小鳥遊くんの心の声は、存外騒がしい

「ここまで言っても、まだ信じられない?」

 じっと俺を見上げる、小鳥遊くんの大きな瞳。
 何も答えられずにいたら、彼はフッと小さく笑った。

「んー……。まぁ中々簡単には、変えられないか。でも僕は君に、誰からも必要とされていないなんて、絶対に思って欲しくないんだけどね」

 優しく微笑む小鳥遊くんの言葉に、嘘はない。だってそれ以外の声は、何ひとつ聞こえてこないのだから。

 でも、だからと言って、彼の言葉を素直に受け入れることが出来ない弱い自分。

「なら、こうしよっか?」

 いたずらっぽく、小鳥遊くんの口角が上がる。
 それに戸惑っていたら、何か柔らかなものが、俺の唇に触れた。

「へ……?」

 一瞬、何が起きたのか分からなかった。だけどそれが彼の唇なのだと気付いた瞬間、腰が砕けた。

「フフッ、びっくりした? キスってはじめてしたからよく分かんないけど、これで合ってる……よね?」

 そう言って彼は自身の唇をペロリと舐めて、もう一度俺にギュッと抱き着いた。

「あのね、結城くん。悪いけど僕は、意外と諦めが悪いんだ。そしてもう、君を逃がしてあげるつもりはないよ。だから……」

 再び彼の唇が、俺の唇に優しく触れる。
 その瞬間、彼の心の声が頭に流れてきた。

『だから君が誰からも必要とされないって、本気で思うなら。……結城くん、君を僕にちょうだい?』

 俺はこれまでずっと、誰からも必要とされてこなかったのだ。
 母親には捨てられ、父にも疎ましく思われている。
 ……なのにこんな俺を、小鳥遊くんは受け入れてくれるんだろうか?

 後からもしやっぱりいらないって言われたら、俺はもう、今度こそ立ち直れない。……生きていけない。

『言わないよ? そんなの。言うわけないじゃん!』

 ずっと泣きっぱなしの俺とは対象的に、可笑しそうに笑う小鳥遊くん。
 でもやっぱり、正解が分からない。……信じるのが、怖い。

「まぁ、急には無理だよね。分かった、今日のところは、一旦引いてあげる」

 彼の唇が、今度は優しく頬に触れた。

『でも、さっきも言ったよね? 君を逃がしてあげるつもり、ないから』

 言葉とは裏腹に、無邪気な笑みを浮かべる小鳥遊くん。
 
「じゃあ僕は、そろそろ帰るよ。病み上がりですらない君を、これ以上混乱させたくないからね」

 そう言って彼は俺の体を解放して、リュックを手に取った。

「じゃあね、結城くん。月曜は、ちゃんと学校に来なよ?」

 いつものように、優しく穏やかな口調。……でもやっぱり、圧が強い。

 それから彼は、唖然とする俺を放置したまま、サッサと帰ってしまった。

「なんだよ? あれ。……まじでメンタル、鋼過ぎんだろ」

 さっきキスされたばかりの、頬が熱い。

「ヤバ。……まじで、熱出てきたかも」

 誰にともなく、呟いて。もふんとベッドに、ダイブした。

***

 頭痛薬を飲むために、小鳥遊くんが買ってきてくれたフルーツゼリーを胃に入れる。

「……あっま」

 思わず顔をしかめ、それからプッと噴き出した。

 それにしても、まさか小鳥遊くんも同じ能力者だっただなんて。
 それに、俺をちょうだいって。……今日はほんと、色々アイツに驚かされたな。

 優しくて穏やかなだけでなく、俺と同じ能力者。
 鋼メンタルで、その上スパダリ体質とか。
 さすがにあんなの、反則じゃね? ……ズル過ぎだろ。

 しかも、逃がすつもりはないって。……一見俺に選択を委ねてくれているようでいて、実質一択じゃねぇか。

 でも、嫌じゃない。……むしろ、嬉しい。
 それに選択肢をすべて奪って囲い込もうとするところも、意外なようでいて、実はとても彼らしいのかもしれない。

 たぶん俺の中で、もう答えはとっくに出ている。なのにまだ少し、怖いと思ってしまう。
 こんなにも自分が臆病で情けない人間だなんて、俺は彼に出逢うまで知らなかった。

 いや、違うな。……アイツだから俺はこんなにも嫌われたくないし、捨てられたくないんだ。

 与えられた、猶予期間。それが逆に、少しだけもどかしい。

 でもこれは、DMや通話で伝えていいことじゃない。
 実際に彼に会って、きちんと言葉で伝えたい。
 ……とはいえ俺の気持ちなんて、全部もう筒抜けだとは思うけれど。

***

 月曜日。いつもは朝食を食べずに、家を出ることが多い。
 だけどその日は少し早く目が覚めたから、朝から目玉焼きを焼くことにした。

 父さんが起きてきたから、笑顔で声をかけた。

「おはよ。父さんも、食う?」

 驚いたように見開かれた、彼の瞳。それがおかしくて、ククッと笑った。

 正直に言うと、絶対に断られると思ったのだ。
 だけど彼は戸惑ったような表情で俺をじっと見つめ、それから穏やかな笑みを浮かべた。

「おはよう、凛音。ありがとう、じゃあ俺も貰おうかな?」

 自分から言い出したことだったけれど、これは完全に予想外の返事だった。

「うん。オッケー、用意するね」

 笑顔で答え、熱したフライパンに、卵をふたつ割り入れる。トースターに食パンを二枚入れ、サラダの準備を始めた。
 すると彼は俺の隣に立ち、ポットに水を注いだ。

「凛音も、コーヒーはブラックでいいよな?」

 この人は俺に、興味がないんだとずっと思っていた。だけどその言葉で、気付いた。
 ……意外とこの人、俺のことを見てくれてた?

『よかった、もう体調は良さそうだな』

 響いてきた、心の声。それを聞き、胸が締め付けられた。

 嫌われているものだと信じ込み、ずっと父さんを避けてきた。
 だけど彼は能力を持つ俺を持て余し、どう接したらいいか分からなかった。それだけなのかもしれない。

 その日は何年かぶりに、父さんと食卓を共にした。
 その間ほとんど会話はなかったけれど、彼の心の声は存外騒がしくて。
 ……俺は意外とこの人に愛されていたのだと、今さらながら気付いた。