死に戻りした色無しの娘は鬼神の愛で花開く~帝都純愛物語~

花那はいつしかぽろぽろ涙を流していた。
あれは過去だ。
花那と豪が生まれ変わる前に起きた過去。
あの時の花那もまた豪を救えず死なせてしまっていたのだ。
気づくと再び暗闇の中に佇んでいた。
咲耶のために命を落とすことになった大嶽丸。
だけど今世では花那は豪を救うことができた。

(良かった……)

安堵のため息をついた花那は、そうして再び暗闇を歩き出そうとした時だった。

「花那」

不意に豪の声が聞こえて、花那は思わず振り返った。
そこにいたのは豪だった。

「豪様?」

ここは死後の世界。なのに豪がいると言うことはもしかして豪も死んだのだろうか?

「どうして豪様までここにいるのですか?」

不安気な色を滲ませた花那の言葉には答えることなく、豪は静かに手を伸ばした。

「花那、帰ろう」
「え?」
「この手を取ってくれ。あの時と同じように」

差し出された手は男性特有のごつごつしたもので、剣を握るためか豆が出来ていた。
どうすべきか戸惑っていると、花那の手を豪が掴んだ。

「え?」

いつも豪は花那に選択肢をくれた。
だが今は有無を言わさずにつれられて歩いて行く。
驚きつつも、花那は豪の広い背中を見つつ歩いていくと、やがて視界が白に染まっていった。

※

ふうっと意識が浮上した。
ゆっくりと瞼を上げた花那の視界に、心配そうに眉を潜めた青年の顔がぼんやりと映る。
夢の中の大嶽丸だと思ったが、それはすぐに違うと思った。

「豪……様?」
「花那……!」

名前を呼ばれた途端、豪に引き寄せられたかと思うとそのまま抱きしめられていた。
強く、まるでもう離さないかのようにきつく抱きしめられ、花那の驚きで息が止まった。
どうしたのかと尋ねる前に、豪が花那の耳元で囁いた。

「お前を失うかと思った」

それは少しばかり震えていて、切羽詰まるようなものだった。
布越しに豪の温度と鼓動の音が伝わる。
花那の胸が甘く痺れ、心音はトクトクと鳴っていく。
すると豪は、少しだけ腕の力を緩めると、花那の顔を覗きこんで切なげな眼差しを向けた。

「花那、あの時駆け寄って君の体に触れた時、俺も全てを見たんだ。多分前世の事を……」
「豪様も?」

大嶽丸と咲耶の悲劇を豪も見たというのか。
花那の問いに豪は小さく頷いた。

「不思議だったんだ。どうして君の事がこんなに気になるのか。今ならはっきり分かる。きっと魂が君を求めていたんだ」

豪はそこで一旦言葉を区切ると、花那の頬に手を添えて言葉を続けた。

「でも、多分この過去を思い出さなくても、俺は君の事を好きだったのだと思う。俺は君に一目ぼれしたんだ」
「え?」

聞き間違いだろうか?
豪は幼少期の鬱屈した過去を花那に重ね、憐れみから花那を興津家から連れ出したと言っていたのだ。
だから、まさか豪が自分に好意を向けているとは俄かに信じられなかった。

「愛してる……」

花那はその言葉に息を呑んだ。
信じられない思いで目を見開いた花那に、豪は柔らかな笑みを浮かべた。
その瞳には慈愛と恋慕の色が浮かんでおり、それが花那への想いを如実に伝えていた。

「あの時には祝言を上げられなかった。だから今度こそ、君と夫婦になりたい。君の答えを聞いてもよいだろうか」

豪の言葉に、花那の瞳から涙が溢れた。
温かい涙が頬を伝う。
それを感じつつ、花那は万感の思いを込めて頷いた。

「もちろんです……私もずっとお慕いしておりました」

花那が答えると、豪が目を閉じそして顔を傾ける。花那もまた自然と目を閉じていた。
触れ合った唇から豪の温度と愛が伝わって来る。
名残惜しくも唇が離れると、豪は花那の頬に伝う涙をそっと拭った後、もう一度花那を抱きしめた。
今度は宝物を包むような優しい抱擁。
豪が花那の耳元だ囁いた。

「もう一度廻りあえて良かった」

それは花那も同じ想いだった。
言葉にできない思いを込めて花那は小さく頷いた。

※

こうして翔也の死によって禍牛憑依事件は解決した。
薬によって禍牛になった大輝だったが、禍牛化するのは薬の過剰摂取をした時だと翔也も言っていた通り、その後体に異常がないことが確認された。
事件の首謀者が軍関係者ということもあり、事件は内内に処理され、帝都は穏やかな日常を取り戻した。

と言っても、禍牛は結界の綻びから生じるのは変わらない。
豪や精鋭部隊は対禍牛戦闘部隊として任務を続けている。
こうして事件終結から半年後、豪と花那は祝言を上げることになった。
祝言は華族が一般的に行うように帝国ホテルにて盛大に上げられることになり、その控室の花那は自分の姿を鏡に映して見つめた。

鏡に映るのは黒字に菊の花と御所車が描かれた豪華絢爛な振袖に金地に赤い刺繍が施された金襴緞子《きんらんどんす》の帯を身に着けた姿。
文金高島田に結いあげた髪を鼈甲の簪が彩っているが、その髪色は白銀ではなかった。
あの日、花那が目を覚ますと驚くことに髪色が黒に変じていたのだ。
そして同時に異能の力が失われていた。
今回帝国ホテルで婚礼の儀を執り行うことにしたのも、黒髪になった事で人前に堂々と出れるようになったからだ。
ただ、異能を失ったことで、花那はもう速日の姿を見ることが出来なくなっていた。

(速日は喜んでくれてるかしら?)

目を閉じて共にいてくれた守護者の事を想うと、もう既にその姿を見ることはできないがその存在を感じる。
部屋の一角に速日が笑いながら佇んでいる気がして、花那はそちらに目を向けて微笑み返した。

「ありがとう」

それが速日に伝わるのかは分からない。
だが、花那はそう言いたかった。
ふっと空気が変わったのは気のせいだろうか?
気のせいかもしれないが、速日が祝福の笑みを向けてくれたように感じた。

「速日に向けてに言っているのか?」

声を掛けられてそちらを向くと、紋付き袴姿の豪が立っていた。

「はい、もう届かないかもしれませんが」
「そんなことない。平安の世からずっとお前の事を見守っていた存在だ。きっと君の言葉は届いているはずだ」
「はい」

花那が答えると、豪もまた頷いて微笑みを向けた。
そして花那に手を差しだした。

「二人で幸せになろう」
「……はい」

そっと差し出された豪の手に花那も自分の手を添える。
壊れ物を扱うように優しく丁寧に手を引いて、豪が歩き出し、花那もまた歩調を合わせるように隣に並んだ。
あの時、差し出した豪の手を掴んだ時には、こんな未来が待っているとは予想だにしなかった。
あの時の選択は、間違いではなかったのだ。

(あの日、この手を掴んで良かった)

これが花那か選択の果てにたどり着いた結末。
そして幸せな未来への始まりだった――