いつもであればこの手のクソみたいな提案には乗らず、スルーすることのほうが多い。
だけど今回は小鳥遊くんが巻き込まれそうだったから、口を挟むことにした。
とはいえ表立って庇えば、小鳥遊くんを余計に困らせてしまうかもしれない。
そのため花梨のやり方は気に食わなかったけれど、今回は彼を救うのを最優先するとしよう。
笑顔を浮かべ、手を挙げる。
「はーい、俺からもちょっといい?」
ザワザワと、再びざわめきに包まれた。
「はい、結城くん。どうしましたか?」
「準備係ってたしか、ひとりからふたりだったよね?」
戸惑ったように、委員長の瞳が揺れる。シンと静まり返る、教室。
「はい、そうですが……」
「なら俺も、立候補してい? なんか、楽しそうだし」
いつも傍観者に徹している俺がそんな提案をしたのが、相当意外だったのだろう。
さっき以上に、皆の心がざわめく。でもそれには構うことなく、ただ笑みを浮かべた。
「え、結城くんも準備係やるの? なら、私も立候補する! 小鳥遊くん、代わってよ」
媚びたように笑い、花梨が言った。
『うっわ、まじですごいなアイツ。あの提案をした直後に、それ言うか? ……露骨に結城狙いじゃん』
『……えっぐ。まぁでもこっちに被害がないなら、別にどうでもいいけど』
『ほんと花梨のやつ、ムカつくわぁ……。ちょっと可愛いからって、まじ調子乗り過ぎ。金魚の糞のくせして、生意気じゃね?』
最後の心の声は、花梨よりもさらに上位ランクに君臨する女子のものだ。
その子も俺に気がある様子だから、ちょっかいをかけようとしたせいで花梨は彼女の逆鱗に触れてしまったらしい。
とはいえ俺から言わせれば、ふたりとも、どっちもどっちだ。
……勝手にぶつかり合って、対消滅してくれねぇかな、まじで。
でもこれでとりあえず、小鳥遊くんに敵意が向かうことはないだろう。
俺が係に加われば、そんな無茶を言ってくるやつもいなくなるだろうし。
「小鳥遊くん、代わんなくていいよ。委員長、さっさと俺の名前隣に書いちゃって」
催促してもまだ委員長はどうするのが正解か分からない様子だったから、笑顔で圧をかけた。
「委員長、俺の名前、分かるよね? は——や——く——!」
震える手でチョークを手に取り、黒板に俺の名前を書く委員長。
『えっ……。えっ、結城くん、なんで!? もしかして僕がひとりだと困ると思って、立候補してくれた……とか?』
その間も小鳥遊くんの視線はずっとキョドキョドと動き、心の声もせわしなく発され続けていた。
だけど動揺しているのは、小鳥遊くんだけではないようだ。
『え……。なんかカースト上位者同士の、バトル起きてる?』
『やっば! 花梨のやつ、真っ青じゃん。ザマァ!!!』
『いいぞー、もっとやれー!』
下世話で無責任な、外野の心の声。でもそれをスルーしたまま、今度はなるべく優しく見えるように微笑んで言った。
「んじゃ、そういうことで。小鳥遊くん、よろしくぅ」
***
夏休みに入る少し前から、文化祭の準備が始まった。
当初の予定通り、うちのクラスはお化け屋敷をすることに。
そのため俺は放課後、ほぼ毎日のように小鳥遊くんと一緒に居残りで作業をしている。
小鳥遊くんは俺とは違い、とても大人しい。教室にいるのかいないのか、油断すると見落とすレベルだ。
相変わらずゲームのことを話している時以外は、表面上はとても静かだし。
看板にペタペタと、無言のままペンキを塗っていく。
するといつものように、それまで静かだったはずの小鳥遊くんの心の声が、いきなりギャアギャアと騒ぎ始めた。
『あっ! ここ、赤を足したほうがよりホラー味が増していいかも。案でもらったのとはデザインが変わっちゃうけど、勝手に変えちゃって大丈夫かなぁ?』
ああでもない、こうでもないと、ひとり模索する小鳥遊くん。
