小鳥遊くんの心の声は、存外騒がしい

「小鳥遊くん。この間は、ちゃんと答えられなくてごめん」

 俺を見上げる、小鳥遊くんの瞳。その表情は、さっきまでとは異なり真剣そのもので。
 彼が俺の言葉を一言一句聞き逃すまいと、ちゃんと耳を傾けてくれているのが伝わってきた。

「もうお前は、気付いてると思うけど……。俺は、小鳥遊くんのことが好きだ」

 フッと彼の表情が、柔らかく綻ぶ。それを見て、自然と俺も笑みが溢れた。

「うん、ありがとう。僕も、君のことが好き」

 彼の真っ白な肌に、朱が差す。本当に、めちゃくちゃ可愛い。……大好き。

 すると彼はプッと噴き出して、ニンマリと意地悪く笑った。

「それも、ありがと。とはいえ可愛いのはどちらかというと、僕よりも君の方だと思うけどねぇ」

 その言葉に驚き、目を見開く。

「は? ちょ、おま……! 今は、聞いてないんじゃなかったのかよ!?」

「うん、さっきまではね。けど今は、聞いてる」

 あまりの恥ずかしさに、顔が一気に熱を持つ。その場にしゃがみ込むようにして座ると、小鳥遊くんも同じように座り、俺の顔を覗き込んだ。

「フフッ、やっぱり可愛い」

「……お前、性格悪ぃぞ」

 仏頂面のまま、言ってやった。だけど彼はフフッともう一度笑い、今度は心の声で答えた。

『あは。けどそんな僕のことも、君、大好きじゃん』

 それから彼は、俺の唇に軽くキスをした。
 たしかに彼の言葉は、正解だ。大正解だ。……でも俺は、やられっぱなしのままは大っ嫌いなんだよ!

 そのまま彼の、後頭部を押さえ込む。ヌルリと舌先を彼の唇に滑り込ませると、俺よりも一回り小さな体がビクッと震えた。

「んっ……、ふぁっ……!?」

 必死に俺から逃れようと、身をよじる小鳥遊くん。
 ひとしきり柔らかな感触を堪能してから、ようやく唇を離した。

「かーわい♡ ごちそうさまでした」

 真っ赤な顔で俺を見上げ、キッと睨みつける小鳥遊くん。
 フフンと笑って立ち上がり、ゆっくりと歩き始める俺。

「……なんか、ムカつく」

 小鳥遊くんはそう言うと、パタパタと俺の後ろを駆けてきた。
 だから俺はくるりと顔だけ後ろを向けて、ベェと舌を出して笑った。

***

「だ——か——ら——! なんで出来ないかな? 僕ちゃんと、説明したよね?」

 俺の自宅にて。今日は天野とふたり、小鳥遊くんを講師に迎え、能力の制御講座を強制受講中だ。

「ん——。頭では分かるんだよ? 分かってるんだけどさ。やっぱ、クッソムズい!!」

 そう言って天野は、床にごろりと寝転がった。

「すぐにそうやって、勝利はサボる……。今後困るのは、君なんだからね?」

 にっこりと微笑んで、いつもよりも少し低い声で小鳥遊くんは言った。
 ……今日も今日とて、天野への圧とあたりが強い。

 でもこれで小鳥遊くんの怒りの矛先が天野に向いたと思って、油断したのも束の間。
 今度は小鳥遊くんは、俺の方を向いて冷たい笑みを向けた。

「結城くん。……君も、なんで自分がターゲットから外れたと思ってるの? このままだと、そのうちストレスで胃に穴が空いても知らないからね?」

 グッと、言葉に詰まる俺。

「ほら、ふたりとも。もう一回やるよ」

 前言修正。……俺と天野への圧とあたり、強くね?
 すると天野はククッと楽しそうに笑い、起き上がって告げた。

「あはは。まぁそれも、仕方ないんじゃね? だってしぃちゃん、身内にはめっちゃ厳しいし!」

 身内には、厳しい……。

 その言葉を、頭の中で反芻する。
 するとその声が聞こえたらしい天野と小鳥遊くんは顔を見合わせて、そっくりな顔で笑った。

「じゃあ、もう一回行くよ。まずは真っ白な部屋を、頭の中に思い浮かべて。うん、そう。いい感じ。次にその部屋の前に、ドアがあるって想像してみて」

 目を閉じたまま小鳥遊くんの言葉に従い、意識を集中させる。
 頭の中に浮かんだ、真っ白な部屋とドア。

『次に、鍵をイメージして。それをドアの鍵穴に、挿し込んで……。って、勝利! 君、今またよそ事考えてたでしょ?』

 小鳥遊くんの心の声の言葉に、思わず噴き出しそうになった。だけど頭の中のイメージはなんとか保てたままだったから、そのまま意識を向けることに集中した。

『そう、上手だよ。その鍵を、ゆっくり回して……』

 鍵穴に挿し込んだ鍵が、ぐるりと回転する。

 あれ? この後の指示が、全然飛んでこねぇんだけど……。

 その時ポンポンと、軽く肩を叩かれた。
 それに戸惑いながら、そっとまぶたを開ける。するとそこには、間近で俺の表情を覗き込む勝利と小鳥遊くんの顔があった。

「僕の声、聞こえてる?」

「うん、もちろん聞こえてるけど……」

その質問の意図が分からず、首を傾げた。

「まじか! 俺これが出来るようになるまで、一年近くかかったのに……!」

「何言ってるの? 勝利。君はいまだに、ちゃんと出来てないくせに。継続して、せめて三時間は維持出来るようにならないと」

「出たよ、スパルタ……。ひっでぇな、ほんと。俺、優しくされて伸びるタイプなのにぃ!」

 ……やっぱこのふたり、めちゃくちゃ仲がいいな。

「おめでとう、結城くん。けど君、まさかまだ気付いてないの? 僕達の心の声が、全然聞こえてないってこと!」

「へ……?」

 その言葉の意味が理解出来ず、ぽかんと大口を開ける俺。
 すると天野は俺に抱き着き、嬉しそうに笑った。

「すげぇじゃん、凛音! まさかこんなすぐに出来るとは、思わなかったわ」

「だよねぇ。さすがに僕も、びっくりしたよ。でもさ、勝利。……今すぐ結城くんから、離れてくれる? 彼、僕の恋人だから」

 弾かれたように、俺から体を離す天野。それがおかしくて、ゲラゲラと笑った。

 だけどその笑いが落ち着くと、ようやく実感が湧いてきた。

「そっか……。俺今、心の声が聞こえてねぇんだ……」

「うん。本当におめでとう、結城くん。でもこれ、まだ第一段階だから。これからもっと、もーっと頑張ろうね」

 ……いや、鬼か。ちょっとは、余韻に浸らせろ!
 その言葉に、ゴクリと唾を飲む。
 そんな俺を見つめたまま、小鳥遊くんはフフッと可憐に笑った。