死に戻りした色無しの娘は鬼神の愛で花開く~帝都純愛物語~

屋敷での生活が始まってから、早2週間が過ぎた。
豪は花那を気遣い、一緒に朝食を取る時間を作ってくれていた。
花那の記憶では豪は軍の精鋭部隊の部隊長を務めている。
帝都を巡回するだけではなく、隊をまとめ、部下に指示を出したり訓練に付き合ったりする一方で、上官への報告といった事務仕事もこなしている。

また、公にはされていないが精鋭部隊は対禍牛戦闘を主な任務としており、禍牛の活動が多くなる夜間の巡回も重要な仕事だ。
だから豪は日中の仕事だけではなく、任務によっては夜に仕事に行くことも多い。
そんな多忙な中、花那のことを配慮して、こうして食事の時間を過ごしてくれることに、感謝の念を抱くと同時に申し訳なさが募る。

しかし、テーブル越しに座る豪は、疲れなど一切見ずにオムレットを口に運んでいた。
その所作は洗練されていて美しく、思わず見惚れてしまう。
一方で洋食に慣れていない花那は、サンドウィッチを手にして食べるのがせいぜいだ。
そんな豪はカトラリーを持つ手を止めると、ふと顔を上げて花那を見て尋ねた。

「そういえば、部屋に閉じこもっていると聞いたが、具合でも悪いのか? それとも何か不都合でもあるのだろうか?」

そう言った豪は心配そうにこちらを窺っている。

「不都合なんてとんでもありません。皆さんには大変良くしてもらっています。ただ……」

花那はなんと説明していいのか適切な言葉が浮かばず言い淀んでしまった。
豪の言う通り、基本的に花那は部屋から出ない生活を送っている。
それが興津の家での花那の日常でもあり、鬼道家でもそうすべきだと考えたからだ。

「その……この屋敷では仕事を指示されていないので、部屋から出ない方がいいと思っただけです。興津の家でも叔父達から仕事がない時には部屋から出るなと言われていたので」

部屋から出るなと叔父一家に厳命されていたのは、もちろん花那の容姿が人と異なるが故である。
豪や松代は花那の容姿について特段何も言うことはなく、ごく普通の女性と同じように接してくれているが、事情を知らない使用人はきっと花那の容姿を気味悪く思うだろうことは、想像に難くない。

また、興津の家ならば彩の命令で家事や雑用をさせられていた花那は、初日に松代に何か手伝えることはないか尋ねた。
だが彼女には「客人にそのようなことはさせられない」と言われてしまった。
部屋から出る理由を失った花那は、興津家と同じように自室に籠る生活をしていたのだ。

(何か変なことを言ってしまったかしら?)

花那の言葉に、豪は口を開かずじっとこちらを見つめている。
豪はなにやら逡巡した後、ゆっくりとテーブルに肘をついて手を組んだ。
そして面白いことでも思いついたかのように、口の端を持ち上げて笑った。

「では明後日、君の時間を少し貰えないだろうか?」
「それは構いませんが」

突然の豪の申し出に、その真意が分からず花那は首を傾げてしまう。
寧ろ豪の方が忙しいのではないだろうか?
そんな風に思っている花那を見つめた豪の目には、企んだ笑顔とは似つかわしくない慈愛の色が滲んでいる。

「街に行かないか?」
「えっ、街にですか?で、ですが……」

突然の提案に、花那は反射的に自らの髪に手をやってしまった。
今までもこの容姿で出歩くことは極端に避けていた。
もちろん帝都など人の往来の激しいところに行くなど論外だ。
それに、花那が一緒にいては、豪もまた奇異の目で見られてしまう。
そんな花那の心中を察したのだろう。豪は更に提案を続けた。

「もし君がその髪色が気になるのであれば、染粉で髪を染めてはどうだろうか?」
「ですが、豪様のご迷惑にならないでしょうか?」
「迷惑ならこんな誘いははなからしない。君が行きたいか行きたくないかを聞いている」

豪はいつもそう言って花那を想像もしない世界へと誘ってくれる。
同時に花那に選択させようとする。
花那の気持ちを尊重してくれることは理解しているのだが、花那がそれを選んでいいのか不安になってしまう。

(あの時と同じだわ)

