全てがキミだった


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「罰ゲームだからな。ちゃんと俺をイケメンにしろよな」

クラスメートたちが足早に去っていった、静まり返る放課後の教室。
残された空間の中で、公平は淡々と真顔でそう言った。

窓から差し込む斜陽が、彼の顔の右半分の輪郭をあたたかな橙色に染め上げていた。
もともと深かった彫りの陰影が夕刻の光によっていっそう濃く刻まれ、その凛とした横顔があまりにも大人びて見えたときの高鳴りを、私は今でも鮮明に覚えている。

「髪を切るったって……私素人なんだよ? わかってる? 失敗したらどうすんのよ。普通に美容室行きなって」

呆れたフリをしてハサミを構え直したけど、胸の奥では、心臓がうるさいほど跳ねていた。

「ばーか。俺がお小遣い少ないの知ってるだろ?年中無休で貧乏な俺が、美容室に行く余裕なんてあると思うか?」

そう言って、公平はいたずらに片眉を上げて意味深に笑ってみせる。
私はその笑顔に、何の反論も返せなかった。

返せるわけがなかった。

だって、私は公平のその少し生意気で、どこか悪戯っぽい表情がたまらなく好きだったから。

思い返せば、あの頃の公平はいつだってそうだった。
テスト勉強を教えてほしいとか、買ったばかりのゲームを貸すから付き合えだとか、くだらない罰ゲームを持ち出したりしては、何かと理由をつけて私の傍にいようとしていた。
なぜそうするのか全くわからなかったけれど、私にはそれが最高の幸せだった。

「ほら、早く」

職員室からもらってきて広げた新聞紙の上に椅子を置き、私に背を向けて座り込んだ。

私は静かに息を呑みながら、彼の背後に回り込む。
伸ばされた指先が、夕日の熱を孕んだ公平の柔らかい黒髪にそっと触れる。
サラリと指の隙間をこぼれ落ちる毛束の感触と、首筋から微かに漂うシャンプーの香り。
公平の髪に触れて、間近で公平の匂いも嗅げて、体温も感じられる。
私だけの、特別な時間。

ハサミが髪を切り落とす『チョキン』という小さな音が、夕映えの教室に静かに響き渡った。

ほんの少し手に触れる肩や、公平の静かな呼吸音。
髪を切るという口実でしか手に入れられないこの至近距離が、たまらなく愛おしかった。

指先が耳かすかに触れるたび、公平の首元が小さく跳ねる。
私を隣に繋ぎ止めるための、彼のあまりにも不器用で真っ直ぐな嘘。
その愛おしい企みに気づいていながら、私もまた、その嘘に甘えていたんだ。

あの頃の私達は確かに、この狭い教室の夕暮れの中で、世界に二人きりしか存在しないかのような特別な時間を確かに分け合っていた。

だから――。
6年経った今でも、あいつの手触りも、少し低い声も、何一つ薄れてはくれない。