全てがキミだった


「あ、ごめん! ついつい陸に目がいっちゃってさ」

そう言った香織は、窓の外へ身を乗り出していた体をするりと教室の中へ引き戻した。
そして、私の前の席の椅子をクルリと回転させて腰かけると、悪びれもせずに「テヘッ」と可愛らしく笑ってみせた。

窓の外のグラウンドでは、汗を光らせてボールを追う男子生徒たちの姿が見える。
香織の視線の先にいたのは、一年生でありながら、天才的な実力を発揮しているサッカー部の陸くんだった。

「年下って、そんなにいい?」

私は肘を突き、頬杖をついたまま、少しだけ羨ましさを混ぜて香織に尋ねた。

「うーん……陸に関しては『年下』って感じはあんまりしないかなぁ。なんだかんだで私より全然しっかりしてるしね」

香織は、どこか嬉しそうな顔で肩をすぼめる。

香織の彼氏である陸くんは、一歩引いて全体を見渡せるような落ち着きを持った、サッカー部期待の1年生だ。
一方の香織は、ついこの前までサッカー部を裏で支えるマネージャーを務めていた。

部室の壁には、顧問の手書きででかでかと『部内恋愛禁止!』の貼り紙が躍っていたというのに、二人は周囲の目を盗むようにして堂々と付き合っていた。

『好きになっちゃったものは仕方ないじゃん! 恋愛して何が悪いのよ』

マネージャー時代、部員達にバレるを心配する私に香織はよく頬を膨らませてそう言っていた。
だけど、結局はみんなにバレてしまい、香織はマネージャーを辞めざるを得なくなってしまったのだけど、そのおかげで、ようやく二人を縛っていた暗黙のルールからも解放され、少しだけ自由に恋を楽しめているようだった。

眩しいくらいの青春を謳歌している親友の姿は、失恋の痛みに耐える今の私にとって、どこか遠い世界の出来事のように思えてしまう。

「でさ、亜美は進路どうするの? もう決めた?」

まだ意識の半分を窓の外のグラウンドに残したまま、香織がどこか抜けたような声で尋ねてきた。

「……就職するよ」
「え、マジで? 大学とか専門行かないの?」
「うん、マジで」

何気ない会話のフリをして答えたけれど、その選択の裏には「一刻も早くこの町を出て、自立しなければ」という焦りと、公平と同じ未来を描けない諦めが重く横たわっていた。