小鳥遊くんの心の声は、存外騒がしい

 それからも君は積極的に僕に関わってくれたけれど、不思議と嫌じゃなかった。
 時折聞こえてしまう君の心の声はいつも優しくて、側にいるのが次第に心地よくなった。

 ふたりでゲームセンターに行った時は、本当に楽しかったね?
 だから調子に乗って、ちょっと距離を詰め過ぎちゃった。でもあれに関しては、君も悪かったと思うよ? ……だってあんな風にいきなり耳元でささやかれたら、誰でもそりゃあ驚くって!

 勝利と三人で映画に行ったのも、新鮮だった。君は僕と勝利の心の声が騒がしいって、内心爆笑してたよね?
 ……だけどそれ、君も同じだったから。
 映画の鑑賞中は僕も集中したかったから、心の鍵を完全に開放してたんだ。だから君の声も、全部聞こえてたんだからね?

 フフッ、ズルいって。君はいつも僕らの声を聞いているんだから、それに関してはお互い様だと思うけど。

 それと、これだけはちゃんと言っておきたいんだけど。……君が学校に来なくなった、あの日。
 僕が化け物だって言ったのは、君のことじゃないよ? というかあんなの、本心じゃないし。

 僕がクラスのみんなとの会話に混ざってたの、君は不思議に思わなかった?
 あはは、だよね? うん。僕も最初は、混ざるつもりなんてなかったんだよ。

 けどみんなの話題が、その前の日にやってた超能力特番の話になって。
 ……勝利が涙目で、僕にSOSを送って来たんだよ。

 意外? いやいや、アイツはそういうところがあるよ。だから甘やかし過ぎると高校卒業後困ると思って、僕は彼と物理的に距離を取っているわけだし。

 スパルタ……。うーん、そうかな? でも本当に困ってる時は、ちゃんと助け舟出してあげてるし。
 あぁ、もう! ……また話が脱線しちゃったじゃん。

 あのね、あの時ああ言ったのには、理由があって。
 勝利は素直な性格だから、思ったことがすぐに顔に出る。そしてその性格は、心の声が聞ける能力との相性が最悪なんだっていうのはもう話したよね?

 実はそのせいで、勝利のことを、怪しく思ってる子がクラスにいるんだよ。
 だから僕はこの話題の中心を、勝利から僕に移したかった。そのために、会話に割って入ったんだ。
 普段の僕ならそんな真似、絶対にしないんだけどねぇ。

 それで超能力なんて馬鹿らしい、超能力者なんているはずがない。いたら化け物だって否定することで、自分に注目を集めることにしたんだ。

 あは、危険? うーん……。けどああでもしないと勝利のやつ、動揺しまくりだったし。

 でもそこでひとつ、大きな誤算が生じた。……まさかあの会話を君に聞かれるなんて、僕はまったく考えていなかったんだよ。

 その後君は、無意識にだと思うけれど、心の鍵を完全に閉じてしまった。
 そのせいで僕は、言い訳すらさせてはもらえなかった。
 そして、その結果。……君は学校に、来なくなってしまった。

 でも、信じて欲しいんだ。僕は能力者のことを、化け物だなんて思っていない。
 ちょっと特殊な能力を持つ、ただの人間だと思ってる。

 今僕は、心の鍵を完全に開いてる。だからこの言葉に、嘘はない。
 それはきっと、君が一番よく分かってくれるよね?

 フフッ、ありがと。ああ、もう! 泣かないでよ。
 これじゃ僕が、君をいじめたみたいじゃん。

***

 小鳥遊くんは、俺から額を離した。
 ポロポロと頬を伝っていく、大粒の涙。それを彼は優しく指先で拭い、俺よりも一回り小さな体で強く抱き寄せた。

「それとね、結城くん。君は自分のことを、誰からも必要とされていない。……いらない人間だって、思ってるよね?」

 真っ直ぐに俺を見上げたまま、小鳥遊くんは真剣な表情で聞いた。
 そうだとも、違うとも答えることが出来ないまま、視線をそらす。
 すると小鳥遊くんは再び僕の頬に手を触れ、無理やり視線を合わさせた。

「そんなこと、ないから。僕も勝利も君のことが大切だって思ってるし、ちゃんと必要だよ?」

 今彼は、心の鍵というやつを開いているらしい。なのに心の声は、聞こえない。
 だからこれはきっと、彼の本心なのだろう。……だけど母親に捨てられ、父親にまで疎まれる俺が、誰かに必要とされることなんてきっとない。
 ……天野にも、小鳥遊くんにも、きっといつか距離を置かれる。

 ふぅと大きなため息を吐く、小鳥遊くん。ビクッと小さく、俺の体が震えた。

 彼は俺を、必要だと言ってくれた。なのにこんな風に突き放すような言い方をしたら、もう見限られても仕方ない。
 ……だけどやっぱり俺は、俺自身のことすら信じることが出来ない。

『君は君のことが、信じられない。それを今すぐ変えろって言っても、きっと無理だと思う。だから、もういいよ』

 頭の中に、小鳥遊くんの声が響く。

『だったらもう、無理して変わろうとしなくていい』

 切り捨てるような、強い言葉。ほら、やっぱりな?
 ……俺は、誰からも必要とされない。

『でも心の声を聞くことが出来る君は、僕のことなら信じられるよね? 僕は君を、必要としてる。その言葉に、嘘はない。それまで勝手に、否定しようとするな。それは僕に対して、とっても失礼なことだよ?』

 その言葉に驚き、顔を上げる。すると彼はふわりと微笑み、俺の額に額を当てた。

「もう! また、泣く……」

 彼は俺の顔を覗き込み、それから困ったように笑った。