どうやら外は風が激しいようだ。
ビュービューと吹く強い風が、談話室のガラス窓を叩いてガタガタと鳴らし、ガラス越しに木の葉が震える音が聞こえる。
先程まで宵闇が迫り、薄暗かった空はもう深い黒に包まれ、今は月の光さえない。
屋敷に戻った花那は談話室のソファに腰かけ、テーブルに置かれた紅茶をぼんやりと見つめていた。
(何もかも終わってしまったわ……)
これまで花那が必死に隠していた秘密が、よりによって豪に知られてしまった。
異能を隠していたことに対しての豪の反応が怖い。
そして、異能が露見されたことによって、豪を失う未来が怖い。
談話室のドアが少しだけ開いていて、そこから豪と大輝の会話が漏れ聞こえてきた。
「隊長、遺体の収容は終わりました」
大輝は豪にそう報告していた。
禍牛に取り憑かれていた男女は、花那が禍牛を祓ったと同時に倒れたが、その時には絶命していた。
豪の指示によってやって来た大輝と数名の精鋭部隊の人間が、残された遺体を回収したようだった。
「まさかこんなとことに禍牛が出るとは思いませんでした」
「松代さんの方はどうだ?」
「だいぶ落ち着きました。ですが、一般人にも見えるほどの禍牛なんてよほど力の強いものだったんですね。隊長じゃなかったら倒せなかったかもしれません」
「……そうだな。間に合ってよかった」
禍牛を祓ったのが豪であることを疑っていない大輝が、感心したように言った言葉を聞いて、豪は少しだけ間を置いてそう答えた。
会話から察するに、豪は花那が禍牛を祓ったことを大輝に伝えていないようだ。
つまり花那が異能を持っていることを、豪は大輝達には隠してくれたことになる。
「遠峯参謀総長には明日改めて報告する」
「承知しました。じゃあ、俺はこれで失礼します!」
大輝はきりりと敬礼した後、その場を立ち去った。
それを見届けた豪がゆっくりと談話室に入って来ると、花那の前のソファに腰かけた。
その表情は花那が今まで見たことのないような厳しいもので、纏う空気も真冬のように張りつめて、固いものだった。
ただ、彼が怒っているのか、軽蔑しているのか、落胆しているのかは、豪の表情からは窺い知ることはできなかった。
花那もまた、豪が何を言うのか分からず身を強張らせて豪を見つめたが、互いに口を開くことはなかった。
全ての音が消え去ったような静寂。
こちらを見つめる豪の視線を受け止めることができず、花那はそっと俯いてその視線を避けた。
固く閉じた自分の手を見つめていると、ゆっくりと豪が口を開いた。
「松代さんから話は聞いた。彩が姿を現して君を殺そうと小刀を取り出したと。だが自らの手を傷つけたかと思うと、地面から化け物が現われたと言っていた。それを花那が不思議な力で助けてくれたと。そうなのか?」
豪の言葉に花那は視線を下げたまま頷くだけで肯定の意を示した。
突きつけられた事実に、握った手にぎゅっと力が入り更に白くなる。
その様子を見た豪は、静かに疑問を投げかけた。
いや、疑問ではない。
核心を持って花那に尋ねた。
「君は異能を持っているんだな」
「……はい」
豪の口調は責めるわけでもなく、ただ淡々と確認を取るだけのものだった。
事務的な確認。
怒鳴られたり詰られたりした方が、まだ豪が花那をどう思っているのか分かるが、それも無いことが逆に豪との距離を感じた。
そのことに花那は耐えきれず、ソファから立ち上がるとそのまま床にしゃがみ込んで手をつくと、顔を深く床に着けるように頭を下げた。
「申し訳ありませんでした」
「何に対する謝罪だ?」
「私が異能を持っていたことを隠していたこと。そして豪様の優しさに漬け込んで騙していたことです。私は出て行きますのでお許し下さい」
「そんなことする必要はない」
そう言った豪の纏う空気が和らいだ。
衣擦れの音がして、豪が席を立ったことが頭を下げていた花那には分かった。
すると豪が花那の前にしゃがみ込んだかと思うと、固く握っていた花那の手を取り、優しく包み込むように掌を重ねた。
