小鳥遊くんの心の声は、存外騒がしい

 数日後の放課後。いつものように小鳥遊くんとふたりで作業をしていたら、教室に天野がやって来た。

 普段は小鳥遊くんがいる時にはあまり声をかけて来ないのに、珍しい。
 そんな風に思っていたら、天野は小鳥遊くんに思わぬ提案をした。

「しぃちゃん。今度パズバトの映画の、4DX上映があるの知ってる?」

 その言葉に反応し、小鳥遊くんが顔を上げる。そしてその瞳は俺が予想した通り、キラキラと光り輝いている。
 俺はSNSを全くしていなかったため、仕入れられなかった情報。そしてそれは、小鳥遊くんも同じだったようだ。

 映画自体は三ヶ月ほど前に公開されていたが、小鳥遊くんは公開初日にもう観てきたらしい。
 来場者特典として手に入れた、めじるしアクセサリーを得意げに見せてくれたから、よく覚えている。
 
 ちなみにしぃちゃんというのは、小鳥遊くんの愛称だ。親戚同士ということもあり、同じ名字を持つ人間が複数いるため、この呼び方に落ち着いたらしい。
 そして今はかなり親しくなったとはいえ、俺はそれをひそかに妬ましく思っている。
 
「知らない! いつ? いつから、公開されるの!?」

 勢いよく立ち上がり、天野に詰め寄る小鳥遊くん。その距離感は明らかにおかしいが、天野はそれにも慣れているらしい。

「えーっと……。期間は確か、今週末限定だったはず。今見たらまだ席は取れるみたいだけど、どうす……」

 最後まで、天野が言い切るより早く。小鳥遊くんは、いつになく食い気味に答えた。

「行く!!」

 俺を置き去りにして進む、ふたりの会話。彼らは生まれたのも一ヶ月違いで、その時からの仲だというから、この距離感も当たり前のことなのかもしれない。
 頭ではそう分かっていても、それが俺はなんとなく気に食わない。

 とはいえそんな感情を表に出すほど、俺はガキではない。ふたりのやり取りを聞いていないようなふりをして、黙々と看板の色塗りを続けた。

 小鳥遊くんは、基本的には空気の読める子だ。だけど興奮していたり、大好きなことに夢中になると、その限りではない。
 今回はまさに、そのパターンだった。

 そんな中、天野は特に考える様子もなく、ニッと笑って聞いてくれた。

「凛音、お前も一緒に行かね?」

 いつも校内では一緒にいても、休みの日にまで天野と一緒に出かけたことはほとんどない。
 そしてこれまで放課後に遊びに出かけた時も、どちらもあまり自発的に誘うタイプではないから、別の誰かの発案によるものだった。

 あとテスト前、半ば強引に決められた勉強会を俺の自宅で開いた際、そういえばこの男も参加していたかもしれない。
 それくらいの、薄い付き合い。だからこの提案には、本当に驚いた。

「どうする? 行かないなら、しぃちゃんとふたりで行くけど」

 びっくりし過ぎたせいで、返事がワンテンポ遅れてしまった。そのせいでなかったことにされそうになったから、慌てて答えた。

「……行く。俺も行く!」

 ククッとおかしそうに笑う、天野。

「オッケー。んじゃとりま、三席で予約するわ。詳しいことは、後で決めようや」

「分かった、よろしく。金は、後で払うわ」

「僕も後で払うね。フフッ、すっごい楽しみ!」

 すると天野はちょっと意地悪く口角を上げて、小鳥遊くんに言った。

「しぃちゃん。……楽しみにするのはいいけど、張り切り過ぎてまた熱出さないようにな?」

「わ、分かってるよ! それにそれ、いったいいつの話!?」

 プリプリと怒りながら、天野を軽く睨みつける小鳥遊くん。……そんな表情、俺は知らない。

「あはは! んじゃ、そういうことで。また夜に!」

 それだけ言うと天野は、サッサと教室を出て行ってしまった。
 でもその後の小鳥遊くんは、完全に心ここにあらずという感じだった。

 というのも彼の脳内は、完全にパズバトの映画に占拠されてしまったからだ。

『パズバトの、4DXかぁ……。通常版はもう観たけど、すっごい楽しみ! 前は買えなかったグッズも、手に入れられたらいいなぁ』

 小鳥遊くんの楽しそうな心の声が、俺の頭の中に響く。
 それだけで、俺までなんだか幸せな気持ちになれた。
 
 そして心の声だけでなく、そんなのを聞かなくても分かるくらい、ワクワクした表情。
 それを見て、本当に楽しみにしているんだなというのが伝わってきた。

 さっきはつい天野のことを妬ましく思ってしまったが、こうして一緒に出かける機会を与えてくれたのだ。
 彼には逆に、感謝してもいいかもしれない。

 ……などとこの時の俺は、純粋に思っていたのだけれど。
 映画当日、俺はさらなる試練に立ち向かうこととなる。

***

 あっという間に時間は流れ、気付けばパズバトの公開日を迎えていた。
 天野が予約してくれていたのは二時過ぎの回だったから、ちょっと早めに集まり、昼メシを食べてから観に行くことになった。

 待ち合わせ時刻の少し前に待ち合わせ場所に着くと、そこにはすでに私服の小鳥遊くんが。

 オーバーサイズ気味のシンプルなパーカーに、チノパンといういたって普通のスタイル。
 でもそれは、なんだかとても彼らしいなと感じた。
 そしてこれまで制服姿しか見たことがなかったが、実に新鮮だった。

「お待たせ、小鳥遊くん。結構待った?」

 俺の声に反応し、顔を上げる小鳥遊くん。それから彼はニコッと愛らしく笑い、答えた。

「ううん、僕も今来たところ! とはいえ勝利は遅刻魔だから、もう少し時間がかかるかもしれないけど……」

 申し訳なさそうに言われたが、それは小鳥遊くんのせいじゃない。
 それを謝られるのはなんとなく嫌だったから、先手を打つことにした。

「ああ、そうだな。アイツ、いっつも遅刻するよな。まぁでもそれって、小鳥遊くんのせいじゃないから」

 そんなやり取りをしていたら、慌てた様子で天野が駆けてきた。

「お待たせー! ……ギリセーフ?」

 スマホで、現在時刻を確認する。

「13時59分。天野にしては、優秀じゃね?」

 ちょっぴりの嫌味を込めて、言ってやった。でもその嫌味には気が付かなかったのか、天野は得意げに笑った。

「良かった、だよな? セ————フ!」

 確かに今回はセーフだったが、毎回遅れてくるのだから、少しくらいは反省しろ!
 とはいえコイツが時間通りにきてくれたおかげで、少しだけ小鳥遊くんとふたりきりで話す時間を持てた。
 だから今日に限っては、ラッキーだったとも言えるかもしれないが。

「たしかに今回はセーフだけど、どうせまたギリギリに家を出たんでしょ? 勝利はほんと、時間にルーズなんだから……」

 呆れたように、クスクスと笑う小鳥遊くん。
 こうして三人で過ごす一日が始まった。