「池内」
人混みと熱気に満ちたグラウンドの隅で、ふいに低く聞き慣れた声に名前を呼ばれた。
仮装リレーの出番を控え、準備へと向かう公平が、頭に真っ赤なハチマキを巻きながら女子の座る観覧テントへと歩み寄ってくる。
汗で額に張りついた前髪をくしゃっとかき上げる仕草だけで、周囲の女子たちから「あ、公平くんだ……」「カッコいい……」と小さな歓声と息をのむ気配が広がった。
普段は公平に見向きもしないような女子たちでさえ、体育祭という魔法のせいで、私のライバルになっていく。
「えっ……公平?」
不意を突かれて声をかけると、公平は悪戯っぽく口角を上げた。
「リレーの間、これ持ってて」
そう言うなり、彼は今まで自分の首にかけていたスポーツタオルを、無造作に私に向かって放り投げてきた。
ふわっと宙を舞った大きなタオルが、私の伸ばした両手の中にすぽりと落ちてくる。
「汗臭かったらわりぃ」
悪びれる風もなくニッと笑うと、公平はヒラヒラと片手を上げてスタートラインの方へと軽快に走り去っていった。
手元に残されたタオルから、ドクンと心臓を揺さぶるような熱が微かに伝わってくる。
首元に巻かれていたばかりのその生地は、公平の体温と汗でしっとりと少し湿っていた。
彼が纏う洗いたての柔軟剤の香りと、体を動かしたあとの男の子特有の熱っぽい匂いが混ざり合い、ダイレクトに鼻腔をくすぐる。
……ズルいよ、こんなの。
目の前が真っ赤になるほど顔が熱くなるのが分かった。
周りの女子たちの視線が、私と手の中のタオルに集中しているのが痛いほど伝わってくる。
自分だけに預けられた特別な所有感と、彼の体温に直接触れているような密やかな背徳感に、眩暈がしそうなほど胸が跳ね上がった。
私はタオルを抱きしめるようにぎゅっと握りしめながら、人混みの向こうへ消えていく公平の背中をずっと見つめていた。
彼の汗の一滴にまで、触れている生地のすべてにまで激しく嫉妬してしまう。
こんなにも公平のすべてに翻弄されている私は、きっともう、相当やばいところまで惹き込まれてしまっている。


