「凛音、今日もまた休むのか?」
俺の体調を心配するのではなく、迷惑そうな父さんの声。
心の声は聞こえてこないから、きっとそれ以上の感情は何ひとつ持ち合わせてはいないのだろう。
「……ごめん。月曜からは、ちゃんと行くから」
布団の中から、小さな声で答えた。
まるで当てつけのような、大きなため息。
それから彼は、いつもと同じあの呪いのような言葉を口にした。
「凛音。……ちゃんと普通にしてくれよ」
普通って、なんだよ?
喉元までそんな言葉が出かけたけれど、それはグッと飲み込んだ。
だって俺はまだ高校生で、親の庇護がないと生きてはいけない。
そしてそんなことを聞けば、俺が普通の人間ではないのだという現実を改めて突きつけられてしまいそうなのがとても怖かった。
以前、高校を出たら一人暮らしをしたいと話した時。父さんは、心から嬉しそうに笑った。
「うん、そうだな。父さんも、それがいいと思う」
心の声は聞こえなかったから、あの言葉は彼の本心だったのだろう。
自分から提案したことだったけれど、やっぱり俺はお荷物でしかないのだと思い知らされたような気がした。
だけど同時に、こうも思うのだ。
人間の枠を外れた、化け物じみた超能力。
それに気付きながらもここまで見捨てることなく育ててくれた彼には、感謝すべきなのかもしれない。
「……うん、分かってるよ。行ってらっしゃい」
彼が家を出たタイミングを見計らい、浴室へと向かう。
だけどいくら体を洗っても、汚れが落ちていないような気がした。
小鳥遊くん達の会話を聞いた日から、あっという間に三日が過ぎた。
そのため今日はもう金曜日だったけれど、学校に行こうとすると吐き気がして外に出れなくなった。
だけど父さんの言うように、さすがにこれ以上休むわけにはいかないだろう。
その間小鳥遊くんと天野から、俺を心配するメッセージが何通も届いていた。
でもこれも、俺が普通だと思っているから送ってくれているのだろう。
それが分かっていたから、ずっと放置したままになっている。
『おはよう、結城くん。体調は、どう?』
今朝もまた届いた、俺を労う小鳥遊くんからのメッセージ。
でもやっぱりなんて返したらいいか分からず、内容だけ確認して、そっと画面を閉じてしまった。
子供の頃から俺には、他人の心の声が聞こえた。
だけどあまりにも幼く、そして無知だったから、最初はそれが普通なんだと思っていた。
しかし幼稚園に入園する頃になると、自分は普通ではないのだと、徐々に分かってきた。
幸か不幸か記憶力はかなりいい方だから、その頃のこともよく覚えている。
幼い頃。俺は父さんだけじゃなく、ひとつ年上の姉と、母さんと一緒に四人でこの家で暮らしていた。
最初母さんは、俺と姉のことを、同じように愛してくれていたような気がする。
でも俺が言葉をしっかり話せるようになり、はっきりとした自我を持ち始めると、彼女は俺に対して、少しずつ怯えたような視線を向けるように変わっていった。
あれは忘れもしない、小学三年生の春休み。俺の人生を変える、ある事件が起きた。
その頃から父さんはそんな俺をあからさまに避けるようになり、それでも母さんは善良であろうとして、普通の母親として接そうとしてくれていたように思う。
「ちょっと! これを壊したのは、誰? お母さん、気に入ってたんだけど」
母さんが、割れた花瓶を手に聞いた。
「私じゃないよ。でもそう言えばさっき凛音がここで、飛行機のオモチャを飛ばして遊んでなかったっけ?」
意地の悪い笑みを浮かべ、姉は母親に告げ口をした。
「本当なの? 凛音。正直に言ってくれたら怒らないから、お母さんにちゃんと答えて?」
声を荒らげるでもなく、静かに返事を待つ母さん。
