「みんなに、一人一個ずつ持参って言ってあるんだ。だから何の問題もないよ。俺のは、まだ家に予備があるし」
「……でも」
戸惑う私の手の中に収まるボールは、砂埃で真っ黒に汚れていて、鼻をくすぐるように微かに泥と土の泥臭い匂いが漂っていた。
決して綺麗なものじゃない。
けれど、不思議と嫌な感じはしなかった。
「そのボール、よく見てみて」
公平の長くしなやかな人差し指がボールを指し示し、私は言われるがままに目を凝らして、手のひらの中の小さな球体をじっと眺めた。
使い込まれて毛羽立った革の縫い目、何度も地面を跳ねて刻まれた無数の引っかき傷。
ひどく汚れているこのボールは、きっと長い間、彼らと一緒にこの街の風や光を浴びてきたのだろう。
近所の子どもたちや公平と、汗を流しながら共に成長し、数え切れないほどの夏を重ねてきた証。
……この傷のひとつひとつに、今まで私が知らなかった公平の時間が詰まってるんだ。
胸の奥がキュッと締め付けられるような愛おしさがこみ上げてくる。
ボールからは、ただの土の匂いだけじゃなく、過ぎ去っていく夏の日々と、どこか遠い記憶を呼び覚ますような、温かくて甘酸っぱい懐かしい匂いがした。
私の指先は、公平から手渡されたその温もりを解かすまいとするように、無意識のうちにボールをぎゅっと強く握りしめていた。