興津家から出るか出ないかの選択肢を提示してくれた時と同じように、豪は花那が隠そうとする思いも建前も見逃さないかのようにこちらをじっと見つめた。

「……豪様が良ければ」
「じゃあ決まりだな! 準備は松代さんに頼んでおく」

花那がその申し出を受けると、豪は目を輝かせて満面の笑みを浮かべた。
その笑顔が眩しくて、そして未知の世界へと足を踏み出すことに胸が高鳴り、気づけば花那もまた微笑んでいた。



そして約束の日になった。
花那はいつものように自室の窓際で刺繍をしていた。
興津家にいた時は叔父一家達だけではなく、使用人達の着物のほつれや綻びの修復だけではなく、浴衣まで縫わされていたので裁縫は得意だ。
だから鬼道家に来てからもその習慣から手芸をして時間を潰していた。

豪が用意してくれた花那の部屋は屋敷で最も陽が当たる場所で、白い木枠の窓を開けると、紗のカーテンが揺れる。
陽の光が薄紫色に白い花の刺繍が施された壁紙を鮮やかに照らし出し、心地よい風は花那の白銀の髪を揺らしていた。

(帝都に行くなんて初めてだし、どんな格好をしたらいいのかしら?)

何の準備もなく突然鬼道家に来たので、花那は言葉通り身一つで来てしまっていた。
身の回りの物は一通り豪が準備をしてくれたものの、普段着ているこの着物で帝都に行っていいのか分からない。
豪は「準備は松代に頼んでおく」と言ったが、普段通りに外出するのであれば準備という準備は必要ないはずだ。
そんなことをあれこれと考えている時だった。
トントンとドアがノックされた。

「花那様、よろしいでしょうか?」
「はい、どうぞ」

松代が部屋を訪れたのを迎えた花那は、思わず目を瞠ってしまった。
と言うのも、松代の後ろには数人の使用人が控えていたからだ。

「え? 松代さん!?」
「ふふふ、ここの使用人たちは貴女様の容姿など気にしませんよ」

自分の容姿を気味悪く思うだろうと慌てふためいた花那を見た松代は、小さく笑ってそう言った。
見ると使用人達は一様に微笑を浮かべており、その瞳には嫌悪の色など微塵も見えなかった。

「さてと。皆、運んで頂戴な」

何が起こったのか理解できずに花那が呆然とした面持ちで立っていると、松代の指示に従っていくつもの箱を手にした使用人達が部屋に入ってきた。
手には丸くて淡いピンクの箱や、真っ白の長方形の箱、ライトグリーンの四角い箱。
使用人達はその箱を床に何段にも積み重ねていった。
しまいにはそれらを床に置けなくなると、今度は箱から中身を取り出し、丸テーブルの上に並べていく。
取り出されたそれは、真珠のネックレスだったり、小ぶりのイヤリングだったり、真っ白い靴だったり、つばの大きな帽子もある。

「こ、これは?」

目の前に並べられた数々の品に、目を丸くして花那は松代に答えを求めると、彼女は目尻を下げて上品に笑った。

「ふふふ、坊ちゃんがご用意されたんですよ」
「豪様が?」
「ええ。坊ちゃんからの贈り物です」

嬉しそうに微笑む松代を見た後、花那は再び目の前に並ぶ美しい装飾品やワンピースを見つめた。

「さぁ、準備をしましょう。今日はどれを着ましょうか? こちらの淡い緑のワンピースもいいですが、でもこっちの青紫のスカートも捨てがたいですね。そうそう、最近は袖ぐりのゆったりしたブラウスも流行だと聞きましたよ」

そう言って松代は嬉々として服を選び始めた。
驚きのあまり言葉を失っていた花那だったが、松代にあれこれと洋服を当てられて我に返った。

「洋装なんて私には似合いません」

豪が用意したのは全て洋装だ。
彩が洋装をしていたのを見たことがあるが、花那自身は洋装などしたことが無かった。

「花那様は愛らしいお顔ですし似合いますよ」
「それにこんな高価なもの、受け取れません」

突然の贈り物にどうしていいのか分からず、花那は慌てた声を上げたのだが、松代はその言葉に苦笑した。

「そんなこと仰らないでください。全部坊ちゃんがお選びになったものですし、着てもらった方が坊ちゃんも喜びますよ」
「でも……」
「帝都に行かれるのですから、このくらいお洒落しなくては。坊ちゃんのためにも是非お召しになってください」