驚いて顔を上げると、豪が労わるような目で花那を見つめていた。
そうして小さく頭を振りながら言葉を続ける。
「異能の事を隠すのはおかしい事じゃない。異能の力は普通の人間には理解できないだろうし、興津家でのお前の境遇を考えたら俺に言えなかったのも理解できる」
真摯な目を向けた豪はそこで一旦言葉を区切ると、今度は凛とした口調で尋ねた。
「それよりも俺が知りたいのは別の事だ。君はそれ以外にも秘密があるんじゃないか?」
その言葉に花那の胸がドクンと大きく鳴った。
即答できずにいる花那に、一部の嘘も見逃さないような瞳が花那を捕らえた。
「さっき君は俺に異能を見られて逃げた時、これ以上俺を巻き込みたくないと言った。そして君のせいで俺が死ぬと言ったな。その意味が知りたい」
確かに花那は先ほど反射的に『これ以上豪様を巻き込みたくないんです……もう、私のせいで豪様を死ぬのは見たくないんです』と言ってしまった。
豪はそのことを言っているのだろう。
だが、その言葉の意味を告げてしまえば、今度こそすべてが終わってしまう。
同時に、本当の事を伝えたくても上手く伝えられる自信はない。
何より花那の言葉を聞いても、それが本当のことなど信じられないだろう。
そう思って視線をさ迷わせ口を噤んでいる花那の手を、豪はもう一度握り直して尋ねた。
「俺を信じられないか?」
「そんなことはありません!」
花那は豪を信じていないという誤解だけはされたくなかった。
豪の誠意を疑っていると思われたくない。
これ以上は誤魔化せないだろう。
花那は自分の意志を固めるように一旦目を閉じた後、豪を見つめ返した。
「これから私が話すことを信じられないかもしれませんが、聞いてくださいますか?」
「分かった」
豪は力強く頷いた後、花那の肩を抱きながらソファに座らせると、自らもその隣に腰かけた。
豪がソファに座るのを見てから、花那は自分の誠意を見せるかのように豪から目を逸らすことなく真っ直ぐにその瞳を見つめて口を開いた。
「私は死に戻りをしているのです」
「死に戻り?」
初めて聞く言葉に、豪が小さく眉を潜めた。
そうして花那は過去の記憶を呼び起こすようにテーブルに視線を落としながらぽつりぽつりと語り始めた。
一度目の人生では、異能の力を持つ花那が宏次朗によって軍に売られたこと。
そして花那を軍から逃がそうとしてくれた豪が死んでしまうこと。
花那自身もその時死んで、気が付いたら過去に戻っていたこと。
荒唐無稽にも思える花那の話に、豪は黙って耳を傾けつつ難しい顔をした。
「興津家には竜の血が流れていて、速日は私の守護者なんです。一度目の生を終えた速日が、その力で死に戻りをさせてくれたんです」
これで花那が抱えていた秘密を豪に全て伝えた。
死に戻りについては誰にも話したことがなく、ずっと抱えていた重荷でもあった。
そこまで話した花那は、心にしまい込んでいた秘密を吐き出したことで、妙な安堵感があった。
これで豪に隠し事などない。真っ直ぐな気持ちで豪と向き合える。
それまで花那の話を遮ることなく聞いていた豪は、納得したような表情を浮かべた。
「なるほど」
「信じてくださいますか?」
「あぁ。実は軍では異能の研究が極秘に行われている。きっと君はそれで軍に目をつけられて、研究対象になったんだろう。だから辻褄は合っている」
それは花那の初めて知る事実だった。
そういった背景であれば現在もまた異能を持つ花那は軍に捕らえられ、豪は花那を助けるために命を落としてしまうだろう。
「ですから、私は速やかにここを出て行きます。厚かましいお願いですが、どうか異能を持っていることは軍には言わないでくださいませんか?」
「駄目だ」
「え?」
豪の予想外の反応に、花那は驚いて目を瞠った。
そんな花那を見た豪は小さく笑うと、花那を諭すように、幼子に言い聞かせるように視線を合わせて言った。
