小鳥遊くんの心の声は、存外騒がしい

〜5年後〜

『あぁ、どうしよう? 本当は、ショートにしたいんだけど。……でも私には、たぶん似合わないよね』

 脳内に響いてきたのは、そんな自信のなさそうな声。
 だから俺は笑みを浮かべて、なるべく穏やかな声色を心がけ告げた。

「塩崎様。……ロングもとてもよくお似合いですが、俺としてはショートも似合うんじゃないかなって思うんですよね。例えば、こんな感じとか」

 ヘアカタログのページをペラペラとめくり、お客様に似合いそうな髪型のモデルさんを指差す。
 すると彼女は、ハッとしたように瞳を見開いた。

「……私にも、似合いますかね?」

 まだ不安そうな、だけど少し期待したような声。
 その問いに、笑顔で答えた。

「はい、もちろん! ですが塩崎様の髪はちょっとクセがあるから、ボリュームを抑えるために少しだけすいた方がいいかもしれませんが」

 鏡越しに、じっと彼女の瞳を見つめる。すると塩崎様は覚悟を決めたように、小さくうなずいた。

「ぜひ、お願いします! 実はずっと、短くしてみたかったんです。……でも、勇気がなくて」

「あはは、はじめての時はドキドキしますよね。でも、俺にお任せ下さい。塩崎様史上、一番可愛く仕上げてみせますから。ではまずは、シャンプー台に移動しましょうか?」

 俺が髪を洗っていると、また少し彼女は迷い始めたようだ。
 だけどさっきの言葉は、お世辞でも、俺の自意識過剰でもない。絶対に、満足してもらう!

 軽くタオルドライをしてから、再び鏡の前へと誘導する。
 少し緊張したような面持ちの彼女に少しでもリラックスして欲しくて、以前好きだと教えてくれた小説の話題を振った。

「そう言えば以前来られた時にオススメしてもらった、ミステリー小説! あれ、読みましたよ」

『え……。本当に、読んでくれたんだ。……話題作りのための、社交辞令と思ったのに』

 そんな心の声が聞こえてきたから、思わずクスリと笑った。

「あ! 塩崎様、絶対に読まないと思ってたでしょう? 俺、結構小説好きなんですよ」

「そうなんですね。フフッ、正直に言うと、少し。……いえ、かなり意外だったかも」

 緊張が解れたのか、彼女も笑ってくれた。
 そこからも本の話題を続けながら、手を動かす。ザクッと大きくハサミを入れた瞬間、彼女の体が小さく震えた。

「うん、軽くなった! 俺ずっと、思ってたんですよね。塩崎様には、短いのも似合いそうだなって!」

 これは、本音。すると彼女は、ホッとしたようにふわりと微笑んだ。

 カットとシャンプーを終え、髪を乾かす。
 すべての工程が終わり、鏡で後ろ姿も確認してもらう。すると彼女は自身の髪に触れながら、心から嬉しそうに笑ってくれた。

『わぁ……! 自分で言うのもなんだけど、めちゃくちゃ似合ってる気がする。切って、よかったぁ……!』
 
「どうですか? もう少しこうして欲しいとか、あります?」

 その答えを知りながら、笑顔で聞いた。

「大丈夫です。……結城さんのアドバイスに従って、切ってよかった」

「こちらこそ、そう言ってもらえて本当によかったです。ありがとうございます」
 
 会計を終え、見送りのために店先に出る。
 すると彼女は帰り際、思わぬ言葉を口にした。

「結城さんって、本当にすごいですよね。私の要望、言わなくても全部分かってくれてて。……まるで心の中を、覗かれてるみたい」

 なので俺はにっこりと微笑み、しれっと答えた。

「あはは、よく言われます。俺ね、めちゃくちゃ勘がいいんですよ」
 
***

 高校を卒業後、俺は美容師を目指して専門学校に進んだ。
 専門学校を卒業してすぐに就職し、あっという間に三年が過ぎた。
 そして今は、美容師として日々格闘している真っ最中だ。
 
 心の声を、聞くことが出来る能力。それを以前の俺は、呪いのようなものだと考えていた。
 だけど忍と出逢って、その考えは変わった。

 今でも他人の悪意を浴びて落ち込むこともあるけれど、この能力を使って、たくさんの人を笑顔にしたい。
 ……なんていうのは恥ずかしくて誰にも言えないけれど、忍と天野のふたりには、もう絶対にバレていると思う。

 元々オシャレは好きだったし、幸い手先が器用だったこともあり、今ではこれが俺の天職なんだって心から思っている。

 そして忍は教師になるため、大学に進学。その後は夢を叶えて、小学校の先生になった。

 俺と同じ能力を持つ彼が、それを仕事に選んだと聞かされた時は、正直かなり驚いた。
 ……本当に、メンタル鋼過ぎんだろ。

 勤務時間が終わり、スマホの画面を確認する。するとそこには、忍からのメッセージが届いていた。

『お疲れ様。ごめんね、お風呂の洗剤買うの忘れちゃった。だから凛音、帰りにお願い!』

 それを見て、自然と表情の筋肉が緩んだ。

「凛音さん、めっちゃニヤニヤしてる……。もしかして、恋人からっすか?」

 後輩から聞かれ、笑顔で答えた。

「うん。今日はあっちも早く上がれたみたいだから、俺ももう帰るわ。お疲れー!」

「わぁ、ラブラブじゃないっすか! お疲れ様です」
 
 スマホをリュックにしまい、笑顔で告げると、サッサと店を出た。
 いつもよりも早足で、自宅へと向かう。

 そうだ。今日は帰りに、彼の大好きなケーキを買って帰ろう。

 嬉しそうに笑う忍の姿を想像して、自然と笑みが溢れた。