豪のためだと言われると断るに断れない。
彼の隣を歩くとなると、それなりの格好をしなくてはならないのは確かだ。
下手な格好をして豪に恥をかかせるわけにはいかない。
花那はそう思うと、豪の厚意を受け取ることにした。

(必ず豪様の恩に報いるようにしなくちゃ)

何をどうすればいいのかはパッと思いつかないが、まずは豪を死なせないというのが一番だ。
そんなことを考えている花那の思考を、松代の弾むような声が中断させた。

「では、今日はこちらのワンピースにしましょう! そうと決まれば次は御髪を染めましょう」

促されるようにして椅子に座ると、松代はゆっくりと花那の髪を櫛で梳いた。

「本当に美しい髪ですね。黒にしてしまうのが勿体ないくらいです」

松代はそう言って花那の髪を愛おしむように柔らかく撫でた後、花那の首周りに手ぬぐいを被せ、小瓶から液体を取り出して花那の髪に塗った。
そして30分ほど置くと、花那の髪が艶やかな黒に染まっていた。

「髪が、黒くなっている」

魔法が掛かったように黒く変わった髪を松代は三つ編みにし、更にそれを後ろに留めた。
マガレイトと言う最近流行の髪形で、女学校に行く彩がこのような髪形をしていたのを覚えている。

「仕上げにこれをつければ……完成ですよ」

そう言って松代は大ぶりの赤いリボンをつけてくれた。
松代が先程選んでくれたワンピースに着替えると、今度は薄く化粧を施された。

「さて、できあがりましたわよ」

姿見の前に立った花那は自分の姿を見て息を呑んだ。
薄いピンクがかったベージュのワンピースはスカートにプリーツが入っているもので、胸元の釦はリボンと同じ赤色。
腰の部分はくびれに沿って赤いリボンが巻かれており、同様に首元にも小さなリボンがあしらわれたワンピースだった。
化粧などしたことが無かったが、鮮やかに色づいた唇と、頬に薄く入れられた頬紅が、普段血色の悪い顔の顔を明るく見せている。
今までお洒落と言ったものをしたことがない花那にとっては、この服装は違和感を覚えるし、一番は自分にこのような洒落た格好は似合わないように思えて、少しだけ不安になる。

「ふふふ、素敵ですわよ」
「本当にそうでしょうか? 私には……このような上等な服装は似つかわしくないような気がするのですが」

ニコニコとしている松代に対し、花那は困惑の表情を浮かべてしまう。
その時、ガチャリとドアが開き、鏡越しに豪が入って来るのが見えた。
いつも着ている濃紺の隊服でも無ければ、屋敷で普段身に着けているようなシャツ姿でもない。
今日の豪はまっ白なワイシャツに茶色の市松模様のベストを身に着け、紺色のジャケットを羽織ったスーツ姿だった。
長い手足にそれが似合い、舞台俳優だと言っても通用するだろう。

「準備ができたか?」
「はい、ちょうどできたところですよ」

花那が豪を振り返ると同時に、松代が自信満々というように頷いた。
そして花那を見せつけるかのように豪の前に立たせた。

「ええと……」

着慣れない洋装姿に気恥ずかしさを覚えてしまう。
正直豪と会う前に心の準備をしたかったのだが、それすらもできず、花那は視線をさ迷わせてしまった。
豪はと言うと、花那の姿をじっと見つめたまま黙り込んでいる。
やはり洋装など似合わないのだろうか?
もしくはこのような上等の服は、花那には不釣り合いだと思っているのかもしれない。
不安になった花那は戸惑いながら豪に尋ねた。

「あ、あの……やはり似合わないでしょうか?」
「まさか! その、むしろ逆だ。似合いすぎて……」

豪は少しだけ視線を逸らし、口元に手を当てたその頬はうっすらと色づいているように見えた。
互いに視線を合わせずにいると、松代がパンパンと手を叩いた。

「さぁさぁデエトを楽しんできてくださいまし!」

デエトという言葉に、花那の頬に血が集まり、顔が熱くなっているのが自分でも分かった。

「デ、デエトではないのですが……」

豪の隣を歩くだけでも申し訳なく思うのに、デエトなど烏滸がましいにも程がある。

「早くしないと時間が勿体ないですよ。いってらっしゃいませ」

訂正の言葉をまるで無視した松代に半ば追い立てられるように、花那と豪は屋敷を後にし、大正浪漫溢れる帝都へと向かった。