「花那、未来は変えられるんだ。選択肢を変えれば未来は変わる。あの時俺の手を取った。その時点で未来は変わっている。君が体験した過去は、今とは状況が違っているはずだ」
「それは……」
確かに豪の言っていることは一理ある。
死に戻り前の花那は宏次朗に軍に売られ、そこで豪と出会った。
しかし今世の花那は異能を隠し通したことで、宏次朗に売られることも無かったし、豪との出会い方もまた既に異なっている。
「だから、ここから出て行くなんていわないでくれ」
「ですが……これ以上豪様の傍にいたら、また巻き込んでしまいます」
「君が俺の死に責任を感じる必要はないんだ」
そう言った豪は、花那の頬にそっと触れた。
「死に戻り前の俺はきっと巻き込まれたなんて思わなかったはずだ。自分の気持ちに従っただけで、死んだことに後悔はしてなかったはずだ。それは今も同じ気持ちだ」
その言葉には少しの嘘も感じられなかった。
豪はまるでガラス細工に触れるように柔しく触れ、そのまま両手で花那の頬を包み込む。
慈しむように目を細めた豪は、花那の心を労るような笑みを浮かべた。
「花那、今まで辛かったな」
まさか豪からそのような言葉を言われるとは思ってもみなかった。
豪を死なせた後悔でずっと苦しかった。
気づけば花那の目から涙が溢れ、豪の指が花那の頬を伝う涙を拭う。
「これからは、もっと俺を頼って欲しい。一人で抱え込まないでくれ。傍にいて君を守りたいんだ」
「私……ここにいてもいいんですか? また豪様を死なせてしまうかもしれないのに」
「言っただろ。それでも俺は後悔しない」
そうして豪は花那を抱きしめると言葉を続けた。
「それに言っただろう? 未来は変えられるんだ」
豪は耳元で力強くそう言った。
同時に花那を繋ぎ止めるように腕の力を強くする。
豪の言葉に涙が溢れて止まらない。
「……はい」
知らず花那も豪の背中に手を回して抱きついていた。
そして豪は花那の涙が止まるまで、ずっと抱きしめ続けた。
ビュービューと吹く強い風が、談話室のガラス窓を叩いてガタガタと鳴らし、ガラス越しに木の葉が震える音が聞こえる。
先程まで宵闇が迫り、薄暗かった空はもう深い黒に包まれ、今は月の光さえない。
屋敷に戻った花那は談話室のソファに腰かけ、テーブルに置かれた紅茶をぼんやりと見つめていた。
(何もかも終わってしまったわ……)
これまで花那が必死に隠していた秘密が、よりによって豪に知られてしまった。
異能を隠していたことに対しての豪の反応が怖い。
そして、異能が露見されたことによって、豪を失う未来が怖い。
談話室のドアが少しだけ開いていて、そこから豪と大輝の会話が漏れ聞こえてきた。
「隊長、遺体の収容は終わりました」
大輝は豪にそう報告していた。
禍牛に取り憑かれていた男女は、花那が禍牛を祓ったと同時に倒れたが、その時には絶命していた。
豪の指示によってやって来た大輝と数名の精鋭部隊の人間が、残された遺体を回収したようだった。
「まさかこんなとことに禍牛が出るとは思いませんでした」
「松代さんの方はどうだ?」
「だいぶ落ち着きました。ですが、一般人にも見えるほどの禍牛なんてよほど力の強いものだったんですね。隊長じゃなかったら倒せなかったかもしれません」
「……そうだな。間に合ってよかった」
禍牛を祓ったのが豪であることを疑っていない大輝が、感心したように言った言葉を聞いて、豪は少しだけ間を置いてそう答えた。
会話から察するに、豪は花那が禍牛を祓ったことを大輝に伝えていないようだ。
つまり花那が異能を持っていることを、豪は大輝達には隠してくれたことになる。
「遠峯参謀総長には明日改めて報告する」
「承知しました。じゃあ、俺はこれで失礼します!」
大輝はきりりと敬礼した後、その場を立ち去った。
それを見届けた豪がゆっくりと談話室に入って来ると、花那の前のソファに腰かけた。
