小鳥遊くんの心の声は、存外騒がしい

 その日の朝のうちに俺はパズバトのアプリをインストールして、休み時間に小鳥遊くんに声をかけた。

「小鳥遊くーん、インストールしたよ。フレンド申請って、どうやるんだっけ?」

 すると彼は弾かれたようにスマホから顔を上げ、俺を見上げた。

「ほんとに、インストールしたんだ……。えっと、申請はここから出来るよ! って結城くん、すごい! これ、SSレアじゃん!!」

 興奮した様子で、早口で話す小鳥遊くん。
 心の声が聞こえてこないのは、実際の声との間にまったく差がないからだろう。

「これ、そんなレアなやつなんだ? 二枚出たから、後で送るね」

「えぇ!? い、いいの?」

「うん、もちろん」

 ……だってこのゲーム、お前と話すきっかけ欲しさにインストールしただけだし。

 だけどそんな心の声は、笑顔で綺麗に包み隠した。
 こうしてゲームのIDだけでなく、使い方が分からないなどともっともらしい理由を付けて、連絡先も無事ゲットした。

 こんな風に自発的に誰かに関わることは、これまでほとんどなかったような気がする。
 だけどそれもこれも、昔飼っていたハムスターに小鳥遊くんが似ているせいに違いない。そう結論付けた。

***

 数日後の、ホームルーム。その日は文化祭の係り決めのため、教室内はソワソワした感じで、いつも以上にざわついていた。
 そしてそうなると実際の声だけでなく、皆の心の声も自然と大きくなるわけで。
 俺は頭痛と戦いながら、この地獄のような時間が終わるのを静かに待ち続けていた。

「はーい、じゃあ準備係をしたい人。いたら、挙手お願いしまーす!」

 委員長が、声を張り上げる。しかし準備係とは名ばかりの、雑用係のような面倒な役を引き受けたいなどという物好きは、当然いるはずもなく。
 無言のまま、ただ時間だけが過ぎていく。しかしその間もやはり、皆の内心はざわつき、表面上は誰に押しつけるかの心理戦が静かに始まった。
 ちなみに出し物はお化け屋敷と決まっているから、事前準備は恐らく相当手間がかかると思われる。
 ……だから立候補しようなんて考える物好き、きっといないよな。

 俺の所属するグループの中でもちょっとキツめの性格の女子、仲田 花梨(かりん)。彼女から送られてきた、一通の一斉メッセージ。
 それを見て、自然と眉間にシワが寄るのを感じた。

『投票で、小鳥遊くんに押し付けちゃおうよ。私は雪菜と一緒に受付やりたいから、そっちもよろしく♡』

 花梨の暴走を止めようと思った、その瞬間。彼女は勢いよく席を立ち、ニヤニヤと感じの悪い笑みを浮かべて言った。

「はーい! ちょっと、提案なんだけどぉ」

 みんなの視線が、花梨に集まる。そしてその瞬間、教室内は静けさに包まれているはずなのに、逆に心の声が一斉に脳内に響き渡った。
 
『え、まじでやんの? 小鳥遊には悪いけど、このままだときっと決まんないしなぁ……』

『うゎ、きっつ! けどあたしじゃなくて、ほんと良かった。小鳥遊くん、ごめんねぇ』

『は? なんであいつが、仕切ってんの? ……うっざ。花梨に一票、入れてやろっと』

 皆の思惑はまちまちだったが、おおむね花梨の提案に乗っかり、自分はなんとか準備係を回避しようとする考えのやつが多いようだ。

「はい。仲田さん、どうしましたか?」

 委員長に発言を認められ、花梨はニンマリと満足そうに笑った。
 それを見て、不快な気持ちが増した。

「このままだといつまで経っても決まらないと思うんだよね。だからもう、多数決にしない?」

「うーん……、たしかにそうですね。反対意見が特になければ、そうしましょうか」

 委員長自身、花梨達クラスのカースト上位者の手により、その仕事を半ば強引に押し付けられたという経緯がある。
 そのため彼女は、花梨の意見には刃向かえない。

 ……本当にサイアクな、出来レースだな。

 クラスのリーダー的存在の男、天野は今回の件に口を出すつもりはないようだ。
 その証拠にさっき花梨からのメッセージを確認してはいたけれど、そのまま彼はスマホを机の上に伏せ、堂々と居眠りを始めてしまった。

 そして始まった、係決めのための投票。
 一票、また一票と開かれる度に、小鳥遊くんの名前の横に正の字が溜まっていく。
 こうして花梨の策略通り、ほぼ満場一致で小鳥遊くんが雑用係に決まった。

 そっと小鳥遊くんの表情を、盗み見る。すると彼は俺の予想した通り、ただ静かにうつむいていた。

 彼の心の声だけを聞こうと、精神を集中させる。だけどどうやっても、小鳥遊くんの声だけが聞こえない。
 恐らくショック過ぎて、何も考えることが出来なくなってしまったのだろう。

 しかし、次の瞬間。俺の脳内に、彼の小さな声が響いた。

『まぁでも、仕方ない……よね。だってみんな、あんな係やりたくないと思うし。……僕がやれば、丸く収まるんだもんね。だから、大丈夫!』

 馬鹿が! なんでちゃんと、嫌なら嫌って言わねぇんだよ!? そんなだから、こうやって無理やり押し付けられんだろうが!!

 だけど優しくて温和な彼の性格を思えば、これも仕方のないことなのかもしれない。

 投票が終わり、皆の拍手で雑用係は小鳥遊くんの担当に落ち着いた。
 でも、かえって好都合だ。……こうなりゃそれを、逆手に取ってやる。