この時嘘でも俺が謝っていたら、結果は違っていたのかもしれない。
だけど俺は、知っていたのだ。それを壊した、真犯人を。
「何言ってるんだよ! それを割ったの、お姉ちゃんじゃん! さっきお姉ちゃんが花瓶にボールをぶつけて、壊したんでしょ!?」
すると姉は一瞬だけ驚いたように瞳を見開き、眉間に深いシワを寄せた。
そして大きな溜め息をひとつ吐き出して、否定の言葉を口にした。
「私は、やってないもん! 凛音の嘘つき!」
でもそう言い返した彼女の心の声は、全く逆の事を語っていた。
『なんで凛音のヤツ、知ってるのよ!? あの時この子、家にいなかったはずなのに!』
姉の心の声を聞いた瞬間、全てが分かった。
ああ、そうか。......お姉ちゃんは俺に、自分の犯した罪を擦り付けようとしているのだと。
「そうなの? 凛音」
俺の言葉もちゃんと聞こうと、彼女は耳を傾けてくれた。
だから俺は鼻息荒く、母さんの言葉に答えた。
「本当だよ! だってお姉ちゃんがさっき、心の中で言ってたんだもん。全部、凛音がやったことにしちゃおうってさ!」
俺の言葉を聞いた瞬間、母さんの表情が一変した。
……まるで恐ろしい化け物でも見るかのような、とても怯えた表情に。
『なんなの、この子。……本当に、気味が悪い。まさか人の心の中が聞こえるって言うのは、本当なのかしら?』
その表情を見て不安になり、母さんに向かい小さな手を伸ばす。
しかし母さんに触れようとしたその時、彼女に庇護されるべき存在であるはずの俺の手は、無情にも振り払われた。
「ひっ……!」
短い叫び声をあげ、おぞましいモノでも見るような視線を向けて。
......母さんは嘘を吐いた姉だけを強く抱きしめ、幼い日の俺を睨みつけた。
「来ないで! こっちに、来ないでよ! それ以上、私達に近寄らないで! この……、化け物!!」
俺の体調を心配するのではなく、迷惑そうな父さんの声。
心の声は聞こえてこないから、きっとそれ以上の感情は何ひとつ持ち合わせてはいないのだろう。
「……ごめん。月曜からは、ちゃんと行くから」
布団の中から、小さな声で答えた。
まるで当てつけのような、大きなため息。
それから彼は、いつもと同じあの呪いのような言葉を口にした。
「凛音。……ちゃんと普通にしてくれよ」
普通って、なんだよ?
喉元までそんな言葉が出かけたけれど、それはグッと飲み込んだ。
だって俺はまだ高校生で、親の庇護がないと生きてはいけない。
そしてそんなことを聞けば、俺が普通の人間ではないのだという現実を改めて突きつけられてしまいそうなのがとても怖かった。
以前、高校を出たら一人暮らしをしたいと話した時。父さんは、心から嬉しそうに笑った。
「うん、そうだな。父さんも、それがいいと思う」
心の声は聞こえなかったから、あの言葉は彼の本心だったのだろう。
自分から提案したことだったけれど、やっぱり俺はお荷物でしかないのだと思い知らされたような気がした。
だけど同時に、こうも思うのだ。
人間の枠を外れた、化け物じみた超能力。
それに気付きながらもここまで見捨てることなく育ててくれた彼には、感謝すべきなのかもしれない。
「……うん、分かってるよ。行ってらっしゃい」
彼が家を出たタイミングを見計らい、浴室へと向かう。
だけどいくら体を洗っても、汚れが落ちていないような気がした。
小鳥遊くん達の会話を聞いた日から、あっという間に三日が過ぎた。
そのため今日はもう金曜日だったけれど、学校に行こうとすると吐き気がして外に出れなくなった。
だけど父さんの言うように、さすがにこれ以上休むわけにはいかないだろう。
その間小鳥遊くんと天野から、俺を心配するメッセージが何通も届いていた。
