「ただいま……」
今日も玄関のドアが開く音とともに、疲労を滲ませた声が響いた。
革靴を脱ぎ捨てる微かな音と、ガサガサと音を立てるビニール袋の擦れ合う乾いた音が、静まり返った廊下を伝ってリビングまで届いてくる。
「はぁ……疲れた……」
今にも消えてしまいそうな声で呟きながら、リビングのドアを開けたお母さん。
その表情は、日々の重圧に引きずられるように頬の筋肉が削ぎ落とされ、疲れが色濃く影を落としていた。
それでも、朝から丹念に塗り重ねられたファンデーションと整えられたメイクが、かろうじて彼女の日常の張りを繋ぎ止めている。
「おかえり」
ソファーのクッションに身体を埋めたまま、私は顔だけを緩やかにドアの方へ向け、やる気なく答えた。
「……ご飯、食べた?」
「まだだよ」
「梓は?」
「え〜? 知らない。学校からは帰ってきてたから、自分の部屋にいるんじゃない?」
「そう……」
肩から提げていた合皮のショルダーバッグをダイニングチェアの背もたれへ無造作に掛け、お母さんは両手に抱えていたパンパンのスーパーの袋を持って、疲れた足取りのままキッチンへと向かっていく。


