全てがキミだった


ゆっくりと差し出された公平の手を見つめ、私は吸い寄せられるように、もう一度彼の顔へと視線を戻した。

「頼む」

いつもの意地悪な笑みも、軽はずみな冗談めかした響きもそこにはない。
ただまっすぐに私だけを射抜く、低く真剣な声。

そんな声……初めて聞いたよ、公平。

胸の奥が、ぎゅっと締めつけられるように痛む。

こんな大袈裟な衣装を着ているせいなのか、それともその真面目すぎる瞳のせいなのか。
普段はどこか子供っぽくて無邪気なはずの彼が、今日だけは、私のまったく知らない「一人の大人な男性」に見えて仕方がなかった。

鼓動が耳の奥でうるさいくらいに暴れている。

周りからの怒涛のような歓声や悲鳴も、全部どこか遠くの出来事みたいに霞んでいく。
私は小さく息をのむと、伏し目がちにそっと自分の手を重ね、彼の大きな手へと委ねた。

掌から伝わってくる、熱い体温。

公平に導かれるまま、重たい脚を動かして一歩を踏み出す。

グラウンドの真ん中、雲の隙間から差し込む光の束の下で、私の隣を歩く公平のその格好は――

――『新郎』。

純白のタキシードを纏い、私の手を固く握りしめて歩く彼の横顔を盗み見ながら、私はこれが競技の衣装に過ぎないのだと、必死に自分に言い聞かせていた。

だって、もしこれが現実なら。
彼がこの手をひいて連れて行きたい本当の相手は、私なんかじゃないんだから。