死に戻りした色無しの娘は鬼神の愛で花開く~帝都純愛物語~

世界は不平等で、残酷だ――
鬼道家に生まれたことは、翔也にとって最大の不幸だった。
翔也の生まれた鬼道家は、平安時代に坂上田村麻呂によって成敗された悪鬼大嶽丸の力を持つ。
それ故、鬼道家の人間は異能を持ち、帝都の地下に封じられている妖のうち、地上に出て来た禍牛という妖を狩る任を代々受け継いでいる。
しかし、翔也の異能は一族においても極端に弱かった。
幼少期には異能のことも、それが弱いことも意識することはなかった。
しかし、少しずつ物事が分かり始めた年頃になると、一族が集る場になると必ず両親が不機嫌になるのが不思議だった。
その理由が分からなかった翔也だったが、一族の会合があったある日、親戚達が自分を見ながらヒソヒソと話をしていることに気づいた。

「あれが出来損ないっていう分家の子?」
「まぁ、よく一族の会合に顔を出せたものね」

〝出来損ない〟という言葉が耳に入り、思わずそちらに目を向けると、大人達はさっと目を逸らしてしまった。

(出来損ないって僕のこと?)

突然の言葉に衝撃を受けた翔也だったが、すぐにその言葉の意味を知る。
翔也の生まれた鬼道家の成り立ちや自分達が異能を持つということ、そして自分にはほとんど異能が弱いということを。
それが鬼道家の人間にはあるまじきことだと理解すると共に、いつしか両親の言い争う声が家に響くようになった。
翔也が10歳になった時、鬼道家本家でその跡取りとなる豪が生まれた。

分家嫡子は代々本家嫡子の世話係になるのだが、異能の弱い翔也はその任から外されることになった。
それを本家当主が告げた時の両親の顔は青ざめており、同時に周囲から嘲笑と侮蔑の目を向けられるようになった。
翔也が14歳になったある夜、翔也が目を覚ますと、居間から両親の怒鳴り声が聞こえてきた。
僅かに開いた襖からは一筋の光が漏れており、翔也はそこからそっと中を覗くと、母が父に掴みかかっていた。

「あなた、どういうことよ! 他に女を作った上に妊娠までさせた? 私に翔也を押し付けて、他の女を孕ますなんて酷すぎる」
「全部お前のせいだろ! お前が異能の弱い子を産んだからだ」

異能の弱い子というのは紛れもなく翔也の事だった。
ドキンと鼓動が大きく鳴り、衝撃の余り立ち尽くしてしまう。
その間にも両親の言い争いは続く。
今度は父が母に詰め寄っていた。

「だいたいあの子は本当に俺達の子供なのか!? お前が別の男の子を孕んだんじゃないのか!」
「なっ……!」
「とにかく、お前とは離縁する。それまでこの家には帰らん」
「あなた!」

すぐにその場を離れれば良かった。
だが翔也の足は硬直してその場から動けなくなっていた。
ざっと音を立てて勢いよく襖が開いた。

「あっ……」

言葉を発せないまま父の顔を見上げると、父は翔也を一瞥しただけで玄関へと向かってしまった。
呆然とした面持ちで父の後ろ姿を見送った翔也の耳に、今度は母の悲痛な叫びが入ってきた。

「あんたはなんで異能がそんなに弱いのよ! あんたのせいで世話役の任を外されて、私達がどれだけ一族で肩身の狭い思いをしたのか分かってるの?」

鬼の形相とはまさしくこのことだった。
翔也に憎悪の目を向けた母は、今度は一転してその場に崩れ落ち、そして嗚咽を漏らした。

「そのせいで……あの人まで……」

翔也は自分に異能が弱いせいで家庭が壊れていくのを感じた。

(僕のせいだ……僕が世話役になれなかったからだ)

それならば、今からでも世話役にさせてもらえないだろうか?
翔也はそう思うと次の日に本家に向かった。
豪に会って、世話役を差せてもらえないか直談判するためだった。
だが傍流の子供、しかも異能が弱い翔也が突然本家に行っても豪と会うことは叶わなかった。そこで、翔也は庭から忍び込むことにした。
庭に入ると、ちょうど幼い豪がゆっくりと庭を散歩しているところに出くわした。

「誰か、いるの?」

翔也の気配を察した豪が、その円らな目をこちらに向けた。

「あ、あの……!」

豪の問いに答えるように、翔也は庭木を越えて豪に駆け寄ったのだが、いざ豪を前にすると、何と切り出せば良いのか分からない。
考えを巡らせていると、豪が逆に尋ねてきた。