その表情は花那が今まで見たことのないような厳しいもので、纏う空気も真冬のように張りつめて、固いものだった。
ただ、彼が怒っているのか、軽蔑しているのか、落胆しているのかは、豪の表情からは窺い知ることはできなかった。
花那もまた、豪が何を言うのか分からず身を強張らせて豪を見つめたが、互いに口を開くことはなかった。
全ての音が消え去ったような静寂。
こちらを見つめる豪の視線を受け止めることができず、花那はそっと俯いてその視線を避けた。
固く閉じた自分の手を見つめていると、ゆっくりと豪が口を開いた。
「松代さんから話は聞いた。彩が姿を現して君を殺そうと小刀を取り出したと。だが自らの手を傷つけたかと思うと、地面から化け物が現われたと言っていた。それを花那が不思議な力で助けてくれたと。そうなのか?」
豪の言葉に花那は視線を下げたまま頷くだけで肯定の意を示した。
突きつけられた事実に、握った手にぎゅっと力が入り更に白くなる。
その様子を見た豪は、静かに疑問を投げかけた。
いや、疑問ではない。
核心を持って花那に尋ねた。
「君は異能を持っているんだな」
「……はい」
豪の口調は責めるわけでもなく、ただ淡々と確認を取るだけのものだった。
事務的な確認。
怒鳴られたり詰られたりした方が、まだ豪が花那をどう思っているのか分かるが、それも無いことが逆に豪との距離を感じた。
そのことに花那は耐えきれず、ソファから立ち上がるとそのまま床にしゃがみ込んで手をつくと、顔を深く床に着けるように頭を下げた。
「申し訳ありませんでした」
「何に対する謝罪だ?」
「私が異能を持っていたことを隠していたこと。そして豪様の優しさに漬け込んで騙していたことです。私は出て行きますのでお許し下さい」
「そんなことする必要はない」
そう言った豪の纏う空気が和らいだ。
衣擦れの音がして、豪が席を立ったことが頭を下げていた花那には分かった。
すると豪が花那の前にしゃがみ込んだかと思うと、固く握っていた花那の手を取り、優しく包み込むように掌を重ねた。
驚いて顔を上げると、豪が労わるような目で花那を見つめていた。
そうして小さく頭を振りながら言葉を続ける。
「異能の事を隠すのはおかしい事じゃない。異能の力は普通の人間には理解できないだろうし、興津家でのお前の境遇を考えたら俺に言えなかったのも理解できる」
真摯な目を向けた豪はそこで一旦言葉を区切ると、今度は凛とした口調で尋ねた。
「それよりも俺が知りたいのは別の事だ。君はそれ以外にも秘密があるんじゃないか?」
その言葉に花那の胸がドクンと大きく鳴った。
即答できずにいる花那に、一部の嘘も見逃さないような瞳が花那を捕らえた。
「さっき君は俺に異能を見られて逃げた時、これ以上俺を巻き込みたくないと言った。そして君のせいで俺が死ぬと言ったな。その意味が知りたい」
確かに花那は先ほど反射的に『これ以上豪様を巻き込みたくないんです……もう、私のせいで豪様を死ぬのは見たくないんです』と言ってしまった。
豪はそのことを言っているのだろう。
だが、その言葉の意味を告げてしまえば、今度こそすべてが終わってしまう。
同時に、本当の事を伝えたくても上手く伝えられる自信はない。
何より花那の言葉を聞いても、それが本当のことなど信じられないだろう。
そう思って視線をさ迷わせ口を噤んでいる花那の手を、豪はもう一度握り直して尋ねた。
「俺を信じられないか?」
「そんなことはありません!」
花那は豪を信じていないという誤解だけはされたくなかった。
豪の誠意を疑っていると思われたくない。
これ以上は誤魔化せないだろう。
花那は自分の意志を固めるように一旦目を閉じた後、豪を見つめ返した。
「これから私が話すことを信じられないかもしれませんが、聞いてくださいますか?」
「分かった」
豪は力強く頷いた後、花那の肩を抱きながらソファに座らせると、自らもその隣に腰かけた。
豪がソファに座るのを見てから、花那は自分の誠意を見せるかのように豪から目を逸らすことなく真っ直ぐにその瞳を見つめて口を開いた。