表面上はいつも通り静かで大人しいのに、その心の内はこんなにも騒々しいのだと思うと、つい噴き出しそうになった。
「そこさぁ、ちょっと赤のペンキ、飛ばしとく? そのほうが、ばえそうじゃない?」
彼の心の声を代弁して、さも自分が思い付いたような口ぶりで言う。
ハッとした様子で、顔を上げる小鳥遊くん。それから彼はブンと大きくうなずき、やや早口で答えた。
「う、うん! 僕も、それがいいと思う!!」
大人しくて自己主張をほとんどしない小鳥遊くんは、自分の案のほうがいいと思っても、ゴリ押しして変更するような真似は絶対にしないだろう。
それが分かっていたから、強行手段に出ることにした。
「だよなぁ? じゃあ……、えいっ!」
「え……?」
ポカンとする小鳥遊くんを尻目に真っ赤なペンキの入った缶に筆を突っ込み、引き抜いて、わざと看板の上に勢いよく散らす。
するとまるで血しぶきが飛び散ったみたいに、おどろおどろしさが増した。
「嘘……」
信じられないものでも見るような目で、看板と俺の顔を見比べる小鳥遊くん。
それがおかしくて、笑いながら答えた。
「フッ……、あは。あはは! 何だよ? その顔。小鳥遊くんも、こっちのほうがいいって思ったんだろ?」
「思ったよ? 思ったけど! まさか、勝手にデザインを変えちゃうなんて……」
それから彼は、口元を覆ったままうつむいた。そしてその、数秒後。小鳥遊くんはこれまで見たことがないくらい可愛い表情で笑った。
「プッ、フッ……。駄目だ、我慢出来ないや。あははは!」
それに驚き、しばし無言のまま彼の顔を見つめる俺。
するとようやく笑いが落ち着いたのか、彼はふわりと愛らしく笑って言った。
「ほんと君って人は、信じらんない! 僕とは、真逆過ぎるよ」
『でも、そういうところがほんと……』
そういうところがほんと、何?
心の声の続きが気になり、意識を集中させる。
だけどその時帰宅を促す放送が校内に流れ、その続きの言葉を聞くことは出来なかった。
だけど今回は小鳥遊くんが巻き込まれそうだったから、口を挟むことにした。
とはいえ表立って庇えば、小鳥遊くんを余計に困らせてしまうかもしれない。
そのため花梨のやり方は気に食わなかったけれど、今回は彼を救うのを最優先するとしよう。
笑顔を浮かべ、手を挙げる。
「はーい、俺からもちょっといい?」
ザワザワと、再びざわめきに包まれた。
「はい、結城くん。どうしましたか?」
「準備係ってたしか、ひとりからふたりだったよね?」
戸惑ったように、委員長の瞳が揺れる。シンと静まり返る、教室。
「はい、そうですが……」
「なら俺も、立候補してい? なんか、楽しそうだし」
いつも傍観者に徹している俺がそんな提案をしたのが、相当意外だったのだろう。
さっき以上に、皆の心がざわめく。でもそれには構うことなく、ただ笑みを浮かべた。
「え、結城くんも準備係やるの? なら、私も立候補する! 小鳥遊くん、代わってよ」
媚びたように笑い、花梨が言った。
『うっわ、まじですごいなアイツ。あの提案をした直後に、それ言うか? ……露骨に結城狙いじゃん』
『……えっぐ。まぁでもこっちに被害がないなら、別にどうでもいいけど』
『ほんと花梨のやつ、ムカつくわぁ……。ちょっと可愛いからって、まじ調子乗り過ぎ。金魚の糞のくせして、生意気じゃね?』
最後の心の声は、花梨よりもさらに上位ランクに君臨する女子のものだ。
その子も俺に気がある様子だから、ちょっかいをかけようとしたせいで花梨は彼女の逆鱗に触れてしまったらしい。
とはいえ俺から言わせれば、ふたりとも、どっちもどっちだ。
……勝手にぶつかり合って、対消滅してくれねぇかな、まじで。
でもこれでとりあえず、小鳥遊くんに敵意が向かうことはないだろう。
俺が係に加われば、そんな無茶を言ってくるやつもいなくなるだろうし。