「お兄ちゃんは誰?」
「ええと、僕は鬼道翔也って言うんだ。君にお願いがあってきたんだ」
「お願い?」
「うん。僕を君の世話役にしてもらえないかなって思って」

翔也の言葉に、豪はきょとんとした後、地面を見つめながら思案した。
少しの沈黙があってから、豪はにっこりと微笑んだ。

「分かった。お父上に聞いてみるね。でも一つお願いがあるんだ」
「お願い?」
「うん。僕と鬼ごっこしてくれない?」

もう14歳を過ぎた少年がする遊びではないが、豪にそう言われてしまえば頷くしかない。

「分かった」

翔也が頷くと、豪はキラキラと目を輝かせ、嬉しそうに声を弾ませた。

「じゃあ、裏山に行こう!」

そう言って豪は翔也の手を引いて裏山に向かった。
目的に着くと、豪は翔也の方をくるりと向いて満面の笑みを浮かべた。

「じゃあ、お兄ちゃんは鬼だよ。10を数えたら僕を追いかけてね! ……いーち、にーい、さーん」

豪は数を数えながら駆け出す。
しかし、まだ5歳にも満たない子供だ。いくら急いで走っても、翔也ならすぐに追いついてしまうだろう。
そして豪が「じゅうー!」と数え終えたのと同時に翔也は走り出した。

「鬼さんこちらー!」

豪はきゃきゃと笑いながら逃げ回り、それを翔也は追いかける。
簡単にその距離が縮まり、豪を捕らえるために手を伸ばした時だった。
突然肌が粟立ち、同時に足が動かなくなった。

「えっ!」

驚いて自分の足を見ると、禍牛が足に巻き付いているのが分かった。
ウミウシのように体をくねらした、灰色の物体が翔也の足を這い上がってきている。

「か、禍牛!?」

翔也とて鬼道家の人間だ。
もちろん禍牛を視ることもあったが、ここまではっきりと、しかも巨大な禍牛は見たことがない。
とんでもない妖気を持った強力な禍牛だと本能的に察した。

「は、離せ!」

翔也が抵抗すると、僅かばかり持っている異能の力で禍牛を祓うことができたが、それでもまだ禍牛は執拗に翔也に絡みついてきた。
更にゾクリと背中に悪寒が走ったかと思うと、大量の禍牛に囲まれていることに気づいた。
大小様々で、蛇ほどの大きさのもいれば、犬のような大きさのものもある。
よく見ると、それらの禍牛は地面から次々に湧き出るように現れていた。

「や、止めろ! 来るな!」

翔也の異能の力ではこれらを祓うのは無理だ。
このまま禍牛に飲み込まれては死んでしまう。
恐怖の余りギュッと目を瞑った翔也の耳に、落雷のような轟音が響いた。
その音と共に足が解放され、バランスを崩して地面に倒れた翔也が見上げると、そこには豪が立っていた。
翔也の腰ほどにも満たない豪の姿がやけに大きく見えた。

「お兄さんは鬼道家の人じゃないの? どうして異能を使わないの?」

豪は不思議そうに首を傾げた。
ふと周囲を見ると、禍牛が姿が消えていることに気づいた。
いや、消えたのではない。豪の異能によって一瞬で消されたのだ。
それは圧倒的な力だった。
翔也が豪の質問に答えられず、呆然とした面持ちでいると、豪は困ったような表情を浮かべて言葉を続けた。

「ここは帝都の結界が弱いところで、禍牛がたくさん出るんだって。だから僕はここで禍牛を祓う練習をさせられてるんだ」

つまりこれらの強力な禍牛を祓うのは、豪の日常茶飯事なのだ。
その事実に衝撃を受けていると、豪はさらに言葉を続けた。

「お兄さんは普通の人なの? なら、こんなところに連れてきちゃってごめんね。僕、鬼道家の人って異能を持っているのが普通だと思ってたから……」

そう言って豪は申し訳なさそうに眉を下げた。
鬼道家の人間なら異能を持つのが普通。
豪の言葉が胸に突き刺さった。
見えない刃に切り裂かれたように、翔也の胸が痛み、それを堪えるようにギュッと歯を噛みしめた。
その時、遠くから豪の名を呼ぶ女中の声がした。

「あ、もう僕行かなくちゃ! 部屋を抜け出したのがバレちゃったかも。じゃあね、お兄ちゃん。遊んでくれてありがとう!」

屈託なく笑った豪は手を振ると、そのまま屋敷の方に駆けていった。
その後ろ姿を翔也は呆然とした面持ちで見つめた。
翔也とは比べものにならないほどの異能を見せられ、 自分は圧倒的敗者だという事実を突きつけられた気分だった。
翔也は失意のうちに、家に帰るしかなかった。

それから間もなくして翔也の両親は離婚した。
父も母も翔也を引き取ることなく、金だけを翔也に渡して屋敷から出て行った。
一人暮らしを始めた翔也は、高等学校へと進学したのだが、その事は翔也にとっては救いとなった。
学友達との交流を経て、この世界は異能だけが全てではないことに気づいた。
世間では異能持ちの存在はごく一部の人間しか知らないのだ。
だから他のことで身を立てればいい。

財閥でもある鬼道家の人間は大抵がその事業を継いだり、軍に仕官するのが通例だったが、翔也は一族の人間がいない医学の道を選んだ。
そのことは鬼道家では異端な事であり、一族からは変人扱いされたが翔也は気にしなかった。

(鬼道家の柵から出れるのであれば、僕は何を言われても気にしない)

