全てがキミだった


お母さんは、昔からそうだった。

デパートの1階、華やかな香水と照明の光が交差するコスメティックフロアで働くお母さんは、街で見かける一般的な“お母さん”たちの印象よりも、うんと若々しく見えた。

休日に着ている仕立てのいい服のせいなのか、あるいは化粧品ブランドのカウンターに立つ美容部員ならではの、洗練されたメイク技法によるものなのかはわからない。

お母さんのくっきりとした綺麗な二重まぶたを彩るパープルのアイシャドウには、幼い頃からうっとりとするような憧れを抱いていた。

けれど、その憧れに背中を押されて秘かに真似をしてみた高校2年生のあの夏、私は二度とパープルのシャドウなんて使わないと心に固く誓い、激しく後悔したんだ。

だって、姿鏡に映った自分の顔は、誰かと大喧嘩をして殴られたあとのような痛々しい青あざに見えたから。

なぜあの独特な紫色が、お母さんにだけあんなにも自然に馴染み、華やかさを引き立てるのかはいまだにわからない。

以前、その理由を尋ねたときに、お母さんは鏡越しに微笑みながらこう言っていた。

『だってパープルは、お母さんのパーソナルカラーだもの』

お母さんは一人で四つの役割を完璧に演じ分けている。

職場でバリバリとキャリアを重ね、家に帰ればせっせと手際よく家事を片付け、時にはお父さんの良き理解者でありパートナーとして寄り添い、そして何より、私達三姉妹を温かく見守る母親だった。