「私は死に戻りをしているのです」
「死に戻り?」
初めて聞く言葉に、豪が小さく眉を潜めた。
そうして花那は過去の記憶を呼び起こすようにテーブルに視線を落としながらぽつりぽつりと語り始めた。
一度目の人生では、異能の力を持つ花那が宏次朗によって軍に売られたこと。
そして花那を軍から逃がそうとしてくれた豪が死んでしまうこと。
花那自身もその時死んで、気が付いたら過去に戻っていたこと。
荒唐無稽にも思える花那の話に、豪は黙って耳を傾けつつ難しい顔をした。
「興津家には竜の血が流れていて、速日は私の守護者なんです。一度目の生を終えた速日が、その力で死に戻りをさせてくれたんです」
これで花那が抱えていた秘密を豪に全て伝えた。
死に戻りについては誰にも話したことがなく、ずっと抱えていた重荷でもあった。
そこまで話した花那は、心にしまい込んでいた秘密を吐き出したことで、妙な安堵感があった。
これで豪に隠し事などない。真っ直ぐな気持ちで豪と向き合える。
それまで花那の話を遮ることなく聞いていた豪は、納得したような表情を浮かべた。
「なるほど」
「信じてくださいますか?」
「あぁ。実は軍では異能の研究が極秘に行われている。きっと君はそれで軍に目をつけられて、研究対象になったんだろう。だから辻褄は合っている」
それは花那の初めて知る事実だった。
そういった背景であれば現在もまた異能を持つ花那は軍に捕らえられ、豪は花那を助けるために命を落としてしまうだろう。
「ですから、私は速やかにここを出て行きます。厚かましいお願いですが、どうか異能を持っていることは軍には言わないでくださいませんか?」
「駄目だ」
「え?」
豪の予想外の反応に、花那は驚いて目を瞠った。
そんな花那を見た豪は小さく笑うと、花那を諭すように、幼子に言い聞かせるように視線を合わせて言った。
「花那、未来は変えられるんだ。選択肢を変えれば未来は変わる。あの時俺の手を取った。その時点で未来は変わっている。君が体験した過去は、今とは状況が違っているはずだ」
「それは……」
確かに豪の言っていることは一理ある。
死に戻り前の花那は宏次朗に軍に売られ、そこで豪と出会った。
しかし今世の花那は異能を隠し通したことで、宏次朗に売られることも無かったし、豪との出会い方もまた既に異なっている。
「だから、ここから出て行くなんていわないでくれ」
「ですが……これ以上豪様の傍にいたら、また巻き込んでしまいます」
「君が俺の死に責任を感じる必要はないんだ」
そう言った豪は、花那の頬にそっと触れた。
「死に戻り前の俺はきっと巻き込まれたなんて思わなかったはずだ。自分の気持ちに従っただけで、死んだことに後悔はしてなかったはずだ。それは今も同じ気持ちだ」
その言葉には少しの嘘も感じられなかった。
豪はまるでガラス細工に触れるように柔しく触れ、そのまま両手で花那の頬を包み込む。
慈しむように目を細めた豪は、花那の心を労るような笑みを浮かべた。
「花那、今まで辛かったな」
まさか豪からそのような言葉を言われるとは思ってもみなかった。
豪を死なせた後悔でずっと苦しかった。
気づけば花那の目から涙が溢れ、豪の指が花那の頬を伝う涙を拭う。
「これからは、もっと俺を頼って欲しい。一人で抱え込まないでくれ。傍にいて君を守りたいんだ」
「私……ここにいてもいいんですか? また豪様を死なせてしまうかもしれないのに」
「言っただろ。それでも俺は後悔しない」
そうして豪は花那を抱きしめると言葉を続けた。
「それに言っただろう? 未来は変えられるんだ」
豪は耳元で力強くそう言った。
同時に花那を繋ぎ止めるように腕の力を強くする。
豪の言葉に涙が溢れて止まらない。
「……はい」
知らず花那も豪の背中に手を回して抱きついていた。
そして豪は花那の涙が止まるまで、ずっと抱きしめ続けた。