それからは町医者として患者を診る日々が続いた。
そんなある日、往診に行った帰りに、一人の女性が足を痛めて動けなくなっている場面に出くわした。

「大丈夫ですか?」

思わず声を掛けると、女性は驚いた顔をした後、苦笑しながら自分の足首をさすった。

「足を挫いてしまったみたいなんです」

髪の毛は外ハネにカールしており、黄色いクロッシェ型の帽子にオレンジのワンピースを着ている女性だった。
細身でスラリとしたモデルのようなその女性の名は、八重塚(やえづか)萌絵(もえ)と言った。

「僕は医者です。手当しましょう」

そう言って翔也が手当てを終えると、萌絵ははにかんだ笑みを浮かべた。

「ヒールなんて履き慣れないものを履いてしまってこんなことになるなんて、恥ずかしいですね」

それが萌絵との出会いだった。
その後、お礼にと診療所にやって来た萌絵は、一人暮らしの翔也を気遣って食事の差し入れを持ってきてくれ、その礼に翔也が食事に誘うというような関係になっていた。
自然と二人で帝都を散策したり、シネマを見たり、食事に行ったりと親交が深まっていった。
鬼道家も異能も関係なく接してくれる萌絵に、翔也は好意を抱きつつあった。
しかし、それは全て彼女の思惑だった。
ちょうど往診の帰り、萌絵とその友達が話している場面に出くわした。

「最近親しくなったって言うお医者様とはその後どうなの? お付き合いしているの?」

自分の話題が出たことで、翔也は声を掛けれずに立ち止まった。
友人が興味津々に萌絵に尋ねたのだが、萌絵は小馬鹿にしたように笑った。

「まさか。私があの人とお付き合いするわけないでしょ? 彼って鬼道家の人間なんですって。だから今度、豪様に紹介してもらおうと思って仲良くしているだけよ」
「豪って、あの鬼道家財閥の御曹司? いーなー、私も紹介してもらえないかなぁ」

そんな二人の会話を聞いて、翔也は冷や水を浴びせられた気分だった。
翔也自身を見てくれたと思っていた女性は、翔也が鬼道家の人間だからすり寄ってきただけで、狙いは豪と恋人になるためだったのだ。

(また鬼道家か)

やはり自分は鬼道家の呪縛から逃れられないのだろうか……
鬼道家に生まれなければ、こんなことにはならなった。
何故、自分は鬼道家に生まれてしまったのか。

自分が何の罪を犯したというのか?
それとも前世の業を背負っているとでも言うのか?

絶望にも似た思いが翔也を襲った。
そして、鬼道家の名は簡単に翔也を解放してはくれなかった。
町医者であったはずの翔也の元に、遠峯と名乗る男がやって来た。
遠峯は軍の参謀総長を務めており、翔也の持つ高度な医術を軍のために使ってくれないかと打診してきたのだ。

遠峯に才能を見出され、破格の条件を出された翔也は軍医になることを承諾したのだが、招かれたのは禍牛と戦う精鋭部隊の専属医としてだった。
しかも仕事柄、豪とは常に顔を合わすことのなってしまった。
軍内でも豪はその異能の力を高く評価され、隊長にまでなっていた。
鬼道財閥の御曹司としても、精鋭部隊隊長としても、華々しい経歴を持つ豪を、翔也は羨望と憎しみの目で見つめた。

(ここでも鬼道家が……鬼道豪との縁は切れないのだな)

そう思っていた翔也だったが、遠峯が翔也を軍医として招いた狙いは別にあった。
翔也は遠峯総長から呼ばれ、一つの依頼をされた。

「異能持ちを人為的に作れないか、研究してほしい」

それが全ての転機になった。
実験の過程で禍牛を生み出す薬の開発に成功した翔也は、一つの考えを思いついた。

(そうだ、この技術を有効活用できるかもしれない。そうすれば豪を殺せるかもしれない)

だから豪の巡回地域に動く死体となった蝸牛を解き放った。実験でできた禍牛を処分できる上、豪を殺すこともできる。
翔也は軍医である自分の立場を利用して巡回部隊とルートを確認すると、豪の巡回ルートに動く死体を投入した。
一人では強い異能を持つ豪だったが、仲間がいればそれを守るために隙が生まれる。
そうして何度か窮地まで追いやったが、結局は失敗に終わった。
だが、運命は翔也を見捨てなかった。
興津花那との出会いで、翔也はそう思った。

彼女を見る眼差しで、豪がどれほど花那のことを思っているか分かった。
そして、興津屋敷で花那と接触した時、少しの意趣返しとして花那に口付けする素振りをしてみた。
その時の豪の取り乱し方は見物だった。
翔也はこの時、花那の存在が豪の弱点であることを再認識した。

(花那さんを使えば、豪を苦しめられる。そうだ、彼女を禍牛にして襲わせたら。豪はどんな表情を見せるのか)

取るに足らないと思っていた存在に、貶めれられ、蔑まされる屈辱を豪も味わえばいい。
それが鬼道家に対する、復讐の始まりだった。