「何言ってんの、違うよ。田中先生じゃなくて、平田くだよ」
『平田』――それは、私がずっと遠くから見つめ続けていた、公平の名字だった。
「亜美が倒れた時、誰よりも先に駆け寄ってきてさ。亜美のことお姫様抱っこして、ここまで走って届けてくれたんだよ」
香織の口から淡々と告げられたその言葉が、私の鼓膜を揺らした瞬間。
――ドクン、と。
胸の奥で、心臓が跳ね上がるほど大きく脈打った。
私にとっては雲の上の存在で、いつもクラスの片隅から「憧れ」として陰から見守ることしかできなかった彼。
そんな彼が、誰よりも速く、誰よりも真っ先に私のもとへ駆け寄ってくれた。
倒れていた時の記憶なんて、頭を打った衝撃で何ひとつ残っていない。
彼がどんな顔をして駆け寄ってくれたのかも、どんな仕草で私を抱き上げてくれたのかも、何も覚えてはいないのに。
香織の言葉が脳裏に溶け込んでいくにつれて、じんわりと、体の芯から熱い波が広がっていく。
おでこのズキズキとした痛みなんてどこかへ吹き飛んでしまうほど、胸の奥がカツンと音を立てて熱く疼き始めていた。
私を包み込む保健室の真っ白なシーツの匂いに、突然彼の匂いが混ざり合ったような気がして、私はかっと顔が熱くなるのを抑えられなかった。


