機嫌をとったり受け流す。
お父さんの負担が多いから、お手伝いをすることが多かった。手伝いをしていると嫌なことを考えずに済むから率先してやっている。
そんな毎日を繰り返していた。
「瞳、進路どうするつもりなの」
――ああ……最悪だ。
あとは自分の部屋に行って寝るだけだったのに、なんでお母さんと廊下で遭遇するんだろう。同じ家に住んでいるから別におかしなことではない。
夕飯では、聞いてこなかったのになんで突然。最近、毎日のように言われる問い。一番嫌なことだった。
「まだ、はっきり決まってない」
「あなたはもう高三なのよ。どんな道選ぶのか知らないけど、進学するのか就職なのか来月中にははっきりちゃんと決めなさい。先生や私たちに迷惑をかけているってわからないの」
そう、私は高校を卒業してからのことをなにも決まっていなかった。クラスの中できっと一番出遅れている。
自分の思い通りに動かない私のことなんてどうでもいいように今までしてきたくせに、そう聞いてくるなんておかしい。
「うるさい」
聞き飽きた言葉だったから、投げつけるように言葉を返した。
「なんで、汐梨みたいに決められないの」
「そこで、お姉ちゃんを出すな」
なんで、いつも誰かと比べようとするの。こんな話なんてしたくない。
声すら聞きたくなくて耳を塞ぎたくなる。
こんな会話に終わりがないと察して、自分の部屋の元へ逃げ出すように走り出した。
「待ちなさい」と後ろから声が聞こえた気がしたけど、そんなものは無視をする。
無事にたどり着くと勢いに任せて扉を閉めて、気力が消えうせたような足取りでベッドへ倒れこんだ。
今日の学校では珍しく良いことあったに、こんな仕打ちなんてないじゃん。
良いこともあれば、悪いこともあるっていうけど圧倒的に悪いことの方が多い。理不尽すぎる世の中。
私はこの先の未来のことなんて考えたくなかった。これから、自分が何をしたいかなんてわからない。
なんとなくで大学や専門学校にいけばいいの。そうじゃなければ、働けってこと。
私はどちらも選びたくない。だから、そらし続ける。
はぁ――と重たい気持ちを吐き出すようにため息をこぼした。息苦しさが増して苦しい。あの問いがストレスになっている。
今日はもう何も考えないでいよう。なるようになれと投げなりになる。
生きていて思うこと。誰かにちゃんと愛されたい。自然体のままでいられる場所が欲しい。……死にたい。
ふと思う気持ち。秘められた単純な欲求と簡単には言い表せられない闇。
現実から逃げるようにそのまま眠りについた。