でもこれも、俺が普通だと思っているから送ってくれているのだろう。
それが分かっていたから、ずっと放置したままになっている。
『おはよう、結城くん。体調は、どう?』
今朝もまた届いた、俺を労う小鳥遊くんからのメッセージ。
でもやっぱりなんて返したらいいか分からず、内容だけ確認して、そっと画面を閉じてしまった。
子供の頃から俺には、他人の心の声が聞こえた。
だけどあまりにも幼く、そして無知だったから、最初はそれが普通なんだと思っていた。
しかし幼稚園に入園する頃になると、自分は普通ではないのだと、徐々に分かってきた。
幸か不幸か記憶力はかなりいい方だから、その頃のこともよく覚えている。
幼い頃。俺は父さんだけじゃなく、ひとつ年上の姉と、母さんと一緒に四人でこの家で暮らしていた。
最初母さんは、俺と姉のことを、同じように愛してくれていたような気がする。
でも俺が言葉をしっかり話せるようになり、はっきりとした自我を持ち始めると、彼女は俺に対して、少しずつ怯えたような視線を向けるように変わっていった。
あれは忘れもしない、小学三年生の春休み。俺の人生を変える、ある事件が起きた。
その頃から父さんはそんな俺をあからさまに避けるようになり、それでも母さんは善良であろうとして、普通の母親として接そうとしてくれていたように思う。
「ちょっと! これを壊したのは、誰? お母さん、気に入ってたんだけど」
母さんが、割れた花瓶を手に聞いた。
「私じゃないよ。でもそう言えばさっき凛音がここで、飛行機のオモチャを飛ばして遊んでなかったっけ?」
意地の悪い笑みを浮かべ、姉は母親に告げ口をした。
「本当なの? 凛音。正直に言ってくれたら怒らないから、お母さんにちゃんと答えて?」
声を荒らげるでもなく、静かに返事を待つ母さん。
この時嘘でも俺が謝っていたら、結果は違っていたのかもしれない。
だけど俺は、知っていたのだ。それを壊した、真犯人を。
「何言ってるんだよ! それを割ったの、お姉ちゃんじゃん! さっきお姉ちゃんが花瓶にボールをぶつけて、壊したんでしょ!?」
すると姉は一瞬だけ驚いたように瞳を見開き、眉間に深いシワを寄せた。
そして大きな溜め息をひとつ吐き出して、否定の言葉を口にした。
「私は、やってないもん! 凛音の嘘つき!」
でもそう言い返した彼女の心の声は、全く逆の事を語っていた。
『なんで凛音のヤツ、知ってるのよ!? あの時この子、家にいなかったはずなのに!』
姉の心の声を聞いた瞬間、全てが分かった。
ああ、そうか。......お姉ちゃんは俺に、自分の犯した罪を擦り付けようとしているのだと。
「そうなの? 凛音」
俺の言葉もちゃんと聞こうと、彼女は耳を傾けてくれた。
だから俺は鼻息荒く、母さんの言葉に答えた。
「本当だよ! だってお姉ちゃんがさっき、心の中で言ってたんだもん。全部、凛音がやったことにしちゃおうってさ!」
俺の言葉を聞いた瞬間、母さんの表情が一変した。
……まるで恐ろしい化け物でも見るかのような、とても怯えた表情に。
『なんなの、この子。……本当に、気味が悪い。まさか人の心の中が聞こえるって言うのは、本当なのかしら?』
その表情を見て不安になり、母さんに向かい小さな手を伸ばす。
しかし母さんに触れようとしたその時、彼女に庇護されるべき存在であるはずの俺の手は、無情にも振り払われた。
「ひっ……!」
短い叫び声をあげ、おぞましいモノでも見るような視線を向けて。
......母さんは嘘を吐いた姉だけを強く抱きしめ、幼い日の俺を睨みつけた。
「来ないで! こっちに、来ないでよ! それ以上、私達に近寄らないで! この……、化け物!!」