「小鳥遊くん、代わんなくていいよ。委員長、さっさと俺の名前隣に書いちゃって」
催促してもまだ委員長はどうするのが正解か分からない様子だったから、笑顔で圧をかけた。
「委員長、俺の名前、分かるよね? は——や——く——!」
震える手でチョークを手に取り、黒板に俺の名前を書く委員長。
『えっ……。えっ、結城くん、なんで!? もしかして僕がひとりだと困ると思って、立候補してくれた……とか?』
その間も小鳥遊くんの視線はずっとキョドキョドと動き、心の声もせわしなく発され続けていた。
だけど動揺しているのは、小鳥遊くんだけではないようだ。
『え……。なんかカースト上位者同士の、バトル起きてる?』
『やっば! 花梨のやつ、真っ青じゃん。ザマァ!!!』
『いいぞー、もっとやれー!』
下世話で無責任な、外野の心の声。でもそれをスルーしたまま、今度はなるべく優しく見えるように微笑んで言った。
「んじゃ、そういうことで。小鳥遊くん、よろしくぅ」
***
夏休みに入る少し前から、文化祭の準備が始まった。
当初の予定通り、うちのクラスはお化け屋敷をすることに。
そのため俺は放課後、ほぼ毎日のように小鳥遊くんと一緒に居残りで作業をしている。
小鳥遊くんは俺とは違い、とても大人しい。教室にいるのかいないのか、油断すると見落とすレベルだ。
相変わらずゲームのことを話している時以外は、表面上はとても静かだし。
看板にペタペタと、無言のままペンキを塗っていく。
するといつものように、それまで静かだったはずの小鳥遊くんの心の声が、いきなりギャアギャアと騒ぎ始めた。
『あっ! ここ、赤を足したほうがよりホラー味が増していいかも。案でもらったのとはデザインが変わっちゃうけど、勝手に変えちゃって大丈夫かなぁ?』
ああでもない、こうでもないと、ひとり模索する小鳥遊くん。
表面上はいつも通り静かで大人しいのに、その心の内はこんなにも騒々しいのだと思うと、つい噴き出しそうになった。
「そこさぁ、ちょっと赤のペンキ、飛ばしとく? そのほうが、ばえそうじゃない?」
彼の心の声を代弁して、さも自分が思い付いたような口ぶりで言う。
ハッとした様子で、顔を上げる小鳥遊くん。それから彼はブンと大きくうなずき、やや早口で答えた。
「う、うん! 僕も、それがいいと思う!!」
大人しくて自己主張をほとんどしない小鳥遊くんは、自分の案のほうがいいと思っても、ゴリ押しして変更するような真似は絶対にしないだろう。
それが分かっていたから、強行手段に出ることにした。
「だよなぁ? じゃあ……、えいっ!」
「え……?」
ポカンとする小鳥遊くんを尻目に真っ赤なペンキの入った缶に筆を突っ込み、引き抜いて、わざと看板の上に勢いよく散らす。
するとまるで血しぶきが飛び散ったみたいに、おどろおどろしさが増した。
「嘘……」
信じられないものでも見るような目で、看板と俺の顔を見比べる小鳥遊くん。
それがおかしくて、笑いながら答えた。
「フッ……、あは。あはは! 何だよ? その顔。小鳥遊くんも、こっちのほうがいいって思ったんだろ?」
「思ったよ? 思ったけど! まさか、勝手にデザインを変えちゃうなんて……」
それから彼は、口元を覆ったままうつむいた。そしてその、数秒後。小鳥遊くんはこれまで見たことがないくらい可愛い表情で笑った。
「プッ、フッ……。駄目だ、我慢出来ないや。あははは!」
それに驚き、しばし無言のまま彼の顔を見つめる俺。
するとようやく笑いが落ち着いたのか、彼はふわりと愛らしく笑って言った。
「ほんと君って人は、信じらんない! 僕とは、真逆過ぎるよ」
『でも、そういうところがほんと……』
そういうところがほんと、何?
心の声の続きが気になり、意識を集中させる。
だけどその時帰宅を促す放送が校内に流れ、その続きの言葉を聞くことは出来なかった。



